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ハーモニーアダルト文庫『宴』

作:平 和 (たいらなごみ)

 ある日、マサシから会社に電話があった。
 たまたま俊は留守で、そのお供で第一秘書の美樹も留守で、お留守番ちうの聖が話を訊いた。全く知らない者同士ではなく、聖はお留守番で気分転換したかった時間だったので、マサシは、飛んで火に入る何とやら宜しく、暫くの無駄口に付き合う事になった。
 見た感じ、聖は渋い分無口そうなのだが、気心知れて来ると雄弁になる。マサシは俊の情人、と言うだけで一般ピーポーとは違うので、砕けた喋り方はしなかったが、聖的には、又、聖を良く知る人達的にも、フレンドリーな話し方で10分15分を費やした。
 でも、俊に伝える事は1つだけ。1行で終わってしまう内容だった。それに15分も時間を割いたのだから、お互いにどれだけ暇だったんだ、って話だ。てか、そんなに仕事をしたくなかったのか、かな? ともあれ、貴重で有意義な10分15分で1つの相談事を書き留めた。
 唯、俊抜きで話が盛り上がっちゃって、そこで出たアイディアも一緒に書き留めた。いかにトークが盛り上がったかは、乱舞するハートからでも伺い知れよう。星マークや花丸迄付いている。
 電話を切り、ホッと溜め息を吐いて、それぞれ仕事に戻った。マサシは中断させていた診察を、聖は引き続きの電話番と郵便物とFAXとmailのチェックを再開した。煮詰まってこそいなかったが、丁度、一息吐きたかった頃の電話だったから、掛けたマサシにとっても、受けた聖にとっても、効率UPに繋がった。
 それから1時間。15時が大分近くなってから、俊が美樹を従えて戻って来た。
「うい〜っス」
「只今戻りました」
「お疲れ様です。コレは? アマンド」
「ケーキです。お茶にしましょう♡ ねっ。トシ兄♡」
 俊が前室のカウンターに置いたのは、洋菓子の箱。俊はべ〜っと舌を出すと、部長室に入ってしまい、美樹が困ったような笑みを浮かべた。
「何かあったんだ」
「ちょっと…ね。お臍曲がるような何かが」
「あら。訊かなかった事にして、たっくんの所に行こうかな」
「勘弁して下さいよぉ〜。ず〜っとムッツリしてるから、ドライバーさん完全に萎縮しちゃって大変だったんですから。今日のドライバー、表社員だし」
「甘えて来れば?」
「甘えて、アマンドのケーキ」
「おろ。し〜てっ♡ て、甘えたら良いじゃない。帰ったんだし」
「聖さんっ」
「はい」
「ゔ〜っっ。犯りました。多目的トイレで」
「あらら。じゃ、落ち着いてもう1発」
「聖さん〜っ」
「はい」
「遊んでます?」
「うん♡」
「ひど〜いっ。まだ月曜日なのにっ」
「そうだねぇ〜」
「先週末から若の所に居るのにっ」
「うん。知ってる。よし君、帰らなかったし」
「ひ〜んっっ」
 毎度の事だが、聖におちょくられ、美樹が泣き顔になった。聖は愉快そうに含み笑いしてる。
『ミキー!』
「旦那様のお呼びだよ♡」
「はいっ! もっ、聖さんっっ」
『じゃねぇ! 聖だ!』
「えっ!?」
 前室での攻防戦。
 聖が優勢に見えたが、土俵際で肩透かし。大番狂わせで、美樹ノ島に軍配が上がりました。
『否! ミキも〜!』
「え〜っっ」
 15回裏、2死からの同点満塁ホームランで、翌日、16回表からのリスタートとなった。
「何だろう」
「さぁ? ま、行きましょう」
「ん」
 美樹と連れだって、部長室に入った。
「はい」
「何でしょう」
「何でしょうは俺だ。何だ? このハートマークと星マークわ!」
「えっっ。否っっ。つい、話が盛り上がりましてっっ」
 バンッと部長の大きなデスクに置かれたのは、1時間程前の、マサシからの電話のメモ。美樹が覗き込んでいる。
「婚約パーティー…。ああ! 先生か!」
「誰だと思ったの、お前」
「いえ。別に。ホント、凄い数のハート」
 悩む事5秒。突然思い出したように美樹が声を張るもので、俊から、変な奴、と言わんばかりの視線を向けられ、聖からも、物珍しげに見られてしまった。恥ずかしい。
「まぁ、良いや。マサシが婚約パーティーをやるから出席してくれ、の電話だったのか、婚約パーティーやりたいから力貸してくれない? の電話だったのか、どっちだ」
「力貸して? の方です」
「フン。それでぇ〜? 匠と洸は何だ。翔は?」
「や〜っっ、参ったなぁ〜っっ」
「た・か・しっっ」
 俊の左の眉がピクピクしてる。これはヤバイ。マジに怒ってる。
 秘書君2人がギョッとして息を飲んだが、透かさず美樹が代案を出した。
「長くなりそうなので、お茶しながらにしましょう♡ 折角、ケーキもあるんですし♡」
「翔を呼べ」
「え? はい。お茶はお預けですね」
「否。ケーキは3個あるだろう。俺は要らん。茶だけで良い」
「そうですか? じゃ、僕、お茶を用意します。聖さん、翔さんに連絡入れて下さい」
「はい」
 で、一端2人共、部長室を出た。
「はぁっっ」
「あはは〜。パーティー、楽しいですよね」
「ん?」
「そう言う話だったんでしょう?」
「ん。さて、翔君か」
「お茶の用意して来ま〜す」
 美樹は給湯室に紅茶を入れに行き、聖はデスクに着いてもしもし電話。
「あ、もしもし、翔君? 今からちょっと、来てくれないかな」
“聖さんを訪ねれば良いんですか?”
「否。若の元に」
“直ぐに伺います”
「おお〜。若効果」
 34階の芸能部に居た翔は、ものの5分程で52階にやって来た。
「若は中ですね」
「そうなんだけどぉ〜」
「どぉ〜?」
「ま、行こうか」
 美樹を待つべきかなぁとも思ったが、愚図愚図して要らぬ怒りは買いたくない。ハートマークと星マークで、しっかり顰蹙買っているんだし、避けられる地雷なら避けないと━━‥‥。
 そう言う訳で、先に2人で部長室に入った。
 翔が不思議そうにしている。きっと、聖も一緒に入って来たからだろう。
「悪りぃな」
 俊の、機嫌の良い声。怒ってはいないようだ。呆れただけで━━‥‥。
「いえ。何でしょう」
「ああ。あのな」と声に変えたら、ノックに続いて美樹の声がした。聖がドアを開けてやると、美樹がお茶のSETを抱えて入って来た。そして、部長室内の応接セットの方にトレンチを置き、砂時計を見詰める。すると、俊がデスクから離れ、ソファーにドッカと座ると翔に座るように促し、3個あるケーキの内好きなのを選ばせた。
「じゃあ、ムースを」
「おお。聖はどっちが良い」
「タルトを頂きます」
「ミキはショートケーキな」
「はい♡ はい、どうぞ」
 紅茶を4つ。ケーキは3個。それぞれの前に出して、美樹は聖の隣り、長椅子の方に陣取った。
「ふん。さて、聖。ゲロって貰おうか」
「そんな大袈裟な」
 そう反論したけど、テーブルの真ん中に、1時間ちょっと前に執った伝言メモを置いてくれた。
 ティーカップがソーサーの上で跳ねる。
 食器のぶつかる音。
 バンッと叩き置かれたメモを、翔が覗き込んでいる。無秩序に並んでいる、いくつものハートマークと星マークの中に、自分の名前と洸の名前と匠の名前を見付けた。
「何ですか?」
「いや。あの」と、聖が話し始める。今から1時間ちょっと前にマサシから電話があって、婚約パーティーを開きたいんだけどどう思う? と、俊の意見を知りたかったようだと━━‥‥。
「それは判ってる。俺が知りてぇのは、この落書きの意味するところだ」
「あはは〜。つい、話が弾んでしまって。訊けば、お相手はモデルさんだとか。なら、若の婚約パーティーより雅やかなパーティーにしましょうよって話になって、それでまぁ、招待状のデザインは匠がやりますよ〜って、BGMは洸君の生演奏ってどうよってくっちゃべっていました、10分以上15分未満」
「それで、自分と洸がハートで囲まれている?」なる問い掛けに、小さく頷いた。
「ふん。いつの話でしょうか」
「そのお伺いです。若には是非、来て貰いたいそうです。若の都合に合わせるとも、仰っていました」
「う〜ん。洸の都合もあるだろう。リズの都合もな」
「洸はお気軽な大学生です。稀に取材とかレコーディングとか入りますが、ホワイトデーディナーショーもとっくに終わりましたし、コンサートは夏迄企画してないので、いつでもOKです」
「そうか。するってぇと、俺とリズで擦り合わせれば良いのか?」
「━━‥‥。りずって誰ですか?」
「あっ。今私も訊ねようと思いました」
「自分もです。どなたですか?」
「マサシの婚約者で、俺の情人の1人で、俺の子供を産む女」
「━━‥‥。えっっ?!」
「━━‥‥。はぁっ!?」
「若っっ、それわっっ」
 3人3様だったが、俊の爆弾発言に驚き、わたわたし始めた。それが楽しくて、カ・イ・カ・ン♡
「挙式後、タネを仕込む事になってる」
「あのっっ」
「良いんですか、それ」
「揉めませんか?」
 3人共、心配してくれているらしい。
 しかし、要らぬ心配だ。マサシは裏に引き込めるくらいなんだから、バカでも阿呆でもない。その事は既に保証済み。今この場に居る、自分以外の3人もマサシ本人とは会ってるし、名刺交換もしたろうに。代議士の圭介とでさえ、顔は合わせたけど名刺交換迄はしてないのに。つまり、圭介は名刺交換をするに値しないと値踏みしたんだろう? その反対にマサシは、名刺交換して、顔とフルネームと役職をSETで覚えておいて欲しかったんじゃないのか。それ以外に理由なんてないだろう、それも、4枚のエースが揃って━━‥‥。
 そのお相手も俺の情人で、自宅マンションに呼び付けてしまえる程なんだから、バカでも阿呆でも間抜けでもない。ん? ちょっと待て‥‥。情報不足かな?
「断っとくが、マサシとリズは自宅マンションに泊めてるからな」
「えっ!!」
「恋人同士を情人にしちゃったんですか?」
「何て事をっっ!!」
「ん??」
 3人が何を言いたいのか、初めは判らなかった。たっぷりと30秒は悩み、判るなり中腰になる。
「止め〜いっ!」
「は?」
「何を?」
「それ、若ですよ」
「だ〜からぁ! 恋人同士を情人にするなんつ〜不謹慎な事はしてねぇ!」
 全否定したが、疑いの眼差しが向けられた。
「本当だって!」
「はい。トシ兄を信じます!」
「狡いぞ、美樹!」
「そ〜だ、よし君!」
「だって僕、トシ兄のですもん♡」
「今、話題に昇ってる2人もな」
「そうでした」
 こいつら、半分以上、信じてない。どころか、勝手に自己完結しようとしている。他人ならそれで構わない。2度と会う事もないし、会っても話さないだろう。てか、その程度の人間相手に、コイビトの話なんてしないと思うけど━━‥‥。
 しかし、今在る3人は近しい関係だ。勝手に自己完結されたら困る。だから、補足説明をしてみた。
「お見合い? 月に5〜6回も。狙われてますよ、それ。嫌になるのも仕方ないかと。自分ならグレちゃってますよ」
「行ってたのは月1〜2度? それでも毎月ならウザいですよ。先生、可哀想。僕、泣く」
「にしても、思い切りましたねぇ。女は一切バツ? なんですよね。発想の転換か。バイの私にはないですわ」
 ほうほうと納得してくれるようになったが、果たして、これで良いのだろうか!?
「トシ兄が大学4年の頃からのお付き合いになるんですか?」
「すると、自分とも同い年ですね」
「医学部なら、卒業はもう2年先ですね」
「若は、係長くらいになっていたのでは? ああ。先輩医師と思われていたんですね」
「トシ兄とのお付き合い、1番長いですか?」
「否。1番長いのは凶」
「えっ!? サラマンダの店主!!」
「自分ら、お世話になってますよ、凶さんに」
「綺麗な人ですよね♡ 僕、初めて会った時、女性かと思いました」
 マサシを納得してくれたから、ついでにリズの事も納得して貰いましょうか。棚ぼた(?)で凶の納得もさせたし━━‥‥。
「あら。世界に一握りしか居ないスーパーモデルでしたか。凄いですね」
「はぁ。デビュー前? からのお付き合い」
「スーパーモデルとして活躍する前って事ですか?」
「モデルデビューはしていたんですねぇ」
「えっ!? 成人前ですよ!!」
「淫行だ、淫行」
「若、性犯罪ですよ」
 こいつら〜〜!! なら、まどかはどうなる! と思ったが、アレとリズは比べられないと気付き、声には乗せなかった。罷り間違っても、まどかに子供を産ませようとは思わない。そうでもなきゃ、非合法の避妊薬なんて飲ませない。満足な臨床データのない新薬。将来的にも、子供は望まない。考えているならば、ハタケに悪影響が出る新薬なんて、飲ませていない。もっと大事にしている。少なくとも、リズ並みには━━‥‥。
 しかし、実際は月に1度も電話しなかった。あっちから掛かるから良いやと思ってるんだけど、会話にはならない。単語で二言三言。あんな建て前に費やせる時間なんてない。忙しいのだ。頭痛がハゲます。
 所詮は対外用の婚約者だから、身体に悪かろうと知ったこっちゃない。要は効き目だ。億が一でも妊娠されると困るのだ。
「はぁ。先生とリズさんは、トシ兄を通して顔馴染みだったんですね」
「同時に呼び付けたりするんですか? ひ〜っ、自分にはやれなかった」
「ふむ。若のベッドで2人並んで寝んでるんですか。犯られ疲れて」
「へぇ〜。2人共、酒豪なんですね」
「リズさんて、トシ兄と写真誌に‥‥? ですよね。先生もでしたか」
「ああ。覚えてる。社内掲示板に貼り出された。三角関係改め呑み友達って」
「何やってるんですか、若」
 何って仕事だ! 当時は使えねぇ表社員が6人も、秘書として付いてて‥‥ブツブツ。数居りゃ良いと思いやがって。
 そんな事ぁ良いから、マサシとリズだよ!
「ロックオンされてた先生が、藁をも掴む思いでリズさんに手を伸べたんですね」
「女バツだから孕ませる事は出来ないけど、若の子供なら育てられると」
「若の子供なら産んでも良いと」
「リズさんになら、子供を産ませて良いと」
「先生とリズさんの夫婦になら、若の子供を任せられると」
「このお2人は、トシ兄にとっても色んな意味で特別なんですね」
「まっ、新郎の方は、悪の道に引き込んじゃいましたけど」
「新婦は良いんですか?」
「ああ。無理っぽいんですね」
「クリスチャン? 洸も敬虔なクリスチャンでしたよ。勿論、今は違います」
「そうだったんですね」
「初めは讃美歌を弾いていたよ」
「パイプオルガンで?」
「うん」
「へぇ」
「何故、知っているんです?」
「その頃から神童が居るって、ちょっとした噂になってたからな」
「へぇ〜って、何年前の話」
「ん〜と18〜9年前ですかね。自分がまだ、ピアノやってた頃ですから」
「その子はずっと、先生とリズさん夫婦の子として、ですね」
「ああ。門外秘ですか」
「魔王の血を受け継ぐ者と知れたら、どんなトラブルに巻き込まれるか」
「想像出来ちゃいますね」
「全く全く」
「考える事、単純ですよね〜」
「否々。simple is bestとも言う」
「否々イヤイヤ。それは違うよ」
「あはは〜。矢っ張り」
「そう思うなら言わない」
「はーい」
 後は、飲み込んでくれるのを待つだけかな。
 俊は話せる事は話したと、温くなった紅茶を啜っていた。もう3人は、わきゃわきゃやってる。それが、15分も続いたろうか。急に話し声がしなくなって、それぞれが冷えた紅茶を飲んでいた。
「カピカピになっちまうぞ、ケーキ」
「ヤダ〜」
「食べるぁ〜」
「頂きまぁ〜す♡ むふ」
 ケーキをはむはむ。
「甘い物欲しかったから、旨い〜♡」
「お茶、煎れ直しましょうね」
 そう言って、美樹が座を外した。
「日程の調整と、会場の問題だなぁ〜」
「芸能部に任せて下さるなら、招待状のデザインから会場、記者会見迄、バッチリ企画しますけど」
「記者会見って何だ?」
「リズさん、スーパーモデルなんですよね」
「ああ。そゆ事。メディアの露出激しくなってるから、集まるかもな」
「そうなんですか?」
「ん。女優のマネ事とか、リポーターとかやってる」
「へぇ。宏さん、巻き込もうかな」
「良いぞ〜」
「よっしゃあ!」
 思いも掛けずに俊にOKを貰ったので、誠に珍しく、翔が体現している。
「若のスケジュールは美樹に何とかして貰うとして、問題はリズさんのスケジュールですね。ま、ウチでやりますょ♡」
「おう。期待してるぞ」
「はいっ!」
 嬉しいんだろうなぁと、聖が紅茶を啜った。
 表社員でも田口部長に期待されると張り切るのだから、直の部下もファイブカードなら尚更だろう。だから、歯切れ良くお返事。俊が、満足そうに微笑んでいる。
 この際、表社員なんてどうでも良い。便宜上付いて回るだけのフロックだから、俊にとってはないのと同じだ。アレらに掛ける言葉なんて、一々考えて発していない。はっきり、口から出任せで、受け取る側が勝手に、自分の都合に合わせて良く解釈してくれる。だから、正直なところ、かなりピント外れの声も掛けていた。しかし、文句を言われた事はない。その反対に、励みになりましたとか、満面の笑顔で言われる。その度、どうしてだろう? と悩むが、3秒悩んだら止める事にしている。と言うのも、アレら表社員の価値観など、到底理解出来るものじゃなかったから。せいぜい、平和で良いなぁ〜と、思うくらいだ。それも、別に羨んでいる訳ではない。生と死を分かつギリギリのラインに命を置き、1日1時間1分1秒を過去にして行くからこそ味わえる喜びを知ってしまった。毎秒はちと言い過ぎだが、少なくとも毎日は感じているし、脳天気な一般ピーポーにも戻れないと自覚している。だから、アレらと馴れ合う気はない。まぁ、利用はするけど━━‥‥。
 それは置いて、マサシとリズの婚約パーティーと記者会見だ。ここ最近、リズのメディアの露出が激しくなっていた。海外メディアも来るだろうし、国内も知らん顔はしないだろう。でも、大丈夫か? 婚約はまだ良い。結婚もまぁ大丈夫だろう。問題は、妊娠出産。事務所の方針なのか戦略なのかは知らないが、コメンテーターもやるようになった。どうしようかなぁ━━‥‥?
 所属タレント、も1人増やすかぁ〜? 大ボスは、ダメだとは言わんだろう。その反対に、喜ぶと思う。あの人は、そう言う人だ。物事ポジティブに捉える人だから、只飯同前のタレントが1人くらい増えても、文句は言うまい。本業で稼げてるし、企業の方も順調に純益を上げている。それより、本社含む系列企業の腰掛け女子社員の方が益を1円も産まないので、邪魔で無駄で、目耳障りだと思う。ま、何とかなるだろ、翔もやる気だし。
「お前、呑兵衛のクセに甘い物好きだね」
「おいひぃじゃないですかぁ」
「そうですよぉ」
「僕も甘い方が好きですぅ」
 翔に向けて言ったのだが、同じく呑兵衛の聖からも同意する返事が返って来て、美樹も同意した。これは、数的不利だ。しかし、増員は期待出来ない。
「トシ兄もどうですか? はい、苺♡」
「お前のがなくなるぞ」
「サンドしてありますよぉ」
「はむ」
「ふふ♡」
 美樹が差し出す苺をパクッとしたら、美樹が満足そうに微笑んだ。
 それから半月。
 美樹が一通の企画書を持って来た。
「先生とリズさんの婚約パーティーと記者会見の企画書です」
「ふむ。俺の予定に不都合は?」
「ありません」
「ん。マサシとリズには〜」
「直接、届けて差し上げたらいかがですか?」
「ん〜とぉ。じゃ、そうするかな。で、コレは何」
 書類とは別に、封のされていない洋封筒が1通。開いてるって事は中を見ろって事だから、口に出して訊ねつつ、内容物を取り出していた。
「ファイブカードとその連れ合いからの寄せ書きです。トシ兄も一言」
 言葉と共に24色のカラーペンが出て来た。
「お前は何色にしたの」
「トシ兄と同じ色にしようと思って、まだ書いてません」
「あらそう」と言って、カードを開く。が、真っ白だった。誰もまだ書いていない。
「何じゃあ?」
「大きい方からって事でっっ」
「涼一はどうすんの? 仲間外れ?」
「まさか。トシ兄が書いて僕が書いて、このカラーペンペン毎智さんの所に行って、智さんが書いたらそのまま涼一君を訪ねてメッセージを貰って、匠さん、聖さん、宏さん、クにゃん、翔さん、洸君と回ります」
「何、その燃費効率の悪さは。俺、お前、聖、宏、匠、翔、洸、智、クにゃん、智が白山百合に行って涼一でOKだろっっ」
「は〜い」
 美樹が口にしたのは匠案。俊のに近かったのが聖と智。ズバリ賞は、矢張りと言うべきか、美樹だった。
「うら〜! 訊いてたか! テメ〜らっ!」
「あら」
 美樹のスーツの左ポケットに向けて、俊が声を張った。すると、布で遮蔽されていた内側で息を潜めていたファイブカードの残り4枚のエース達が、騒付いた。美樹の左ポケットにはスマホ。
“バレてたか”は、匠。
“バレるって言ったろう”と、智。
“まぁ〜まぁ〜”と宥めに掛かったのが宏。
“何色にしよう”と現実を見る翔。
 4人の性格そのままかも。ともあれ、浅はかな匠の企みは直ぐにバレた。美樹がLINEのグループ通話を繋いだままにしていたのだ、智が止めるのも訊かず、ハートのエースが押し切る形で‥‥。匠の考えそうな事だ。
「ぶわぁ〜か!」とも言われ、美樹がそそくさと通話を切った。
 それを見届ける事もなく、俊が1本のペンを選び、独語でサラサラと、健やかなる人生を! と記した。
「ん」
「あ。はい」
 同じ色と言っていたので、キャップは取ったままでペンを渡し、書くように促す。
 美樹は、どうしてこの色で独語なんだ? と思ったが、まずはお祝いのメッセージを書いた。それから改めて、訊ねてみる。内緒かしら? とも思ったが、言い淀む事もなく教えてくれた。
「独語にした意味は、特にはねぇよ。強いて言うなら、医者だから。水色なのは、俺がマサシに感じる色だ。青じゃあ、ねぇんだなぁ〜これが」
「はぁ。あっと、回しますね、カード」
「ああ。デートの約束、取り付けねぇと」
 言いつつスマホをポチポチし始めた俊に向け一礼し、美樹は退室した。
 その日は夜8時に、某一流ホテルのラウンジで待ち合わせて、一杯引っ掛けながらその先の事を考える方向で決定。ウィークデーだったけど、2人共深酒&お泊まりOKと返信が来て、俊は1人でニンマリ。唯、智は1人でわたわたしていた。
 舐めちゃいけない受験生。自分の時はどうだったんだ? って感じだが、その頃の事をすっかり忘れているから、こう言う目に合う。バタバタしたが、何とか俊が社に居る間にカードが渡せて、そのまま智は例のプロジェクトの打ち合わせで邦彦を連れて大会議室に行った。そして俊は、実家から兵隊を1人呼んで(車付き)、待ち合わせのホテルに向かった。後には2人の秘書君が残っていて、この2人は、部長に成り済ましてみたり、魔王に成り代わってみたりして、山のような案件を、地道に片付けた。大ボスの右腕だから、オーナー社長の信頼厚き右腕だから、決断したり指示を出したりと言うのがやたらと多い。
 そんな俊の手足となっている2人の秘書君には、魔王の信頼と言う、重い十字架が覆い被さっている訳だ。
 オール禁煙、と言う所が増えて、分煙してるホテルを探すのが中々骨だった。この際だから禁煙するかなぁ〜‥‥なんて、最近割りとマジに考えていたりする俊は、深く吸い込んだ煙で輪っかを作りながら、どっちが先につくかな〜? なんて思いながら出入り口付近を見ていた。
「? あっ♡  有り難う」
 入り口でクルリと辺りを見回していた美女は、リズだった。彼女は直ぐに俊を見付けると、案内の手を断って、真っ直ぐに歩み寄って来た。その顔には、涼やかや笑顔。
「お待たせぇ〜♡」
「待ってねぇよ。まだ、時間前だ。何呑む」
「マー君来る迄待つわ」
「そうか」
 そのリズの左手薬指に燦然と光り輝いているのが、サラマンダで5000万で作らせた1点物のエンゲージリングだ。当然と、リズはサラマンダを知っていた。俊の紹介だと言うと意外そうにしていたが、俊が営業部部長だった事を思い出し、そうおかしくないのかと納得した。
 俊の左手側のスツールに掛け、お冷やを貰う。
「ジュースでも頼めば?」
「トシさん、水じゃない」
「呑む気満々だからなぁ」
「べ〜っだっ! 私もよ」
 ベロベロッと小さく舌を出し、ツーンとそっぽを向き生意気がった。それが、お茶目だと思う。
 デコピンして、新しいタバコを唇に銜え、火を自分で点ける。出会って間もない頃、俊のライターを手に取り火を点けようとした事がある。商売女じゃないんだから止せと言って、叱られた。以来、誰が相手でも、火は点けない。1番大切な人に言われた事である。矢っ張り大切にしたいじゃないか。けれど、そのせいで可愛げがないとか、お高く止まってとか言われて、勘違いから敵も多く作った。が、障害にはならなかった。立ちはだかってちょっと意地悪したら、予想外の方向から攻撃されて、叩き潰された。と、言うのも、こう言う事があったのと、俊に愚痴をや弱音を吐いていたからなのだが、リズは今も、自分が駆け出しの頃、自分に意地悪した人達が業界からいつの間にか消え去っていた事の本当の理由を知らない。よもや俊が、お前が邪魔だと、丸で蝿蚊を潰すが如く、両手をピシャと合わせて叩き潰していたとは、夢には勿論、冗談にも考えまい。
「話ってなぁに? マー君来てから?」
「そうだな。二度手間になるし」
「判った〜♡」
「TV観てるぞ」
「え〜っっ。照れるなぁ〜」
「カッコイイ女が多いな」
「実物とのギャップが楽しいでしょう」
「特別楽しかないが、実物は可愛いのにな、とは思う」
「あはぁ〜♡ 嬉しい」
「おっ」
「あっ。マー君!」
「!? 結構」
 マサシの登場で、リズが声を張った。マサシは案内の手を断り、足早に歩み寄って来た。
「ごめん。待たせちゃったかな」
「いんや。ジャスト8時だ」
「昨日振り、マー君」
「ああ。昨日振り」
 リズとポンッとハイタッチして、何処に座りゃ良いんだと悩んだら、俊がポンポンと自分の右側のスツールを叩いた。
 マサシは促されるままにカウンター席で俊の右手側に掛けると、深い溜め息を吐いた。
「マサシ、何呑む」
「あ、ジントニック」
「リズは」
「じゃ、モスコミュール」
「ん。ジントニック2つとモスコミュール」
「畏まりました」
 オーダーしたら、マサシがカウンターにふにゃりと突っ伏した。
「どしたい」
「お腹空いたぁ〜っっ」
「食う物、頼めよ。ホラ、メニュー」
「良い。呑む気満々なんだから」
「おろ」
「トシさんと同じ事言ってるぅ」
「だってさぁ〜って、ココで話しても埒あかん。ま〜ったくぅ」
 握る拳も逞しく、でも肩先はフルフル震えている。多分、気分が悪いのだろう。
「今日、朝9時からず〜っとオペ。3時間、2時間、2時間、1時間。4件共、俺が執刀」
「おや。そりゃ、ご苦労さん」
「ご苦労だったょ、マジに」
「それでお昼摂れなかったの?」
「うん。そう。良く判ったね」
「朝9時から3時間、2時間、2時間、1時間って言うから、そうなのかなぁ〜って」
「俺、病棟も持ってるからさ。昼食中に病棟の患者回って処置してたら、ご飯食べる時間なくなって‥‥や〜‥‥今日はハードだった」
「偉い偉い」
 ポンポンと、俊がマサシの背中を叩いた。
「そう。偉いのだ。だから、今夜も呑む!」
「おお〜」
「ベロンベロンに」
「なったら捨ててくからな」
「え〜〜〜っっ」
「お待たせ致しました」
「来たぜ、Dr.」
「何だよ、それぇ」
「Dr.じゃん。先生、おつ〜」
「おつ〜」
「おつ〜」
 グラスをガチャコン。そのラウンジには、1時間くらいしか居なかった。で、俊が乗り付けた車(運転手付き)で銀座の割烹に行き、旨い食事と日本酒を堪能し、同じ車(運転手はお預け状態)で俊の自宅マンションの1番近くにあるスーパーに寄って、しこたま食材を買い込み(このお支払いは、マサシがした)、俊の部屋に雪崩れ込んでいた。
「久し振りぃ〜、トシさんの部屋ぁ〜」
 ご機嫌なリズさん。大分、メートルが上がっているようだ。
「はぁっ。脚、パンパン。今日は私も偉かったんだからね!」
「はいはい。アクションがあったんだよな」
「撮影ね。俺、TVって、基本、天気とニュースしか観ないから判らないけど」
「観てよっ! マー君!」
「観る観る! 番組教えて。録画する!」
「ふむ。どれ呑んでも良いのぉ〜?」
「ああ。構わねぇ。封切り前のでも良いぞ〜」
「わ〜い♡♡」
「やったぁ〜♡♡」
 子供かっおまいら! って感じで、キャビネットの前で品定めしている情人が2人。それぞれ、気に入った・気になった銘柄の未開封のボトルを抱え、ソファーの方にやって来た。
「それで良いのか」
「口開けに」
「取り敢えず、かな」
「フン。風呂入ろ」
「俺も!」
「あ〜っ! 私もぉ〜!!」
「ケンカすんな。3人で入れるから」
「はーい」とのお返事は、ハモっちゃった。
 3人してお風呂に入り、お疲れのマサシとリズが人心地付いた。で、2人してキッチンジャック。そして、何品か酒の当てになるものを作った。一方の俊は、ローテーブルの上に乗っていたボトルを3本共床に下ろし、代わって3個のロックグラスと氷を用意した。目算違わず、バッチリのタイミングで情人2人がキッチンからやって来た。酒の当てだから、冷えても大丈夫なメニューにしてある。この辺、呑兵衛の発想。
「お待たせぇ〜♡」
「ガッツリ食べた後だから、マジに当てだよ」
「充分だ。座れ座れ」
 俊の左隣りに腰を落ち着けたのはマサシ。その、並んで座る野郎2人の前にリズ。直接、絨毯の上に座っている。
 今日の撮影は大変だったのだ。ヒールは履き慣れてるけれど、アクションなんてやった事はない。8割9割はスタントマンだが、UPのシーンは演じなくてはならない。その為に、この1週間程、殺陣の練習やってたけど、そんな付け焼き刃、視聴者に直ぐバレるだろう。そう思って断って来たのに、事務所が取って来てしまい、本日の撮影と相成った。普段使わない身体の使い方したから、あちこち痛い。お風呂場で確認して貰ったところ、青痣が何ヶ所もあるそうだ。入浴剤入りの湯船にゆっくり入れたから、これでも大分回復した。だから、お給仕。
 そして、マサシ。初めから予定されていたオペは午前中の3時間のヤツだけで、もう3件は、たまたまその時に手の空いている術式経験のある外科医がマサシだけだった、と言う巡り合わせの不運から引いちゃったハズレで、こんな立て続けに4件も執刀するなんて、まずあり得ない。そのあり得ない事が起こり、任されちゃったエース。マサシのマークは何だろう? 星かな? クスクス…。
 ともあれ、2人共おつ〜♪
 グラスをガチャコンして、ロックグラス半分程をクイ〜ッとやって、ぷはぁ〜。そこでやっと気付いた。テーブル中央に、薄いピンクの山下コーポレーションの長3封筒が置いてあった。誰のだろう? さっきもあったっけ? おやぁ〜? あれぇ〜?
「この封筒、何?」と声にしたのはリズ。
「見てみれば」
「良いの?」
「ああ。お前達2人へ」
「俺達?」
「何だろ」
 思わず顔を見合い、中を見てみる。三つ折りにされたA4の紙が3枚入っていた。1枚は何かのタイムスケジュール。もう1枚は葉書(?)のデザイン。最後の1枚は、FAXの文言のようだった。
「え〜っとぉ、吉岡正史Dr.&大久保律子嬢の婚約パーティーの‥‥えっ?! 婚約パーティー!? なぁに、それ?! 訊いてないわ!」
「うん。話してないもん」
「え〜っ!?」
「嫌かい?」
「まさか! 事務所は無視してるけど、ちゃんと結納交わしたんですもの! 嬉しいわ♡」
 キャピッとハートを飛ばす辺りがリズらしい。
「でも、何でトシさん?」
「ウチは何でも屋だ。イヴェントの企画、立案もやる」
「へぇ〜」
「特に今は、芸能部あるしな」
「わぉ♡ じゃ、トシさんの会社に移籍‥‥じゃないなぁ〜、契約が切れるんだし‥‥」
「何だ何だぁ? 何かあったのか」
「マー君とって言うか、家と? 結納の交わしてからこっち、意に添わない仕事も取って来るようになって、今日のアクションもそうよ」
「あれ」
「おや」
「どうやって時間作ったんだ」
「背中から落ちたの」
「ふん」
「で、背中痛くってウォーキング出来ません」
「おろ。バレたら大変じゃねぇか」
「まいたわよ」
「お前にまけなくても、ウチのドライバーがまいたろうよ。それはプロだし」
 今夜は、2人の所に迎えの車を回した。
「そう。良かった」
「何よぉ、マー君」
「タレントとしてのイメージは大切だから」
「ん〜‥‥有り難う。仕事、続けて良いの?」
「勿論だよ。お袋やおばの言う事を真に受けないでくれよ? ありゃ、化石化した女の発想だ。リッちゃんが化石になる必要はないし、望んでもいないから」
「うん」
「あのなぁ〜、おまいら、そう言う事は2人切りの時にやれ!」
「きゃう」
「はーい」
「まぁ良い。移るなら移るで構わんぞ。まぁな、毎日顔を会わせる事は出来ねぇが」
「あら、何でよ」
「俺ぁ〜営業部だ。外回りも多いし、急な出張なんてザラだ」
「そうかぁ〜。でも、トシさんは御守りだから、近いってだけで心丈夫になれるわ」
「ん。その件は後でいくらでも訊いてやる。まずは、日程とタイムスケジュールを確認してくれ」
「はーい‥‥って、何でトシさんの会社がやってくれる運びになったのよ」
「それはっっ」
「俺からのプレゼントだ」
「わぁ♡ 有り難う」
 俊の部下の事なんて知る由もないから、マサシが口籠ったが、俊が上手く繋いだ。
 るる〜んと書類に目を通すリズを横目に、マサシが溜め息を吐いた。今のはヤバかった。
「OK! この時期は契約切れてるから、何ら問題ありませんっ!」
「そいつは良かった。事務所の移動に付いては、明日、ウチの顧問弁護士と相談してみる。で、マジに移る気なら、無闇とサインしたりハンコ押したりすんなよ」
「はーい。マー君は大丈夫?」
「俺はリッちゃんより自由角あるよ。大丈夫」
「良かった。紙の名前言われても判んない」
「見本、入ってなかったか?」
「え?」
 そう言われて封を逆さにしてみたが、何も入っていなかった。
「ないわ」
「コレじゃないかな」
 絨毯の上に見付けた、名刺大の紙片。それを手に取り、マサシがリズに見せた。
「パステルカラー。すみれ色だぁ〜」
「マサシの持つ、リズの色だな」
「そうなの?」
「ゔっうんっっ。好きかなと思って」
「嬉しい♡ 紫じゃダメなのよ、すみれ色じゃないと。1番好きな色だわ♡」
「俺、席外してようか?」
「何焼いてるのよ、バカバカしい」
「そうだよ、トシさん。気の回し過ぎ」
「そうそう。大体、この結婚自体、トシさんが居ないと成立しないんですからね」
「そ〜ゆ〜事ぉ〜。俺達の子供のパパが」
「トシさんなのよ〜?」
「はいはい。しっかり育ててくれ」
 この後、マサシは一度も観た事がないと言う、女優・リズの仕事っぷりを、消していない筈のディスクから俊が探し出してくれて、一緒に観た。初め、本人は照れまくっていたが、話数が進むに連れて撮影当時の事とか思い出して、ちょっとした暴露話で盛り上がった。当事者しか知り得ないココだけ話ってのは、とかく面白いものだ。
 会話が弾めば、お酒も進む。酒が回れば、口も滑らかになる。そして、空いたボトルが全部で二桁を過ぎる頃から、犯り始めた。絡んで来るのは、決まってリズだった。マサシは黙々と呑んでいて、リズが撃沈されてから、ゆっくりと楽しんだ。それをリズは、いつも夢現の中で見訊きしていた。だから、正確ではないと判っているし、それを取り出して問い質す事もない。
「部下から、カードを預かっている」
「かーど? あんっ」
「ああ!」
「はっ」
「発案者は匠かなぁ〜」
「匠‥‥さん‥‥?」
「ああ。よっとぉ」
「ひんっ」
 第一次のうとうとから、リズが戻って来た。この辺は付き合いかな? 何となく判る。喋っていた言う素振りも見せず、俊はマサシの胸に唇を落としていた。唇を離したら、又一輪、マサシの白い肌に花びらが舞った。マサシの中には、俊が一杯入っている。
 マサシは、色白の優男だ。色の白さだけなら、リズより白いかも。リズは水着になったりもするから陽に焼けるし、だから、スキンケアを忘れられない。しかしマサシは、完全にinドア派。年齢に依るぽっこりお腹を気にして、予防の為に週2回以上、スポーツジムに通っていたがそれだけで、それ以外は何もしていない。強いて上げるなら、エレベーターやエスカレーターを使わないように気を付けている事か。それだけでこの体型をキープしていられるのだから、医者って商売は激務なんだと思う。
「身体、いたぁ〜いっっ」
 いきなりリズが、悲鳴を上げた。
 ギョッとして、俊とマサシが動きを止める。
「お風呂、入るっ!」
「はいはい」
「行ってらっしゃいませませ」
「さだまさしか」
「又、ツウだね、トシさん」
「否々」
「な〜によ、野郎2人で」
「否々」
「他意はねぇよ」
「あ〜っっ」
 動き始めましょうか、と思ったら、リズが悲鳴を上げる。
「どうした?」
「リッちゃん?」
 繋がったままで顔を見合わせ、揃ってリズに目と声を向けた。
「立ち上がれない」
「あ〜ん?」
「えっ!?」
「太腿パンパン、脹脛もパンパン。力込めるだけで、いだい〜〜っっ」
「俺、今、握力ないからなぁ〜」
「ん?」
「何に関係するのぉ〜?」
「オペ4件。両腕に乳酸溜まってるよ」
「ああ」と俊は納得出来たが、リズは判らない。何か、訊いた事あるけどニュウサン。
「俺、スポーツマッサージやれるから、握力さえ戻れば、マッサージしてやれるのにな」
「仕方ねぇな。俺がしようじゃないか」
「えっ。出来るの? トシさん」
「出来るだろうね、トシさんなら。医者には違いないんだし」
「あら。そうなの?」
「一応な。取り敢えず、イカせてくれ」
「あ、はい! ごめぇ〜ん」
「否。大丈夫だよ」
「ほほう。余裕だな、マサシ君」
「えっ! 何ですかっっ」
「ん、なろっっ!」
「ひんっっ!!」
「あら‥‥らぁ〜」
 30分ばかり滅茶苦茶に攻められて、マサシ撃沈。この後、俊が、リズは脚をマサシは腕を20分ずつくらいマッサージしてやった。余程ハードだったのだろう。リズは風呂に入る事もなく、深い眠りに就いてしまった。
「1週間前からだって言ってたもんね」
「1週間程度で、身のこなしが身に付く訳ねぇんだがな」
「あっ‥‥アクションが地だ」
「まぁな」と言って、絨毯の上で裸で伸びてるリズを抱き上げ、ベッドの中に入れた。それから、吊るした背広の内ポケットからピンクの洋封筒を取り出し、マサシに手渡す。
「悪魔の祝福だ」
「有り難う」
 受け取り、ペリッとシールを剥がしてカードを取り出して中を見た。独語ででっかく書いてある水色の文字が俊‥‥だった。同じ色で、そっと寄り添っているのが美樹‥‥である。他8名。悪魔からの祝福らしく、9色使ってあった。何か笑っちゃう。出来過ぎていて━━‥‥。
「家宝にしよう」
「止めれ。呑み直すか?」
「俺は良いけど、トシさん、仕事大丈夫?」
「毎朝のトレーニングで酒は抜ける」
「そう。じゃ、呑みましょう♡」
「良いねぇ。ここ迄俺に付き合えるの、部下に2人しか居ないぜ」
「明日、無理矢理有給取ったから出来る」
「お前、魔族だが戦闘タイプじゃねぇからなぁ」
「ドラゴンボールですか」
「おっ。食い付いて来るねぇ、同級生」
「今以て信じられない」
「何でじゃ」
「5つ6つ上だと思ってたもんっっ。渋いしカッコいいし。絶対年上って思ってたのにぃ」
「そら悪かった」
「謝る事じゃないけど」
 マサシと呼ばれちゃいるが、正史は年上が好みで、俊も年上だと思って誘われるままに付いてった。自分が貧弱だからガッシリした漢前に弱くて、俊は好みのタイプだったのだ。
 初めはそんな感じ。正史はモテていたから、相手に不自由した事もない。俊とも、気楽なセフレ程度の感覚だった。
 肌を合わせる度に魅かれて行った。何と言っても、SEXが上手で楽しめるのが良い。自分が好き者なんだ、とも思い知った。
 今でこそ2週間や3週間、音沙汰なしでも待てるようになったけど、付き合い始めは毎日声を訊かなきゃ安心出来なかったし、少なくとも週に1回は抱いて貰わないと我慢が効かなかった。だから、毎日電話してた。唯、俊は毎日出てくれる訳じゃなくて、10日くらい音信不通の事もあって、飽きられて棄てられたかと思って、泣いた。
 大学時代は何人か居たパパ。俊と連絡付かないと泣き付いて、パパ達も振り回した。
 あの頃は、優しくされて当然だと、思い上がっていたところもある。それだけの価値が自分にはある、と何処かで自惚れていたのだろう。若気の至りと言うヤツか? なのに、俊からケロッとして連絡があると喜んで、身体を許していた。
 でも、俊は思い通りにならない。
 甘やかしてくれるし優しくもしてくれるが、その場限りだった。次の確約がない。それなのに、求める心にブレーキを掛けられなかった。
 渇望し、追い求め、乞い願い、何度も泣いた。
 1番になれないならと、別れようと思った事もある。思わせ振りにチラ付かせてみた事も。俊は無反応だった。それが悔しくて、それとなくパパの話をして焼き餅を焼かせようとした事もあるが、空振った。
 数年はジタバタしたけど、これが愛するって事なんだ、と自覚したら楽になって、パパ達とは別れて俊だけを待つようになる。辛くて悲しくて淋しくて、でも嬉しくて幸せで気持ち良くて、俊に飲まれて行った。そして、今に至る。
「いつ医者になったの? 留学したの?」
「否。俺に留学経験はねぇよ。海外に行った事がねぇ訳じゃねぇけど、そりゃ、車やバイク、飛行機のライセンスを取りに行ってただけだから、勉強は殆ど日本国内だ」
「じゃあ、医学は?」
「表があれば裏もあるってこった」
「ふぅ〜ん‥‥って納得出来る自分が怖いっっ」
「くくっ」
「あの、トシさん」
「ん?」
「いつから戦闘タイプ?」
「10歳が初仕事」
「えっ!!」
「お前と出会った頃は、就職も決まって、忙しく飛び回ってた」
「そっそれで音信不通に?」
「そうだな」
「そうだったんだ。知らなかった。浮気してんのかと思ってた」
「摘み食いはしてたけどなぁ」
 ケララッと、俊が笑う。
 俊を責められないのにな。自分もヤケになって、行きずりの男と寝ていた。寝た男は何人も居るけど、トシさんが1番若いんだなぁ━━‥‥。
「トシさん。愛してる」
「ん」
 応えられないのは多分、お妃様が居るせいもあるだろうけど、戦闘タイプだからだと思う。だから、想いを受け止めてくれるだけで満足だ。
 翌日。有給取ったと言うマサシと、午後から撮影だと言ってたリズを部屋に残し、1人で起きて出社した。
 その日、マンションに戻ったのは21時過ぎだけど、マサシとリズが食事を作ってくれていた。しこたま買った食材を使い切る形で品数作ってくれていたから、暫くの間、外食しないで済むなと感謝して、数日に分けて完食した。
 料理作るのは苦にならないんだけど、後片付けが嫌なんだよな、俺。
 そんなこんながあって、リズの事務所移籍を問答無用で強行した。すると、裁判だ、違約金だと元の事務所が騒ぐので内容証明送ったら沈黙し、仕事を干すとか姑息なマネをし腐るので、山下コーポレーションと言う大看板で横っ面を殴ってやった。そうしたら、目の玉が飛び出したらしく、芸能事務所の一つが消し飛び、在京キー局の何名かのディレクターとプロデューサーが責任取らされて、局長の1人が詰め腹切らされた。
 パーティーは立食形式のものだったが、世界でも有名な心臓外科医のマサシが、思わぬ大物とも縁があって、実に華やかなパーティーとなった。
 それに色を添えたのは、天才ピアニストのBGMだったが━━‥‥。

《終わり》

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