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ハーモニーアダルト文庫『試射』

 作:平 和 (たいら なごみ)

 美樹に手伝わせ、部屋の片付けをしていた。俊は、部屋に物を多く置きたがる人ではないので、家具などはそう沢山ある訳ではないが、それでも、季節毎の大掃除でかなりの不用品が出る。その殆どが衣類で、毎月10着のスーツ一式が新調されて来るから、1シーズン終わると30着のスーツが要らなくなって衣替え。そんな、毎シーズンの片付けの延長線上で、物置き、と言う事になっている納戸の整理をした。ここに越して来てからだから、10年余り手付かずのままだった。
「ドキドキ♡」
「ん?」
「開かずの扉♡」
「何だ、それ」
「僕、入った事ないです。まぁ、鍵掛かっていますけど」
「て事は、入ろうと試みた事はあるのか」
「はい。お掃除しようかと思って」
「ふん。ココは武器庫だからな」
「え〜っっ」
「オリジナルの殆どはこの中だ。後、日本刀」
「へぇ」
 すっごい面倒な鍵を開けて扉を開く。と‥‥。
「わぁっ」
「どうした」
「パンドラの箱」
「の訳ねぇだろう。俺の後には希望なんざねぇ。あるのは恐怖と絶望だ」
「お宝探そっと♡」
「ねぇよ、そんなの」と言い捨てて、部屋の灯りを点けた。血の匂いがする‥‥ような気がした。中には、1丁何百万もするような一点物(オリジナル)や、骨董品としての価値もある名刀の数々が、何とも乱雑に放り込まれてあった。
「硝煙の匂いに血の香り」
「そりゃそ〜だろう。コレクションじゃねぇし、イミテーションでもねぇ。どれも実戦で使った、或いは、使ってる物だ」
「そうですね」
「無造作に奥に入るな。鼠の死骸があるかも」
「えっ!!」
 何が嫌いって、ゴキブリより鼠が嫌い。(孤児院時代だけど)幼少期のトラウマで、指先を齧られた事があって、以来、鼠は一切バツ。一時期流行ったハムスターも、世界最大の鼠カピバラさんもNGだ。美樹的には同じ鼠。無論、世界のスーパースター、某鼠の王国の王様もダメ〜。いくら擬人化されてても、漫画やアニメになってても同じ。
「居ねぇよ。お前、鼠ダメじゃん。妃の不得手を駆除せぬ王だとでも?」
「思いません」
「良い返事だ。弾は抜いてある筈だが、何処の世にも絶対なんてねぇんだ。充分注意して扱えよ」
「はい」とお返事はしたものの、何処から手を付ければ良いのやら━━‥‥。
「あれ。埃なんか被って」
「ん〜?」
 俊が手前から始めたので、自分は奥からやろうと思った。いくつものキャビネットを避けて、1番奥のキャビネットの前迄来た。手に持っていた雑巾で丁寧に拭いて、引き戸を開ける。
 ズラリと並ぶのは、魔王の手指たる長短の銃。何処の誰の手に依る物なのか、美樹には知る由もないが、いずれも名だたる名匠の手に依る作だろう。銃としての殺傷能力は当然だろうが、作り手の拘りか、どれも美しいフォルムをしていた。それとも、血を吸ったから美しいのか━━‥‥?
 ついついそんな風に考えてしまうのは、自分が魔物だからだろうか━━‥‥? それとも、端くれだが、狙撃手だからか━━‥‥。
 1丁1丁丁寧に磨き、中を改めては元に戻す。
「何かあったか」
「いえ。別に」
「フン」
 俊が鼻を鳴らしたが、キャビネットの影に隠れてて、姿は確認出来なかった。
「トシ兄〜」
「ん〜?」
「銃は何丁くらい作ったんですか?」
「さて。6〜70ってトコだろう」
「それが全部ここに?」
「否。ココには、成人してからのしかない」
「どうして成人?」
「俺、成長止まるの早かったんだよ」
「ふん」
「それが、丁度20歳くらいだった」
「へぇ」
「唯、大学時代のはもう、処分しても良いかな」
「どうしてですか?」
「身体体重と言ったモンの変化は殆どねぇが、筋力と体脂肪率は大きく違う。若い頃のは全部が軽くて、逆に筋を痛めちまう」
「なる程」と納得した。じゃあ、自分もそうなのかしら? 成長期は過ぎたし、矢っ張り、今の方がパワーがある。昔の一点物(オリジナル)、処分しようかな。勿論、俊とは狙撃手としてのレベルと年期がが違うので、60も70も作っちゃいないが、それでも、15丁くらいはある。でも、それぞれに思い入れあるし、まだまだ管理可能な数だし、自分はまだ良いか━━‥‥。
 そんな事を考えながら、3本目のキャビネットの戸を開けた。そして、これ迄と同じように、中を改めてはお手入れ用の布で磨く。
「━━‥‥。あれっ」
 思わず、美樹の唇から、素っ頓狂な声が溢れ落ちた。それを訊き咎め、俊が顔を上げて声のした方に目を向ける。しかし、そこには別のキャビネットがあって、美樹の姿は視認出来なかった。
「小さい」
「どうした〜?」
「あっ、いえ。サイズが違うのがあって」
「サイズが違う〜?!」
「はい」
「なんじゃあ〜?」
「さぁ」
 どう見ても、一回りは小さい一点物。今迄見た中では、1番小さい。小型拳銃、と言う訳ではなさそうだ。子供用としか考えられないサイズ感。
 往々にしてバレルが長くてヘビーな銃を好む俊の趣味にも合わない。何かの作戦で必要だったのかしら?
 俊が魔王と呼ばれるようになったのは、俊の山下コーポレーション入社と同時に武闘派トップに立ち、旦那様が山田プランニング社長に、大旦那様が同会長職に就いて1年くらい経ってからだった。だから、10年ちょっとかな? つまり、それ以前ってのがある筈なのだ。そんな、いきなり単独ミッションはないだろう。自分と比べる事自体が失礼だと重々承知しているが、他に比べようがないので失礼を承知の上で、自分のデビュー当時がそうだった。ちまいお使いではなく、ちゃんとしたギャラの出た初ミッションは、教育係的ベテランとバディを組んで行われた。そう言うのを何回もやった。1つクリアする度に難易度が上がって行き、ピンでミッションを言い渡された時は、やっと認めて貰えたと言う喜びと、独りでやれるのか? と言う不安と緊張で震えた。そんな、初々しい頃があっても良いだろう。正直、とても想像出来ないけれど━━‥‥。
 俊のデビューは、確か10歳だ。実際のデビューは知らないが、初めからピンだったとは考え難い。て事は、作戦行動とかあったろう。10歳で一点物は早いだろうが、15〜6歳でならアリだろうし━━‥‥。
 えっ!? 15〜6歳? このサイズ? え? え〜っっ!! 15〜6歳なら、充分にヘビーな銃だ。
「え〜と」と、俊の15〜6歳当時の背格好を思い出してみる。
 ダメだ。自分も小さくなっちゃう。
 あの頃は、俊は大柄な方だった。更に自分は特別小柄だったから、ずっと見上げていた。見上げなくなったのは高3になってからで、俊の背を追い抜いたのは大学1年の頃じゃなかったろうか? 別に、俊を上回る身長なんか欲していなかった。背中にずっと庇われていたかったくらいだ。けれどそうすると、同じ仕事に就けていなかったから、結果オーライで今の身長が良い♡
「何を悩んでるんだ?」
「えっ? 若」
 ふさっと頭を撫でられ振り向くと、一振りの日本刀を肩に担いだ俊が歩み寄っていた。
「何か、珍しいのあったか」
「珍しいかどうか‥‥。これを見付けて」
「ん〜? ああ」
「思い出の1丁ですか?」
「だな。自分で作った初のオリジナルだ」
「━━‥‥? 自分で作った?」
「ああ。何分にも俺、デビューが10歳じゃん」
「ってば、お使いじゃ‥‥?」
「じゃねぇよ。まともにギャラの出るミッションだ」
「えっ!」
「初めの何年かは、得物は刃物(ナイフ)Onlyだった。それが銃になったのが、中学の頃かなぁ。そん頃はオヤジが一点物を作ってくれてた、俺の支払いで。でぇ、高校に上がって、当時売り出し中だった凶にオリジナルを頼みに行った。でもってコイツが、その時頼んだ試作品」
「高校生で‥‥ですか‥‥」
「ん?」
「いえ。僕は、一点物は大学時代でしたから‥‥遅いのかなぁ〜」
「んや。普通は就職してからだぜ。20歳でも早いよ」
「特別遅い訳でもないのか」
「ああ。俺が、特別早いの」
「そうですね」
「うるへぇ」
「でも、何でコレだけ?」
 もう、15年以上は昔の話になる。美樹が可愛くて、愛しくて、大切にしたくて、ずっと守っていたくって、でも、早く自分だけのモノにもしたくって、けれど、美樹はまだ小学生。特別小柄だったし、頼りなげで儚げで、力一杯抱き締める事も叶わなかった。そんなままならぬ切ない想いを抱えていた当時の俊は、当然のように子供だった。
 今だから思える事だが、当時の俊は自身の肉体に宿った殺傷能力に戸惑い、加減の仕方に四苦八苦していた。一体何個のグラスやカップ、湯呑みを割ったろう。10個や20個じゃききゃしない。折ったシャーペンやボールペンの数だって、半端じゃなかった。ちょっと意識から外れると、簡単に割れたし折れた。その内、意識しなくても力加減が出来るようになったが、そうなるのに1年は掛かった。この1年の間、俊を両の腕(カイナ)で抱き締めていたのが凶だ。
 凶の店にはもう何度も運んでいたが、1人で来たのはその日が初めてだった。
「いらっしゃいませ」
「特注品を頼みに来た」
「はい。狂死郎さんは?」
「俺が頼みに来た」
「だから、お父様は?」
「オヤジは関係ねぇ」
「えっ? でも」
「俺が俺の為のブツを頼むんだ。アンタに」
「わっ私にっ?!」
 当時のサラマンダは、凶の師匠への取次機関でもあって、凶へ頼むには、その旨明らかにしなくてはならなかった。そして、これ迄狂死郎は師匠に頼んでいたし、息子へのブツも殆どが師匠だった。直近の1回が凶だったけど━━‥‥。
「ここに300万ある」
 高校の制服のまま、この店に寄る前に銀行に寄って現金を引き出し、それを学生鞄に突っ込んでやって来た。そいつを、デデンっとカウンターに置く。
「残りは、俺の満足の行く物が出来てからだ」
「本当に良いんだね、私で」
「ん。じゃ」
「待って!」
「え?」
 今日は入学式だけだった。幼稚舎からある名門私立校に通う、表向き良家の子息だったが、父親の生業は殺し屋。なので俊も、それを普通として成長して来た。他の子達には家から送迎の車が来るのが当然なのに、少年は1人で電車とバス。だから、帰りに寄り道なんかも出来た訳だが、ココに寄るなんて一言も言ってないから、そんなに時間はない。それで、呼び止められてびっくりしている。
「どう言うのが欲しいのか言って貰わないと、作りようがないよ」
「ああ、そうか」
 今迄は全部、オヤジ任せだった。と言うのも、息子にどんなミッションを回すのか決めるのもオヤジの仕事だったので、どんな戦況になるのか、想像出来たらしい。しかし、今回は違う。昨夜ミッションを言い渡されて、それと一緒に貰った資料を精査し、その上で新しい銃が必要だと判断して今ココに居る。
 俊は、凶に手招かれるままに地下の工房に行き、そこで身体の各部位を測られ、筋力も測定された。
「君、いくつ‥‥。確かその制服は」
「まだ15歳。来月16歳になる」
「15〜6歳の子が持ち歩いて良い金額じゃないよ。それにこのデータ。嘘みたい」
「裏じゃ1人前だが」
「えっ」
「2代目が通り名だ」
「死神の2代目って、君の事だったのか」
「キミって名じゃねぇ、トシだ」
「じゃトシ君♡」
「好きに呼べよ」
 今売り出し中で、コイツの師匠が作った銃以上にしっくり手に馴染む物作るから指名したけど、大丈夫か? ちと不安になって来た。
「トシ君のデータは取った。さて、どんな銃がお望みなんだい?」
「300m先の10㎝四方の的を1発で射抜ける拳銃」
「ライフルじゃなくて?」
「拳銃。マグナム弾が使えるのが良い」
「ん〜‥‥OK。少々ヘビーになるけど、これだけの筋力があればカバー出来るかな。納期は?」
「試射もしたいから10日で作ってくれ」
「えっ偉く早いねっっ」
「GWにミッションだ」
「判った。優先して取り掛かるよ。で、手付け貰って良いかな」
「300万」
「それは銃のだろ? オレへの手付け♡」
 言葉の意味が判らず小首を傾げると、いきなりキスをされた。唇を食い破られ、強く舌先を吸われる。
 ファーストキスもまだのようなオボコじゃない。やられっぱなしってのは、俺様のスタイルじゃないから、こっちから攻めに出た。すると、向こうが怯んだ。きっと、俊の対外的な硬派な印象で、勝手に奥手だと決め付けたのだろう。とんでもない話だ。
 処女だけど、筆下ろしは済んでいる。組織経営の売春倶楽部のNo.1娼婦と娼夫で、腕を磨いていた。いずれは愛しい美樹を、と思い真剣そのものだ。唯、俊は遅漏の絶倫らしかったので、俊に指名された男女は、その日はもう、仕事にならなくなったが━━‥‥。
 凶の細い腰を抱き寄せ、執拗に繰り返されるキス。今で言うところの俊の10分間のマジキスで、凶はブルッた。
 15歳の子供にキスだけでイカされた。これは、大人の面目丸潰れだったけど、キスが好きだったから凶が俊に惚れて、その先は凶が誘った。
 凶程逆上せていなかった俊は、早く帰らないとマズイんだけどなぁ〜、なんて悠長に考えながら、据え膳なのでご馳走様した。
“ふん”
 自ら誘うだけはあって、良い感じだった。組織の倶楽部でも、トップクラスだろう。No.1かどうかは判らないけれど━━‥‥。
 凶の細っそりとした肢体がしなやかに仰け反り、それに、ついつい美樹を重ねてしまう俊だった。美樹ならどうするだろうとか、どうなるだろうとか、恋する乙男(オトメン)は複雑なのだ。
「好きな子、居るんだ」
「え?」
「違うの?」
「否。居る、1人」
 寝た相手には必ず言う、お決まりの文句だった。それに肯定的な返事をされたのって、多分、初めてだ。
 自分に自信があるからなのか子供だからなのかは知らないが、どちらにしてもちょっとショックかも。たった今、情を交わしたのに、その熱も冷めやらぬ内に他の者の存在を口にするなんて、こりゃルール違反だ。大人として(?)教えて上げなきゃ。
「あのね、トシ君」
「ん?」
「正直なのは良い事だけど、抱いた相手に他に好きな奴が居るなんて言ったらダメだよ」
「そうなのか?」
「そう」
「ごめん」
「謝る事じゃないけど‥‥。好きな子がいるなら抱いた相手は持ち上げられないでしょうから、お茶を濁す程度で良いと思う」
「そうか。有り難う」
「いっいいえ」
 お礼を言われるとは思っていなかったから些か焦ったが、この子、基本素直なんだ。青い果実、頂いちゃいました♡ の割りに、男の抱き方に慣れていたわね。その好きな子と犯っているのだろうか?
 そんな事を考えていたら、俊が着替え終わっていた。
「帰る」
「そう。又、寄ってよ。トシ君ならいつでも歓迎するよ」
「覚えておく。じゃ」
 帰ったらオヤジに小言言われるのかなぁ〜、なんて気が重くなっていたが、幸いにもオヤジは急な出張で暫く家を空けるらしく、帰りの遅かった俊を叱る奴は居なかった。唯、美樹が心配して待っていたらしく、ネコネコ甘えて来て傍から離れない。まぁ、仕方ないか。
 自分が美樹を特別扱いしているから、使用人達も当然と美樹を特別扱いにする。その特別扱いが微に入り細に入りだから、美樹も大変だ。まず、家事全般。勉学は当然以前で、心身の鍛錬に技のキレに至る迄、細かくチェックが入る。身体が小さいので殺傷力は今一つだが、家事と勉強に関しては文句の付けようもなく、何処に嫁に出しても恥ずかしくない。尤も、美樹の嫁ぎ先は俊のところと決まっているが━━‥‥。
「若、お腹空いてませんか?」
「そうだなぁ。お前、作ってくれ」
「はい♡ 何が良いですか?」
「ん〜‥‥。ああ。炒飯が良い。この前作ってくれたの、凄く旨かったから」
「はい♡ お台所、行って来ます」
「ん」
 ピョンと飛び跳ねるようにして立ち上がり、美樹は俊の部屋から出て行った。
 台所に来た美樹は、一言、お抱えのコック長に使う事を言って、業務用の大型冷蔵庫を開けた。奥の方迄見えないけど、そこはそれ、美樹用の踏み台がある。それを持って来て、欲しい物をチョイスして行く。冷やご飯GET。人参、玉葱、ピーマン、卵GET。メインは何にしようかな? コック長は何を使っても良いぞ、と言ってくれたけど、さてさて。あっ! むきエビ発見。これにしようっと。キャベツも出して、これで食材OK。炒飯とスープとサラダが作れる。あ、そうだ。レタスとトマトと胡瓜と赤いのと黄色いピーマンも♡
 ここには、美樹専用の包丁(ナイフ)SETがあった。10歳の誕生日に、俊からプレゼントされた一生物だ。名前も刻んである。砥石はここにあるので、毎日研いでいる。初めは上手に研げなかったけど、毎日出来る迄やっていたら加減も覚えて、今じゃ切れ味抜群。
 美樹は慣れた手付きで野菜をカットすると、先にスープを作って一気に炒飯を仕上げた。サラダは手間の内に入らない。ドレッシングに、マヨネーズをヨーグルトで伸ばした物を添え、全部をお盆に乗せて俊の部屋に運んだ。
 俊の部屋は、広いお屋敷の2階の南側の角部屋。そろそろ運んでも、スープが波打って溢れてしまう。以前は半ベソかいていたが、今はもう、開き直っている。
「あっ」
 後1m程で俊の部屋、と言う所迄来て、飲み物がない事に気付いた。しかし、戻るのもなんだ。一度置いて、お水を持って来よう。食の進み方を見計らって、コーヒーを淹れに行こう。俊はコーヒー党だから━━‥‥。
「若ぁ〜?」
「ああ」
 ノックして一声発すると、俊が扉を開けてくれた。見慣れた室内が広がっている。
 盆を抱えたまま中に入り、ローテーブルの方に運んで来た物を置いた。
「どうぞ」
「有り難う」
「食べてて下さい。お水持って来ます」
「ミキっ!」
 言うが早いか、美樹は俊の部屋を飛び出して行った。それを見遣り、暫し悩む。待ってても仕方ないと結論付けて、食べ始めた。美樹は直ぐに水を持って来てくれたが、自分が直ぐにグラスを割るから、替えのグラスもあった。
 グラスを割れば血だらけになるので、お掃除用のウェットティッシュと手当て用の救急箱は、部屋に置いてある。粉砕するような事はないので、美樹にも手当ては出来た。万が一、カケラが傷口に残っているようなら、執事さんかメイド長さんに来て貰えば良い。
 美樹は、浄水済みの氷入りお水を俊に出した。
「どうぞ」
「有り難う」
 お昼と言うより、おやつに近いだろう。夕食にはまだ少し時間があるけど、間もなく手伝いに行かないとならない。食事作りが始まる。田口家も、食事作りは戦争だった。
 主人の家族は、今日から出張の俊の父親を入れて5人。俊と俊の両親に父方の祖父母。この5人(今日は4人)が、主屋の第一食堂で食事を摂る。たって、グラスを割るようになってから、俊は部屋で摂っていたが━━‥‥。ある日突然そうなった訳ではない。それなりに前兆はあって、案外割れるかも、と思って手に力を入れたら粉砕してしまって、この時は大騒ぎだった。オヤジは敵襲と勘違いしたくらいだから、単に力加減を間違えただけだと言ったらグーで殴られて、傷口に入り込んでいた破片を洗い流していた、大泣きちうのメイド長が自分の出来る仕事を終わらせ、縫う程でもないと判るなり薬箱からマンキンタン(? 万能傷薬の事だ)を出し、滅菌ガーゼに塗り伸ばして湿布し、包帯でグルグル巻きにしたら泣き止んだ。唯、美樹は泣きじゃくっていたけど。
 主人の家族以外に、美樹自身も含む主屋住まいの私兵が16人。この16人は、それぞれ主屋に個室を与えられていて、今じゃ俊の部屋の住人の美樹にも、別にちゃんと部屋があった。この内、美樹以外の15人が、主屋の第三食堂で食事を摂る。
 でもって、広い敷地の離れに住まう私兵が50人。これらは2人で一部屋充てがわれ、屋敷の警備に当たっている。24時間3交替制での警備。色々とセンサー付いてるし、監視カメラも付いてたし、夜は特に、ドーベルマンが10頭も放されているが、何分にも敵の多い家だ。これで安心って事はない。
 表向き、山下コーポレーションの系列会社、山田プランニング社長(俊の祖父、大旦那様)宅って事になっているが、刺客が欲しいのは、死神狂死郎の首とその息子、2代目との通り名の付いた俊の首だから、普通の防犯システムとは大きく違う。高い壁の上に突き出している、お城とかにありがちな鉄の飾り柵には100万Vの電流が流れていたし、壁に暗がりが出来ないようにライトUPされてるし、正門も裏門も頑丈な鉄の扉で出来てるし、屈強な強者達が拳銃を懐に忍ばせて警邏しているし、櫓の上からも見張っているから、戦争する気で来ないと無駄だ。
 だって、組織が誇る武闘派TOPの邸宅ですもの。そう簡単に襲撃されてどうします。
 で、その50人(休みで遊びに行っていない者限定)も交替で、但し、広いキッチンの片隅の和室で食事を摂る。
 更に、普通の上流家庭にも居るだろう執事にメイド、キッチンスタッフが合わせて16人。執事とメイド長はそれぞれ一部屋だったけど、それ以下は2人で一部屋貰って主屋に住んでいる。その16人もキッチンで食事を摂っていた。
 つう訳で、毎食ザッと150人分くらいの食事を作る事になる。女子供年寄りは別にして、それ以外は血気盛んな肉体派。身体が重くなり過ぎないようにとウェイトコントロールはするが、2人前くらいペロリと食べちゃう。だから、少なくはあっても、決して多過ぎる事はない。
 その食事作りの手伝いを、美樹は小学校上がった頃から自主的に始めて、今では貴重な戦力だった。
「よし君! 菜の花まだぁ〜?!」
「終わってます!」
「さんきゅう♡」
「何してるの?」
「人参の飾り切り。若の入学祝いなんでしょう?」
「そうだけど、いつマスターしたの?」
「昨日、やり方教わりました」
「覚えが早くて、教え甲斐があるよ」
「コック長っっ」
「俺も教わってないのに」
「お前は学ぶ気がないだろう」
「そんな事ないですよっ」
「どうだか」
「くすっ」
「美樹に笑われてりゃ世話ないな」
「ひでぇ〜。メッ、よし君」
「はーい。続き続き」
 美樹は1人で、500個余りの人参の飾り切りを作った。
 今晩は俊の高校進学のお祝いで、散らし寿司と、うしお汁と、菜の花のお浸し、筍のお刺身に真鯛の塩焼き御頭付き。主人家族には1尾ずつ付くが使用人達には鯛は付かない。その代わりの鯖の塩焼き。唯、若と一緒に、今は若の部屋で食事を摂っている美樹には、ちゃんと1尾付いた。美樹は特別なのだ。
 にしても、若も高校生か。早いものだ。特に旧い使用人にとっては、感慨もひとしおだろう。何分にも俊は、未熟児として産まれた。小さな身体に管を付けられ、それでも必死に生きようとした逞しさ。それに、両親も祖父母も胸を打たれ、生かそうとした。例え、後継者に相応しくなくても殺すまい、と思ったのだ。しかし、心配には及ばなかった。危機を脱するとモリモリお乳を飲んで、グングン大きくなった。今では健康優良児で、大きい方だ。技の切れ味は折り紙付きで、益々人気の2代目だった。
 その、赤丸急上昇中でモテている俊を独り占めしているのが、美樹だ。日に何通ものラヴレターを貰う俊だったが、こいつらとは住む世界が違うと達観していて、読みもせずに右から左にゴミ箱行き。それでも舞い込む手紙と贈り物の数に頭を抱えているが、一つの例外もなく棄てている。そんな、見ず知らずの他人から物を貰うなんて恐ろしい。実家の場所も、オヤジやジジイの勤務先に役職、組織内でのポジション迄知っている刺客達が、自分だけ見逃してくれるとは考え難い。だからこその、セキュリティのしっかりした私立校なんだし、必要最小限度の他人との関わり合いだ。クラスメイトに紛れている可能性もあるし、教師に成り済ましている場合だってあるだろう。何しろ、既にデビューしていたし、十人衆入りも果たしている。
 今のところNo.4だが、死(4)ってのが気に入ってるので、良いカンジ。死神の2代目にはピッタリだろう。
 そんな田口君。クラブにも所属していないし、生徒会役員でもクラス委員でもないのに、兎も角有名だった。一際大柄だけどスポーツ万能で、成績は常にトップ。訊けば、初等科時代から、抜き打ち小テスト込みで満点以外を取った事がないと言う秀才。これでお金持ちなんだから、多少無口で愛想がなくても、BFとしては二重丸だ。欲を申せば、もう少し優しくしてくれても良いと思う。まぁ、クールな面も大人って感じで素敵だけど。
 上級生にもモテモテだったが、俊的にはウザくて、学校行事にも出ていない。勿論、クラス行事にも、出た事がなかった。なので、修学旅行も体育祭も文化祭もクラスマッチも合唱コンクールも、名前しか知らない。遠足なんて論外。演劇鑑賞会って何? の世界。
 だが、それは父親の仕事を知っている以上、仕方のない事だと割り切っている。唯、美樹は別だ。普通に小学生している。同じ学校の初等科に、美樹は送迎付きで通っていた。が、俊の家から通っている事を、事もあろうか担任がバラした(これは意図的だと思われる)ので、見た事もない上級生からの、俊への付け届けが後を絶たない。
 俊宛ての手紙や贈り物。内心穏やかじゃ居られないけど、受け取る事は受け取る。けれど、俊には、一つの例外もなく全て棄てろ、と厳命されていたので、貰った端から焼却炉に持って行っていた。
 可愛い顔してやる事エゲツないのよと、お姉様方にはビシバシ反感を買っていたが、知ったこっちゃない。美樹が大事なのは俊1人だし、その俊の言い付けを破れる訳がなかった。ちゃんと、
「受け取れません」って言うのにお姉様方(極く稀にお兄様がコソコソしながら)は、手紙や贈り物を置いて行く。それらを一々焼却炉に運ぶ僕の身にもなってよ! 一方的に迷惑!!
 それを、ついつい溢したら、書生さんと言う形で1人、この4月から付けてくれるようになった。
 それが聖で、この年29歳。俊の移動の為の車の運転を任されるようになった、寮から主屋に移って来たばかりの新人で、俊の小遣い管理もしている。理工学部卒だから数字にも強かろうと、安直で好い加減な理由で、お館様(俊の祖父)が決めた。まぁ、そんな人だったから、自分のような反逆児を受け入れて下さったのだろうと思う。
 俊が初めて待つ事になった、直の手駒。まぁ、十人衆の下部組織・ネオのメンツは何人か居たけど使っていなかったし、だから、頼んだ。だから、任に就いた。
「泉原く〜ん」
「美樹く〜ん」
 昼休み。
 ゾロっとやって来た女子生徒達。遠い中等科や高等科の教室から、手に大小のプレゼントを持って、何通もの手紙を持ち馳せ参じた。一目瞭然。俊への付け届けだ。多分、友人の分も持って来ている筈。
 すかさず聖が、出入り口を塞ぐように、立ちはだかった。
「若のよし君に何の用ですか」
「若のって」
「何の用でも良いでしょ!」
「オジサンには関係ないの!!」
「あります。若の命令ですから。若への付け届けなら拒否します」
「バカって誰よっ!」
「くすすっ」
「ごめんなさ〜い。若だったわね」
「バカって本当の事言っちゃった」
「泉原美樹君!!」
「出て来なさい!!」
「ふぅ〜ん。本音はバカだと思っているんですねぇ。若に伝えて置きます」
「バカに知り合いなんて居な〜い」
「田口俊。田口の若の事をバカだと思い、知らないと言うのですから、お話にもなりませんね」
「えっ」
「いやっ」
「知らなかったから」
「今後一切、若への付け届けは断ります。さぁ、帰って!」
 聖が少しマジに声を張れば、温室育ちの耳年増なお嬢様方は、ビクッと身体を震わせ、スゴスゴと退散するしかない。
「聖さん、すご〜い」
「このくらいはね」
 美樹と同じ年頃の娘の居る聖的には、嬉しいスキンシップだ。この子はいつも、淋しそうにしている。無論、若と居る時は、全身で嬉しいを現わしていたけど‥‥。
「何処に行くの?」
「理科室です」
「では、俺も付いて行こう」
「ふふっふふっ」
 あれだけ煩く言い寄って来ていたお姉様方を撃退してくれて、移動教室にも付いて来てくれるから、美樹が嬉しそうにスキップスキップ。
「どうしたの?」
「お話し出来る人だから、聖さん♡」
「そう言えばよし君、いつも独りだね」
「僕に話し掛けて来るのは若に用がある人だけ。クラスメイトからは無視されてる」
「あら。それは淋しいねぇ」
「ううん。静かで良いよ。本読めるし」
「よし君は勉強家だねぇ」
「若に相応しく居ないと」
「そうだね」
 美樹が言葉の意味を知って、相応しく、なんて使ったとは思われない。きっと、周りから言われるんだろう。そう考えると、可哀想になった。行く末が定められているなんて。
「よし君は、大人になったら何になりたいの?」
「何って、選択肢はいくつもないと思うけど」
「難しい言葉を知っているね。選択肢は無限大」
「無限大? そうかしら。僕がなりたいのは一つだけ」
「そうか。将来の夢、決まっているんだね」
「うん」と言って屈託なく笑った美樹が、頭の中で何を大妄想しているのか聖が知ったら、余りのショックで口も利けないと思うが、舐めちゃいけない若様命のメイド長。洗脳する手間は要らなかったが、それでも、子供な美樹に判るようにと言葉は選ばなくてはならなかった。その甲斐あってか、望ましい方向に伸びやかだ。
「なれると良いね」
「頑張るっ」
 そんな、片側通行な話を美樹と聖がしているとも知らず、高等科では実力テスト真っ只中。それも抜き打ち的に。常日頃から、予習と復習に余念のない連中以外が、悲鳴を上げた。無表情でテストを受けた俊は、この2日間で行われた5教科を余裕の満点て終えた。
 その結果が貼り出されたのが、凶にオリジナルを注文して10日目だったので、毎度毎度、良く飽きないなぁ〜と思いつつ、俊の後を付けて来た女子複数人を置き去りにして、原宿の凶の店に運んだ。
「━━‥‥」
 丁度、凶は接客中だった。
 一般のお客さんで、漏れ聞こえた言葉から、一点物は一点物でも、エンゲージリングを頼みに来たカップルだと判った。幸せそうなオーラ。全身に纏っている。けれど、人間ボムだった。
 高校生が来るには不釣り合いなジュエリーショップ。お金持ちの子息の通う学校だけど、男子が来るには無理がある。だから、下手に怪しまれないようにショーケースを見ながら、カップルに注意を払った。こりゃ、職業病だ。あんな、幸せオーラ満載のカップルに迄疑いの眼差しを向けるなんて。しかし、身体のあり得ない部分の微かな震えを認めた俊が、よもやと思って割り込み、お客2人からのクレームさえ無視して凶とカーテンの奥に引っ込んで、強化ガラスで出来たシャッターを閉めるなり小さな爆発が起こった。
 消し飛んだ2人の人間。
 爆弾を抱えていたのは、多分、男の方。女はそうとは知らず、巻き添えを食らった。案外、男も知らなかったのかも。記憶の一部、時間にして5分程度がなくても、人間、不思議には思わないし、不都合もないものだ。
 しかし━━‥‥。凶を狙ったのか? まさか、俺を? どっちにしても、火薬の量が少ないような。ひょっとすると‥‥。
「凶。毒ガスだ。空気浄化システムあるか」
「勿論♡ 商売柄、敵も多いからね」と明るく言いつつ、壁のボタンをパチンと押した。すると、ゴーッと言うモーターの大きな音がし始めた。
「箱が小さいから、1時間も回してれば大丈夫でしょう」
「毒ガスはどうなるんだ?」
「エアダクトから、無害になって表に出る。店内にはエアシャワーとミストが降り注ぎ、残留物もなくなる」
「ふぅん」
「紅龍(オタク)からの提供物よ?」
「そうなのか?」
「ええ。それより銃、仕上がってる。試射は何処でやるの? 付き合うよ」
「試射室ないのか」
「あるけど、300mもないよ」
「構わない。300m先10㎝四方が再現出来れば」
「それならOK」
 と言う訳で、凶に案内して貰って地下3階に降りた。オレンジの、暗い灯りが灯っている。それが、いきなり明るくなった。
「全長150m。防音、防弾はバッチリだよ」
 随分と天井が高かった。ヘッドホンと射撃台と的があるだけの、打ちっ放し。凶の声が、ワンワンと反響している。
「ここの倍の距離だから、5㎝角の的で良い?」
「ああ」
 凶がセットしてくれた。
「時間帯の設定も出来るけど」
「じゃあ、夜にしてくれ。新月で、薄暗い街灯が1個ってとこ」
「え〜と、こんな感じ‥‥かな? うわっ。見えない」
「見えるさ。借りるぜ」
「ええ。弾どうぞ」
「さんきゅう」
 ヘッドホンして、マグナム弾を6連射。伸ばされた腕も、身体もブレる事はなく、迷いさえもなく発射された6発。どうなっているかと、凶が的を回収したら、1箇所にしか穴はなかった。つまり、6発共この穴を通過した、って訳だ。
「ふわぁ〜。さすが2代目。鮮やかだ事。して、試射の感想は」
「悪くない。射程をこの倍に伸ばしてライフルを作ってくれ。赤外線スコープ付きで」
「えっ!? オレを試した?!」
「当然だろう。相性が合わなきゃ、他を探さなきゃならないんだし」
「それで納期が10日だったんだ」
「まぁな」
「しっかりしてるわねぇ。判った。2代目のオリジナルは、オレが作る」
「ふっ。邪魔した。マグナム弾は100発な」
「待って!」
「ああ。後金の300万だ。新しく作る奴は」
「試し分は要らない。オレにもプライドはあるんだ。舐めて欲しくない」
「済まない。アンタのプライドを傷付ける気はなかった。許して欲しい」
「慰めてよ」
「ふん」
 凶の細い顎を持ち上げ、唇にキス。そして、硝煙の匂いが残る試射室で2度目のスキンシップ。
「帰る」
「納期は矢っ張り10日?」
「ああ。次は、試射はしない。アンタに任せる」
「有り難う。そうそう。オレ、アンタじゃないから。凶だから」
「判った。じゃ、又な凶」
「ええ」
 名門私立校の制服を着た高校1年生のクセに、やる事なす事大人びていて‥‥カッコいい。なんて、益々以って俊に惚れる凶だった。
 それから10日。
 俊が、めげずに‥‥と言うよりも、学習しないで付けて来るしつこい女子達を置き去りにして、凶の店に来た。
 凶も仕事柄、人の死に様を色々見て来ているから、10日前のアベックの人間ボムにも心乱される事なく、俊御所望のライフルを完成させていた。
 いつものように地下の工房に連れて行かれ、ライフルを渡される。マグナム弾100発も。
 俊は、早速取り出すと、ピタッと構えてみた。手にしっくり馴染む。肩にも肘にも、負担はない。良いライフルだ。
「こっちはどうするのぉ〜?」
「持ってくよ。御守りとして」
「あら。嬉しい事を。オレの部屋に来て」
「?」
 3回目にして初めて、凶の部屋に連れて行かれた。別に凶が、ここで生活している訳ではない。建て込んで来るとマンションに戻る時間も惜しくて、ここに泊まる事があった。ま、仮眠室ってところだが結構広くて、ダブルベッドとテーブルとソファーもあった。後は、単身者用の冷蔵庫に電子レンジ、IHのキッチンもある。無論、シャワールーム完備。
 尚、工房で働いているジュエリー加工兼ガード達用にも5部屋、仮眠室を用している。唯、ここ程広くはなかったし贅沢でもなかった。けれど、シャワールームとキッチンは完備していて、冷蔵庫は皆んな用の大きいのが工房に置いてある。
 3回目のSEX。さすがに俊も、凶のツボを覚えた。喜ばせて、楽しませて、この後も仕事があるんだからと3発で済ませてやって、俊自身は1発。今日は一緒にシャワーにも入って、身体を洗って貰った。ドライヤーで、俊の髪を乾かしているのも凶だ。ZOKKON-LOVEらしい。
「後は自分でする」
「そう?」
「ああ。有り難う」
 色気付いて来た高校1年生。髪のセットにも拘りはある。たって、俊の場合は可愛らしいものだったが━━‥‥。
「じゃあ、帰る。ミッション終えたら来るよ」
「ええ。待ってるよ。トシ君」
「ん〜?」
「気を付けて」
「ああ」
「大好き」
「有り難う」
 ギターケースを肩に、ラッシュの電車とバスに揺られる。もう、4月も下旬なので、車内は暑い。特別新陳代謝の良い俊は、毎年この時期は汗だくになる。だから、夏場だけ、車で登下校していた。それも、美樹と一緒に━━‥‥。
 美樹が5年生の時の担任が、悪意に満ちて、美樹が俊と同じ所に住んでいると明かした。その日を境に、美樹は俊への付け届けを押し付けられるようになるのだが、この時の担任が少年、それも小柄な美少年にしか興味のないと言う男性教諭で、どんなに美樹に良くしてやっても良くした分を突き返されたり、大声で拒否られたりして一向に靡かない。そりゃそうだろう。もう、その時は若が大好きだった。それ以外なんて論外だ。
 かくて、坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、可愛さ余って憎さ百倍と、バラしてやった、何かと目立っていた田口俊の身内だと。但し、いつ泣き付いて来ても良いようにして。
 けれど、一向に泣き付いて来ない。どころかクビを勧告されて、児童の個人情報を無意味に流したとして、民事と刑事で訴えられた。取り敢えず、最高裁迄頑張ってみたが、民事では該当児童と学校に賠償命令が出て、刑事では執行猶予なしの実刑が出た。
 こりゃ仕方ない。全てが個人的且つ一方的な感情でやった行為だ。執行猶予が付いたらびっくりである‥‥なんて言うタブロイド紙並みの論調はどうでも良くて、地裁・高裁・最高裁の裁判官と裁判長は組織の人間で、検察も同じく。生かしておいてやるんだから有り難く思えってなもんだ。
 そんなこんなでGW。
 今年もGWはない。お仕事だ。飛行機の手配。宿泊先などなど、全部自分で手配する。
「え〜っ! 今年もぉ〜っっ」
 美樹の不満そうな悲鳴。泣きそうな顔をしている。だって、何処に行くのか教えて貰えないんだもの。帰って来てからだって、教えては貰えない。5月5日は若の誕生日なのに!
 でも、何故教えてくれないのか、貰えないのか、理由は判っている。小学6年生のお子ちゃまだったけど、お仕事の事は何となく、知っていた。詳しいところは判らないままだけど‥‥。
「いっいつからですかっ?!」
「今日の最終便で行く」
「えっ! そんな急にっっ」
「急じゃないさ。4週間あった」
「ゔうっっ。最終便って言っても、直ぐに出る訳じゃないですよね!」
「まぁな。まだ2時間くらいある」
「僕、お弁当作りますっ!」
「ん」
 コクッと頷いてくれた俊を見て、台所に駆けて行った。大きめのお握りを3個。具は、しそ昆布、辛子明太子、紅鮭の3種類。おかずは、厚焼き卵、ウインナー、鶏の唐揚げ、コンニャクとほうれん草の胡麻和えに野沢菜の漬け物。1時間程で作ってしまい、ちょっとしたおやつ(今日はホットケーキ)も作って、俊の部屋に戻った。
 ノックして開けて貰う。
「はい、若。お弁当とおやつ。お弁当は、廃られるようにしてます。おやつはホットケーキとコーヒー♡」
「有り難う」
「僕に出来るのはこのくらいですから」
「助かってるよ」
「本当に!?」
「ああ」
「良かった━━‥‥」
「留守中はこの部屋使って良いからな」
「有り難う御座います」
 美樹はもう、うるうるしている。そんな美樹を抱き締めて、口付けを時間一杯繰り返した。
「じゃあ、行く」
「行ってらっしゃいませ」
 ギターケースと、1個のボストンを持って、俊は行ってしまった。
 行った先は、ヨーロッパの片田舎。薄暗い街灯が1個、ポツンと点いている程度だが、俊には充分の明るさだ。
 下見は1回。それも昼間に。そして、決行日は、新月の今夜。
 屋敷の、ある部屋の中が良く見えるところにある林の中から、スコープを覗く。ターゲット確認。射殺。屋敷は、上を下への大騒ぎになった。
 さっさとズラかろう。そう思ったけど、暫くの間、スコープで屋敷を覗き見ていた俊が、ゾワッとしてライフルを手放した。
「あ〜、俺の〜。誰だっっ」
 多分、スコープでも光ったのだろう。迷いもなく射ち返されて、作ったばかりのライフルが壊された。俊は、自分の安直なポジショニングを反省しながらも、ライフルを壊してくれた凄腕のスナイパーにお返しを忘れなかった。
『こっこんなガキにっ』
『ガキで悪かったなっ』
 早々に相手の愛銃は破壊していたが、その程度で気が済む訳じゃなし。パスパス身体中に弾を射ち込み、欲しい情報を全て引き出してからも射ち込み続け、結果、男は自害した。そうする方が楽だったと思われる。
 今思えば、屋敷は大騒ぎしていたが、警備の仕方がプロじゃなかった。ワラワラと集まって来たSPも、素人に毛が生えた程度。本物のターゲットは、別の場所で高笑いしているに違いない。そう考えると腹も立つが、情報が悪かったのだろう。
 学校、何日か休む事になるが、仕方ない。仕事をやり遂げないと、プロとして面目が立たない。それに、こっちの調査不足だ。
 日本人としては大柄の俊だが、アジア人は若く見られる。なので部屋を借りる訳にも行かず、ホテルに滞在する事になった。経費で落ちるかなぁ〜?
 訊いた情報と、調べた結果で、スイスのハリウッドスターの別荘に居ると判明。列車でスイスに入り、3日滞在してターゲットを探し出し、今度こそ仕事完了。
 もう狙われる事はないと安心して、20歳になる1人娘と朝市に出掛けたところを、屋根の上から拳銃で狙った。距離、丁度300m程先。的は10㎝もなかったけど、マグナム弾が、娘を見遣ったマフィアの重鎮の左こめかみにヒット。突然の事で狂ったように悲鳴を上げる娘と、主人同様油断していたガード達と、何事だと騒めき集まって来た一般客とでパニックになり掛けたが、待機中だったリムジンが進入して来て、狼狽る娘と主人の亡骸を乗せて立ち去った。
 翌朝。新聞を買って、スイス空港に向かう。矢っ張り、昨日の朝の事件は載っていなかった。握り潰したのか、スイス政府が関わりを嫌ったのか知らないが、今回は手応えが違う。間違いなく本人だ。片時も傍から離さないと言われていた娘も一緒だった。同じ顔がいくつもあってたまるか。
 飛行機の中で寝倒し、家に着いたのは昼。
「お帰りなさいませ、若」
 子供の頃から居る執事(バトラ-)が、丁寧に出迎えてくれた。何か、久し振りだ。いつもなら、美樹が飛び付いて来るところである。
「ただいま。クソオヤジは?」
「会社に」
「ジジイもか」
「はい」
「ふぅっ。風呂、用意してくれ。上がってからメシ食うから」
「はい。承知致しました」
 部屋に戻り、荷解きをして、着替えを用意した。洗濯物は纏めて、懐からマグナムを出す。今回は、この試作品に助けられた。ホテル宿泊費とか交通費とか出費が嵩んだが、最小限度の失態で済んだ。凶にお礼を言わないと。
「ぼっちゃま、お風呂の用意が整いました」
「ああ」
 バトラーは、意識から外れると、ぼっちゃまになる。仕方ないなぁ〜と思いながらも一声返し、一風呂浴びてから遅めの昼食を摂り、凶の店に向かった。
「いらっしゃい」
「ただいま」
「おや。今日帰ったの?」
「ああ」
「それで私服なんだね」
「まぁな」
「どうしたの?」
「凶に礼を言いに来た。良い物を有り難う。無事に帰れたのは、凶のお陰だ」
「何を言って‥‥ゆっくり出来る?」
「2時間くらい」
「充分。オレの部屋に行こう♡」と言う訳で、なるようになって90分。腹這いになって脱力している凶の隣りで、俊が上体を起こしふてぶてしくタバコをふかしている。その様を横目で眺めていた凶がガバッと上体を起こし、俊のタバコを引ったくった。そして、自分でふかす。
「その細巻きのロングシガーは、凶の指に似合うんだな」
 凶が、ポッと頬を上気させた。
「こっ子供が生意気なっ。大人を揶揄うもんじゃありませんっ」
「子供だから素直。それに、凶のココ」
「あっ♡」
「まだまだ若いじゃん。食い足りないってよ」
 言いつつ、アナルに指を2本捻じ込んだ。凶が身を捩る。
「だめ〜っ!!」
「おっ」
 身体を返して俊の意地悪から逃れると、睨み付けた。本当はすっごく惜しいんだけど、ここで甘い顔を見せたら、パワーバランスが崩れる。たって、とっくに崩壊しているが━━‥‥。
「ふっ。そんなところがガキ」
「とっトシ君?!」
「くくっ。シャワー借りるぞ」
「一緒に入る!」と、タバコの火を揉み消し、凶もシャワールームに入った。
「トシ君、良い匂いしたね」
「風呂入って来たからかな。けど、家で使ってるボディーソープもシャンプーもコンディショナーも、無香料だが」
「匂いした! トシ君の匂いかな♡」
「知らねぇよ」
 風呂は長いがシャワーは短い俊が、とっとこ出てしまう。慌てて、凶も出た。
「ビール呑みたいっ」
「仕事中だろ?」
「まぁね」
「俺が大人になったら、呑みに行こうな」
「フンフンフンフンっ!」
「邪魔した。又な」
「うんっ! 注文じゃなくても遊びに来てよ♡」
「ああ。原宿に用が出来ても出来なくても、寄らせて貰うよ」
「うん♡」
「じゃ」
 それから16年の付き合いだ。6〜70丁の長短銃の半分は、凶の手に依る物だった。その他が、世界に片手程しか居ない、手作り(ハンドメイド)銃の名匠の手に依る。
「じゃあ、凶さんに試作品頼まずに、頼んでても御守りとして持って行ってなかったら、ミッションは成功しなかったんですね」
「そうとも言えるかな」
「じゃ、特に念入りに磨こっと。僕のトシ兄を守ってくれて有り難う♡」
 それから又、整理を始め、その合い間にお昼を摂って、夕方になって美樹が抜けても俊は続け、結局、日付けが変わってから終えた。
「要らなくなった銃はどうするんですか?」
「燃えないゴミの日に出す訳にも行くめぇよ。凶に引き取って貰うさ」
 大学時代に作った一点物が18丁。筋力がUPしてた頃だから、ワンシーズン保たなかった。今は安定維持だから、長く使っている。
 たまにはこんな、たまには昔を懐かしんで、たまには昔語りをちょびっと━━‥‥。

《終わり》

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