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コロ休みアダルト文庫『仏心』前編

作:平 和(たいら なごみ)

 ゆさゆさと、情人の身体を揺すっていた。
 代議士秘書の山田圭介(ヤマダケイスケ)38歳。実年齢よりも若く見える秘書君は、もう長い事、付いている代議士先生と出来ていて、それで第一秘書になったようなもんだ。けれど、腹ぼて早漏ハゲオヤジ、くらいにしか思っておらず、いずれあのハゲを利用して、政界に打って出ようと考えている野心家だった。
 その、ギラギラした眼が気に入って身体の関係を続けていたが、政権与党の幹事長秘書なので、情報屋としても使っている。
 それは、本人も承知していた。寧ろ、他の情人達よりもポイントを稼いでいるつもりでいる。つまり、圭介も、俊からの呼び出しを、首を長くして待っている他の情人達と何ら変わらず、俊に惚れ抜いていた。
 世界第3位のコングロマリット、山下コーポレーションの営業部部長だ、と言うのは知っているけど、その出自も背景も、自宅さえも教えて貰っていない。気になって少し調べたけど、知っている事しか揃わず、結局、何者なのか調べ切れなかった。謎多き男だ。が、そのミステリアスな部分も良い。適度な距離感も好みだ。何より、SEXが楽しめる。これが1番だ。
「くっうっイッくぅっ」
 圭介が3回目をイッて、俊が1発目をやっとイッた。
 圭介の、陽に焼けていない白い身体が、ベッドに沈む。ああ〜犯った〜って感じが好き。オヤジの粗チンで突かれても、良くも何ともありゃしない。
 俊と関係が出来る迄は、それでも何とかイケていたのだが、俊のを知った身体では、あの粗チンじゃイケない。だもんで、良い声で喘いではみせるが、頭の中では俊のデカマラと俊とのLOVE×2なSEXを大妄想している。妄想の中の恋人は、どんなキザな台詞も甘い言葉も言ってくれて幸せなのだが、実際の俊は、ドライ過ぎる。
 犯る事ヤッたとベッドから抜け出てバスルームに向かう俊を、ぶうっと見送り一言。
「タバコ貰うよ」
「ああ」
 お許しを貰ったので、ベッドから抜け出て1本失敬した。火を点けたダンヒルのライターも俊のだ。
 普段、タバコは吸わないが、煙りが欲しい時もある。
「絶景かな絶景かな」
 閉まっていたカーテンを開けて、眼下に広がるテールランプに想いを馳せる。勿論、圭介は全裸。
 ここは都内の某一流ホテルのスイートルーム。会う度こんな良い部屋なので、代議士秘書の自分の為に無理しているのかと思い、一度断った。しかし、小首傾げて意味判らず風で、その後も続いた。半分出すと言ったけど無視されて、ムッとして後を追い、会計中にお金を出そうと思ったら、鍵を預けるだけだった。どう言う事だろうと尋ねたら答えてくれた。年単位で借りてるアパルトマンらしかった。
 えっ? 何者? と調べた訳だけど、何も出なくって、次の呼び出しの時に名刺を貰った。何かそれが嬉しくて、いつも待ち歩いている。
「良いぞ」
「あ、うん」
 俊と入れ替わるように、圭介がバスルームに入った。
 運動部だったけど強豪校だった訳でもなく、一応、主将も務めたけど仲良し同好会のノリだった。だから、筋肉らしい筋肉もなく、最近は特に、年齢に依るポッコリお腹の予防の為に、忙しい時間を割いてジム通いをしている。
 先生に尻貸してる時は汗もかかないが、俊とのSEXは全身運動になるので汗もかく。使ったアナルは念入りに。少し痛みが残るくらいが良い。痛みを感じる度、俊を思い出せる。
「ふむ」
 ドライヤーで髪をセットし、全裸で出て来た。俊は矢っ張り、背広だけ着ずに服着てた。あの、逞しくも美しい肉体もお気に入りの一つだから、何となくガッカリ。でもでも、スーツ姿の俊もお洒落で素敵だ。見る目を持ってりゃ判る、フルオーダーのスーツとブラウス。何処のテーラーを使っているのかなんて調査には上がって来なかったけど、勝手に老舗だと思ってる。
 圭介は、剥ぎ取られた(っても、ちゃんと協力している)服を、1枚1枚身に着けた。そして、いつものようにコロンを振り掛けようと思った。ジジイは一々僻み易いのだ。
「俺、その匂い嫌い」
「えっ」
「こっちの方が、お前に合うと思う。付けてみ」
 先生に頂いたコロンだったけど、俊の方が大事! なので、俊にプレゼントされたオードトワレを付けた。
「こっち来い」
 言われるままに歩み寄ったら、膝に抱えられた。
「ん。まだお前の匂いになってねぇが、こっちのイメージだ」
 スンと鼻を鳴らし、首筋にKissされた。もう、心臓バクバク。嬉しい。俊からの、ザーメン以外のプレゼント。初めてのプレゼント♡
 でも、どうしよう。先生に何て言い訳すりゃ良いんだ。今迄使ってたのは、先生の趣味だった。使い分けするしかないのか? そんなの嫌だ。何とか言いくるめよう。
「じゃあな。暇出来たら連絡する」
「うん。待ってるよ」
 口付けも許して貰っていないが、それが不幸だと思った事はない。だって、待ってさえいれば良いのだから・・・。
 俊は振り返りもせずに部屋から出て行き、乗り付けたラ・フェラーリで去ってしまった。それは、圭介は知らない。鍵は俊が持って出たので、圭介は忘れ物なく部屋を出れば良い。
 圭介も車(たって、ベンツだけど)を素っ飛ばしてやって来たが、俊の方が必ず先に、待ち合わせ場所のロビーに居る。夕食を展望レストランで軽く摂り、揃って部屋に行って励んだ訳だ。
 シートの座り心地が違う。でも、この痛みは宝物だから、充分に前方を注意しながらマンションに戻った。
 一足先に部屋を出ていた俊は、その分早く、自宅マンションに着いていた。
 FAX、プリンター、留守番電話に何もなくて、苛立った。動かしている駒はいくつもあるが、今回はこの中に、美樹が含まれている。
 美樹の実力的には、何ら問題もなかった筈だ。油断したか、思わぬ伏兵が居たか、その両方か。
 とっくに戻っていなくてはならないのに、何処で何をやっているんだか‥‥‥。
「あたたたたっ」
 熟睡していた美樹が、いきなり目を覚まし、勢い良く身体を起こした。その身体を、白い優しい手が、そっと押し留める。
「ダメよ。怪我をしている上に、1週間も意識不明だったのよ?」
「1週間‥‥そりゃ寝過ぎだ」
「何言ってるのかしら。まぁ良いわ。飲み物でも持って来るわね。その後に、先生に診て貰いましょうね」
 出されたのは、香りの飛んだ紅茶。
「え〜っと・・・」
 テープを巻き戻すが如く、途切れがちな記憶の断片を繋いで行く。
 美樹が特に得意としているのは、ロングレンジからの狙撃。ターゲット迄の距離は1.5km。南の風1.2m。ポイントはここしかないと、構えて隙を伺った。そのマフィアのボス主催のパーティー。ボスを殺る手もあったらしいが、警告として、悪目立ちしていた、ボスの息子も溺愛してた四男坊を、目の前で射殺した。で、いつも通り大パニックになっていたのでお仕事完了、の筈だったのに、撃ち返された。それも正確に。左肩に被弾。そんなの訊いてないよ〜と、スタコラサッサと逃亡を図ったが、用意が宜しくて追っ手が来た。まぁ、何とか撒いたけど、どうやら静脈をやったらしい。で、灯の点いていたバーに倒れ込むように入ったんだけど、ちと出血が多くて意識を手放した。下見とか確認作業でロクに寝ていなかったから、気持ち的には良く寝た〜、なんだけどな‥。
「僕の服も荷物もないっ」
 くるっと辺りを見回しアタフタ。していたら、ヨボヨボのDr.が入って来て、診てくれた。
「左肩の傷は弾創じゃな。中に埋まっとった弾は取り出した。暫くは左手指に痺れが残ろうて。何にしても、撃たれた場所が良かったわい」
「はぁ。有り難う御座います」
「お前じゃろう。カッサノの四男坊を殺したの。血眼になって探して回っとるぞ」
「そうですか」
「お前をカッサノに突き出す」
「良いですよ。僕は唯の使いっ走りだし、大した手柄にはならないと思います。それに、カッサノの傍若無人振りに苦しめられているんじゃないんですか? 特にこの町は、四男坊の無茶に苦しめられていた筈ですが」
「唯の使いっ走りの割りに、詳しいの」
「特に詳しくないですよ。下調べの段階で出て来た事です。僕は殺し屋ですが、殺し屋にもポリシーはあるんです」
「ふん。カイマ!」
「はーい。終わった?」
 美樹の看病をしてくれていた女が入って来た。カイマって言うんだ。優しそうな女性だなぁ。ブロンドの長い髪が綺麗。
「お前の目は正しかったわい」
 そう言ったDr.の、厳しかった顔がしわくちゃになった。
「でしょう? 綺麗な指しているもの」
「?」
 指が何にどう関係するんだろう。体術がそう得意ではなく、その結果だから、美樹的には褒められても嬉しくない。でも、若のお気に入りの一つでもあったので、武骨にはしたくないと思う美樹だった。
「あの」
「お腹空いたでしょう。今持って来るわね」
「あっ! う〜っっ」
「動けるようになったら、早う出て行きなされ。カイマに、これ以上の迷惑を掛けん内にな」
「どんな迷惑を掛けたんでしょう。まぁ、1週間も寝てたのなら」
「お前さんを弟だと言い張ったら、証拠を見せろと言われて、町長のセガレの性奴を3日やらされた」
「えっ!」
「後はワシへの支払いじゃな。いつでも良いのに」
「Dr.への支払いは、僕がします。それより、カッサノとつるんで甘い汁を啜っていた町長、のセガレのペニス、切ったろかな」
「バカ者。カイマのせいになるわいっ」
「えっ? そうなの? まぁ良いや。カイマの恩に、どうやれば返せるかなぁ〜? 本当のお姉さんにしちゃうぞ。くすっ」
「お前は何処の国の者じゃ」
「ニホンですよ」
「ニホン? はて」
「東洋の小さな島国です」
「カイマを、ここから連れ出してやってくれ。恩を感じるならカイマと結婚して」
「タンマ!」
 ジジイってのは、どうしてこうも先走るかなぁ〜。こっちにも都合と言うものがある。
「連れ出すのは簡単だし、恩返しもしたいけど、結婚なんて出来ません。僕は既にある人のモノだし、それがなくても、殺し屋と結婚しても幸せにはなれませんよ」
「情婦が在るのか」
「いいえ」
「なら」
「僕の全て、命の全て、と言う人が居ます」
「何じゃそりゃ」
「良いですよ、判らなくて。パスポートは偽造するとしてぇ‥‥カイマは何歳?」
「24歳になったばかりじゃよ」
「え〜っっ。僕の方が4つも歳上じゃん。弟って何ぃ〜っ」
「ニャホン人は若う見えるのぉ。17〜8歳かと思うとったぞ」
「素直に喜べない。僕の荷物は?」
「カイマが隠しとるよ」
「そうですか」
 と、カイマが食事を持って来た。
 殆ど具のない、味の薄いコンソメスープと、硬くなったパン。
 この町は貧しい。裕福に暮らしているのはカッサノファミリーと町長一家。働けど働けど〜ってヤツだ。
 しかし、自分には更々関係ない。自分はスーパーマンでもウルトラマンでもないのだ。可哀想だからと、貧しい人達全てを救える訳じゃないし、救う謂れもない。だって僕は、魔王の情夫。
「ご馳走様」
「もう良いの? まだお替わり」
「有り難う。でも、1週間振りの食事だから、胃に負担を掛けない方が良いって。ね、Dr.」
「んっ? ん。うんうん」
 頼りなげにジジイが同意して、カイマが納得した。そのカイマに、荷物を持って来て貰う。中を見たのだろうか? 長短の銃とナイフ以外は、見たくらいじゃ判らなかったろうに。
 カイマがお茶を淹れに出て行き、その間にザックの中を確認。
「ふん」
 短銃がなくなっている。弾は、空砲も実弾も入っていないので唯のガラクタだが、カイマは何に使いたいのだろう。それ次第で、恩返しが出来るかも・・・。
「どうしたね」
「いえ。別に」
「お待たせ。先生もお茶どうぞ」
 矢っ張り、香りの飛んだ色だけの紅茶。
 短銃の件は後にして、熱いお湯と別のカップを3個用意して貰った。そして、フリーズドライのコーヒーを淹れてやる。
「コーヒーではないかっ」
「良い香り」
「携帯宇宙食です」
「ほう。こりゃ旨い」
 表情もほぐれて来たところで、なくなっている短銃の話をした。
 初めカイマは、知らないと言い張っていたが、弾が入っていない事を明かすと泣き崩れてしまった、ごめんなさいと繰り返して‥‥。
「カイマ…」
「誰を消したいの?」
 優しかったカイマのグリーンの瞳が、怒りに燃える。
 カイマは訥々と話し始めた。幼馴染みで恋人同士だった町長の長男。婚約もして、いよいよ明日嫁ぐと言う日に、一方的に婚約破棄されて、事もあろうか隣り町の裕福な商人の娘と結婚した。問題なのは、その女が酷い醜女だった事で、新妻と何とか犯って寝かしつけると、町長の長男はカイマの身体を求めて訪ねて来た。初めの数回は追い返せたが、騒ぐようになって家人に迷惑になるからと部屋に入れたら、腕力で捻じ伏せられ犯された。カイマは地主の娘で、今でこそ呑み屋を細々と営んでいるが、元々はお嬢様だった。使用人も何人か雇っていたそうだ。1度関係が出来れば2度も3度も同じだろ、とあしげく通って来て、昼間でも言い寄って来るようになったそうだ。そして妊娠。同じ頃、奥さんも身籠り、偶然にも同じ日に出産した。男は浮かれたが、醜女の子は醜女だった。カイマの子はそれは可愛らしくて、男は妻との子を窒息死させた上、カイマから子供を巻き上げた。
 誘われるままにカイマと関係を持ったら当たった。不幸にも妻との子は死んだが、神は見ておられる。同じ日にもう1人子を授けてくれた。この子を我が子として育てる、とか宣言して、妻にカイマの子を与えた。醜女な妻との子は、男がわざとうつ伏せに寝かせて窒息死させたのだが、医院側の管理問題だと大騒ぎして、当時医院長だったこのDr.も、職を追われた1人だ。けれど、カイマへの仕打ちはまだ続く。間男する女だと町中にふれ回り、魔性の女にされた。挙げ句の性奴隷。
 日本なら、お洒落や恋をエンジョイする24歳の女の子なのに、卵巣全摘されて子供を産めない身体にされて、今じゃ町の売春婦。
 なのに、家に男を泊めると、今でも町長の長男が嫉妬して怒鳴り込んで来る。そして、今回は3日間性奴をやらされた。
「あいつが憎いっ。私から全てを奪ったあいつら夫婦が憎いっ」
「子供さんは? その醜女が育ててるの?」
「あの女に子育てなんか出来ないわ。昔、家に下働きで通ってた娘が代わりに育ててて、子供の成長を見ながら本当の事を教えてる。だから、親子の対面は済ませているの」
「何歳?」
「6歳。明日7歳。男の子なんだけど、その娘の話だと父親の魔の手が伸びているそうで、猶予は余りないそうなの」
「うわっ。最低。判った。僕が何とかしよう。だから返して」
「嫌っ。弾を頂戴」
「どうしてもって言うなら渡さなくもないけど、銃撃った事あるの?」
 小さく首を左右に振る。
「ピタリと銃口当ててても、殺せないよ? どころか、怪我するよ?」
「えっ」
「訓練が要るんだよ。使いこなしたいなら年単位」
「そんなに待てない」
「だから、僕に任せて。恩は返すよ」
 シュンと肩を落としたカイマが1度部屋を出て、美樹に短銃を返した。
「さて。情報集めと行くか。僕が回復した事は内緒ね。じゃ」
 言って服を着ようとしたら、Dr.にどつかれた。
「こりゃ!」
「あたっ!」
「待たんかい」
「いたぁ〜い」
「そんな体で何をする気じゃ! 絶対安静!」
「大丈夫だよぉ〜」
「バカ者! 酷い出血だったんじゃぞい! 1週間も意識不明だったくせに!」
「寝不足だったからねぇ。それに静脈だったでしょ?」
「あっああ。後数㍉ズレとれば動脈」
「ズラしたんだってばぁ、静脈に」
「そんなマネ、人間に出来るかっ!」
「人間にはね。僕、魔物だから」
「バカ言うとらんで大人しく寝とれ!」
「いったぁ〜い」
「ホレ見ろ」
 Dr.と漫才やってしまった。カイマの失笑が届き恥ずかしい。
「名前、聞いてなかったわ」
「あ、ごめん。僕、ヨシキ」
「ヨシキ、愚痴訊いてくれて有り難う。貴方のこの、天使様のような指を血染めには出来ないわ。私の話は忘れて。新しく生き直す」
 そう言って静かに部屋を出て行ったカイマの背中を睨み付け、トイレだと言い張ってDr.の手を振り払って気配を殺しカイマを探した。
「だ〜か〜ら〜!」
「放して! 放してヨシキ! 死なせて!」
 イヤな予感的中。包丁で首を切るところだった。カイマの細い手首をぎゅうっと握り、包丁をさっさと奪い取る。
「恩返しはするって。カイマと子供と、ついでにあのDr.も、町の外に連れ出してあげるから」
「無理よ。屋敷には用心棒が何人も居て、町の出入り口には、町長の言う事しか訊かない保安官が居るわ」
「僕、普通に入って来たょ」
「あっ」
「ね?」
 美樹の微笑みに釣られて、カイマも引きつりながらも泣き笑い。
「僕に任せておけば大丈夫だから」
「不思議な子。血だらけで入って来た時はびっくりもしたけど」
「ごめんなさい。それから子は止めて。僕の方が4つ歳上」
「・・・。え〜〜〜っっ!!」
「そこ迄驚く」
「何事じゃ!」
 カイマの大声にびっくりして、Dr.が飛び出して来た。
「4つ歳上だって」
「らしいのぉ。ナホン人は不思議じゃ」
「ヨシキ、ノホン人なの?」
「ニホン人です! そうそう。語学は?」
「私は英語と仏語なら出来る。息子はどうかしら」
「子供は吸収が早いから、心配はないと思うよ」
「そうね」
「Dr.は?」
「わしゃ、英語と独語じゃの。それが?」
 美樹とカイマの間での話だったから、Dr.が不思議そうにしている。
「私とリマと先生、町の外に連れ出してくれるって」
「そりゃ無理じゃ。町長の飼い犬の保安官だけじゃない。カッサノも活発に動いとる。カッサノの報復に」
「それはないと思う。カッサノ、残らないだろうなぁ〜。残っても骨抜きにされるょ」
「ん?」
「何でも。定時連絡して指示仰ごっと」
 トコトコと、寝んでた部屋に戻りもしもし電話。
『あっ! 若。申し訳ありません。不覚にも怪我をしてしまって、連絡が遅くなりました』
“ミキ! 大丈夫なのか!”
『はい』
“良かった。怪我は、跡が残りそうなのか?”
『う〜ん。残るかなぁ。何分にも1週間も寝てたし、マグナム弾だったし』
“おいっ!”
『距離あったので、大事には至っていません』
“迎えに行く。ガチャ”
『あのっ、若っ? わ〜か〜』
 怒り心頭で、若、来ちゃうんだ。間違いなく、カッサノは消される。養生してる間なんてないや。少しでも情報集めとかなきゃ。
 自分は、若が絡むと凶暴になるって言うけど、若は僕が絡んだら、その波及効果が半端ないと思う。愉快そうな笑みを浮かべながら、組織を一個、根こそぎの根絶やしにしちゃうじゃん! まぁ、魔王と比べたらダメだけど…さ…。
 困ったのは、カイマ達の事を一言も話せなかった事。でもまぁ、良いか。若が直接来て下さるのなら、解決したも同前だ。
 美樹は服を着ながら、ボヤヤ〜っとそんな事を考えた。早く会いたいとも‥‥‥。
 身支度が済んで気付いた。左肩の撃たれたトコ、繕ってある。だけじゃない。洗濯もしてある。細やかな女性なんだなぁと思った。
 暗視ゴーグル。赤外線スコープ。可変光グラス。サバイバルナイフ。ピストルは師匠である若と同じ、バレル26㌅のビッグマグナム。全てOK。後はハーフブーツ履いて闇夜に紛れ込めば。
「こりゃ」
「あたっ」
「怪我人が何しとる」
「大将が到着する迄に出来るお仕事です。では、ご機嫌よう」
「あっ! 行ってしもうたわい」
 Dr.にグーで殴られて痛かったけど、黒い目出し帽を被って闇に紛れた。
 足音を立てず、屋根伝いにまずは町長の屋敷に来た。カッサノも気になるが、俊が来るなら粉砕されるだろう。だから、後回しにした。
『町長ったって、村と大差ないよな。古びた屋敷。ボディーガードじゃなくて用心棒だし』
 屋根裏に滑り込み、蜘蛛の巣を払いつつ各部屋を覗いて回った。カイマに酷い事した町長の長男らしき男が、使用人の女の子にセクハラしてるのを見付けたが、どうにもしようがなかった。元より、どうにかする気はないんだけど…。
 灯りが溢れる所は覗き見て、やっとカイマの息子を見付けた。
 カイマそっくりの男の子。
 明日、7歳の誕生日パーティーだけど、少しも嬉しくない。唯、淋しい。
 天井を睨み据えていた大きな瞳に、涙が溢れる。
「ママ…ママ…ママっ…ぐす」
 継母は冷たくて、直ぐぶつ。
 実父は直ぐ体を触って来て、気持ち悪い。
 お爺さんは甘やかしてくれるけど、目が笑ってなかった。
 この広い屋敷に1人ぼっち。ねえやが優しくしてくれるけど、彼女は通いだから夜は居ない。
 少年は布団で顔を隠すと、遂に泣き始めてしまった。どうしよう。
 少年の心細さは判る。自分も、田口のお屋敷に部屋を充てがわれて独り寝した2日は、ホームに帰りたくて泣き寝入りしていた。でも、それに気付いてくれた若が3日目の夜、軽々と抱き上げてご自分の部屋もご自分のベッドの中に入れてくれて、ぎゅうっと抱き締めてくれたから泣き止めた。
『魔物が与える希望って何だ?』と、疑問に思わなくもなかったが、スルッと忍び寄り、パフンと頭を撫でる。大きく身体を震わせた少年が泣き腫らした顔を布団から出し、びっくりして大声を出そうとした。が、唇に指1本。
「ママからのおやすみのキスを届けに来たょ」
「えっ」
 カイマ譲りの大きなグリーンの瞳に、見る間に涙が溜まる。
「君は男の子だろう? そんな簡単に泣いちゃダメだ。ママを守れるのは、リマ、君だけなんだよ」
「ぐすぐす…うん」
「大丈夫。近い内にママと暮らせるようになるから」
「ホントっ」
「ああ。だから泣かない。良いね」
「うんっ。僕頑張る」
「じゃあ、おやすみリマ。良い夢を」
 少年の頬に口付けて、さっさと退場。
 カッサノの屋敷にも出向いてみた。
「厳重になってますねぇ。意味ないけど」
 小銃持って警邏する黒服の数が倍になっている。と、頭に、カチャッと銃口を向けられた。が、美樹は薄く微笑んでいる。
「意味はあったな。待ってたぜ。アサシンのクセに迂闊なんだよ」
「有り難う。待たせてごめんね」
 両手を上げて、ゆっくりと回れ右。
「意味は、人それぞれで違う。僕はあんたの顔を確認しておきたかっただけなんだ」
 にっこりと微笑み掛け、左手に仕込んでおいたボムを炸裂させた。これは催涙弾と閃光弾。美樹を待っていた奴は暗視眼鏡をしていたから閃光弾でまず目をやられ、慌てて外したら今度は催涙弾と来た。可変光グラスに替えていた美樹は、音もなく逃げおうせた。
『隙は作るものであって、見せるものじゃないんだょ。ふふふ』
 出て行った時同様、窓からカイマの店に戻ったら、カイマとDr.が待っていた。
「寝てて良かったのに」
「怪我人放って寝られますかっ」
「全くじゃ。この不良患者めが」
 ドタバタと寝巻きに着替えさせられて、あもうもなく肩の傷を診て貰った。
「あ〜あ〜。熱持っとるじゃないか。カイマ、洗面器に水入れてタオル」


(つづく)

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