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ハーモニーアダルト文庫『枕営業』

作: 平 和 (たいら なごみ)

「ねぇ、田尾君」
「香川だってば。何」
「あっ。そうだった」
「あなた、ゲイだったのね」
「ううん」
 ある日のお昼。
 いつものように、宏が拵えてくれたお弁当をパク付いていたら、同じくお弁当組の女子に声を掛けられた。
 皆んな訊きたくて堪らなかった事を、1人の女の子が声に変え、その日・その時・その場所に居合わせた営業3課のメンツが、ドヨッとどよめいた。が、あっさり否定される。
「ゲイとは違うんだなぁ〜」
「え〜!?」
「香川係長の元にお嫁入りしたんじゃないの?」
「婿入りしたの?」
「婿入りでもゲイよ」
「あ、そうか」
「嫁入りしたよ」
 モクモクと口を動かしながら、平然と続ける。
「だから、ゲイでしょう」
「広い意味でね」
「狭いと何なのよっっ」
「ちょっとぉ〜」
「だぁ〜ってぇ」
「判るけどさぁ」
 邦彦の要領を得ない回答に、女の子の1人が切れた。それを宥めすかす別の1人。
「男の所に嫁入りしたけどゲイじゃないと?」
「だって俺、別に男が好きだった訳じゃないし、普通に女の子好きだったぜ?」
「じゃあ、何故に嫁入り?」
「ヒロちゃんだったから」
「はぁ?」
「ヒロちゃんだったからだよ。Onlyだもん」
 親父と弟の粗チンでケツを突々かれていた時期あったけど、あれはSEXの内には入らないとSEXを知ってから思ったので、アレらは頭数に入れていない。大体、好きでもなかったし、3〜4日便秘した後にしたクソの方が痛かった。
「だもんって言われても、そのヒロちゃんは男じゃない」
「まぁね」
「なら、ゲイよね」
「だから、広い意味で」
「狭くてもゲイだわ」
「えっ! 何で?」
「何でって、男が好きなんじゃない」
「まぁね。でも、ヒロちゃん以外は論外」
「例え論外でもよっっ」
「どうして怒ってるの?」
「田尾君が意味不明な主張するからよっっ」
「え〜っ? 意味、判んないかなぁ〜」
「判らない!」
「なら良いよ、ゲイで」
 1人でプンプン怒っている女の子を見限り、フイッと視線を逸らして弁当の方に意識を向けた。要らぬスキンシップを取ってしまった。無視してれば良かった。いくつもの物言いたげな視線を感じるからと、良い人になろうと思ったらシクッた。矢っ張り、人、には戻れないようだ。
 尚も食い下がって、あ〜だこ〜だ言っていたけど、これ迄同様、すっかり無視した。
 素敵な人だと思っていたのも、彼の笑みを独占したいと思っていたのも本当だけれど、イコールでゲイと言う意識はない。それ以外の男にトキメイたりした事ないし、硬そうな男より柔らかそうな女の子に魅力を感じていた。ま、女の子との経験ないけど━━‥‥。この先も、女の子と致す事はないと思うけど━━‥‥。
「おっ。今日も弁当か。マメだな、宏さんわ」
「あ、課長」
 出先から戻った智が、気易く邦彦に声を掛けた。智は、近くのパン屋のレジ袋を持っていた。
「パンですか?」
「ああ。良い匂いしたんでフラフラ入った」
 宏と関係が出来てから、智と良く話すようになった。智はファイブカードのスペードのエース。宏はクラブのエースらしい。
「クニは、家事は一切バツだって?」
「はい。OUTドア派なので、BBQとかは得意なんですけどね」
「ほう。俺らも、OUTドアと言えばOUTドア派だなぁ〜。BBQより原始的だが」
「えっ!?」
「否々。宏さんにBBQをご馳走するってどうよ」
「わっ♡ 良いなぁ〜」
「連休と休みが重なったら、キャンプにでも連れてって貰うと良い」
「そうします♡」
 邦彦が、子供のような笑みを浮かべた。こんな無邪気な顔されたら、構いたくなるってば。
「にしても、凝るねぇ」
「え〜?」
「これが普通だと思ってるか?」なる問い掛けに、コクッと頷いた。だって、手作り弁当ってコレが初めてなんだもの。それ以外を知らないんだから、コレが普通だと思うだろう。宏に手作り弁当を持たされる迄、弁当と言えばコンビニ弁当だった。遠足の時だってそうだ。食事の殆どが、出来合いの物だった。給食だけだ、手作りだったのは。それ以外はコンビニが主で、たまにデリバリーって感じだった。弁当屋ってのもあったけど。
 そう考えると、今の食生活は充実している。宏が居る時に限定されるが、3食手作りだ。そう。宏が居る時限定━━‥‥。極く稀に、いつ戻るとも判らぬ出張に行く。この時は、一切の通信手段が使えない。
 月に1回程度、1週間から10日くらい、音信不通になる。国内なのか国外なのかも教えて貰えない。目下のところ、無事に帰って来てくれているけど、いつ、永遠の別れが訪れるのか、判らなかった。戻らなければ、待てば良いらしい。必ず、迎えに来てくれるそうだ。来ない事を願うけど。
「俺も、宏さんに頼もうかなぁ〜」と冗談で言ったら、きっぱり拒否られた。
「ダメです」
「おっ」
「いくら課長でも許しません」
「どして」
「ヒロちゃんは俺のです。俺が独占するんです」
「の割りに、しょっ中、呼び出されてるね」
「ふ〜っっ」
「およっ? お前は猫か」
「ちっ違いますよっっ」
「うん。冗談だけど…?」
「あはははは〜っっ。食べなきゃっっ」
「??」
 ヤバイヤバイ。家で猫語になってるなんて言えない、恥ずかし過ぎて━━‥‥。
 笑って誤魔化す時代は終わった、と言う説もあるが、矢っ張り、笑って誤魔化してしまった。言葉を口にするとボロが出る。智の不思議そうな視線を掻い潜り、本日も完食。
「はぁっ。美味しかったぁ♡ 幸せぇ〜♡」
 邦彦がニパッと笑った。入社4年目だから新人ではないが、26歳ってまだまだ子供かも。特に邦彦は幼い。そこが可愛いトコだけど━━‥‥。
「クニ〜♪」
「ヒロちゃん♡」
「食ったか?」
「にゃ」
「旨かった?」
「にゃん♡」
「そりゃ良かった」
 邦彦の言う、にゃとか、にゃんの、細かいニュアンスの違いが最近判るようになって来たので、特にコミュニケーションはムズくない。
「午後から出張」
「にゃっ」
「大丈夫な方」
「にゃあ」
「今晩入れて3晩、我慢してくれ、4日目に帰るから」
「にゃ」
「お土産、何が良い?」
「ヒロちゃん」
「俺は帰って来るよ」
「何処に行くにゃ?」
「それは〜‥‥部外秘」
「にゃんっっ」
「心配はないから大丈夫」
「そうにゃ?」
「うん」
「判ったにゃ」
「良い子だ。風呂入れよ。洗濯はしなくて良いから。社食に行くんだぞ。現金、いくら持ってる? まぁ、良いや。佐賀でツケで食っちゃえ。戻ってから払うから。言っとくからな」
 佐賀とは、マンションの近くに在る小料理屋の事で、たまに、連れだって呑みに行っていた。宏が作るご飯の次くらいに美味しいと思うけど、それは宏と一緒だから思う事だと、自覚している。
「━━‥‥にゃ」
「どうした?」
「━━‥‥にゃ」
「大丈夫だからな?」
「にゃっ」
「おっと」
 いくら大丈夫だと言われても、行く先は教えては貰えない。なのに、心配するなって、無理な相談だ。寧ろ、心配になる。だもんで今回も、邦彦が宏に抱き付いていた。
 行くなと言う意味ではない。その反対に、行ってらっしゃいの、暫しの別れの儀式だった。
 そんな2人の様を、奇妙な表情で見ていた智に、宏が声を掛ける。
「智さん」
「はい」
「クニの事、宜しくお願いします」
「はいよ。大船に乗った気で任せなさい」
「有り難う御座います。じゃ、行って来るよ」
「ヒロちゃん‥‥」
「行って来ます」
「にゃっ」
 目に一杯の涙。それが頬に溢れ、すかさず拭って唇にキス一つ。宏の左手を握って離さなかった邦彦が、びっくりして手を離し唇に触れる。
 額にも口付けて、宏は大股に居なくなった。
「ヒロちゃん‥‥ぐすっ」
「クニ」
「にゃんっっ」
「にゃん?」
「にゃ! 否っ」
「にゃ、なんだな」
「虐めないで下さいよぅ。今なら本気で泣きますよ」
「何だ、そら」
「ヒロちゃん、出張に行ったから。ぐすん」
「うわっ。新婚だったな、お前んトコ」
「はい」
「はぁ〜っっ。やり難い。はい、仕事しろ!」
 香川係長が田尾君にキスした! と、女の子達が浮き足だったが、智が強制終了させた。
 伊達じゃない課長様。
 そのまま何事もなく終業。
「? どうした? クニ」
「えっ?」
「残業か?」
「いえ。あ、そうか。ヒロちゃん、出張だ」
「ん?」
「何でもないです。お疲れ様です」
「あ? ああ」
 智に声を掛けられ、ドキッとして辺りを見回した邦彦が、昼間の事を思い出した。
 宏は、出張だった。1人の夜を3回過ごしたら、宏は戻ると言った。3回も━━‥‥。
 溜め息吐いて、思い切ったようにして立ち上がる。そして、机上を片付けて帰宅。
「ただいまぁ〜って、誰も居ないけど」
 宏のない部屋は、唯広くて冷たかった。
 風呂に入れと言われたからシャワー浴びて、ラジオ付けてベッドに潜り込んだ。いつも思う。毎回、思った。出張の度に思い知る。浮かんだ涙を枕に擦り付け、ギュッと瞼を閉じた。
 朝。
 目覚ましに、久し振りに起こされた。
 1回戻って荷作りしたらしい宏が、朝7時に鳴るようにセットしてくれたようだ。
 眼許をコスコスしながら起き出し、キッチンに誰も居ない事を確認して、朝食も摂らずに出社。
「クニ。昼、摂りに行くぞ〜!」
 突然、智に声を掛けられドッキリ。
「あっ。否。もう少しやります」
「そうか?」
「はいっっ」
 アセアセしながら断り、溜め息一つ。ココに居たら根掘り葉掘りなんだろうなぁ〜と思い、1階の自販機コーナーに行って缶コーヒーを1本。昨日の昼以降、やっと摂った水分と糖分だった。
 何もする気が起きない。
 宏が出張に行ったのは、これで何度目だろう。多分、何度目でも同じだと思う。宏のない事で感じる不安も淋しさも、誰にも判って貰えないと思う。
 企画部だから、コンペとかで出張の多い宏。その内の1/3が裏絡みで、残りの2/3が表と言う事になる。ま、何処に配属されていても、裏社員の武闘派のメンツなら、大体こんなもんだ。
 ランキングに依って危険度も重要性も緊急性も、全てが変わって来る。俊が出張る時はMAXの場合だ。で、ファイブカードもクラブのエースの宏も、パーセンテージはかなり高い。
 とは申せ、そんな内々の事情なんて、邦彦は知らない。必要ないので知らされてないのだ。実際、知ったからと言ってこの憂いが晴れる訳じゃなし、寧ろその反対に、心配だけが募るので、知らない方が良いだろう。だから、誰も教えなかった。又、訪ねる事もない。教えて良い事なら、先に知らせてくれているだろう。そうじゃないと言う事は、教えられないと言う事だ。と言う程度の頭は働く訳で━━‥‥。
 邦彦は、バカじゃない。期待されているから智の下に居る訳だが、それが良いのか悪いのか、頭が切れ過ぎる。たって、そうでもなきゃ素顔は晒していないし、本業も明かしていないだろうが。
「邦彦!」
「うおっ」
 昼。
 昨日一昨日と同じく1階の自販機コーナーに行こうと机上を片付け腰を上げたら、ガッとヘッドロックされた。ゲホゲホ盛大にむせる。すると、久しく見ていなかった顔が、フレームINして来た。
「ゲホッ。克美っ。痛ぇな」
「悪い悪い。大丈夫か? って、お前、顔色悪いぞ!? ちゃんと食って寝てるか?」
「あっああ」
「そうか? まぁ、良いや。社食行くぞ」
「否。俺は‥‥」
「何だよ。付き合い悪いな」
「そうじゃなくて」
「話は食いながら訊く。行こうぜ。俺も公私共に忙しくてさ、ちょっと社内の事をパスしてたら変な話訊いたんでさ」
「はぁ〜?」
「まっ、行こうぜ〜」
 拒否ってる邦彦の腕に手を掛け、グイッと引っ張った。その勢いのまま邦彦が1歩を出したが2歩目はなくて、その代わりで倒れ込んでいた。
「あっ! 邦彦!!」
「? クニッ!」
 丁度今、外回りから戻った智が目敏く見付け、抱えていた書類を放り投げて駆け寄って来た。
「何があった」
「さっさぁ。腕を引いたらいきなり倒れて」
「? まぁ、良い。君、何処の子? 医務室に連れてくから、俺が投げちゃった書類を、俺の机の上に置いといて。よっと」
「あっ! 八尋課、ちょ…う…」
 言うが早いか、智は邦彦を抱き上げ、医務室に連れて行った。
 暇そうにしていたDr.が、慌てて居住まいを正し、ごめんくださいとも断らずにベッドに寝かし付けた邦彦を診察し始める。
 因みに、Dr.も看護師も裏関係者。体調管理はするし出来るが、たまに怪我とか貰っちゃう。そうすると、一般の医者には行けないので、ココで診て貰ったりガーゼの交換なんかをする事になる。なので、系列会社の医療チームは365日24時間フルタイムで稼働していた。紅龍の科学局のエリートコースの一つが、本社の医務室勤務だ。残るもう一つのコースはシンクタンク入りだが、これは表には出ないので良いんだか悪いんだか‥‥。
「低血糖と脱水症状ですね」
「へっ? 何で又‥‥?」
「食べず飲ます寝まず、だったんじゃないんですか?」
「そんな筈はな‥‥くもないか‥‥。今、宏さんが居ない」
「それだぁ〜」
「ああ。俺の責任だ。頼まれたのに━━‥‥」
「点滴しておきましょう。後は睡眠」
「このまま寝かせておいて良いか」
「はい」
「帰りに拾いに来るよ」
「はい。ん?」
「繁盛してんじゃん」
「否。たまたまですよ。どうぞ」
 Dr.は智に答えてから、一言返事をした。
 ドアをノックしたのは克美だった。彼は1人で入って来た。
「失礼しま〜す。え〜と、あっ、八尋課長」
「? ああ。さっきクニと一緒に居た」
「1課の橋口克美(ハシグチカツミ)です。邦彦とは同期で」
「ふぅ〜ん。じゃ、後は宜しくお願いします」
「はい」
「課長っ」
「ん? 君も他人の心配より自分の心配をした方が良いよ。お昼、摂ったのか?」
「まだですけど、邦彦は友人ですっ」
「そう。なら、何も言わんよ。失礼」
「あっ…ふぅ…邦彦? お前3課で何やってんの? 1課にも訊こえて来てんぞ? なぁおい」
 去って行った智を見遣り、克美が溜め息を吐いた。自分は私事でバタ付いていて、社内の事をおざなりにしていた。と言うのも、部長が彼の娘さんと婚約するとか婚約するとか婚約するとかあって、部長の人となりを訊ねられたり、高校生で婚約なんて、と言う彼を宥めてみたりと、婚約発表パーティー後も少し気忙しかった。なので、田尾邦彦が香川邦彦になったのを知ったのは先週の事で、課内、部内の女の子の話を纏めると、香川係長のところに、よりにもよって嫁入りした、とか言う話だ。そんなバカな。
 少なくとも、自分の知っている限りの邦彦は、ノンケだった。自分と違って、その気はなかった筈だ。中学生の頃に目覚めた自分に、気付けない訳がないだろう。でも、丸で気付かなかったし、感じ取れなかった。だから、嫁入りってのは、違うと思っている。他の、別の事情だと思う。便宜上、そのように言っているのだと思っている。
「なぁ、邦彦。何があったんだぁ〜?」
 ボソーッと呟き、でも、答えが返って来る訳でもなくて、ベッド脇にあった丸椅子に、スポっと座り込んだ。
「君。え〜と、橋口君」
「はっはいっ」
「お昼、摂る時間がなくなるよ?」
「いえ。邦彦の側に付いています」
「八尋3課長が迎えに来て下さる」
「どうして八尋課長ですか?」
「香川君は3課だろう。ご主人にも頼まれたと仰っていたからね」
「ご主人ってっっ。何かの間違いです! 失礼しますっ!」
「おや」最近の若い者は切れ易いと言うがありゃ本当だ、とDr.が独言た事は、看護師しか知らない。
「あっちゃ〜っっ」と、医務室を勢い良く出てしまった克美は、右手を右目辺りに添えて天を仰いだ。短気は損気とは言うけれど、ついカッとなって出て来てしまった。出て行っておいて戻るのも格好の良い話じゃないので、腕時計を見て社食に大急ぎで向かった。ゆっくりする時間はないけれど、麺類や丼物なら掻き込める。
 邦彦の所には、17時になったら行こう。ひょっとしたら、その前に気付いてデスクに戻るかも知れない。案外、そのまま家に帰るかもだけど、そうなったらそうなったで、訪ねて行こう。家の場所は変わっていないだろう。陰気で嫌味で似てない親父さんと弟だったけど、本人も家族の事で悩んでると溢し、放浪生活続けて飲まず食わずの生活をして切り詰めていたが、この何ヶ月か擦れ違う程度だったが、遠目に見た邦彦は身綺麗にしていたから、きっと和解して独立したに違いない。
 邦彦の家には1度しか行った事ないが、交通の便が滅茶苦茶悪かったので憶えている。
 多分きっと、あの親父で弟なら歓迎はしてくれないと思うが、アパートの住所も教えて貰えないかもだけど、なら、スマホに電話するし、最悪、明日でも良いや。運良く、明日は土曜日で会社は休みだ。朝はゆっくりかも知れないけど、体調悪いなら睡眠を欲するだろうけど、mail入れときゃ読むだろう。昼過ぎる迄待ってみて、返信来なきゃもう1度電話しよう。そうしよう。
 克美はカツ丼をかき込みながら、頭の中で考えを纏めた。
「あっと〜。タバコ辞めたんだった」
 習慣的に内ポケットに手を入れ、テーブルのファンを回していた。そして、思い出す。彼がタバコを辞めるので、一緒に辞める事にしたのだった。禁煙始めて3週間。まだまだ、喫煙していた頃のクセが抜けない。
 湯呑みに残っていた玄米茶を飲み干し、食器をカウンターに戻しに行ってデスクに戻る事にした。この時、3課を覗き、邦彦の背広が背凭れに掛かっていて本人が戻っていない事と、八尋課長の姿が見えない事を確認した。3課に残っていた女の子に、課長の行方だけ訊ねる。課長はお得意様回りで、帰社するけど17時を過ぎるとか。お礼を言うのは忘れずに、中を通って1課に戻った。すると、1課長は係長を連れて官庁回りに行ったとか。
 気の早い連中は、アフターファイブの話で盛り上がっていた。華木とか華金とか言われてた昔もあるが、接待費すら満足に落ちないご時世。給料日後の週末の贅沢くらい許されて良い筈だ。と言う訳でご同輩、あんさんもご一緒しませんか?
 このお誘いは丁寧に断った。先約があると言って。デートか〜! 許さ〜ん! なんて言われたけど、笑って誤魔化し、外回りのまま直帰すると言って荷物を持ち、縋り付くような同僚の声には反応せず、足早に医務室に向かった。勿論、その姿は見られてはいない。
 ノック。Dr.の落ち着いた声がして、ドアを開けつつ一声発した。
「失礼しま〜す」
 ヘコッと会釈して中に進み入ると、見覚えのない背中が見えて、親友の寝むベッド脇にあった丸椅子座ろうとしているところで、ちょっと焦って歩み寄ろうした‥‥ら、Dr.に腕で止められて、カッとなって文句を言ってやろうかと睨み付けたら、随分と柔らかい声が鼓膜を叩いた。
「クニ?」
「無理ですよ、香川係長。邦彦君は今、眠っています」
「企画2課香川宏係長っっ」
「ん〜? 君、誰」
「俺はっっ」
「おや?」
「ヒロちゃんっ!」
「おっと」
 宏が振り返ったらDr.が声を発し、空気の微かな振動を感じて視線を戻すと、首っ玉に邦彦が抱き付いて来た。その、たった3日の留守で一回りくらい細くなってしまった邦彦の身体を、しっかりと抱き締める。
「ただ〜いま。まだ会社だろうと思って会社に来た。てか、智さんからmail入ったぞ。倒れたって。心配して車素っ飛ばした」
「ごめんにゃさい」
「又、ご飯食べずに水も取らなかったんだろう」
「欲しくなかったにゃ」
「ダメ〜」
「お風呂は入ってたにゃ! 寝てたにゃ!」
「それは、気絶とか失神に近いと思いますよ」
「にゃっっ」
「Dr.、もっと言ってやって」
「邦彦君は、香川係長が居ないと、途端にダメッ子になりますねぇ」
「普段からダメッ子だぞ? 家事は一切バツ。やらせても良いお手伝いはゴミ出し。その他の自発的な行為はトイレか?」
「え?」
「にゃんっっ」
「家事は全面的に俺だろ? 入浴も」
「にゃ〜にゃ〜」
「身体洗うのも洗髪も俺がやってる。お姫様は、身体さえも拭けない」
「にゃ〜にゃ〜」
「甘やかしたいんですね、宏さんが」
「そうとも言う」
「にゃんっっ」
「これこの通り、俺のお姫様は宇宙一愛くるしい。これを甘やかさずになんとする! 下僕の名折れ」
「にゃー! ヒロちゃんは王子様にゃ♡」
「有り難う。お帰りは言ってくれないのか?」
「にゃ♡ お帰りにゃさい♡ ちゅう♡」
 邦彦の長い睫毛が影を落とし、しっかりたっぷりこってりの、15分ものマジDEEP Kiss。抱き寄せていた邦彦の身体がブルッて、イッたらしいと察知した。
「イッたろう」
「にゃぁ〜んっっ」
「くくく。可愛いにゃんだ事」
「にゃっっ!」
「怒っても怖さ半減だぞ、にゃん語だと」
「ふーっっ!!」
「良し良し」
 頭を撫で子撫で子して貰った時、それ迄、宏の陰で見えなかった親友(?)克美の姿が、いきなり視界に飛び込んで来た。大パニックの邦彦。部内の噂で知っているかも知れないが、直接話していない。これはマズイバレ方だ。
「克美、これには色々と、公には出来ない事情があってだな」
「どんな」
「クニの知り合い?」
「受験番号が連番で、それで仲良くなった営業1課の同期で橋口克美」
「1課っつ〜と、公官庁かぁ〜。楽なトコね」
「ヒロちゃんっ」
「邦彦君は横になって。点滴、まだ終わってないですよ。宏さんも、無闇と煽らない」
「怖い怖い。佐伯先生、怖い」
「私は怖くなんかないですよ。寧ろ、橋口君の方が怖いかも」
「え〜? どの辺がぁ〜?」
「ヒロちゃんっ」
「察するに、親友だと思っていたクニのプライベートに、自分の知らない部分があった。俺に隠していやがったのか、この野郎って、ムッとしてるだけじゃ〜ん」
「ヒロちゃんてばっ」
「次に会った時に教えてくれ」
 そう言って格好良く立ち去ろうとしたが、バカ者扱いを受けた。
「お前、バカだろう。クニのプライベート、イコール俺のプライベート。他人に教える訳ないだろう。その頭に脳味噌詰まってるのか」
「!! 他部署の係長風情に、そこ迄言われる筋合いはありません!」
「他部署だが、所詮は使い捨てのヒラ社員に過ぎない奴に、そんな生意気な口を叩かれる筋合いはないが」
「くっ!」
「ヒロちゃん」
「黙ってろ。1課長って誰だっけ。佐伯ぃ〜、調べてぇ〜」
「はい。え〜と‥‥野村雪乃(ノムラユキノ)課長です」
「有り難う。抗議しておこう。帰り給え。もう、用はないから橋口君」
「課長は関係ないでしょうっっ」
「あるよ。部下なんだから。部下の目上の者に対する態度と言葉遣いがなってない。こりゃ、教育が悪いからだ。帰れ」
「ヒロちゃん」
「黙れ」
「にゃん」
「去ねっっ」
 気分の悪さを声に乗せ、少し声を張ったら、克美がビクッと身体に力をいれた。そして、出来の悪いブリキの玩具のように、ギコチない動きで医務室から居なくなった。
「フンッ! お前もっ!」
「にゃあ?」
「友人は選べ!」
「にゃ? 克美の助言がなかったら、ヒロちゃんとこうならなかったにゃ」
「━━‥‥。そうなの?」
「にゃん♡」
「あらそう。あんなバカそうだったのに、キューピットだったか」
「にゃ♡」
「はい。もう横になって」
「ああ」
「にゃ!」
 邦彦がゴソゴソと、ベッドに横になる。点滴はまだ、1/4は残っていた。
「パンツが冷たいにゃ」
「イッた方が悪い」
「にゃあ! イカせた方が悪いにゃっっ」
「新しい下着、出しますよ」
「うにゃっっ」
「おや」
「あれ」
 邦彦が恥ずかしいと、布団で顔を隠す。で、そっと上の方から目だけを出した。でも、宏とDr.がまだこっちを見ていると判り、再び顔を隠す。
「邦彦君、腕は伸ばしておいて」
「あっ、はーい」
 コソコソと、左腕だけ出す。
「下着、どうします?」
「点滴終わる迄動けないじゃん」
「まぁ」
「点滴終わったら連れて帰るから要らない」
「はい」
「にゃ? ヒロちゃんヒロちゃん」
「ん〜?」
 クイクイと手招いて、耳を貸して貰った。
「Dr.は裏の人?」
「ああ。ウチの科学局のエリートだ」
 ボソーッと耳打ちされたが、答えは普通の話し声だった。
「そうにゃんだ」
「本社勤務だからな」
「にゃる程。部長関係する?」
「ああ」
「ふぅ〜ん。うにゃ?」
 何事かを思案している風だった宏が、不意に椅子を立ち医務室のドアを開けた。すると、とっても良く知った顔が2つ、並んでいた。
「何してるんスか」
「否。犯ってる最中だと悪りぃなと思ってよ」
「若‥‥。そんなに暇だったんスか。智さん迄一緒になって、何やってるんスかっっ」
「俺は、若に引き止められて仕方なくっっ」
「他人のせいにしちゃイカンよ、八尋3課長」
「他人のせいにはしていません。若のせいに」
「お入り下さい。恥じをばら撒く程の物好きじゃないっス」
「酷でぇなぁ〜。恥じだってよ」
「全くです」
「閉める」
「待て待て」
「短気は損気」
「そうそう」
 へへっと俊が笑うから、智も釣られて笑った。でも、宏は気分悪そうにしてる。
「シャレの通じん奴だ。なあ」
「はい」
「やっぱ閉めるっっ」
「入るぅ〜っっ」
「入りますっっ」
 で、やっと2人が入って来た。
 首を起こしてドアの方を見遣っていたが、満足に声も訊こえないし、誰が来てるのかも判らなかった。が、判るなり緊張。部長と課長ではないか。魔物人生浅いから、ドキドキしてしまう。
「よう、クニ。大丈夫か?」
「にゃ! あっ、否。はいっ」
「にゃ?」
「にゃ、だよなぁ〜、クニ」
 智がそう言ったら、邦彦が布団を引き上げ、顔を隠してしまった。
「何だ何だ? 智との内緒事かぁ〜? 怒って良いぞ、宏」
「いや〜っっ」
「俺とじゃないですよ。宏さんとの内緒だったから照れてんだよな、クにゃん」
「く・くにゃん!?」
「だろう?」
「にゃ〜っっ」
 智の呼び掛けに本気で照れて、頭をすっぽりと、布団で隠してしまった。
「これ。佐伯に怒られるぞ、腕伸ばせって」
「うにゃん」
 宏に言われて、左腕だけ出して伸ばした。
「ほらほらぁ〜。にゃんって言った。クニじゃなくて、クにゃんでしょう?」
「にゃる程。クにゃん決定!」
「にゃあ〜っっ。あっ、否」
「LINEで流しとけ。クニ改めクにゃんって」
「え〜っっ!!」
 余りの事に、びっくりして顔を出した。
「お前はクにゃん」
「にゃあっっ。ヒロちゃんっっ」
「俺を見てもどうにもならんぞ。にゃあにゃあ言ってるのは本当だし、外でも出るから止めろって言ってたのに止めなかったのもお前だ。そんな、縋るような眼差しで見ても同じだぁ〜っ」
「おろ?」
「まあ。人知れず苦労してたのね、宏さん」
「苦労の内に入るかよ。嬉し恥ずかしの恋女房だぜ。お前、涼一の可愛い我が侭、苦労すっか? 俺は嬉しいがねぇ」
「それもそうですね。まぁ、涼一は訊ける我が侭しか言わないしなぁ〜」
「お前以外の何者にも言わねぇし、言えねぇし、言いたくねぇし、叶えてくれねぇし、叶えて欲しくねぇし、叶えられねぇ事だと思うぜ?」
「ほほう」
「固定の情人を複数人持ってらっしゃる若の言葉は、重みが違いますね」
「何か鳴ってますが」
「俺じゃねぇよ」
「宏さん?」
「否。じゃ、クニか」
「にゃあ?」
「スマホは〜‥‥枕の下か。そら」
「にゃ。にゃあ〜っっ」
「どうした」
 俊と智には、同じ、にゃあ、に訊こえるが、微かなニュアンスの違いを訊き分けられる宏が心配したように声を掛けた。
「克美からにゃ。どうしようっっ」
 スマホを覗き込んだ邦彦はワタワタ。宏は、冷めた表情を作っていて、ちょと怖い。
 怖いとは感じなかったけど、宏の表情が変わったのは判った。
「何かありましたか?」
「さっき迄居ましてね、橋口君。随分と横柄な物言いをする子でしたよ」
「ああ‥‥。何かしでかしたんですね」
「ヒラ社員の若造に、他部署の係長風情とか言われました」
「あらら。それはマズイでしょう。1課長、野村君の指導でしょうかねぇ。あのヒト、課長になった途端、鼻持ちならない上司風吹かせるようになりましたからねぇ」
「誰だ、それ」
「営業部1課長の野村雪乃です」
「営業部かよ‥‥。俺の監督不行届じゃねぇか。人事にも拘って来る」
「そうっスね」
「そうですね」
「何だよ、声揃えて。問題アリの奴なのかよ」
「早い話、そうです」
「企画部の俺の耳にも入ったっス」
「早く教えろよっっ」
「言いましたよ」
「言いました」
「えっ! ウソッ」
「嘘なんか言いませんよ」
「言わないっス」
「え〜っっ! いつ話した?! 直で言ったか」
「言いましたよ。ねぇ、宏さん」
「噂の段階で、4枚のエース揃って直訴しましたが」
「えっ! 記憶にねぇ‥‥。俺、忙しくしてなかったか?!」
「そ〜っスねぇ」
「時期的に被るのは、モナコ進出頃と重なるかも知れませんね」
「アチャ〜ッ。記憶にねぇ筈だ。モナコって事で神経使ってたから。そのどさくさ紛れだ。どうすっかな。クにゃん、煩せぇから切れ。で、着拒」
「にゃっっ。はい」
 元気に鳴っていたスマホを切り、言われた通りに着拒にした。
「どういう奴なんだ、そいつ」
「枕営業するような、締まりのない女です」
「なぁ〜にぃ〜!! そら、大問題だ。重役とも寝てたか」
「ええ。俺が知るだけで3人」
「おや。俺は、噂込みっスが、5人知ってますよ」
「そうなんですかぁ〜っっ」
「股が緩いんだな」
「そうです」
「それは間違いないっス」
「その重役とは、今も続いてるのか?」
「さて」
「手を切った、と言う話は訊かないので、続いているかと」
「だよなぁ〜。表だよな」
「勿論」
「当然っス」
「なら、続いてるな。いくら股が緩くても、相手はジジイだ。女ならミソもクソも同じだろ」
「いやぁ〜‥‥何とも」
「俺ら、女にも男にも困った事ないっスよ」
「そりゃそーだ」
「全くです」
「にゃ〜っっ!」
「ん? どうしたクニ」
「にゃあにゃあっっ!」
「?? ああっ! 女にも男にも困った事ないって話か?」
「にゃあ」
「過去のお話。今はお前Only♡」
「にゃ♡」
「やってろ、バカ」
「ゲボゲボ」
「あ〜。酷いなぁ。ウチ新婚なんスからね」
「10年後も新婚って言い張る気の奴が、何抜かしやがる」
「てへっ♡」
「可愛くねぇよっっ」
「若よりは、可愛いつもりっス」
「何言ってやがる、俺ぁ〜」
「可愛くないですね」
「オイっっ、智っっ」
「こんなにゴツイんだも〜ん。涼一は可愛いですよ♡ 若の1/3くらいの厚みです」
「クニも可愛いっスよ♡」
「クにゃんは、にゃんである事が卑怯だろう」
「にゃ?」
「ファイブカードは猫好きだ。組織的には狼的だけどな」
「にゃ〜ん」
「良し良し」
 宏が邦彦の頭を撫でた。邦彦が、猫のように目を細めている。
「俺の涼一も、にゃんにならないかなぁ〜」
「何なんスか、いきなり」
「良いなと思って」
「充分、猫的だろう」
「え〜っっ。そうですかぁ?」
「ミキ、猫になんねぇかなぁ〜」
「美樹は、にゃんと言うよりワンっスね」
「やっぱ? だろう? 猫のように、気紛れに俺を振り回して欲しいよって、なんて話させんだ。にゃんとかわんじゃなく、股の緩い1課長だろ」
「おや。覚えてましたか」
「当たり前だ。誰々と犯ってんだ」
「え〜と」と、まずは智が、知っている重役の名前を3名上げた。すると、宏がびっくり。
「俺が知る5人とは別ですよ」
「なぁ〜にぃ〜!?」
「表重役網羅かよ」
「大した玉だわ」
「知らないんスかね、そいつら。マラ兄弟になってる事を。ひぃ〜っっ。汚い」
「知ってるだろう、噂になってるんだし」
「知らねぇだろうな。噂になってんのは裏社員の間でだろう。どう思うよ、佐伯」
「若の仰る通りだと思います。噂にしているのは裏社員だけです、今のところは」
 表重役は合計8人。裏重役は、俊と龍司を含み13人。合わせて21人。どう頑張っても、表重役の動議は可決されないようになっている。裏社員が寝返る事はない。寝返る事は、即ち、死を意味する。そんな、一つしかない命を、表で散らそうとは考えない。まぁ、情報を集める為に、仲間になったフリならする事はあったが━━‥‥。
「裏重役の誰かに当たらせつつ、1課長を呼び付けるかな。そうすりゃ、1番繋がりが深いのが釣れるだろう」
「そうですね」
「そうっスね。おろ? 又、クニだ。今度は何で誰。仕事関係なら、智さん、頼みます」
「今度こそ、任される!」
「んで?」
「Gmailで、克美からにゃ」
「しつっこい野郎だなっっ」
「何だって?」
「着拒にした? それ、香川の差し金? 週明け、デスクに行くから詳しく訊かせてくれ。以上にゃ」
「何を勘違いしたんだ、あのガキわっっ」
 宏は怒り心頭。その脇で、俊は悩んでいた。
「かつみ‥‥カツミ‥‥katumi‥‥。どっかで耳にした名前なんだがなぁ〜?」
「トシさんに相談するよう、アドバイスしてくれた奴にゃ」
「ふん‥‥? ああっ! 思い出した! お義父さんのお相手!」
「何処のオトウサン?」
「若の? まさかねっ」
「にゃ?」
「まどかの実父だ」
「まどか、マドカ‥‥はて?」
「誰でしたっけ? 確か、大した奴ではなかったっスよね」
「トシさんの‥‥? にゃ! 田口部長のフィアンセにゃ!」
「あ〜あ」
「そんな名前でしたね」
「俺らには更々関係のないガキだったんで、すっかり忘れてましたよ」
「それの実の父親のお相手っスか」
「やるじゃん、事務次官」
「それが、クニに何の用だっつ〜のっっ。凄いのは情人であって、それにしても、何人も居る事務次官の1人じゃん。俺はOnly Oneだわっっ」
「にゃん!」
「ん?」
 気分悪そうな宏の声を受け、邦彦が語気を強めた。何だ? と目を向けると、大きく頷いた。
「にゃん♡」
「だよなぁ〜」
「にゃん♡」
 邦彦が、向日葵のように微笑んだ。
「橋口君の事は、俺の方から1課長にチクリと言っておきましょう」
「有り難う御座います」
「いえいえ」
「お前ら、バカじゃね」
「ひど〜い」
「若には言われたくないっス」
「そっちの方がひでぇだろっっ!」
「にゃん〜っっ」
「クニが怖がるから凄まないで!」
「あ〜! クにゃん泣かせたぁ〜! LINEしよっと。え〜とぉ〜」
「俺が泣くぞっ!」
「どうぞ」
「おっ」
「ささ。遠慮せずに思い切り」
「おまいらっっ!」
「しかと見届けますっ」
「写メもスタンばりました」
「あたっ」
「いてっ」
 ガコ、ガコと、ゲンコで殴られて、殴られた所を撫で撫でしながら、2人共涙目に。
「フンっっ。天罰だっ!」
「うにゃ〜ん」
「クにゃんはメしたりしねぇぞぉ。クにゃんはこいつらと違って良い子だから」
 言いつつ、邦彦の頭を、大きくて厚い手でわしゃわしゃと撫でた。邦彦は、矢っ張り、猫のように目を細めている。
「股ユルの件は、俺の方で何とかする。智は克美の件を、課として正式に抗議しとけ」
「はい」
「宏はクにゃんを守れ」
「はい」
「クにゃんはそのまま良い子で居ろ」
「にゃ」
「さぁ〜て、仕事に戻るかな。邪魔した」
「あ、はい」
「どうも〜」
 さっと右手を上げて、俊は居なくなった。
「カッコいいにゃ♡」
「見目に騙されるな、クニ!」
「そうだ。あの人の良いのは外面だぞクにゃん」
「にゃ」
 了解した、とばかりに、邦彦が右手で敬礼した。
「何をしに来たんスかね、若は?」
「暇だったんじゃない?」
「暇、あったのか。智さんは何をしに? 帰りは17時過ぎるんじゃなかったんスか?」 
「の予定だったんだけど、クにゃんが心配で」
「にゃあ〜♡」
 智も邦彦の頭を良し良しして、仕事に戻って行った。そして、初めの3人に戻る。
「点滴、終わりそうですね。おーい、峰岸君、処置頼むよ」
「はーい。若、帰られたんですね」
「隠れてたクセに」
「だってぇ。若は間近にするには漢前過ぎますよぉ。あの方は、遠くから眺めて楽しむものです」
「みねぎっちゃん、若のファンだったの?」
「はい♡ もう4年程♡ 初めてお会いした時は怖い方だと思ったんですけど、会う度に印象が変わって♡ きゃ〜ん♡」
「あら」
「にゃん」
「あっ、深呼吸しとこ」と言いつつ、スーハースーハー。笑っちゃ悪いんだろが、本人が知ったらどうするのか、想像が付いた。美樹に、両手一杯の薔薇の花を持って行かせるんだろうなぁ〜。何か、やる事見えちゃった。
「医務室は平和だなぁ」
「ええ。その分、表の事情通になりますけど」
「それを若に上げないの?」
「信憑性のある事、裏が取れた事は報告してますよ」
「何故、1課長の事言わなかったんだ?」
「ココでは、噂にもなりませんでしたよ」
「ああ、そうか。トップ4の間でしか噂になってなかったな。あ、クニはこのまま連れて帰って良いの? 風呂入れて平気? 食事は?」
「好きなだけ満足出来る形で甘やかして下さい」
「お〜! 良いね、それ♡ じゃ、帰るか。あれっ? お前、背広と鞄は?」
「多分、デスクにゃ」
「何で?」
「邦彦君は、智さんに抱えられて来たんですよ」
「そうか。ちゃんとお礼言えてないから、丁度良いかな。お前、歩けるの?」
「う‥‥ん〜‥‥ん」
「どっちだよ」
「歩かないにゃ」
「判った。お邪魔さん」と言って邦彦を軽々と抱え上げた宏は、邦彦の靴を持たせて貰って営業3課に向かった。で、邦彦の忘れ物を取りがてら智にお礼を言う。ここらはキチッとしとかないと成り立たない、武闘派内のパワーバランス。だから、言われている智にも免疫はある。
 さて、週が明けて月曜日。股ユル1課長に、智は3課長として、書面で正式に抗議した。すると、その翌日に、克美の始末書が智宛てに届き、呆れ果てた。これだから股ユルわ!? 欲しいのは、誠意ある謝罪と反省だっつうのっ! それも、企画部2課係長に対してのっ! 始末書なんざ貰っても、裏がメモ紙に使えるくらいしか役に立たない。
 その旨、再度文書で抗議したら、俊の方でアタリが付いて、股ユルと1番関係が深くて長かった重役が解雇された。
 股ユルは、強力な後ろ盾をなくした訳だが、もう7人居ると鷹を括っていた。
 が、解雇の理由を知ったもう7人の重役達が股ユルとの関係を精算し始め、股ユルの社内後ろ盾は居なくなった。しかし、まだ余裕だった。公官庁のお偉方とも強い繋がりがある。そう思っていたが、タラシた男達が1人ずつ去って行く。どうしてだと探ったら、部長が直接動いて、男達を拐って行った。寝もしないのに何故!?
 男が男に惚れるには、男気さえあれば良い。
 入社してからずっと、身体を使って成績トップを守り、課長に迄なったのに、今更営業方法は変えられない。でも、契約が取れなくなった。そして、部長から辞令を受ける。
 支店長♡ と初めは色めき立ったが、訊いた事もない国への単身赴任で、しかも部下はなし。体の良い左遷だ! と抗議したら、社命に従えないのなら辞めてもらうしかないな、と冷たく突き放された。絶体絶命。
 起死回生の1発を狙って、部長を呑みに誘った。部長に婚約者が居る事は知っているが、所詮は高校生だ。大人の女の魅力には敵わないだろう。部長も簡単に乗ってくれたので、今迄やって来たようにシナを作り、精一杯の接待をした。
 部長が呑んでるグラスには媚薬。デブチビは好みじゃないんだけど、明日の我が身が掛かっている。何としても落とさないと。でも、薬が効かない。デブだから、効きが悪いのか━━‥‥?
 そんな事を考えている時、部長が目をぱっちりと開け、薄ら笑いを浮かべた。それが、凄い漢前でドキドキッと心拍数が跳ね上がった。
「何の薬を入れたんだか知らんが、市中に流通してるドラックは、俺には効かんよ」
「なっ何の話ですか?」
「じゃあ、今ココで、簡易血液検査でもするか」
 そう言って、メスと付箋のような物の入ったケースを出した。何、コレ。見た事ないわ。
「ご冗談が過ぎますわよ。お作りします」
「冗談言ってお前を喜ばす訳ないだろう」
 2袋なんて使った事ないけど━━‥‥。
 と、手首を掴まれ媚薬を取られた。少し舐めて媚薬だとズバリの事を言われたが、知らないフリを貫いた。疲労回復薬だと言われて貰ったと、嘘を吐き続けた。
「何処で入手したか調べれば判る事だが」
「では、お調べ下さい」
「判った。マッズイ酒呑ませやがって」
 気分悪そうにそう言って、スマホで車(運転手付き)を呼んだ。新宿の呑み屋街。ゴチャッとしてるけど、住所言ったから判るだろう。
 マズイ、ヤバイ。マズイ、ヤバイ。強気に出れば信じると思ったのに、裏目に出た? 本気で調べる気? そんなノウハウはない筈。唯の部長に調べが付く訳がない。
 本人は、表情に出さないようにしているつもりなんだろうが、表情に出てるって。手も震えてるし、唇の色も悪い。特に話術に長けていた訳ではなかったから、つまらん時間を使ってしまった。車、早く来ないかなぁ〜。
「ぶっ部長。場所を変えませんか?」
「ヤダ。呑み直す。車呼んだし、馴染みの店に行く」
「私も連れて行って下さいませ」
「何で」
「部長がどんなお店で呑んでらっしゃるのか、気になりますわ」
「ふぅ〜ん。後悔するよ?」
「え〜? くすくす」
 部長を落とさないと、先がないのよ! あの辞令を撤回して貰わないと!!
 そんな必死の形相が愉快で、俊は笑っていた。
 にしても、そんなに床上手なの? ちょいと興味が湧いたけど、触手が伸びる程の良い女じゃないんだよなぁ。特別美人って訳でもないし、スタイルが良い訳でもない。て事は、感度が良いんかな? でも、2発目以降の美樹の感度の良さには叶うまい。アゲマンなのかなぁ? ならあやかりたいんだけど、コレと拘った重役の1人は解雇され、他の重役達も我れ先にと関係解消をして、更に各公官庁のお偉いさんも、簡単に俺に転がされてるんだけど。これから行く店はもう決まってるし、連れてくよ? マジに。その方が手っ取り早い。
 そんな事を考えていると、美樹が来た。
「若」
 誰!? この美人!! 部長の良い人? なら負けだわ。部長は薬なしじゃ靡かない。1度関係を持てばこっちの物なんだけど━━‥‥。
「何でミキが来てんの?」
「運転手付きです。三橋が運転手」
「ふぅ〜ん。この2週間の行動、判ったか」
「はい」
 美樹は手帳を出すと、この2週間の股ユルの行動をつらつらと上げつらった。薬を購入した事も。
「何の証拠があってっっ」
「どれの事ですか? 接待は領収書出てますし、相手の裏も取ってます。ヤクの事は売人を軽く脅したら直ぐ教えてくれましたよ」
「なっ何の事ですか?」
「連れて来ましょうか?」
「くっっっ。大体、あなた何者よっっ」
「田口の第一秘書にして恋人ですが」
「何ですってっっ」
「さて。呑み直すぞ。ブランカ行く。俺が普段行く店に連れてってやるぜ?」
「えっ♡」と、股ユルは喜んだが、意味が違う。
「あら。そう言う事ですか」と言った美樹は表に出て、智と黒服を5人ばかしブランカ向かわせるようにした。
 その頃の店内。俊が股ユルに辞表を書かせていた。初めは抵抗したが、薬の事を言うと大人しくなり、言われるままの文言を書いていた。腹の中では訴えてやると怒りに燃えていたが、それは不可能な話だ。だって、ブランカ事ですもの♡
 股ユルはブランカに強制連行。たって、自ら進んで車に乗ったけど━━‥‥。
「ここですか? 随分と錆びれた」
「煩せぇよ。さっさと降りろ」
「あ、はいっ」
 何か隠された秘密があるのだわ。それを私に教える気になったって事は、媚薬が効いているのではなくて? なんて、手前勝手に盛り上がっている股ユルには大変申し訳ないが、この店の秘密を知った時は生きて帰れないから♡
「いらっしゃいませ〜♡」と、元気な声がした。俊が、ムッとなる。
「何で宏が居るんだよっ」
「呑みに来てたんですぅ。そしたら智さん来るし、兵隊来るし。何かあるんスか」
「ある〜♡ 股ユルに薬盛られたでショー、が」
「何、それ?」
「野村雪乃!」
「あれが? 大して美人じゃないなぁ」
「失礼なっ」
 智に続いた宏の言い草に、生意気にもムッとなった。でも、誰もフォローしてくれない。それどころか、俊に睨まれ口を噤む。
「八尋課長っっ」
「こんばんは、股ユル1課長」
「どう言う意味ですかっ!」
「言葉の通りだけど?」
「ひょっとしてバカ?」
「利口じゃねぇな。この俺に媚薬使うくれぇだからな」
「あらま」
「クラクラ来ちゃいました? ぷぷっ」
「ウチで扱われてる媚薬ならいざ知らず、そこらの街角で売られてるような粗悪品が効くか!」
「そりゃそーだ」
「矢っ張りバカ」
「失礼なっっ!」
「煩せぇよ、テメエは」
「部長っ」
「地下に連れてけ〜。床上手らしいから、おまいらで楽しんで良いぞ〜」
「はーい」
「何するの!? 放しなさい!! 部長っ?!」
 黒服2人に両脇を掴まれ、俊に助けを求めながら処刑場につれて行かれて、5人相手に本領発揮‥‥したけど、自分の肉体に溺れさせる事は出来なかった。反対に溺れたけど初めての体験で、本人は気付かず、唯、輪姦(マワ)されていた。
 そんなの知らねと、俊は呑み直している。安い酒の薄い水割り呑まされてたから機嫌悪かったけど、やっと落ち着いた。
「クにゃんはイケる口だなぁ〜」
「自分に付き合えるくらいだから、相当だと思いますよ。なぁ、クニ」
「ほうほう。じゃ、俺にも付き合えるな」
「多分」
「うにゃ?」
「良き良き」
 言葉と共に、邦彦の頭を撫で子撫で子。邦彦が目を細める。
「股ユル、どうするんですか?」
「要らね。辞表はあるから、用済みだ。好きにして良いぞぉ〜」
「世の為人の為に消しましょう」
「きゃあ♡ 智さん、ステキ♡」
「宏さん━━‥‥」
「きゃあ♡」
「クにゃんは真似しなくて良いのっ」
「うにゃんっっ」
「クニ虐めたぁ」
「虐めた訳ではなくっっ」
「パンチして良いぞクニ」
「にゃ! にゃ、にゃ、にゃ、にゃ、にゃん!」
 宏に言われて、邦彦が、智の見た感じよりもずっと逞しい背中に、猫パンチ猫パンチ!
「もうちょっと上。ん〜そこそこ」
「うにゃ」
 それが肩叩きになるのに、時間は掛からなかった。大人しく、タントンしてる。
「クニ、黙って使われてるんじゃない」
「うにょ? にゃあ! にゃ、にゃ、にゃ!」
「強く叩いて良いぞぉ。お〜、気持ち良い」
「うにゃん」
 結局、黙って使われてる邦彦だった。
 それが何分続いたろう。
「クにゃん、もう良いよ。疲れたろう?」
「うにゃにゃにゃ」
「何て言ったの?」
「そんな事ない、かな」
「うにゃ♡」
「さすが夫々♡ さて。行くかな。宏さん、一緒に行きましょう?」
「それ、命令の疑問文なんスけど」
「さすが宏さん♡ 話が早くて楽出来る♡」
「はーい。クニ、若と呑んでなさい。直ぐ戻るよ。クニ、虐めないで下さいね」
「いつ虐めたよっっ」
「ほらほら。そうやって凄む。クニが怖がるから止めて。美樹、頼むぞ」
「うにゃんっっ」
「怖かったら美樹の背中に隠れなさい」
「にゃあ?」
「僕は大丈夫だよ、クにゃん。それに、若は怖くないからね。一緒に呑もう?」
「にゃん♡」
「宏さ〜ん?!」
「はいはい。行って来るよ〜」
「にゃ。ちゅう♡」
「はいよ。ちゅう♡」
 触れるだけのキスを残して、処刑場に降りて来た。何と、口と言う口に、男を銜え込んでいる。
「スゴッ。4Pだよー」
「どんだけの好き者」
「そりゃまぁ、バックも使えるように仕込むけどさぁ〜」
「具合い良いか?」
「床上手なの?」
 犯ってる最中の3人に訊ねてみた。すると、休んでる2人の男の方から答えが来た。
「床上手っちゃ床上手な方ですかね」
「そこらのオヤジなら、転がせるかもです」
「ふぅ〜ん」
「具合いは、特筆する程じゃないです」
「唯、マジに好き者ですね」
「あらそう」
「何を言うの! 私は女神よ!」
 上の口からペニスを吐き出し、股ユルはそう叫んだ。智と宏が顔を見合わせる。そして、面白そうに笑った。
「何吐き出していやがる! ちゃんと銜ろ!」
「モゴッフゴ」
「女神ですって、智さん♡」
「や〜、困っちゃいますね、宏さん♡」
「天敵ですね、智さん!」
「そうですね、宏さん!」
「生かしちゃおけないっスね!」
「だね! 殺すしかないね!」
「今犯ってるのが終わったら、殺しますか」
「だね。俺らに女神なんて要らないしね♡」
「魔王と神龍が居ますもんね♡」
「俺ら、魔物だしね〜」
「ね〜」と、何処か明るいスペードとクラブのエース。
「早く済ませますから」
「良いよ、ゆっくりで」
「そうそう。股ユルさんも、長生きしたいだろ」
「そうそう。俺ら優しい魔物っスからね〜」
「ね〜」と、矢っ張り明るい、スペードとクラブのエース。
 あはは‥‥と笑う5人の兵隊達は、どこが? どの辺が? マジですか? ジョークですよね、参っちゃったな、と表情に出していた。
「何か言いたそうだな、お前ら」
「いいえ!」
「まさか!」
「とんでもない!」
 声にしなかったもう2人も、フルフルと、首を左右に振っていた。智と宏は、気分悪そうである。でも、直ぐに気を取り直して、処刑場にある獲物を物色し始めた。
「時間掛けてやるんスかぁ〜?」
「それもヤダな。表で手間暇掛けてやったから」
「優しいなぁ〜、智さん♡」
「でしょ? もっと言って」
「感謝しろよ、女神様。ぶはっ! 笑える! こんなのが女神だって」
「女神だから常識ないのかなぁ」
「何かあったんスかぁ?」
「こいつ、俺に2回も書面で抗議させたの」
「女神って、バカと同義語なんスかね」
 上の口が空いた。何発目だか忘れたが、精飲出来なくてむせっている。
 余ってた2人はとっくのとーに身形を整えていたが、たった今解放された1人も、慌てたようにして身形を整えた。
「どうだい? 女神様。後2発で今生ともお別れだぜ?」
「なっ何の事! ぅぅっっ。私は1課に必要な人材なの! あなたのような駄馬じゃないのよ! ギャアッ!」
 宏に横っ面を殴られて、口からダラダラと血を吐く。口の中を切ったようだ。歯も折れた。
「どうした?」
「否。宏さん、もう1発殴って下さいよ」
「へい」
「止めっ! アガッッ!」
「おお! 良いっスね。締まる」
「ふぅ〜ん。じゃ、撲殺しましょうか、智さん」
「そうしようか」
「済みません、自分、イッちゃいました」
「自分もイキそうです」
「良いょ〜、関係ないからぁ〜」
 股ユルに銜え込ませていたペニスを引き抜き、半ば放心している股ユルを放置して、せっせと身形を整える。そんなの知らないと、殴り始めた。
 股ユルの身体が、右に左に前に後ろにと、木の葉のように舞い踊る。暫くの間続いたが、そう長い時間ではなかった。2人掛かりだったから、あっと言う間だ。つまらん、と同時に呟き、顔を見合わせプッと吐き出す。
「股ユルは女神だったかも知れないけど、役に立たない女神だったね」
「そうっスね。あっさり昇天するし」
「俺らに殺されたから、地獄に落ちたね」
「ですね。ぷぷっ」
「鯉の餌にしといてね」
「ウッス」
「お疲れっス」
 兵隊5人に見送られた、処刑場を後にした。
「ただぁ〜いま、クニ」
「ヒロちゃん♡」
 抱き抱きしてちゅう♡
「良い子にしてたか?」
「にゃ♡」
「そうかそうか」
 撫で子撫で子。
「月曜日の話、訊いてた」
「月曜日?」
「克美の事にゃ」
「ああ」
 あの後、邦彦を甘やかせるだけ甘やかして週末を過ごしたが、土曜日にもGmailが届き、それに癇癪起こした邦彦がメアドも拒否addressに登録しちゃった。
「良いのか?」
「だって、俺のヒロちゃんを悪く言うんだもん」
 涙汲む邦彦に沢山キスを落とし、何度も一つに繋がった。
 そして、明けて月曜日。本当にデスクに来た。それも、昼休み入るなり直ぐ。今から宏が拵えてくれたお弁当食べるから、手短に済ませたい。なので、話せる事は何もないと、はっきりとした口調で言った。なのに、それを宏の入れ知恵だと勝手に勘違いし、腕を引かれ、話を訊かれずに済む喫茶ルームに行こうと耳打ちされた。ムッとなる邦彦になんか構わない。グイグイ引かれる腕を払い落とし、再度、きっぱりと言い切った。
「君は俺の知り合いかも知れないが、友人ではない! これ以上、プライベートに踏み込むのは止してくれ! 不愉快だ!」
 断固とした主張。
 それに一瞬怯んだが、邦彦を心配してたのは本当なので、ついつい声が大きくなった。
「邦彦! どうしちゃったんだよ!」
「失敬だな! 君に、呼び捨てにされる謂れはない! 帰ってくれ。俺は今から、恋人が作ってくれたお弁当を食べるんだから」
「恋人?! そう言えって、香川に言われたんだな!」
 パーン。
「くっ邦彦‥‥」
 横っ面を叩かれて、打たれた頬を押さえて呆然となる。それとなくこの2人の遣り取りを気にしていたお弁当組の女子達もびっくり。田尾君‥‥、否々、香川君でも怒る事あるのね。まぁね、1課の彼、相当強引だったけど━━‥‥。
 そこに、智が出先から戻った。邦彦の気分悪そうな表情と、1課の判らんちんの驚きの表情から、何かあったなと、想像が付いた。だから、わざと邦彦とそいつの間に入った。
「よう、クにゃん。今日も愛夫弁当か?」
「はい♡」と機嫌良く返事したけど、智の登場で安心したのか、涙が溢れた。
「おいおい。何も泣かんでも」
「友達だと思ってたのに、唯の野次馬でした」
「そうか」
 撫で子撫で子。
 邦彦が目を細める。
「邦彦っ」
「追っ払って良いか?」
「お願いします」
「3課に2度と来るなっ」
 智が声を張ったら、スゴスゴと立ち去った。
 邦彦の両の目から、ポロポロと雫が落ちる。
 そんな邦彦を肩に抱いて良し良し。
「ココで弁当食べれるか? 一緒に社食行く?」
 コクッと頷いたのが判ったので、邦彦に弁当持つように言って社食に向かった。弁当食べたら邦彦も元気になったので、そのまま午後の仕事に就いたが、判らんちんは始末書書いたのに、まだ3課を覗きに来ている。好い加減でしつこい‥‥と言う話をした。
「帰ろうか」
「にゃ♡」
「じゃ、お先です」
「にゃにゃにゃにゃ〜ん」
「何て言ったんだ?」
「お先で〜す、かな」
「うにゃ♡」
「では」
「気ぃ付けてな」
「はーい」
 ブランカ事終了。この店の扉を潜った女が、元気な姿で出て来る事はない。魂は地獄に落とされて、肉体は鯉に喰われた。
 元々、入った人数と出て行く人数が合わない、との噂のある店で、子供達にも、行くなときつく言ってある。夕方5時からやってる店なので、不良の溜まり場になってもおかしくないが、不良も近寄らない。正しくは、何度もある、リーダーが変わる度に。その度、源ジイが魔物全開で追い返していた。それにビビッて、バカなリーダーになる迄は足を向けない。ココは紅龍の処刑場。金持ってないガキに用はない。金払ってくれるなら商売するけど、ガキの溜まり場にはしない。何度でも言うが、ココは紅龍の処刑場。
 股ユルの1件を大ボスに上げて、オーナー社長として大規模なリストラをする前の話。
 週末の夜は尚も更ける━━‥‥。

《終わり》

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