コロ休みアダルト文庫『秘書』前編

作: 平 和 (たいら なごみ)

 

 朝。
 目覚ましのベル。しかし、仕事はさせて貰えない。1回鳴り切らぬ内に止められて、ベッドに出来ていた山からムックリと俊が起き上がった。眼許をコスコスしていたら、俊の隣りからもう1人。
「おはよう御座います、若」
「悪い。起こしたか…」
「いえ。少し前に目覚めて、若の腕の中で幸せに浸っておりました」
「そうか。トレーニングして来る」
「はい。行ってらっしゃいませ」
 俊から目を逸らしもせず、静かに見詰め返していた青年が、そっと瞼を落とした。そして、優しい口付けを貰う。
 俊は触れるだけのキスをするとベッドから抜け出しトレーニングウェアになって、とっとこ部屋を出て行った。行く先は、マンションに併設されているトレーニングルーム。マンションの住人なら、24時間使い放題。25㍍×12㍍の温水プールもあったが、こっちも24時間使い放題だ。掃除は午前と午後、日に2回行われているらしい。掃除してるところと当たった事ないので、詳しくは知らない。トレーニングルームも、掃除してる時間帯とは被らないから判らない。で、エレベーターでも一緒にならないこのマンションの住人と、トレーニングルームでなら一緒になった。たって、名前も知らないし、何階の何号室の住人なのかも知らない。朝の挨拶は交わすもののそれっ切りで、後は退室する時に一言ある程度。ストイックにトレーニングしている。今朝も、いつも顔を合わせる知った顔が2人、後から入って来た。でも、その2人が出て行っても、俊はトレーニングしていた。
 さて。部屋に取り残された青年だが、俊を見送ってからバスルームに姿を消した。昨夜、激しく求めて下さった我が身を洗い清め、簡単にバス掃除もしてから台所に立つ。
 青年の名前は、泉原美樹(イズミハラヨシキ)。28歳。田口家の私兵で、俊の遊び相手。次いでに、ロストバージンの相手は俊で、彼は俊しか知らない。子供の頃から、俊は美樹を特別扱いして来た。なので、その他も当然と、特別扱いしている。僅か10歳で頭角を現わした若の機嫌を損ね、たった一つしかない命を無駄に散らそうとは思わない。
 注意一秒怪我一生。
 赤児泣いても若に笑顔。
 そんな、田口家使用人達の事情で、若の役に立つようにと家事全般は叩き込まれたが、綺麗な身体をしていた。尚、痩せても枯れても田口家の私兵なので、殺しの技術は御前の折り紙付きで、若のお側に上がる程なのだから美貌も申し分ない。若より上背のある、スリムな美人。女に見間違われる事、日常茶飯事。満員電車での痴漢被害、数え切れず。たって、痴漢して来た奴等は、1人残らず突き出しているが‥‥。
 美樹は、持参したエプロンを素肌に着けると、鼻唄混じりに朝食の用意を始めた。ここ何ヶ月かご無沙汰だったので、凄く嬉しいのだ。昨夜の情事を思い出しただけで、頬が上気する。
 美樹の1日は、俊で始まって俊で終わると言っても過言ではない。
 俊は自炊しないが、鍋釜フライパン、その他の調理器具にお皿など、一通り揃っている。何故なのか? 俊にはコーヒーミルとコーヒーメーカーさえあればOKだが、その他は美樹に必要だった。だから、調味料もパプリカも、美樹が要ると言った物は全て揃えた。因みに、調味料を置く順番を決めたのも、鍋釜を仕舞ったのも美樹だ。
「?!」
 タイマーの可愛らしい音でハッとしたように顔を上げた美樹が、エプロンのポケットに突っ込んでいたタオルで手を拭きながら、バスルームに向かった。そして、少し熱めのお湯をバスタブに張る。聞けば、離れ離れで在ったこの数ヶ月、朝も夜もシャワーだけだったそうだ。
 あんなにお風呂が大好きだった若に、一体全体何があった! と心配にもなったが、何の事はない。掃除が面倒なのだと仰った。ならばこそ、自分が居る時だけでも浴槽に浸って欲しい。と言う訳で、お手製のポプリも浮かべてみました。途端に、マンションのバスルームがスパになる。
「あちぃ〜。ただいま」
 出掛けてから約60分後。汗だくになって俊が帰って来た。
「お帰りなさいませ。お風呂の用意、整っております」
「ん」
 脱ぎ捨てて行くスエットを、俊の後を追いながら拾って纏めて洗濯機に放り込む。
 美樹は、一端キッチンに戻って朝食の用意の続きを始めたが、頃合いを見計らってバスルームに逆戻り。
 まずは、外から声を掛ける。
「若。お背中、流します」
「ああ」
 お許しが出たので、エプロンを取って浴室へ。そして、若の逞しい背中をコシコシ。
「お前が作ったのか」
「え?」
「ポプリ」
「はい。お気に召しませんでしたか?」
「いいや。ベルガモットか」
「はい。悔しいなぁ〜」
「ん? 何が」
「若は博識でらっしゃる。ハーブは私の専門だと思っていたのになぁ〜」
「そりゃ悪かった」
 何となく、良い雰囲気。まさかまさか‥‥。
 ひゃ〜♡
 犯っちゃった〜、犯っちゃった。朝の清々しい日差しの中、お風呂場で犯っちゃった♡
 お尻痛いけど嬉しい♡♡
 朝食の用意が整っていないので、若に少し待って貰う。
 俊は、出社の準備をして、朝刊に目を通しながら朝のニュースを訊いていた。
「若。お待たせ致しました」
「ああ。そんなに待っちゃいないがな」
 美樹が呼びに来たので、朝刊を置いてダイニングに行った。
「おろ。朝からリキ入ってんな」
「あはは〜」
 食卓を飾る、何品もの料理。若の身体の事を考えて、50品目の食材を使った。品数は多いが、量は少ない。けど、作り過ぎたかも‥‥。けれど、若は完食してくれた。それが又、幸せ〜♡
「行ってらっしゃいませ」
「ん」
「お弁当、宅配致しましょうか」
「・・・。昼休みは12時半からだ。行って来る」
「わっ若‥‥♡」
 俊を車で会社迄送って行った。その降り際、何気なくに成功したかどうかは判らなかったけど、一言投げてみた。すると、色良いお返事を貰えて、一気に舞い上がる。暫くの間、嬉し過ぎて身動き出来ず、ステアリングに突っ伏して幸せを噛み締めていたのだが、ややあってから立ち直り、スーパー経由で俊の自宅億ションに戻った。
「完成♡」
 掃除洗濯と、午前中の早い時間はそこらの主夫して過ごしていたが、スマホのタイマーが鳴ってからお弁当の調理に掛かった。
 小ぶりの三段重に綺麗に盛り付けた。そいつを助手席に乗せ、再びの会社。
 受付で名前を言うと、俊のオフィスから秘書君が1人降りて来て、一緒に前室へ上がった。秘書嬢が紅茶を出してくれたが、目の前の立派な扉の向こうに俊が居るのだ、と思うだけで胸一杯で、正直、お茶どころの騒ぎじゃない。
 全神経、若に集中! どんな些細な音も変化も逃すまいと‥‥。
“ミキ!”
「はっはいっ!」
 突然大声で呼ばれ、びっくりしたけどお返事してから秘書さん達には一礼し、ノックして中に入った。
「若。お弁当をお持ち致しました」
「ん」
 若に笑顔で迎えられ、ドキドキ。
 お弁当も、旨いと言って完食してくれて、今日は何か、朝から泣きそうなくらい幸せだ。
「お電話頂ければ、お迎えに参りますので」
「判った。電話する」
「失礼致します」
 お重と、味噌汁と玉露を入れて来た2本の水筒を抱え、深々と頭を下げる。そして、部長室を出たが、前室には誰も居なかった。
「?」
 何でだろうと思い、ああ昼休み、と思い当たった。昼休みに仕事をする物好きも居ないか。ならば、もう少しゆっくりして来ても良かったかしら? 若にも、もっとゆっくり召し上がって貰えば良かった。
 しかし、実際は、もう昼休みは終わっていた。その事を、美樹は知らない。気付かれていないと思っている部長が、この超過分の昼休みを知っているとも思わず、喫茶室でヒソヒソなされている部長秘書6人の密談。
「部長の彼女かな?♡」
 美樹は身体のラインがはっきりしないシルクのプリントシャツに、スキニーにスニーカーと言うラフな服装だった。
「弁当届けに来た、美人のミキちゃん」
「三木君かもよ?」
「部長はホモじゃないぞ」
「巨乳が好みだっけ」
「じゃバツじゃん」
「あっ」
「硬そうなノッポ」
 スラリと背の高い美人だったわよ。声のトーンでは男女の別は判らなかったけど‥‥。
「男でも女でもないわね」
「それよか、若って何だ?」
「部長の事か??」
「部長って若様なの?」
 仕事の出来ない時間にルーズな平和な表社員の秘書6人じゃなく、仕事の出来る裏社員の秘書が欲しいと心から願う俊は、昼休み終了と同時に仕事を再開していて、数だけ居る秘書達の、30分長い昼休みをどう切り出そうか思い倦ねていた。
 やれば出来るじゃん俺! と思った。でも同時に、明日はないな、と心折れそうになりつつも、俊は定時上がりを勝ち取った。表玄関には、美樹が車で迎えに来ていよう。
 平和な連中に右手を上げて、大股に立ち去る。その背をポヤ〜ンと見遣り、1人が呟いた。
「部長、帰ったの?」
「まさか」
「よね」
「外回りだろ」
「ご苦労なこって」
「はい! 仕事する〜」
 何処迄も平和な秘書6人は、上司が居なくなったとゆるゆるで、お茶だおやつだと度々仕事を中断して、その結果、仕事が終わらず19時迄残業したが上司の帰社も待たず帰って行った。
 さて。美樹のドライヴする車で自宅億ションに戻った俊は、何はともあれまず初めに、直ぐに風呂に入った。美樹も呼んで一緒に‥‥。
「ラベンダーベースか」
「はい。夜なので」
 子供の頃に戻り、身体の洗いっこをした。
 何度も口付けを交わす。
 ハーブ湯なので長風呂は危険なのだが、切っ掛けが掴めなくて、美樹が脳貧血起こす迄入っていた。
 冷やしたタオルを美樹の額に乗せて、パタパタ扇いでいるのが俊。愛しい美樹は、アフアフ言っている。それが辛い。
「悪い。もっとお前の体力を考えるべきだった」
「若が悪いのではありません」
「否」
「幸せだったので、ついつい止め時を見誤ってしまいました。申し訳ありません。軟弱な我が身が恨めしい」
「ミキ」
「ミキは、若のお役に少しでも立てると、嬉しいのです。昨夜から幸せで幸せで」
「お前は子供の頃から、俺を第一に考えてくれたな」
「若が私の全てです」
 ドキッパリと言い切られ、俊が面食らったかのように目を瞬かせた。でも嬉しくて、愛しくて、ソロリソロリと頬を撫でる。
「今日は何をしていた?」
 真っ青だった顔色に赤みが差し、言葉もしっかりして来た。なので、横になっていた美樹を抱き起こし、膝に抱える。そして、優しく促した。
 俊の裸の胸に身を委ね、美樹は彼を会社に送って行った後の事から順を追って話し始めた。
「そうか」
「朝起きてからずっと、若の事を考えていられたので、嬉しくってにやけておりました」
「見てやりたかったな」
「や〜ですよ」
 ぎゅっと抱き締めたら縋り付いて来て、スリスリ始めた。それが嬉しくて、又、可愛いと思う。
「決めたぞ」
 耳の近くから聞こえた、若の低い声。ゾクゾクしちゃう。何を決めたのかは知らないが、きっと良い事だ。そう思ってうっとりしていたら、腕力だけで軽々と身体の向きを変えられ、若と正体する形になった。目の遣り場に困る。部下思いで優しくて、でもバリバリ仕事は出来る重役待遇の営業部部長は小太りで二枚目半扱いだったけど、実際の俊は逞しくて、びっくりする程の男前だ。
 お互いに全裸だし、目が泳いじゃう。赤くなって俯く美樹の耳に、何とも理解し難い言葉が入って来た。
「お前を第一秘書にする」
「えっ‥ぇ?‥え〜っっ!!」
 美樹、絶叫。
「嫌か?」
「いえっ‥嫌とか良いとかではなく、そうなんですけど、私に務まるかどうか‥‥」
「大丈夫だ。時間にルーズな脳天気な表社員に勤まるんだ。お釣りが来るだろ。ま、6人分を今日の今日でやれとは言わんよ。まずは半分の3人分を目指してくれ」
「今サラッと、怖い事仰いましたね」
「どの辺が」
「今日の今日では言わないけど6人分やれと?」
「さすがミキ」
「若!」
「あはは。やれると思うんだがな〜」
 これにはさしもの美樹も声を張り上げたが、俊は何処吹く風。美樹が、ビジネススクールで秘書コースを受講していた事も、親父の秘書モドキをやっていた事も予め承知している。てか、そうするように言ったのは俊だったし、はなっから手元に置くつもりでそう言った。
「いくら堅気の衆でも、6人分もの仕事を1人でこなすのは無理です」
「判った♡」
「なっ何ですかっ」
「裏社員を1人、部下として付けよう♡」
「本社勤務の?」
「うんうん」
「え〜と‥‥。それが簡単に出来るのでしたら、私には仰っていませんよね‥‥?」
「‥‥‥え〜っとぉ」
「表社員がウザいのですね?」
「うん♡」
「承知致しました。私と裏1人で、堅気の衆6人分の仕事を何とかしましょう」
「おお! 頼もしい♡♡」
「その代わり!」
「なっ何」
「使える奴にして下さいね。裏なら、殺しちゃいますよ」
「ああ」そうだった。この優しそうで非力そうな外見からは想像も付くまいが、美樹は俊がちょっとでも絡むと、手が付けられなくなる。凶暴性が増すと言うか、残虐さに磨きが掛かると言おうか、容赦がなくなる。こうなるともう、俊の言葉しか届かない。大ボスにも止められないし、親父殿にも無理だ。
 このスリムな身体の何処にそんな力が隠されていたのかは知らないが、自分よりも倍はあろうかと言う同じ田口家の私兵10人を、引き摺って歩いた事がある。
 田口の家に貰われて来て、若のお側に上がるようになって、共に過ごす時間が積み重なり身も心も若に捧げて、命さえも捧げた頃か。
 一通りの体術や武器の扱い方をAクラスで通過した後だったけど、美樹はまだ成人前の19歳だった。俊は23歳。大学卒業迄実家から出して貰えなかった俊は、親父との約束通り、小中高大と、抜き打ち小テスト込みで満点以上しか取らず、大学卒業確定するなり株と本業で貯めたキャッシュで今住んでいるデザイナーズ億ションを買って、さっさと実家を出たのだが、その日は、大ボスの虐めで、新人係長に、山田プランニング社長を表敬訪問して来いと言う命が降りて、渋々実家に足を運んでいた。
 どうやら祖母の具合いが悪かったようで、住所も電話番号も知らせてくれなかったバカ息子に、家に戻るよう言ってくれとでも泣き付いたのだろう。ちょっとその気になれば、住所も電話番号も調べが付いたろうに‥‥。
 俊は、病床に就く祖母には優しい言葉を掛けたが、それ以外は口を真一文字に結び、新人係長としてのご機嫌伺いの口上しか口にしなかった。
 俊も頑固だが、こりゃ遺伝だ。オヤジとジジイが同じく頑固。
 ガン首揃えて睨み合う野郎が3人。
 俊が新人係長の体を崩さないように、もう2人も山田プランニング会長と言う体と同社長と言う体を崩さない。
 白々しく世間話をしてみたり、おかしくもないのに愛想笑いを交わしたり、屋敷中がビリビリしている。
「では。会長。社長。この辺でお暇致します。今日はお時間割いて頂き有り難う御座いました」
 俊は、文句あるなら言ってみやがれ、とばかりに表の顔を崩さず丁寧に一礼すると、応接室を静かに出た。パタンとドアを閉めるなり、表情が険しくなる。
「クソがっ」
 小さく毒吐き、大股で玄関に向かった。
 そんな俊を、美樹が慌てて追い掛けて来た。
「若!」
 足音らしい足音は立てていないが、どうせ消し切れぬ気配とかで若は自分が近付いて来ていた事は承知していよう。それでも、一声呼び掛けてから、俊の広くて逞しい背中に抱き付いた。
「おっと」
 こんなマネ晒せるのは、美樹だけだ。
「どちらへ?」
「帰る」
「どっ何処にぃ〜」
「会社に1回戻ってからマンション」
「お泊まりじゃないんですか?」
「こんなトコに泊まるかよ」
「こんなトコって、ご実家です」
 背中にへばり付いていた美樹と向かい合い、俊的には目の保養。やっぱり可愛いな♡
「お部屋、お掃除したのにっ」
「そりゃ悪かったな。おっ」
 俊を見詰めていた美樹の両眼からパタパタと滴が溢れて、俊がギョッとなって身体を硬くした。
「若の好物、一杯作ろうと思って‥えっえっ‥用意始めてたのに‥くふんくふん」
 美樹が泣き出すのは俊の前だけだ。それ以外、例えば古株も、母屋に部屋を貰えていない一兵卒も同じで、美人だけど切れ味鋭い若の情人、と言う認識だった。若のだから、全てに於いて規格外。身体の方は知りようもないが、武器の扱いから殺傷能力に至る迄、若が認めただけの事はある。遅かれ早かれ、武闘派幹部に登り詰めるんじゃないか? と、実しやかに囁かれていた。
 だが、俊ビジョンでは違う。俊は他に道を示されなくて殺し屋になったが、美樹には沢山の選択肢を用意した。その中で、美樹は自分と同じ道を歩く事を選んでくれたが、こんなに腕が立たなくて良かった。いくらでも守ってやるものを、元来の負けず嫌いが良かったのか悪かったのか、武闘派幹部とか言われてる。
 俊の逞しい肩口に顔を埋めて泣きじゃくっている美樹は19歳。
 でも、涙を止める術は心得ている。美樹の方が上背があったのだが、両頬を手で包み、盛大に溢した涙を親指で拭って濃厚なFrench kiss。
 美樹のツボは知っている。丁寧に丁寧に仕込んだのは、誰あろう俊だ。
 美樹の脳内に電流が走る。そして、教えられた通り、懸命に応えた。こうなると、美樹の頭には俊しかなくて、俊の広い背中に長い腕を巻き付けて弄る。
 で、10分後。美樹がブルって唇を離す。
 恥ずかしい。パンツが冷たいよう。
「近い内、デートしよう」
「若♡」
 瞳を潤ませ、上気した顔を隠す事もなく俊を見遣っていた美樹が、それは嬉しそうに微笑んだ。
 これが箆棒に可愛い。それを見て、デレッとなり掛けた、近場で様子を伺っていた兵隊達が、揃って背を向けフンッと顔に力を込めた。
 ヤバいヤバい。美樹に色目使ったってだけで、あの世に送った方が親切じゃないかしら? と思われる、再起不能にされたお気の毒な堅気の衆が、両手両足の指以上居る。
 俊に言わせると、堅気だったから殺さずに済ませてやった、なのだが、この辺、魔王と一兵卒の違い。
 美樹には身寄りがない。御前が若の遊び相手として、美樹5歳の頃にお館に連れて帰って来た。行儀作法に家事全般、更には若と同じ名門私立の幼稚舎から通わせて貰って、今は然る有名国立大学の法学部の1年生。
 すんごくモテているんだけど、ご本人さんは無関心。彼のアンテナは俊独りに向いているから、それ以外なんて害虫以下だ。視線すら投げて貰えない。
「電話する」
「お館にですか?」
「否。これをやる」
「? わっ携帯で」
 美樹の唇に指を1本。鞄から取り出したファンシーな紙袋の中に収まっていた箱を見せて、仕舞ってから手渡した。
「俺のK番とマンションの固定電話番号は登録してある。淋しくなったら電話して来い」
「良いんですか?」
「ん。都合で出られない時は、都合付き次第折り返すから」
「はい。有り難う御座います」
「改めて泣くな」
「すんすん」
 双眸に口付け、一度ギュッと抱き締める。そして、直接耳へ、囁き掛けた。
「部屋に置いて来い。クソジジイ共には言うなよ」
「はぁ。若は?」
「ここで待ってる。充電100%だから」
「はいっ。急いで戻って来ますっ」
 ふぅっと大きく息を吐き、自分の部屋として使わせて貰っている俊の部屋に、走って行った。
 が、やっぱり足音らしい足音はしない。これも修練だ。
 美樹は、若にプレゼントして貰ったスマホをGパンのポケットに突っ込むと、大急ぎで戻って来た。
「お待たせ致しました」
「ん。じゃ、帰るわ」
「え〜っ! 本当に帰ってしまわれるんですか?!」
「うん」
「僕‥居るのに」
「成人したら呑みに行こうな」
「はい♡」
 俊の笑顔に釣られて微笑んだけど、何か違う。
「じゃなくてぇ〜」
「ほんじゃ」
 右手をヒラヒラさせて靴を履いた。美樹はびっくり。
「若っ、待ってっ」
 表玄関に、いくら若のモノでも一使用人・一私兵に過ぎない美樹の靴なんて置いてなくて、使用人用のサンダルを突っ掛けて俊の後を追った。
 やっぱり、主人の子息だ。主人と違って現役だし、でも、身分を隠してのグループ本社勤め。お見送りは屋敷の中で済まさないとならないだろう。と言う訳で、門の外迄一緒したのは美樹だけ。
 美樹が辺りを見回す。当然待っていなくてはならないモノが見当たらない。
「若、お車探して来ます。ガソリンでも入れに行ったのかなぁ。そんな事、事前にチェックして」
「電車と徒歩で来たよ」
「そうですか。困りました‥‥えっ!」
「お入り」
「そんなっ! 今、お車を」
「良いから」
「でもっ」
「じゃあな」
「若‥‥」
「んっ?!」
「ひゃう」
 ウルウルしながら見送っていた。ら、頭をギュッと抱き締められて、倒された。直後に乾いた銃声が3発。
「若!」
 倒れていた美樹がワタワタして身体を起こし、叫んでいた。
「ん〜? ああ。掠ったなぁ〜」
「許さない! 僕の若に怪我なんかさせて! 待てっ!」
「おっ」
 何処かしらのんびりしていた俊がびっくり。
 主屋からも、今の銃声にびっくりして黒服連中が飛び出して来ていたが、美樹の豹変振りに驚いて固まった。
「ミキ止めろ!」
「はっはいっ!」
「落ち着け、泉原!」
「離せっ!」
「よし君!」
「僕の若にっ!」
「よ〜し〜き〜!」
 逃げ足の早かったネズミの後を追おうとする美樹。その様を、ホケラ〜と眺めていたけど、騒ぎを大きくするのは利口なやり方じゃない。なので、ガタイの良いお兄さん10人を引き摺るトコで切り上げて、美樹の目の前に立ちはだかった。
「傷の手当てをしてくれ」
「あっ! はいっ!!」
 美樹は、瀧涙で手当てをしてくれた。
「痛みますよね。ぐす」
「いいや。痛みは切り離せる。お前も、そう言う訓練してるだろう?」
「は…い」
 結局その日は、実家に泊まった。と言うのも、左肩口がほつれてて血が滲んでいたせいだ。
 実家だから着替えはあるが、社を出た時と違うスーツで戻るのは、いくら何でもまずいだろう。何分にも、年功序列を無視したような大出世だった。立たせずに済む荒波ならば、立たせたくない。
「有り難う」
「いえ。直ぐにコーヒーをお持ち致します」
「ん」
 美樹の背中を見送り、俊が首を傾げた。因みにココは俊の部屋で、今は美樹に使わせている。
 近かった割りに精度が悪かった。殺意も然程強くはなくて、けれど、全くの素人さんって訳ではないようなぁ〜‥‥‥?
 アレコレ悩んでいると、美樹が、自分の分も一緒にコーヒーを持って来た。
「こっちに来い」
「はい」
 言われるままに歩み寄ると腰を抱かれ、そのまま俊の膝に座って啄ばむような口付けを交わす。そして、深い深いキス。頭の芯がポーッとなる。そのポーッとなったままで犯られちゃって、けれど、俊の左肩口の白いガーゼで正気に戻り、改めてウルウル。
 そんな美樹の頭を胸に抱き、良い子良い子。
「お前、心当たりないの?」
「何のですか?」
 俊は親父と冷戦状態にあるので、高校時分から同じ卓は囲まず、部屋で美樹と2人で食事を摂っている。けれど、メニューは同じ。
「アレ、お前を狙ってたよ」
「えっ!!」
「脅し程度だったけどねぇ」
「申し訳ありません。僕のせいで」
「て事は、心当たりがある」
「ありません」
「そんな即答せずに、少しは考えろよ。脅しだとは言え、実弾撃ち込まれたんだぜ」
「だって、ないですもん。僕の周りは平和です」
「お使いは?」
「バッチリ♡」と言って、自慢気に笑った。
 この笑顔を信じられれば良いが、実弾だよ?
 俺、掠った程度だけど、怪我したよ?
 美樹はまだ大学生で、武闘派のメンツではあるが正規のメンバーではなく、申し渡されるのは学業の邪魔にならない程度のお使い。でも、お駄賃は出るので、プロとしての結果を求められる。
 う〜〜〜ん?
 美樹の猫っ毛を撫でこ撫でこしながら、過去のいくつもの事実を思い起こしていた。
 と、外から声。
「はーい!」と返事をしたのは美樹だった。
「若、お風呂に行きましょう♡」
「ああ」
「肩痛いでしょうから、僕が洗いますね♡」
 何の微笑みだ? と思いはしたが、はいはいと良いお返事して揃って浴室へ。既に部屋着になっていたのだが、脱がせてくれたのも、反対に着せてくれたのも美樹で、洗髪もしてくれた。特に念入りに洗ってくれたのは股間で、仕上げだと言ってしゃぶられた。その労を労うつもりで早々にイッたげたら、喉を鳴らして飲み下し、満足そうに顔を上げた。
 潤んだ瞳と上気した頬、いつになく紅く色付く唇が唆る。だもんで、部屋に戻ってから第2R♡
 久しかったんで3R迄犯っちゃって、美樹は失神するように眠ってしまった。
 その美樹を胸に抱いて、忘れているような何かを、必死で手繰り寄せようとした。でも、判らない。
 明日も早いんだから寝もう。俺が居るからミキの朝も早かろうて。そう思って、あふっ、と欠伸をしたら思い当たった。なら、解決も早い。と言う訳で、俊も寝た。対策は、明日でも良いだろう。
 全てを察知していると判っているけど、それでも俊を起こさないようにと呼吸一つにも神経を尖らせて、美樹が部屋をそ〜っと出てしまってから、俊が徐ろに上体を起こした。
「さて。どうしてくれよう」
 美樹は平和だと断言していたが、あのルックスで目立たない訳がない。唯ご本人さんは、俊以外の事になるといきなり鈍感なので、気付く気付かない以前、考えてすらいないだろう、実はモテモテで何人もの男女にモーション掛けられていたなんて‥‥‥。
 美樹は4歳下。幼稚舎、初等科、中等科、高等科と、名門私立の一貫校で過ごしている。そして、美樹に近付く不心得者は、俊が再起不能にして来た。が、高校卒業後は、登下校をなるべく一緒にするくらいしか目が届き難くなって、私兵に任せっきりだった。美樹のアサシンとしての訓練は、俊が大学卒業する迄直接見ていたから、その腕前の程は熟知しているつもりだ。目下、美樹への指令は俊から直接出ているが、これからの実績次第では、10人衆入りさせても良いと考えている。そんな話はどうでも良くて! 過ぎ去りし過去の話だ。
「若、おはよう御座います。お風呂の用意が出来ました」
「ああ。おはよう。お前もおいで」
「はい」
 俊の左肩の白いガーゼが、何度見ても辛い。
 逞しい身体を丁寧に洗い、洗髪し…たら四つん這いにさせられて、久々に使ったアナルをマジマジと見られてしまった。それに興奮して来たら舐めてくれちゃって、もう、ビンビン。このままじゃ辛いだけなので、おねだりして犯って貰った。普通に歩くだけで違和感がある。ニヤケないようにしないと‥‥。ピシャピシャと両頬を叩き、俊の後を追った。
「ふむ。満足です♡」


【おねがい】
ハーモニーでは、5月いっぱい新型コロナウイルスの蔓延により、所内活動を見あわせていました。ようやく再開したものの『幻聴妄想かるた』関連のイベントや講演が中止になってしまい、工賃収入の見通しを失ってしまいました。
このnoteは、メンバーたちに在宅で生活や特技や趣味などを紹介してもらい、みなさんにサポートしていただくことにより、メンバーの工賃の一部にあてさせていただくことを目的に企画しました。
すこし、気取って言うならば、
在宅でありながら(Stay home)
外にむかってはたらきかける(From home)
試みでもあります。
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