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ハーモニーアダルト文庫『側室

作: 平 和 (たいら なごみ)

 俊が居る時に限り、学校が終わってから俊の仕事が終わる迄、冬夜が部長室の前室に居る事が増えた。
 不安定な子なので、俊も煩くは言わないし、会社に来たいと言われた時も止めなかった。寧ろ、それくらいの骨折り、構わなかったくらいだ。だから、直ぐに受付に連絡を入れ、犬飼冬夜名義の通行証を作らせた。それを使って52階迄来ているのだが、当然、他の情人とのデートは冬夜には内緒だ。それらは全部、社用にしてあるから、部長って忙しいんだな、と納得している。
 何しろ、俊の2台のスマホ、機種も色も待ち受けも同じなのだ。着信音は違ったが、そこ迄チェックしているのなんて居ない。
 今夜は美樹の日。
 出掛けて直帰する旨、冬夜に話していたら、席を外していた美樹が来た。
「部長。お車の用意が出来ました」
「ん。じゃあな、冬夜。気を付けて帰れよ」
「うん。行ってらっしゃい」
「おう」
 俊は美樹を従えて、大股に消えた。それを見送り、冬夜が聖にさようならを言って帰って行く。でもって、聖が溜め息を吐いた。
 若の強心臓は今更だけど、よし君、保つかしら?
 そんな心配をしていたら、匠がやって来た。
「上がりだろ?」
「うん」
「か〜えろ♡」
「うん♡」
 無人の前室で、帰りの儀式(?)をたっぷり楽しんで、聖の運転するR34で匠のマンションに帰る2人であった。
 匠の、聖とのワクワク同棲プラン、は水面下で進行ちう。仕事の合間に図面引いてるし、一緒に住む聖の意見も必要な部分もあるし、だから、正直なところ遅々として進まなかったけど、楽しい企みだから苦にならない。聖が喜んでくれる事を想像して、ぷぷぷ笑いの止まらない匠であった。
「どうしたの? たっくん」
「えっ? 何が?」
「嬉しそうだから」
「うん♡ その内、たかちゃんにもちゃんと話すけど、嬉しい事やってるんだ♡」
「へぇ。じゃあ、俺は楽しみにしていれば良いんだね?」
「そうだね♡」
「判った。楽しみにしてるね♡」
「うん♡」
 さて、一方の、先に出た俊と美樹であるが、美樹の車ベントレーで運転も美樹だったが、あくまでも部長と第一秘書を演じているから、バリケードな俊は別にして、美樹は罪悪感でそろそろ限界だ。それに━━‥‥。裏に引き込んじゃったんだし、ファイブカードとその恋人達との対面はやった方が良いと思う。それで、俊に言ってみた。
「そうさなぁ〜」と、曖昧な答え。
「早い方が良いと思います」
「何で」
「僕の神経が保たない」
「そりゃ困るな」
「でしょう?」
「でも、今は無理」
「何でぇ〜」
「今、実地で大変だから」
「何の?」
「限定解除」
「ああ。冬夜君、ライダーでしたね。いよいよですか」
「ん。それで、ボーッとしに来てる」
「そうだったんですね。教えてくれても良いのに」
「教えたらどうなったんだ」
「え〜っとぉ、聖さんからのアドバイス」
「限定免許ってだけで、大型が動かせねぇ訳じゃねぇよ。俺のバイク貸してたし」
「無免許運転やらせてどうするんですか」
「無免じゃねぇよ。自動二輪の免許は持ってる。唯、限定免許ってだけで」
「屁理屈!」
「何処が? 練習してただけだが」
「もぉっ! はいはい。スーパーに着きましたよ。すき焼きでしたね♡」
「ああ。一緒行くよ」
「そうですか?」
「ん」
 2人揃ってスーパーに行き、すき焼き用の食材と明日の朝とお弁当の食材も購入した。勿論、お支払いは俊だ。
 そこからは俊が運転し、マンションに戻る予定だったけど、予定は未定で確定ではない。
「少しドライヴするか」
「はい♡」
 高速に乗って、羽田空港に来ていた。
 夜の空港って綺麗で好き。
 そこには1時間程居たのだろうか。ボンヤリと、俊の胸に頬を押し当てて、旅客機の離発着を見ていた。と、俊が上体を起こした。
「落ちる」
「え?」
 俊の小さい声に反応し、目の前に視線を向ける。
「進入角がおかしい」
 アプローチに入っていたのは、デルジャパンのジャンボ機だった。
「あっ! 突っ込んだ!」
 アプローチ角がおかしい自覚はあったのか、着地する時に、慌てたように機首を上げたが、そのせいで、強かにケツを叩き付ける事になっていた。
 明朝一面TOP決定だ。
 爆発音がして、離れているのにその振動と熱が伝わって来た。
「帰るぞ」
「え〜。もっと見て行きましょうょ」
「バカ! 野次馬とTVクルーで帰れなくなる!」
「あ‥‥そうか。それに、すき焼きだし」
「そうそう。そうれ」
 キュルルッとホイルターンして、自宅マンションに戻った。
 帰るなり俊が、TVを点けている。珍しい事もあるもんだ、と思っていたら、さっきの航空機事故のニュースを見ていた。美樹も手を止めて、見に来る。
「あらら〜。乗客・クルー合わせて257名、絶望ですか」
「爆発したからな」
「そうでしたね」
「風呂入る」
「はい。用意して来ます」
 そう答えた美樹はバスルームに行くと、手早く掃除をしてからバスタブにお湯を貯め始めた。浮かんでいるのは、毎度お馴染みのお手製ポプリ。今夜のはジャスミンベース。季節物だ。お湯タイマーを掛けて、バスルームを後にした。お湯が溜まれば、自動で止まる。
 俊は全裸でソファーに座り、TVを見ていた。ニュースの続きを見ているのかと思ったら、ドラマを見ていた。
「珍しいですね。トシ兄がドラマ見るなんて」
「この連ドラは特別だ」
「連ドラなんですか?」
「ああ。録画して見てる」
「そうなんだ」
「リズが主演なんだ」
「ああ。リズさん。それでチェックしてらっしゃるんですね」
「チェックって程のもんじゃねぇよ。翔達がリズに、どんな仕事取って来てんのかなと思ってさ」
「宇宙君と海美ちゃんのママですものね。気になりますよね。僕も見ようかな」
「ADGテレビの水曜夜9時からの1時間」
「はーい♡ あっ、お風呂良いですょ」
 ブザー音がしたので、俊に風呂を薦める。
「食材片付けたら、お前もおいで」
「はい♡」と短く返事をし、テキパキ。そして、俊が脱いだ衣服を仕分けてから裸になって、浴室に入った。俊はお湯に浸かっていた。ジャスミンの香りが立ち込めている。
「お湯加減、いかがですか?」
「丁度良いよ」
「良かった♡」
 お湯をチャプチャプしながらキス。
 美樹は途中で嫌がったが、ガッチリと肩を抱かれていて、俊の10分マジキスされた。当然、イカされている。美樹が、ぷうっと膨れた。
「トシ兄の意地悪っ」
「あら。何故かしら? お前には、こんなに優しいのに」
「そうですけどぉ〜」
「他に何か要るのかしら」
「おチンチンが欲しい」
「何処に」
「お尻の穴に、ハーメーてー」
「良しっ! ハメたるっ!」と言ってガバッとお湯から出た俊のペニスは、美樹が腕を大きく伸ばして弄っていたから、大きくなっていた。
 美樹は少し考えてから、股間とアナルを洗った。お湯掛けて、シャボンで綺麗綺麗。
「お待たせしました」
 四つん這いのまま、ノタノタと後ろを向き、エコーの良く効くバスルームでも楽しんだ。
 揃って上がり、美樹は髪と身体を拭くと足早にキッチンに向かった。と、食卓の上に見慣れぬ布が置いてある。今迄気付かなかったが、何だろう? ジッと見ると、カードが挟まっていた。
 ミキへ♡ って俊の文字で書いてあったから、手に取って見る。いつも有り難う♡ と続いてた。
「トシ兄っ! このエプロン! おNew♡」
「ん」
「有り難う御座います♡」
「否。美味しい弁当いつも有り難うの現われだから」
 思わず、涙汲んじゃう。でも、慌てて拭った。
「それ言うなら、僕は、毎回アナルに美味しいおチンチンを有り難う御座います、ですけど」
「ふっ。ケツに旨いか」
「はい♡ 今夜も一杯して下さいね♡」
「ああ」
「さてっ! すき焼き! 割り下、トシ兄にお任せして良いですか?」
「ああ」
 実は俊は、すき焼き奉行。酒の代わりにビールを使う。余ったのは、勿論、飲む。
 美樹は具材をカットしまうと、俊に訊いて、リビングのローテーブルの方に、カセットコンロを持って来た。
「ああ。俺がやる」
「はい。グラス、持って来ますね」
「ん?」
「すき焼きには日本酒なんでしょう?」
「ああ。でも、冷酒が良いな」
「冷えてますょ♡」
「出来る女房殿だ」
「えっへん♡」とちょっと威張ってから、大皿を持って来て、それは俊の脇に置き、菜箸とかアク取り用のお玉とボールとかとか全部揃えてから、ビールと冷酒様の登場。無論、このビールはすき焼き用。尤も、風呂上りのビールは呑んでいたけど━━‥‥。
 牛脂を敷くと、良い匂いがした。ジュージューとブランド牛を焼き、すき焼き奉行が腕を振るった。
 美樹は中々、イケる口だ。何せ、俊に鍛えられている。つっても、マサシやリズのような酒豪ではなかったので、最後迄は付き合えないのだが、それでも、普段呑みなら付き合えた。
 美樹は酔うと、俊に甘える。まぁ、普段から美樹は俊に甘えている、と言ったら仕舞いなのだが、意識して抑えている部分を抑えなくなるから、舌っ足らずでねこねこ甘えて来る。そうなるには最低でも2本空けないとだけど、甘えて欲しい俊は、たまにそれを画策する。
 しかし、今日は水曜日の夜で明日も仕事。特に俊は、2ヶ月も海外出張に行ってて会社は3ヶ月ばかり留守にしてたから、部長の仕事が貯まりまくっている。どんなに美樹と聖が優秀な秘書でも、出来る事と出来ない事はある訳で、そんなホイホイ部長の代役がやれるなら、部長が要らない。
 そんな訳で、実は忙しいのだ。
 2人で1升を空け、ほろ酔い美樹が気分良く、後片付けをしている。それから、お楽しみの時間。
 3ヶ月も俊が留守だったって事は、その間、美樹はオナニーすらやっていないって事だ。オナニーは、見ている前以外じゃやるな、なんて言われているからなのだが、それをバカ正直に守ってしまうのが、良くも悪くも魔王妃なのだろう。魔王妃はその外見同様、純粋なのだ。
 一方の俊は、向こうで宜しく犯っていたが、初めの2週間で飽きた。その後は、半分は説得に費やし、その挙げ句おん出て来たから、何人も殺している。
 シシリアンマフィアとの抗争は、美樹も知っていたが行った訳ではなく、終わってしまってから訊かされただけだから、又、そんな身分でもないから、詳細に付いては知らされていない。
 淋しいけど、それを言い始めたら切りがない。
 だって、俊は魔王。愛する王様だけど、王様だから、自分だけのモノではない。でも、2人切りで抱き合っている時は、自分だけの人。だから、満足する迄愛して♡
 気を失う事もなく、今夜の情事が終えた。
「辛くないか?」
「はい。幸せです♡」
「俺もだ。もう1時だ。寝もう」
「はい。おやすみなさいませ、トシ兄」
「おやすみ」
 愛しい美樹の肩を左腕で抱いて、瞼を閉じた。
 愛する俊の逞しい胸に頬を押し当て、瞼を閉じた。
 朝5時に起きた俊は、毎朝の日課、トレーニングルームへ。
 その俊の加護が失せてから目覚めた美樹はシャワー浴びて、ついでに風呂掃除をし、一端バスルームから離れた。
 次に行ったのはキッチン。スマホのタイマーをSETして、朝食とお弁当の用意。
 テキパキテキパキ。
 たっぷりの汗をかいて来るから、朝からガッツリ行ける。
〜スチャラララ♪〜
 美樹のスマホのタイマーが鳴り、バスタブに少し熱めのお湯を溜めに行く。ポプリは、爽やかなレモングラス。お湯タイマーを掛けて、キッチンに戻った。
「後は‥‥漬け物とぉ〜‥‥こっちは〜」
 3つのコンロ、フル稼働ちう。
 朝(俊の)は断然、和食派。気付いてる情人、少ないけれど━━‥‥。言わないのかしら?
「あぢぃ〜」
 お湯タイマーが鳴り終わってから暫くして、俊が戻った。今朝も汗だくだ。
「お風呂、入れますよ」
「さんきゅう。お前もおいで」
「はーい」と一声返事をし、ガスを止めて、俊の抜け殻を拾い集めながら浴室に行った。
「あ〜ぎもぢい〜」
「くすっ♡ ちゅう♡」
「ん? ん」
 マジキスされても平気。
 朝の清々しい明るい陽の中で1発〜♡
 朝食後、俊がリビングテーブルに行って、ミルでゴリゴリとコーヒー豆を挽きながら、CATVのニュースにチャンネルを合わせた。
 見ながらゴリゴリ。コーヒーメーカーにSETして、キッチンの方にもコーヒーの香りが漂って来るようになった頃、後片付けも終わった。
「良い匂い♡」
「座れ」
「はい」
 2人切りの時は、並んで座るようにしている。自分より格下(ヨワイモノ)が居る時は、俊の隣りはそれに譲るけど‥。
「臨時収入だぁ〜♡」
「ん?」
「株ぅ〜」
「儲かったか」
「ちょっぴり」
「そうか」
 武闘派のメンツも幹部になると、株など財テクに勤しんでいる者が多い。何気に大企業の大株主だったりする。俊も、合わせて9社の大株主で、毎年、株主優待で色んな特典が受けられた。
 十人衆はどっかしら9社の大株主だ。
 美樹は、俊に教えて貰って株をやり始め、カタイ所1社の大株主だったりする。
「さて、行くかな」
「はい」
 ゆっくりとコーヒーを楽しみ、食休みもして、俊が腰を上げた。そして、美樹がお弁当箱と水筒を2本持った。勿論、弁当箱も2つあるが、水筒の片方には味噌汁が、もう片方には、今日は玉露が入っている。
 車は美樹のだが、運転は俊。美樹は後部座で、お弁当箱と水筒を抱えていた。
 本社ビル迄30分のドライヴ。美樹を先に下ろし、美樹の駐車スペースに車を停める。そして、揃って52階に。
 いつも早い聖はもう来ていて、朝の儀式が終わったのか、仕事を始めていた。
「おーっス」
「おはよう御座います、若」
「おはよう御座います」
「おはよう、よし君」
 俊は部長室に入って行き、美樹は抱えていた荷物をしまってから俊に紅茶を出して、今朝迄に届いたFAXやmailをチェックし、20分くらいで部長の今日のタイムスケジュールを作ると、その旨報告に行った。
「2ヶ月半のツケ、中々高いなぁ〜」
「3ヶ月です。半月もファイブカードが出動してましたから、あちこち大変でしょうね」
「芸能部は何事もなかったそうだぞ」
「平の直江さんだけでは、何も動かないですよ」
「そりゃそうだ」
 で、お昼をいつものように過ごし、16時半頃に、上機嫌な冬夜が訪ねて来た。
「こんにちわ♡」
「こんにちは」
「こんにちは」
「部長に取り次いで下さい♡」
「ちょっとお伺いして来ます」
 美樹が第一秘書として立ち振る舞い、部長室の扉をノックして中に入った。
「どうした」
「冬夜君が来ました。取り次げって」
「何じゃ?」
「さぁ。ご機嫌でしたけど」
「ふむ。手持ちだけ片付ける。10分待てって」
「はい」
 美樹は一礼して扉を閉めると、俊の言葉を冬夜に伝えた。
「はい♡ 有り難う御座います♡ 一服して来よっと♡」
 そう言って、冬夜は同フロアの喫煙スペースに行った。
「何か良い事あったんだろうね」
「え?」
「語尾にハートマークが見えてたよ」
「あはは。そうですね」
 その頃の冬夜は、ファンを回して深々と一服ちう。嬉しくて、顔がニヤケちゃう。油断すると、笑い声も。
「ぷふっ♡ イカンイカン」
 一服し終わって、前室に戻って来た。
 冬夜は個人的な事でニコニコしていたが、秘書君2人には更々関係ないので、忙しく仕事してる。いつもなら気にするところだが、今日の冬夜は、気付かなかった。すると、美樹の卓上ホンから俊の声がした。
“冬夜、入って来い”
「はいっ! えっ?」
 突然の声でびっくりして、飛び上がってしまった。良いお返事迄しちゃって、ちょっぴり恥ずかしい。それでも、ノックして中に入った。
「すげっ。広い。ぜ〜たく」
「見学か?」
「違うよ! 良いモン見せようと思って♡」
「冬夜のオナニーショー」
「バカっ!」
「くくくっ。入れ」
 ノックに続き美樹の声がした。美樹は、俊と冬夜にお茶を持って来て、応接セットのお誕生席と長椅子の方に置くと出て行った。
 それを瞳の端に映しながら、お誕生席に俊が座り、お茶の置いてある長椅子に冬夜が掛ける。
「で、どうした」
「へっへっへっ♡」
 徐ろに免許証入れを取り出すと、免許証を出して裏面を見せてくれた。
「おっ。限定解除。やったな。刀1100は」
「明後日の夕方納車♡ ツーリング行こうょ♡」
「慣らしは」
「甲州街道で」
「まぁ、良いけどな」
「やったー!」
「まぁ待て」
「何?」
「来週末は無理だぞ」
「え〜っっ」
「3ヶ月日本に居なかったから、その分の仕事が貯まってる」と、一度言葉を切って、
「急いで再来週末かなぁ〜。箱根にでも行って、温泉入るか」
「ジジ臭い」
「お前は入らなくて良い」
「ウソです! 温泉大好き♡」
「現金な奴」
「てへ♡ 箱根なら、日帰り出来るね♡」
「2泊だ。金土。お前の3泊目は俺の部屋」
「わ〜い♡ トシさん、大好きぃ♡♡」
 言いつつ、ほっぺにちゅう♡
 インターホンのスイッチをONにしてあるので、この会話は美樹にも聖にも筒抜けになっていた。が、俊(ワカ)の臍から下の話なんて興味ないから、聖は速やかにデリケートしてる。てか、乱される事もなく、黙々と仕事をしてた。俊との付き合いは、昨日今日じゃない。ある意味、慣れている。
 美樹も、慣れていると言えば慣れている。唯、インターホン越しってのは初めてだったので、最初は何の為だろうと思っていたが、そう言う事ですかと納得した。
 再来週末かぁ。そこ迄、出張のツケは回らないと思うが、まぁ良いや。何か考えがあるのだろう。にしても、2週間で慣らし終わらすの?
 そんな事を考えているとインターホンが切れて、何だろうと思う間もなく冬夜が出て来た。そして、何の迷いもなく美樹に、視線を止める。
「泉原さん、トシさんが呼んでます」
「あっああ。そう。有り難う」
 にっこりと笑って席を立ち、部長室に入った。すると、再来週の日曜日に、4枚のエースとその恋人を、ブランカに集めるように言われた。
「先生と圭介さんは?」
「ん?」
「顔合わせ、しておくべきだと思います」
「そうか?」
「はい」
「じゃ、俺からmailしとく」
「それで時間は」
「そうさなぁ〜。19時半に晩ご飯♡」
「━━‥‥。判りました。特に宏さんには、念を押すように伝えておきます」
「そうしてくれ」
「トシ兄ぃ」
「ん〜? どうした?」
「僕もトシ兄と旅行に行きたい」
「お前とは、毎年年末の納会で」
「2人切りじゃないです」
「確かに。けどお前とはなぁ〜ああ、2ケツしてたのは、俺が大学の頃か」
「はい」
「もう10年くらい、2人切りで旅行に行ってないんだな」
「そうです」
「判った。有給貯まってるから、それ使って海外行こう」
「否っ。近場(コクナイ)で充分です」
「国内(チカバ)だと、呼び戻されるかもだろ」
「ああ〜」
「何処行くか考えとけ」
「えっ! 僕が!?」
「うん。何で?」
「冬夜君には、行く先決めてらしたから‥‥」
「はんっ。んだば、スペインにでも行くか」
「何故、急にスペインっっ」
「来月、大きな祭りがある。その前後1週間ずつ、移動時間込みで2週間、休みを取ってくれ。ホテル、取れるかなぁ〜。確か、顧客用にホテル抑えてある筈だから、そこに部屋を取ってしまえ」
「良いんですか?」
「ああ。チケットの手配も忘れるなよ」
「はい♡♡」
 美樹が、それは嬉しそうに微笑んだ。それを見て俊も満足そうに笑い、書類に視線を落とす。
 一礼して部屋を出た美樹は、LINEで4枚のエースに通達すると、即行で宏から反応があった。間を置かずに匠。
(19時半晩ご飯は判ったけど、結局、何人前なんだよ。材料費は誰持ち? 俺やだからね!)
(オリオン君がなんだっつうの? オリオンはまだ見えないよ?)
 反応はないが、もう2人も既読になっている。で、そこに、俊が割り込んだ。
(俺が出す。誰だ、オリオン君って。バカが。冬夜! 犬飼冬夜! 俺の13人目の情人)
(ひゃあ〜。若いっスね若。テヘペロ)
(人数は13人。内6人が俺ら)
(じゃあ、大雑把に20人前? レシートで良いっスか? 領収書? 宛て名、何にします? 若の名前で貰っときます?)
(領収書。俺の名前で)
(はーい)
(何作るの〜?)
(リクエスト受付中)
 こんな遣り取りが、LINE上で行われていた。
 冬夜はニコニコしながら、自分の運転免許証の裏を何度も何度も飽きる事なく見ている。嬉しいんだろうなぁ〜。でも、それを声に変える訳にも行かない。だって、部屋の中での遣り取りだったんですもの。部屋の外に居た自分が知ってたら、問題あるじゃないですか。
 でもでも、訊くのはアリだよね?
「何か良い事あったの?」
「えっ」
 こちらから声を掛けた事はなかった。だから、驚くのも無理からぬ話だ。けど、そこ迄驚かなくても‥‥。
「今日はずっと、ニコニコしてるよ?」
「ああ。そんな露骨でした?」
「それ迄とのギャップがね」
「えっ!? それ迄の俺、どうでした?!」
「ポヤンとしてたね」
 聖も話に噛んで来た。
「心、ここに在らずって感じで」
「え〜っ」
「で? 何があったんだい?」
「えへ♡」
 冬夜がソファーから立ち上がり、カウンター迄やって来た。そして、免許証裏を提示する。
「これこれ♡」
「どれどれ」
「おや。限定解除だ」
「それでご機嫌だったんだね」
「えへ♡ 嬉しくてぇ♡」
「んん。判る判る」
「僕もニヤけてたなぁ」
「私もだよ」
「お2人共、限定解除なんですか?」
「ああ」
「うん」
「何に乗ってるんですか」
「原付きかな」
「えっ! 勿体ない!」
「車での移動が多くなったからね」
「ああ〜。林さんは?」
「クラッチの繋ぎ方を忘れないように、DT250に乗ってる、たまにだけど」
「オフロードかぁ。じゃあ林さんは、相当なテクの持ち主ですね」
「否々」
「そうそう。神レベルだょ」
「うおっ」
「よし君」
「仕事しょ」
「こ〜れ」
 ペーパーナイフでペンペンされちった。
「おめでとう」
「おめでとう」
「有り難う御座います」
 そんなこんなで2週間後の週末。
 この半月余り顔を見せなかった冬夜が、ピカピカの新車に跨ってやって来た。この日に合わせて、しっかり慣らしも終わらせてる。
 俊は、この日は定刻上がりにして貰ってて、前の日、美樹を泊まらせて、メット持参で出社。帰りは、冬夜のケツに乗ってこうと算段した。
 お昼休みは別にして、午前中も午後も、無駄口一つ叩かず俊は仕事して、その処理スピードに、2人の秘書君てんやわんや。それでもこなせる、優秀な秘書君達だった。
 そんな、一際忙しそうな2人を見て、冬夜が表情を曇らせた。それ迄、限定解除が嬉しくて、まともに周りが見えていなかった。無理させちゃったかな? させているのかな? だとしたら‥‥。どうせ20時21時迄は仕事なんだろうし、このまま帰っちゃおうかなぁ━━‥‥。とか、冬夜が考え始めたのが16時半ちょい前の事。それでも、トシさんと居たい、にケリを付けるには冬夜は幼過ぎて、決心してソファーを立ち、黙って帰ろうとしたのがジャスト17時。
 まず、聖がデスクに突っ伏した。
 それに続いた美樹は、全身脱力状態。
 一体何が起こったんだ、と驚く冬夜になんて構ってやれない。
 それに呼応するかのように部長室の扉が開き、メット片手に俊が姿を現わした。
「ガムテ」
「あ、はい。はい、どうぞ」
 美樹に渡されたガムテでズボンの裾を止めて、まんまで返す。そして、立ち上がっている冬夜に目を向けた。
「何してんの?」
「えっ、いあっ」
「ま、良い。マンション迄、乗せてけよ」
「ぇ‥‥え? えっ! え〜っっ!?」
 素敵な驚き方だ。しかし、構っちゃいられない。Let'sらGO!
「早くしろ。お先」
「お疲れ様です」
「お疲れ様で〜す。ゆっくりやろっと」
「僕、お茶煎れて来ますね」
 俊と冬夜の居なくなった前室には、何処かしらノホホンとした空気が漂っていた。
 エレベーターの中の2人。
「ねっねぇ、トシさん。乗せてけって俺が!? 2ケツすんの?! 刀1100で」
「お前のバイクじゃねーか」
「そっそーだけどさ。まだ無理!」
「何言ってやがる」
「無理無理! 事故る! トシさん運転して!」
「ふぅ。良いのかよ」
「うん♡ トシさんだから良い♡」
「わ〜った」と言う訳で、俊が運転して一端マンションに戻り、昨夜、美樹に用意させた服に着替えて出掛けようとしたら、冬夜に噛み付くようなキスをされて、その細い腰を抱き寄せ10分少々のマジKiss。無論、冬夜はイカされた。
「狡い〜っっ」
「行きたくねぇの? ツーリング」
「行きたい」
「ならブシャブシャ言うなっっ」
「はーいっっ」
 箱根迄の林道を楽しみながら、組織直営の温泉旅館に来た。直営って事は売春(ウリ)もやってて、それ目当てのエロオヤジや有閑マダムも来ている。
「老舗って、感じの旅館だねぇ」
「70年かな」
「すげっ。こんな形で良いのか」
「社の保養施設の一つだから気にするな」
「トシさんの会社、凄えな」
「俺の会社じゃなくて、俺が勤めてる会社な」
「はい。ごめんなさい」
 バイクを停めて中に入ると、女将が出迎えてくれた。観光シーズンではないが、特別なサービス(バイシュン)をしてくれるから、シーズンOFFもそこそこお客の入るこの旅館には、2週間前くらいでは予約なんて取れないが、俊が電話すれば一番上等な部屋が用意される。彼らにとったら俊は、おっかないマネージャーだ。お客で来たから、そう呼び掛けはしないが━━‥‥。
「田口様、いらっしゃいませ。お待ちしておりました」
 仲居も揃って、丁寧にお辞儀をした。
「離れをご用意させて頂きました」
「どうぞ。ご案内致します」
 離れに案内されて、女将の挨拶を受け、直ぐに夕食にして貰った。特別なサービスはするけどそれは限られた人に対してのみで、普通の旅館としても機能している。ミシュランでの星は知らないが、美人女将の居る有名な旅館だ。だから、お風呂も食事も楽しめる。
「旨かったぁ〜」
 大いに呑み食いし、大浴場。
 初めは渋っていたくせに、大きいお風呂の魅力に負けて、お目々キラキラさせている冬夜。
 遅い時間だったせいか、他に人は居なかった。
 温泉旅館だから、お風呂は掃除の時間以外は入れる。つまり、深夜とか早朝OKって事。
 お湯も大浴場もゆっくり堪能して、部屋に引き上げてから励んだ。そうしたら、冬夜が大浴場に行けなくなった。肌に沢山の花びらを散らされたせいで━━‥‥。
 翌日は大涌谷に観光に行ったけど、期待した程ではなかったらしく、玉子だけは忘れずに買ったがSEXの方が良いとの事で、旅館に戻ってズコバコ。たって、明日は午前中に出発するから、バイクには乗れるように手心は加えた。その夜は、縁側で月見酒と洒落込んだ。
 翌日曜日。その時空いていた従業員一同(仲居も男の子も、更には女将だって、皆娼婦・夫だが)にお見送りされて、ゴミゴミした都内に戻った。
「はぁっ。肺の中、排気ガスで真っ黒だわ」
「くくっ。風呂入るぞ」
「どっか行くんだっけ」
「ああ」
「俺、下着とTシャツの替えしかないよ?」
「構わねぇよ。そんな畏った所に行く訳じゃなし」
「何処に連れて行ってくれるの?」
「一度行ってるぞ。ほら、文化祭の時」
「? あの、やってるのか潰れてるのか判んないような、小汚いプールバーですか」
「ああ」
 忘れるものか。まだ記憶に新しいそこで、自分を脅して性奴にしていた3年生5人の生徒会役員を、国本先輩が楽しそうに切り刻んだのだ。学校ではまだ、その5人の事が話題に昇る。凡そ悩みなどなかったろう5人の生徒が、置き手紙も何もなく、着の身着のままで家出するなんて考えられない、と言う理由を大人達は口にするが、生徒間の噂は大人達とは違った。あいつらが良いのは先生達大人に対しての外面で、実は陰湿な虐めをしていた事を殆どの生徒は知っていたから、虐められて転校を余儀なくされた子の関係者が関わっている筈だと、実しやかに言われていた。去年自殺した男の子も、あいつらに虐められてたんじゃないかって話だし、その内他殺体で発見される、と言うのが大方の予想だ。
 他殺はほんとうだけど、発見はされないと思う。あれらは、鯉の餌になった。
 もう3ヶ月になるから、生徒間ではそろそろ噂にも昇らなくなったけど、今以て親達が煩い。
 生徒会役員に5人も欠員が居たんじゃ生徒会が機能しないから、行方不明の5人の家族の反対なんて無視して補欠選挙を行った。そして、新しく5人が選ばれている。5人の父兄は無効だとか抜かしていやがるが、知ったこっちゃない。育て方間違ったクセにとは、在校生殆どの弁。
 そんな学校の事は、俊には話していない。関係ないと思ったからだが、武春から知らされて知っていた。武春は今も、21HRに来ている。友達らしい友達の居なかった冬夜の第一号の友達って、武春なのか眞由美なのか。尤も、馴染みのバイク屋のスタッフや常連客は別だ。そのバイク屋で刀1100購入したんだし━━‥‥。
 エコーの良く効くバスルームで3発抜かれ、場所をベッドに移してからも、立て続けに4発抜かれた。つったって、昨日一昨日で精液は使い果たしているから、イッた感じがするだけの所謂ドライで、出るモンも出すモンも声以外ない。
 絶倫の俊は、余裕の2発。この2泊分を入れても7発。まだまだ犯れる。
「お尻、痛いぃ〜」
「知らね」
「バカバカ。あたた」
 ポカポカと、俊の太い左腕を叩いたら俊が上体を起こすもんで、それにつられて身体を捩ったら痛かった。だもんで、死んだマネ。俊が頭を撫で子撫で子して、タバコに火を点けた。すると、冬夜もベッドで上体を起こして座り、タバコをくれと手を伸ばした。だから、ライターとSETで渡したところ、1本を咥え、その同じ1本に火を点けて、用なしとなったシガレットケースとライターを返して来た。
「前から思ってたんだけど、このシガレットケースは金?」
「ああ。18K」
「18Kって?」
「金は柔らかいんだよ。18Kくらいが手頃な硬さなんだわ」
「純金って何K?」
「24K」
「ふぅ〜ん。万年筆でしか用ないからなぁ」
「万年筆なんざ使うのか」
「亡くなった父さんの形見。大事に使ってる」
「そうか。悪かった」
「ううん」
 冬夜の家の事は少し訊いたし、追加で調査もした。冬夜が中1の秋、海外出張中の父親はテロに巻き込まれて死亡し、その半年後に母親は再婚。その社長の母親が海外出張中に義父に性的暴行を受け、即母に訴えたが、お前にスキがあったからだろうとか、誘惑されたと訊いたとか、あらぬ嫌疑を掛けられ、こんなんじゃ身の安全が確保出来ないと言って今のマンションに移り住んだのが中2の春。母親が再婚して1ヶ月後の事だった。それでも、1年くらいは毎日訪ねて来ていたそうだ、義父がマンションに━━‥‥。
 判らんでもない。そのくらい、冬夜は具合いが良い。1度抱いたら忘れられなくなったんだろう。冬夜は冬夜で目覚めてしまって、金持ってそうなオジサン相手に売春(ウリ)。
 訊けば、元々母親とは対立していたそうだ、父親を巡って。今は母親が社長してる貿易会社は、そもそもは父親が立ち上げ一代で上場企業に迄大きくした会社だった。父親は出来の良い冬夜を溺愛していて、妻には土産なんて1度も買った事ないのに、冬夜には忘れなかったそうだ。それでも、父親が生きている間は何とかなっていたらしい。死に方がテロに巻き込まれてだった事と、跡取りの冬夜がまだ中1だと言う事で、会社に激震が走った。中1でも、亡き社長の意を汲んで冬夜を社長にとの重役達の声を一切無視して、その妻が社長の意志を継がずに社長職に就いた。1人、又1人と、重役が辞めて行き、その重役に連れられて優秀な社員も辞めて行く。そして半年後迄残っていたのが、下心丸出しの義父となった男。
 冬夜は独立して正解だった。ここからが追跡調査だが、義父となった男はハナッから冬夜目的だったようだ。亡くなった父親が、冬夜をしょっ中会社に連れて来ていたそうで、その時に多分、目を付けている。馴染みのゲイバーで話していたそうだ、金の卵を産むヒヨコが会社に良く来るとか、そのヒヨコを必ずモノにするとか、思いを遂げてからは、ヒヨコの話しかしなくなったようだ。ヒヨコとは冬夜の事である。未亡人と結婚したのだって、冬夜とオマケの会社が欲しかっただけで、未亡人の事を愛していたからじゃない。
 生前相続で、新築分譲デザイナーズ億ションと有名私立大学迄出られるくらいの学費と生活費を貰っておいて正解だ。
 息子に棄てられた女親は、創業当時からのスタッフには見放されて、慣れない社長業で胃潰瘍を患い、入院、手術。業績は右肩下がりで火の車。それでも散財する義父は副社長で、この男にとっては会社など、取るに値しないものだった。仕方ない。1番欲しかった冬夜が手に入らなかったのだ。ババアになんて興味はない。業績が悪化した他人の会社なんて、糞食らえ。こいつは創業スタッフじゃなく、旦那の出張中に奥さんが雇っちゃったホスト上がりのゲイだ。だから、そんなマネが出来る。因みに、既に仮面夫婦になっていた。性交渉があったのは、新婚1週間10日迄。冬夜を力で押さえ付けて手籠めにしてからは、接触すらなし。中学卒業する迄は冬夜を訪ねて行って、フラれてはその腹いせでゲイバーで呑んだくれて少年を買い漁っていた。最早、会社の立て直しも出来まいて。
 既に親子の縁を切っている冬夜には、知る手立てもなかったが━━‥‥。
「にゃあ」
「何だ。お前も猫か」
「何それ」
「否。シャワー浴びるぞ」
「はーい」
 愛し合っただけだが、出掛けなきゃならないので身綺麗にした。とは言え、替えたのは下着とTシャツだけで、Gパンは同じでハイカットのスニーカー。俊は普段着用のソフトスーツ。だけど、ブラウスからフルオーダーだ。
「さて、行くか」
 時間は午後6時。今出れば、19時には着くだろう。
「お前、バイク乗れる?」
「無理! ムリムリ! そうしたのトシさんなのにっ!」
「はいはい。行くぞ」
「キスしてっ!」
「はいよ」
 ちゅうっと10分。冬夜の肩先が震え、出すモンないのにイカされた。冬夜が膨れている。そんなの知らないと揃って部屋を出て、珍しくアメ車。シボレーに乗ってブランカにむかった。カマロだけどフルチューンしてあるから、エンジン音から違う。重低音が響く。
「何馬力にチューニングしてあんだよっっ」
 駐車場から出てからの、スタートの加速とエンジン音で感じ取ったのだろう。冬夜が訊いて来た。
「900馬力。それに耐えられる足回りにはしてある。他はマフラーくらい」
「バケットシートとロールバーもね」
「まぁな♡」
「良く車検通るね」
「エンジンを載せ替えてる」
「そんなウルトラCを!」
「ふふふ」
 首都高をかっ飛ばし、19時ちょい前にブランカに着いた。
「廃屋みたい」
「やってる。俺らの溜まり場だし」
「俺らって? 妖怪変化かっ」
「近いかもな」
「えっ! トシさん妖怪だったのっ!」
「俺は魔王だ」
「カッコいい♡ 嫌々。悪霊退散!」
「お前は坊主か」
「仏教徒だよ」
「じゃあ、改宗しろ」
「えっ?!」
 戸惑う冬夜を連れて、ブランカに入った。呼んだメンツは、もう集まっていた。洸のピアノが響いている。宏は既に厨房だ。
「いらっしゃぁ〜い」
「クにゃんはお手伝いか? 偉いなぁ」
「もぉっ! 子供扱いするっ!」
 撫で子撫で子されて、邦彦がぷうっと膨れる。が、無視して奥に進み入ると、マサシと圭介も来ていた。顔も名前も知っている筈だが、美樹とは違う。あくまでも、俊を中心に置いた時の顔見知りだから、何処かしら余所余所しくて、端と端に座って目も合わさない。その2人が、ほぼ同時に俊を呼び立ち上がった。
「トシさん」
「トシさん」
 ハッとしたように顔を見合わせ、口を噤む。
 呼ばれた俊はキョトキョトして、何事なのかを美樹に訊き、真相解明。
「おや。お前ら、初対面か」との問い掛けに、コクコクと2人が頷いた。
「そりゃ悪かった。大学病院の外科部長、マサシ、側室1号。代議士の圭介、側室2号。高校2年生の冬夜、側室3号」
 それぞれが頭の下げっこをしたけど、冬夜は良く判っていなかった。側室って事は、正室が居るって事だよな。正室って誰だ? それを声にしたのはマサシだった。
「正室はよし君?」
「勿論」
 側室1号2号はそれで納得出来たらしいが、3号って事になってる俺には判んねぇよ! 大体、3号って何だよ。愛してるって言った(と思い込んでるだけで、俊は1度も言ってない)のに、正室のよし君って誰だ!? バカにするなっ!!
 それらの感情が表情に出て、冬夜が帰ろうと背を向けた。
「冬夜。ここから去るのはお前の勝手だが、どうやって帰る気だ。単車(アシ)ないんだぜ」
「歩いて帰る!」
「止めねぇが、今夜集まった野郎共は、俺の直の部下の中でも更に特別な部下達だ。武春なんざ目じゃねぇぞ」
「え」
 目じゃないってどう言う意味?
 冬夜が身体を震わせ、固まった。
 あははと笑った4枚のエース。
「武春は、ある意味天才」とは、智。
「天才剣士だもんなぁ〜。この前も、スパスパ切り刻んでおったょ」と言ったのは、冬夜とは2度目ましてな宏。
「武春の分際でそんな良い事やっているのか」と翔が言ったら、
「その上を行く天才剣士」と、匠が俊に手を泳がせた。
 この場合、貧乏くじは匠と決まっている。
「煩せぇよ」
 俊に脅し付けられ、パッと口を噤んだ。
「冬夜、どうすんだ。俺から離れられるのか」
「出来っこないじゃん! 意地悪!」
 涙を一杯溜めて、冬夜が俊に抱き付いた。
「言ってみたいな。俺から離れられるのか、キリリ」
 戯けた口調で匠がそう言うと、聖がプイッとそっぽを向いてスタスタ歩き始めちゃった。
「たったかちゃんっ、何処行くのっ!?」
「帰る。永遠にさようなら!」
 間の抜けたカウベルの音がして、バタンッと扉が閉まった。慌てて、その後を追う。
「アレは、尻に敷かれてんのか」とは俊。
「仕方ないですよ。相手は聖さんだし」は、智。
「若も、頭上がらないのに」と、翔が続けた。
「俺は良いんだよ。聖は、兄貴みたいな存在なんだから」と言うと、聖のご機嫌を直したらしい匠が、聖の肩を抱いてニコニコ上機嫌で戻って来た。
「口は災いの元ってんだ。口を噤め、特にお前は」と俊に改めて言われて、匠が凹んだ。
 そんなの知らないし見ていなかった俊が、しがみ付く冬夜を宥め賺し、BOX席へと連れて行った。
「マサシ、悪りぃ。向かいに座ってくれ」
「良いけど、隣り、よし君じゃないの?」
「情人(コイビト)と一緒の時は、アレも向かいだ」
「そうなんだ」
 マサシが腰を上げ、俊の向かいに座り直した。その俊の右手側には、有事の際に障害とならないだろう冬夜が居て、左側に、まだ身構えている圭介が居る。で、正室の美樹は、俊が来たから宏の手伝いに立った。
 圭介的には、自分が側室1号じゃなくて2号ってトコで引っ掛かっている。マサシって医者、世界屈指の心臓外科医の吉岡正史じゃないのか? TVでチラリと見ただけだが、確かモデルと結婚して、子供も居る筈だ。それと同一人物なら、自分より若い筈。まぁ、高校生が3号ってのも驚きだったが、トシさんならあり得るな、って思っちゃったし━━‥‥。そもそも、婚約者が高校生だ。部長のフィアンセと、トシさんの側室3号じゃ趣きが丸で違うだろうけど━━‥‥。
「冬夜君!」
 大人達の腹の内なんか知らない子供も、少し大きい子供が新しい家族の名前を大きな声で呼んだ。
「普段、どんな曲聴くの〜!?」
 新しい家族の緊張と戸惑いが、痛かった。それで、仲良くなれると思って覚えた名前を呼んでいた。
「えっ? あっ! 有線じゃなくて生!」
 何処から声がしたんだろうとキョロキョロしてしまったが、お陰で自分がいかに周りが見えていなかったのか判った。
 店の隅にグランドピアノ。それを奏でているお兄さん(?)が居て、自分より若い子も見付けた。中学生くらいかなぁ? 嫌々、いくら何でもそれはないだろう。じゃあ、自分と同じ高校生かな?
「ミュージシャン、誰が好き?!」
「クラシックならマーラーが好きです。ベートーヴェン。変化球的にサティ」
「良い趣味だ!」と洸が吠えて、ベートーヴェンを奏で始めた。
「ありゃ。途中で止められる子?」
「大丈夫でしょう、私が言えば」
「おー。匠は爪の垢煎じて飲ませて貰え」
「酷いなぁ〜、智さん」
 ほのぼのとした、スペードとハートとダイヤのエースだった。その様を眺め、平和で良いと俊は思う。組織的にも、ファイブカードが暇な方が良い。
「何か呑むか?」
「トシさん、何呑むの?」
「日本茶」と、俊が言い終わるなり、美樹が
「はい、どうぞ」と、俊用の湯呑みに玉露を入れて持って来た。
「泉原さん。居たんですね」
「うん」
「お手伝いですか?」
「今ね。僕がここに居る間に呑みたい物言って下さいね」
 こりゃ、ダラダラしてるスペードとハートとダイヤのエースに言った物だが、冬夜が意地悪そうな笑みを浮かべ口走った。
「じゃあ、ロマネコンティ」
 これは冗談だ。国本先輩すら目じゃないと言うトシさんの直の部下に、この人も入っていたのかと少し嫉妬して、意地悪したくなった。でも、こんな見るからにオンボロなプールバーに、置いてあるとは思われない。だから、何ちゃってぇ〜となる筈だった。
「若いのしか置いてないけど良いかい?」
「えっ!? おっ置いてるんですかっ!!」
「あるよ? 何で?」と、美樹に不思議そうに言われてしまい、冬夜が二の句が告げられずに困ってしまった。Newボトルとグラスが出て来る。
「一応、呑み屋だよ? 酒は置いてるよ」
「一応が余計じゃわい!」
「わっ! 喋った!」
「ぶはっ」と匠が吹き出した。
 冬夜は、置物だと思った。同じ姿勢でパイプを燻らしている、良く出来た蝋人形。それが動いて喋ったから、俊にしがみ付く程に驚いた。俊も、小さく吹き出す。
「ぷっ。ミキ、ロックグラスだ」
「はーい」とまずはお返事しておいて、言われた通り、ロックグラスを人数分持って来てみた。これは暗に、邪魔するな、である。俊の招集で集められたから、俊のボトルもボカスカ出したった。これだけ種類があれば、どれかしら口に合うのがあるだろう。
「今笑った奴は倍ヅケじゃからな」
「え〜、源ジイ、そりゃないよぉ」
「匠は3倍ヅケじゃ!」
「えっ、何故!」
「気分の問題」
「何抜かしてる! 源ジイ! 気持ち悪っ」
「お前らも呑(ヤ)る?」
 匠と源ジイの漫才を放って、俊が訊いた。すると、
「いや〜、俺、車なんで」とグラスを出す智。
「自分もなんですけどねぇ」と翔もグラスを出し、いけないんだ〜、とか言いつつ匠も出した。
「たかちゃんはダメだからねっ」
「はいはい」
「お前、狡いぞ」と言ったのは、同僚の翔。
「聖さんは若のドライバーだ」と、至極尤もらしい事を言ったのが智。
 でも、そんなのにめげない匠だ。
「1番若。2番美咲ちゃん。そして、3番が俺」
「たっくんが2番だよ」
「え〜? 美咲ちゃんは〜?」
「美咲は人だから」なる聖の言葉で、しんみりしちゃう魔物達。
 結局、スペード、ハート、ダイヤのエースが呑み始めて、その気前の良い呑みっぷりにやられ、冬夜も呑み始めた。うま〜い♡
 圭介は、オシャンティにスパークリングワインを呑んでいた。
 マサシは、俊のネックの掛かっていたボトルもブックスを呑(ヤ)っている。
 俊が呑まないからって、遠慮する間柄じゃない。それでは何も出来なくなってしまう。そりゃまぁ、俊がないと何も手に付かない、って時期もあるにはあったが、今となっては過去の黒歴史。
「お待たせで〜す♡」と、邦彦が料理を運んで来た。美樹もその後に続き、翔が腰を上げて手伝い始めた。勿論、智と匠もグラスを置いて手伝い始める。すると、その恋人達と側室1号のマサシが手伝い始めた。勘違い入っている代議士先生様は、優雅に呑んでらっしゃるけど。尚、この場合、洸は含まれない。洸には、彼にしか出来ない重大な任務、BGM係としての使命がある。その洸の居るピアノの上にも、ロックグラスはあった。翔が呑み始めた時、洸にも持って行ったのだ。
 テーブルの上を片付けて、どんどん料理を運んで来る。
「すげぇな」と言ったのは、俊だった。
「手の込んだ品を」と、智が続ける。
「宏さんの唯一の建設的な趣味だから♡」とは匠だが、シャツの袖を下ろしつつやって来た宏は不思議顔。
「ボスの完治祝いじゃないの? そのつもりで俺、17時から仕込み始めたんスけど」
「えっ、そうだったの?! 俺はてっきり、オリオン君の事だけかと」と、ひっくり返った声を発した匠に、他のエース達の視線が痛い。
「オリオン君って誰だ」
「あっ、いえ。ふぇ〜ん」
 俊のドスの効いた声で、匠がメソメソ。聖が、撫で子撫で子してる。
「若が怖いのは笑った時だょ」
「冬夜と言うか、側室の事で集まって貰ったが、それも込みにすっか。実家(ウチ)から運転手6人呼べ」と声に変えた俊の台詞を受けて、
「はい」と美樹が返事をし、電話をした。
 俊・冬夜、智達、匠達、宏達、翔達に美樹の車を運転する奴の事。マサシと圭介には、予め、運転手付きの車で迎えに行かせた。
「手配しました」との美樹の報告を受けて、
「心置きなく呑め!」と、俊が声を張った。
「はーい♡」と、ハモっちゃった4枚のエース。
「洸! おいで! ご飯だよ」
「はーい♡」
 一言返事をしてから、翔の左隣りに座る。
 サーブしているのは宏で、助手クにゃん。
「すっごいご馳走♡ 良い匂い♡♡」
 ワクワクしているのは、涼一と洸と匠のお子様脳3人。ホントは邦彦も、ワクワクしてる。
「えっ!? 前田洸! さん。本人ですか?」
「あれ。俺の事知ってるの? うん。本人」
「うっわっ。とんだ有名人が」
「そんな有名でもないよ。大学の友達は知らないみたいだし」
「そんな事あるんですか? 洸さんのお友達なのにぃ。ボクなら耐えられない」
「気楽なモンだよー。涼一は優しいね」
「そんな事ないです。でも、酷い」
「仕方ないよ。一部業界筋で有名なだけだから。それ言うと、ココに集まってるタチは皆んなそうだね」
「たかちゃんと美樹はネコだけど有名人だよ」
「そうなんですか?」
「世界屈指のプロドライバーに魔王妃」
「なる程〜」
「おお〜」
 何がなる程でおおなのかは知らないが、何故か匠が鼻高々。
「良いから訊け!」と俊に叱られて、思わずシーン。
 壊れたラジオからは、途切れがちなジャズ。
 俊は側室3人の為に、4枚のエースとその恋人を紹介した。そして、1番最後に自分と美樹。魔王との異名を持つ殺し屋と言われても━━‥‥。まぁ、武春は簡単に人を殺しちゃったけど、それを黙って見ていたから或いはそうなのかも知れないけれど、魔王の妃って何? 第一秘書じゃないの? さっき、手伝いだって言ったじゃないか! 何で1号2号の側室は、黙っていられるんだよ! そりゃ、側室があるって事は、矢っ張り正室が居ただけの事なのかもだけど━━‥‥。
「愛してるって言ったのに」と、言えば惨めになるだけだから言うまいと決めた言葉が声となり、涙迄溢れて来た。
「言ってはいないと思うぞ」
「愛してる? って訊いたらうんって言った」
「あら。それを称して愛してるって言われたら、俺様何百人の情人居るんだか」
「若。冬夜君に恋愛の駆け引きは判らないかと」と、差し出がましいとは思ったが、聖が口を挟んだ。すると、即行で噛み付かれる。
「そのくらい判るよっ」
「なら、判りそうなもんだが。抱いた相手に好きかと訊かれたら、その気はなくても頷くものだよ。それが憎からず思っている相手なら尚更だろう」
「うっ。俺だけを愛してっ」
 論破される5秒前。聖から視線を外し、俊に涙で潤んだ眼差しを向けた。
「それ無理。俺様、デカマラの遅漏の絶倫。満足出来るSEX LIFEを送る為には、情人1人じゃ足んねぇ。1人で足りるなら、側室も要らね。付き合いの長さも深さも、身体の相性も、ミキ以上の者なんて居ねぇし」
「僕、モノじゃないですよ」
「ん?」
「同じモノでも僕は魔物ぉ〜」
「魔物じゃない奴なんて、この場に居ないよ」
「聖さん━━‥‥」
「冬夜君。いくら駄々を捏ねても若が許す限りは構わないけれど、君も俺らと同じ魔物だからね」と、聖に静かに言い含められた。ぐうの音も出ずに沈黙する。今の、魔物なる言葉に興奮を禁じ得ない。5人を殺せと言った時点で、自分は人の道を踏み外し、魔物になっていたのだろう。睡眠障害のある魔物ってのも滑稽だが、人殺しの片棒を担いでおいて良い子振る気はない。
「犬飼冬夜、光陽学園高校2年17歳。生徒会長やってる側室3号です。仏教徒でしたが、今から棄てます。どうぞ宜しくお願いします」と、いきなり立ち上がって頭を下げるから、その他大勢がびっくり。俊は1人で、俺様の側室(モチモノ)に相応しい、と思っているようだが、冬夜も腹を括ったらしい。
 それから、ボスの全快祝い兼ねたお食事会が、賑々しく行われた。
 そうなると、歳の近い者同士打ち解け易い。冬夜は直ぐに涼一と仲良くなり、スマホの番号とアドレスの交換をしていた。これに、洸が加わる。洸は、高校生2人よりは社交的に出来ていたが、魔物友達は欲しいものだ。
「トシさん」
「どうした」
「ブックス空っぽ」
「何呑(ヤ)る?」
「スコッチ」
「ふん。源ジイ〜」
「好きなの勝手に出せ」
「そうする。マサシ、来い」
「はいはい。酒♡ 酒♡」
 いそいそと俊の後に付いて行ったマサシは呑兵衛。
「先生はイケる口にゃ?」
「うん」
「否。僕は嗜む程度だよ」
「にゃあ? 先生は1人にゃあ」
 美樹に邦彦が訪ねたものだったが、圭介が聞き齧って反応していた。邦彦が摩訶不思議な表情を作っている。彼に限らず、ファイブカードとその恋人の言うところの先生は、マサシの事だ。一度の落選で一般人になる政治家なんかを、先生と尊敬の念を込めて呼び掛けたりしない。
「山田先生、済みません。こーれ、クニ」
「にゃに! 俺、悪くにゃいもん。ヒロちゃんにゃんか、ヒロちゃんにゃんか、嫌いにゃ」
「クニ〜。今日はDr.って呼ぼうって約束したろ」
 邦彦がブンむくれた。宏を無視してガブガブ呑む。ガブガブ呑んで、何も言わずに食べた。作った宏的には悲しい光景。
「クにゃん?」
「にゃあ〜に?」
「あ〜。クにゃんも悲しいんだねぇ〜」
 邦彦の目尻に、涙が滲んでいる。それを見付けた美樹が、天を仰いだ。
 そんな事になっていようとは知らない地下の酒倉に行った俊とマサシは、スコッチを物色する前に口付けを交わしてた。無論、マジキス10分。マサシの細い肩がブルッて、めでたくイカされた。
「もうっ」
「俺に付いて来といて、何もないとか思ってねぇよな」
「酒選びに来ただけですが」
「えっ!」
「え?」
「嘘っ!」
「うん。嘘」
「マサシ! コマスぞ!」
「40分も猶予ないよ? くすすっ」
「ナロッ。覚えてろっ」
「カルテに書いとくよ」
「ふん。さぁ、選べ。ココら辺りにスコッチ」
「ん〜。見た事ないからコレ」
「ん。リズには何て言って来たんだ?」
「正直に、トシさんと呑んで来る」
「あらそう」
「なんで? 隠した方が良かった?」
「否。1度隠したら、2度目からずっとになる」
「うん。そう思って止めた。俺達夫婦には大きな隠し事あるからね」
「ん。さぁ、戻るか」
「待って」
「ん〜?」
 マサシが抱き付いて来てスンスン。
「トシさんの匂い、矢っ張り好き」
「ん〜。お前には言っても良いかなぁ〜」
「何を?」
「愛してるって」
「トットシさん」
 マサシが狼狽えた。けれど、静かに首を左右に振る。
「ダメだよ。トシさんにはよし君が居るんだから」
「そう言うところがツボるんだがな。月並みですが、愛しいで手を打つ」
「なぁに、それ」
 ボカスカと、左手で俊の背中を殴り付けた。でも、全く堪えない俊である。
「足元気を付けろよ」
「はーい」
 ニコニコご機嫌のマサシはボトルを抱いていて、けれど直ぐに、その場の異常さには気付いた。
「何かあったの?」
 コソッと美樹に尋ねてみる。でも、困ったように笑うだけで答えてはくれなかった。
「先生!」
「何だい? クにゃん」
「俺と呑も」
「うん。エネルギー、新しく仕入れて来たからね♡」
「クニ〜」
「知らにゃい!」
「クニ。判らない事ばかり言うようならぶつよ」
「ぶてば良いにゃ! 家出するにゃ!」
「おいおい」
「まぁまぁ」
 智と翔が宥め賺す。
「宏! 何があった」
 何て魔王に訊かれたら話すしかなくて、正直に話したら、若は邦彦の肩を持った。
「クにゃんは1個も悪くないよなぁ」
「にゃあ」
「マサシが先生で良いじゃねぇか。圭介は第三者が居ないところでは名前なんだから」
「初めに言っといてょ。俺、泣いちゃう」
 宏が、顔を両手で覆い、身悶えた。
「クニは美味しくなさそうにご飯食べるし、ガブガブ呑むし」
「ご飯、美味しかったにゃ。俺、酒にはつおいにゃ」
 覚束ぬ手つきで宏の頭を撫で子撫で子して、ちゅうっとキス。
「本当?」
「うん♡」
「クニ〜っっ」
「にゃあ〜っ」
「ケッ」とそっぽ向いたのは俊。
「アホ臭」とはハラハラしてた匠。
「犬食わないのに食った〜」と、珍しく溢したのは翔で、
「良かった良かった」と胸を撫で下ろしたのは、元上司の智だった。
「先生! 呑みましょう!」
 現金な宏がマサシに声を掛けて、マサシは苦笑い。
「宏さんもイケる口?」
「まぁ〜そんな事ありますけど」
「トシさん。後1人は誰?」
「誰とは?」
「最後迄付き合えるの、2人居るって言ってたろう?」
「ああ。翔だよ。おーい。黙々と呑んでんじゃねぇよ」
「呑み屋で酒を呑んだら何かいけませんか」
「いえ。とても正しいと思うですよ、玉置君」
「若もお呑みになれば宜しいのに」
「否。俺は運転━━‥‥しないのか! 呑むぞ! 寄越せマサシ!」
「や〜だょ。これは俺の。自分のは自分で取っておいで」
「俺のブックス空っぽにしといて」
「ちょっとしか入ってなかったょ」
「嘘吐け」
「へへ♡」
「ん〜‥‥」
 マサシが悪戯っ子のような笑みを浮かべた。それに絆されて、俊が意識せずに左手を伸ばしマサシの頬を撫でる。これが何と言うか、エロかった。人生経験も魔物人生も浅い高校生の2人がド赤面し、圭介が人知れず危機感を持つ。そもそもがバリケードな4枚のエースは別にして、美樹も聖も表情を変えなかった。後は洸と邦彦だが、洸はもうピアノの前に居て奏で始めてしたし、邦彦はマサシのお酒を作っていたから見ていない。で、肝心のマサシだが、こんなのいつもなので何とも思わなかった。
「はい。先生」
「ああ。有り難う、クにゃん」
「カンパ〜イ♡」
「乾杯♡」
「先生、恵んで」
「トシさんと2人で呑んだら、あっと言う間じゃないか」
「泣くぞ」
「どうぞ」
「是非」
 冷たい側室1号とクラブのエースの言い草に、ムッとなる。
「クにゃんが」
「えっ! 何故クにゃん!」
「にゃあ? ゴクゴク」
「どうしてクニ!」
「うにゃ? ゴクゴク」
 良く判らないけどお酒美味しいにゃ、とでも思っているのか、邦彦が猫のように目を細めてグラスを傾けた。
「トシさんも呑むにゃ!」
「おう。作ってくれ」
「にゃ♡」
 マサシがGETして来たスコッチをドバドバ入れて、氷を1個。邦彦がやった事だし、そもそも冗談で口にしてたから、マサシも何も言わなかった。
 そんな怖い場所を離れた高校生2人は、洸の傍に逃げて来た。
「大人って面倒臭い」と、冬夜がしみじみ溢す。
「ん? 何かあったのか?」
 洸が瞼を開き、傍にあった2人に視線を向けた。
「側室1号と2号の確執」
「ん?」
「あはは。冬夜君」
「無意味なナンバリングなんてないのに」
「ん??」
「クにゃんさんの位置付けって、何ですか?」
「彼らのマスコット」
「えっ。涼一さんじゃなくて?」
「ボクは違うよぉ〜」
「え〜。涼一さん、可愛子ちゃんタイプじゃないスか」
「冬夜君は綺麗」
「アザース。猫語だから年齢不詳だけど、結構行ってますよね」
「え〜と」
 涼一が言いにくそうに口籠る。それに、サラッと返すのが洸。
「俺と同い年の26歳だよ。俺も結構行ってる」
「あちゃ〜」
「気にしてないょう。俺は大学休学して演奏旅行に行ってたから、人の倍掛かってるの〜」
「はあはあ。それで何故にマスコットなんスか」
「可愛いじゃない、クにゃん」
「可愛い系でしょうけど、涼一さんの方がマスコット的っスよ」
「傍に居て撫でられる可愛いじゃないとね」
「え?」
「ボクは学校あるからね」
「ああ。なら洸さんは?」
「俺も学校あるよ」
「ふむ。オジサン達って複雑」
「そのオジサンの中に、トシさんは入ってる?」
「え? ええ。何で?」
 涼一の、鋭くなった声にちょっと驚いた。冬夜は目をパチクリ。
「ううん。何でもない」
「?? 洸さん、お酒持って来ますか?」
「否。座ってる奴を使う。翔さん!」
「あれ」
 洸が呼ぶと翔は直ぐにやって来て、何も言わずに洸のグラスに手を伸ばした。
「待って待って」
「ん? どうしたね」
「冬夜のグラスも、涼一のグラスも空」
「はいはい」
「済みませ〜ん」
「ごめんなさ〜い」
「否。構わないよ」
 そして、洸と冬夜にはお酒を、涼一にはジュースを入れて持って来てやった。
「どうぞ、姫達」
「えっ」
「はぁっ?」
「翔さんっ」
「くくくっ」
 洸に一つ口付けて、戻る。
「大人だ〜」
「スマートだ〜」
 高校生2人は翔の背中を見送ったが、興奮冷めやらぬと言った風だ。
「洸さん、洸さん♡」
「何?」
「翔さんて、家でもああですか?」
「ああって?」
「大人って言うか、紳士って言うか」
「涼一言うところの何が大人で紳士なのかは判らないが、基本変わらないねぇ。一人称が俺になるくらいかな」
「へっへぇ〜」
「智さんも大人で紳士だろ?」
「智さんは、たまに子供。でも、そこが可愛い♡」
「涼一さんに可愛いと言わしめる智さんが凄い」
「え〜っっ」
「智さんを見る目が変わるかも」
「概ねカッコいいからぁ〜っっ」
 姫達(?)は姫達で和気藹々。
「トシさんはどうなんだよ」
「あのままっスけど」
「あのまま━━‥‥」
「そうそう。横暴で乱暴で横柄で」
「あら」
「あらら」
「でも、ちゃんと優しい♡」
「DV夫婦にありがちな証言」
「DVじゃないっスっっ。殴る蹴るはないっスよ」
 キャイのキャイのやってるピアノチーム。洸の指が止まる事はなかったが、オジサン達は何となく気にしていた。
「ミキ」
「はい」
「お前、あっちに混ざって来て良いよ」
「えっ? どう言う意味ですか?」
「顔触れから察するに、お前はあっちグループだ」
「そうですね。自分も弾みとは言え、姫達って言っちゃいましたし」
「翔さん、どう言う意味ですかぁ〜。泣きますよ」
「止めて止して! お前に泣かれたら、若に再起不能にされるわっ!」
「大袈裟な。そんな大人気ない事するもんですか。ヤダなぁ〜。ねぇ、トシ兄」
 それは、お前が物を知らないだけだぞ、と言いたかったけど声にしたらそれこそ再起不能だ。黙して語らずの4枚のエース+1だった。
 それから暫くして、涼一が呼ばれた。
「涼一? 帰るぞ」
「え〜。もうちっと」
「ダメ。明日も学校あるんだから。お義父さんとお義母さん、心配するぞ」
 声と共に、傍迄歩み寄っている。
「智さん一緒だから心配しないよぉ〜」
「俺の心象が悪くなって、婚約解消」
「はい。帰ります。又ね、冬夜君。洸さん又」
「又〜」
「電話しますね〜」
「うん。待ってるょ、冬夜君♡」
 多分に後ろ髪引かれつつだったが、智が涼一を連れて10時頃に帰って行った。この辺は、譲れぬ常識派。殺し屋だけど、それ以外は普通で居たいの、とばかりに智は固い。まぁ、正論なので誰にも何も言えないのだが。
「じゃあ、お先です。おやすみなさい」
「皆さん、おやすみなさい」
 1番ノッポとちびっ子が居なくなった。それをポヤンと見送り、俊がぷぷぷ笑いを浮かべながら内緒話トーンで呟いた。
「あの2人、立ったままキス出来るのかね」
「若━━‥‥」
「トシ兄━━‥‥」
「言ってやろ」
「やってみれ」
「たかちゃ〜ん。若が凄むよぉ〜」
「余計な事言うからだろ」
 匠がべーべー泣いている。その頭を肩に抱いた聖が、撫で子撫で子。
「ぐすぐすっぐっすし」
「良いよな、匠は。ちょっと怖くなったら聖の背中に隠れてれば良いんだから」
「何言ってるんですか、若。普段は私が被保護者ですよ」
「ほぉ〜。見てやりたいもんだ」
「若。何拗ねてるんですか」
「フン。タカ兄は俺のだったんだからな!」
「若! メッ」
 聖に嗜められたけど、俊はブンむくれている。
 この声の大きさに、洸と冬夜がびっくり。
「びっくりしたぁ〜。トシさん、聖さんとも関係あったの?」
「びっくりしたね。でも、それはないと思うよ」
「そうですかね。タイプで区分すると、好みのタイプ」
「ああ。でもないわ〜」
「気になるぅ〜♡ 聖さん、美中年ですよ♡」
「ん〜。翔さん!」
「おお。痒い所に手が届く恋人♡」
 翔が颯爽と歩み寄って来た。
「酒? 入ってる。どうした?」
「トシさんの問題発言の真意は」
「問題発言? はて。何か言ったか、若」
「トシさん、聖さんとも関係あったんスか?」
「関係は今もあるよ。私兵だから」
「そう言う関係じゃなくて、肉体関係」
「あはは。ないな‥‥いいや、肉体関係か。そうとも言うかも」
「ないな。どうもで〜す」
 冬夜が投げるから、洸も投げた。
「扱かれてたらしいぞ」
「えっ♡」
 俗っぽい冬夜が食い付いて来た。
「聖さんていくつっスか」
「45歳」
「おお。良いね良いね♡」
「扱かれまくってたそうだ、ドラテク叩き込むので」
「えっ━━‥‥。そっち系」
「ドキドキした。良かった良かった」
「え〜、面白くない〜」
「冬夜は直接訊けるだろう」
「何て訊くんスか」
「そのままズバリ。話盛ってくれると思うがね」
「それじゃ意味ないっス」
「そんな事知ってどうするんだ?」
「弱味を握って脅す」
「くすくす。自分に包丁突き付けるのが確実だよ」
 冬夜の自傷行為の事を知っているのは美樹と聖の2人だけで、それ以外には知らせていない。だから出た話だが、それは冬夜が思えば良い事なので、ああと納得していた。俊は、本当に傍に居て欲しい時には傍に居てくれる。だから、甘えてしまうのだと判っている。
「翔!」
「はーい!」
「お前も姫になったかや♡」
「若。次言ったら殴ります」
「ジョークの通じん奴やな」
「冬夜もおいで」
「えっ。否。大人の醜い争いは、子供は見たくないものっス」
「ん?」
 翔が目をパチクリ。何の事だか判らない。
「争ってないが」
「そうっスか?」
「うん」
「じゃあ、ここを洸さんと翔さんの2人のアイランドにしたげます♡」
「私も戻るよ。酒ないし」
「翔さんっ」
「ん? どうした、洸」
「キスして♡」
「ふふっ」
 LOVE×2なダイヤのエースとその恋人は置いといて、冬夜がBOX席に戻って来た。そして、腹の中で、翔さんの嘘吐きと、呪う。冷戦状態じゃないか。特に、代議士先生がいこじになっている。それとなく俊が腰を抱き、孤立させないようにはしていたが、大人ってどうしてこうも協調性ないんだろ。同じ穴の狢なのに━━‥‥。
 マサシは黙って呑んでいる。一々サービスが良いのは邦彦だが、彼はどうやら、圭介の事はそんなに好きではないようだ。自分達夫々の結婚を祝ってくれた人ではあったけど、多分にお仕着せがましかった。その印象が強くて、好きになれない。その点マサシは、怖いお医者先生だったけど優しい笑顔を持つ、怖くないお医者先生だった。この差はデカイ。特に、営業部生え抜きの嗅覚にビビッと来た。邦彦を注意しようとしていないところから、ある程度予想された事であるようだ。
「先生のお酒、ないにゃ!」
「本当だ。誰が悪いんだか」
「どうせ俺だよ。ミキ、1升瓶持って来い」
「はーい」
 一言返事をして、美樹が酒倉に行った。
「ポン酒にシフトですか?」
「おうよ」
「私はブランデー選んで来ます♡」
 そう言って椅子を立ったのは聖で、彼も呑みモードに入っている。
「クにゃんは何でもイケるの?」
「あいっ」
「宏さんは」
「俺は元々ポン酒党っス」
「そうなんだ」
「嘘吐け。アルコールならエチルアルコールでも良いくせ」
「それは若でしょ」
「俺は高い酒しか呑まない〜」
「安い酒も呑んでたくせ」
「喧しっ」
 そうこうしている間に美樹が日本酒を持って来て、少し遅れて聖もブランデーのボトルを大事そうに抱えて戻った。
「この中で日本酒呑む人は何人ですか〜」
「あいっ! 先生も!」
「トシさんもだぞぉ〜」
「ヒロちゃんもだぞぉ」
「翔さんもだぞぉ〜」
「ん〜っ! トシさんと翔さんとヒロちゃんも」
 美樹がぐい呑を5個持って来た。
「どうぞ。勝手に呑(ヤ)って下さい」
「冷たいね、お妃様」
「そうですか? おかしいなぁ〜。お酒入ってるから、平熱上がってますけど」
「あ〜言えばこ〜言う!」
「フーンだ」
「コマスぞ!」
「壊れちゃうからや〜ですよ。では、僕はそろそろお暇します。おやすみなさいませ」
 毎朝俊のお弁当を作る美樹は、特別早起きだ。なので、11時頃に帰って行った。
「呑めよ、ポン酒。残すな〜」
 5人で呑み散らかした日本酒。深夜0時迄に2本なくなった。聖のブランデーが余っていたので、ハイエナがたかってあっと言う間に空。圭介はそんなに呑めないから、途中からチェイサーを呑んでいた。
「源ジイ、勘定してくれ」
「あいよ」
 源ジイが空にされたボトルと貸し切り料金とかとか込み込みで、電卓を弾いている。
「宏、食材費」
「あっ、はい」
 俊に領収書を渡したら、まんまで聖に回った。で、バッグからお釣りのないように支払う。それが終わると、源ジイの計算も終わったようで、聖に直接見せていた。
「あれ。いつもより安い」
「ネック掛かってた酒の瓶から空にしたからじゃろ」
「なる程」
 それでも100万近くは行った。迷惑料も入っている。貸し切りでバイトも帰したから、この後商売出来ない。まぁ、後片付けは宏と翔がやっていて、それにマサシも加わった。その他(たって匠と聖だが)は、空にした酒瓶を裏に持って行っていた。この間のピアノ演奏は行進曲だった。冬夜もお手伝いしていた。テーブルにあった皿とかグラスとかをカウンターに運んだ、邦彦と一緒に。何もしなかったのは俊と、勘違い大分入っている圭介。側室1号が後片付けをしていると言うのに、2号が眺めてて良い訳がない。皆んなが忙しく立ち回ってると言うのに、平気にしてられる神経を疑う。俊はこれに含まれないが━━‥‥。だって魔王様。魔王様にご飯作って貰っている身だけど、後片付けはやっている。
 深夜25時が大分近くなって片付いた。
「有り難うな、マサシ」
「えっ? 何が?」
 袖を下ろし、ジャケットを羽織っていたマサシがキョトキョトしてる。
「側室1号に感謝。3号にも感謝してるぞー」
「はーい♡」
「トシさん━━‥‥」
 そんな区別をしたら益々いこじになっちゃうよ? それを心配して、マサシが不安げになった。でも、バリケードな俊は汲んでくれない。鋭いんだか鈍いんだか、良く判らない漢だ。そんな風に、ちゃんと抜けていてくれているから、付き合っていられるんだけど、マジになった時の俊は隙がなくて、恰好良くて漢前過ぎる。それに殺られているんだけど━━‥‥。
「トシさん! 僕は側室3号にも劣ると言うのかっ!」
 我慢もこれ迄と、圭介が大声を出した。
「お前、何もしなかったじゃん」と、俊はクールだが、何かを堪えているのは判る。
「僕は代議士だ!」
「だから?」
「だっだからっ」
 特別扱いを受けて当然の身分だ、と言ったつもりらしいが、俊の声色に嫌悪感が含まれた。
「代議士だから片付けをしなくて済む訳ないだろ。特に、側室1号が自ら進んで水仕事してるんだ。2号が何もしねぇなんてないわ」
「命令してくれればやったよっ!」
「後片付けの度に命令しろってか? 甘ったれるなっ!」
「酷い」
 圭介がパタパタと涙を溢し始めた。
「情人の涙は苦手だ」
「トシさん♡」
 嘘泣きだったのか、圭介の表情が輝いた。
「特に、今のお前のように、己の非を認めず自分の中に逃げ込もうとしてる奴見ると、ぶん殴りたい自分を抑えるのに苦労する」
「僕を殴るって言うのっ!」
「顔の形変わる覚悟しろよ」
「ひっ」
「トシさんっっ」
 マサシが咄嗟に腕に手を掛けて、俊を止める。
「マサシに感謝しろよ。さもなきゃ殴り付けてるとこだ。当分、お前の顔は見たくねぇ。帰れ!」
 圭介は泣きながら帰って行った。
 冬夜は、と言うと、怖くて立ち竦んでいた。きっと、マジには怒ってないんだと思うけど、ド迫力だった。
「マサシ、来い。3Pやるぞ」
「俺は良いけど、冬夜君は平気?」
「いあっっ」
「冬夜に嫌なんざ言わせねぇ」
「トシさん〜」
「何だ」
「いえ‥‥」
 反論を許さぬ声色で、冬夜が押し黙る。3Pなんてやった事ないよぅ。
 でも、3Pで、マサシが居てくれて良かったと思うのだ。1人だったら壊されてた。
 マサシに集中してたが、そりゃこの2日余りに冬夜に蓄積されたダメージを考えてだった。
 翌朝。
 いつものようにトレーニングルームに行って、酒臭い汗を流してシャワー浴びた俊は、少し考えて冬夜だけ起こした。
「なぁにぃ」
「学校、遅刻するぞ」
「ふぁ〜。あたたたた」
 冬夜がえっちらおっちら起き上がった。起き上がれるだけマシだろう。多分、マサシは起き上がれない。
「シャワー浴びて来い」
「うん。マサシさん、大丈夫?」
「先生だ。堪えてるだろうなぁ」
 マサシと2人でベッドに寝んでいた冬夜だが、マサシを起こさないように静かにベッドから抜け出ると、シャワーを浴びて来た。ボケてた頭が、シャッキリする。戻ってみると、マサシが目覚めていた。
「あら。起こしてしまいました?」
 マズッたと思ったが、マサシは儚気な優しい笑みを浮かべると首を左右に振った。
「違うよ。アタタ。腰湯連れてって。午前中外来あるんだょ」
「何で?」
 俊の不満そうな言葉。
「こう言う事になるとは考えてなかったもん」
「ふむ。どら」
 マサシの言い分に納得し、抱き上げバスルームに行って、お望み通り腰湯をさせた。それでいくらか復活したマサシが、まともな朝食を手早く作ってくれて、揃って摂りご馳走様。後片付けは冬夜がやっている。その間にコーヒー落とし、冬夜に出して、マサシには少し考えてから出した。
「久し振りだなぁ、俊さんの淹れてくれたコーヒー飲むの」
「お前、伸びてるもんなぁ」
「そうするの、何処の誰っ」
「田口の俊様。おっ。冬夜、時間平気か? ここ、お前のマンションじゃねぇぞ」
「あっ! そうか! じゃあ、又ね、トシさん。又、先生」
 俊に言われて時計を見た冬夜が、慌てたように服を着て、バタバタと出て行った。その際の、又ね、のキスは忘れずに━━‥‥。
「俺も行かなきゃ」
「送ってく」
「良いの?」
「ああ」
「有り難う」
「リズに電話しなくても大丈夫か」
「大丈夫だと思うけど、しとこうかな」
「んん」
 もしもし電話。俊と呑むと言ったから心配はしてなかった。俊と代わってやると喜んでいた。
 そして、マサシを車で病院迄送って行き、そのまま会社に向かい、代わり映えのしない月曜日が始まった。週末から始まった3泊4日は終わったが、終わらない日常の始まり始まり━━‥‥。

《終わり》

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