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コロ休みアダルト文庫『好機』


作:平 和 (たいら なごみ)

 今朝は匠の運転だった。
 と言うのも、昨夜張り切り過ぎて、又しても聖を傷付けたのだ。そんなの、実戦で貰う怪我と比べると蚊の刺したようなモンだけど、匠はショゲちゃう。なので、拗ねてみた。痛いと、運転出来ないと。それで匠運転で、地下駐車から役員用エレベーター迄はお姫様抱っこ。
 監視カメラがあると言うのに、いくら武闘派のメンツだとは言え警備員にバッチリ見られていたのに、エレベーターの中でもイチャイチャしていた。
 聖の出社時間に合わせたので些か早く、52階にはまだ誰も居ない・筈だった━━‥‥。
「たっくんが悪い」
「ごめんなさい。俺のデカくて長保ちするからぁ」
「そうだ。でも、それが好きぃ♡ ちゅう♡」
「はい。ちゅう♡」
 こんなアホなやり取りをずっと続けながら、52階で迄やって来た。
 エレベーターのドアが左右に開き、聖を抱いたままで降りた。
 エレベーターのドアが閉まるのを背中で感じながら、お熱いKISS。これがたっぷり10分はあったろうか。唇を離し、愛の囁きの一つでもと思っていたら、全く予期せぬ方向から声を掛けられた。
「おはよう御座います!」
 この声にびっくりして1mは飛んだか?
 否々。お前ら、油断し過ぎだろう。いくらセキュリティーが万全らしい本社ビル内でも。日本の安全神話は昔語りだ。何処から狙われるか判るまい。なのに何だ、その様わ。俊が居たら大変な事になるところだった。
 匠の腕の中から飛び降りた聖が、バツの悪そうに視線を落とす。こんな一般ピーポーの気配さえ掴めなかったのか?! 死にたい‥‥。若が居なくて本当に良かった。本社の便所掃除くらいじゃ済まなかったろう━━‥‥。
「あのっ! 田口部長は何時に出社でしょうか!」
「え? 部長に用?」
「はい。ご相談したい事が‥‥」
 聖が、お前もかよ!! と、一瞬怒りを表情に表わした。匠が首を傾げる。そんなに陳情が多いのだろうか━━‥‥? まっ、田口部長は、部下思いで優しくて、気さくな人柄の小太りのチビにして二枚目半、と言う役どころだけどね━━‥‥。
「部長への用件なら、お伺いします」
「いえっ。部長にしか話せませんっ。極めてプライベートな事なのでっ」
 矢っ張り、聖は怒っている。今、ちゃんと表情になった。が、一瞬で引っ込んでいる。この辺、鉄面皮‥‥か?
「その手の相談が、日に何件あるかご存知か」
「いっいえ」
「50件だ」
「ええ〜っ!」
「その50件中、身の安全さえ危うい緊急性のあるものは0.01件! 君の相談事は、明日の命も危うい程の緊急性を持ったものかっ!」
 日に50件は言い過ぎだけど、10件くらいは毎日ある。この殆どは、部長の、凡そ何の慰めにも解決にもならない、頑張れよ、の一言で用が済むモノだ。唯でさえ忙しいのに、会社相談窓口にされてたまるか。
「はいっ」
「━━‥‥。ぇっ?」
「はいって言ったよ、この子」
「そっそう。え〜と‥‥ソファーに掛けて待っててくれないかな。部長のスケジュールは、第一秘書の泉原が出社しないと判らないんだ」
 大嘘を吐いてしまった。別に第一秘書が出社しなくても、部長のスケジュールは判る。でも、動揺したので一息吐きたかった。
「何してるの? たっくん…ととっ」
「良いよ。使い分けも面倒だ。付き合ってる事、隠してる訳でもないし」
「そうだね。ふぅ。で、何してるの?」
「うん」
 匠がスンスンと鼻を鳴らしている。
「何か‥‥臭う」
「え〜っ! ガス?!」
「そんなんじゃない。臭い」
 聖もスンスンした。
 確かに臭う。出所は何処だ━━‥‥?
「あ、自分かも」
「━━‥‥え?」
 ノホンと返してくれたのは、待ち伏せしていた青年。
 思わず匠と顔を見合わせ、改めて見遣る。彼は、頭を掻いていた。
「2週間風呂に入ってないっス」
「きっ君!」
「だから部長なんス」
 ワナワナわななく聖を差し置き、匠が口を挟んだ。
「や〜。いくら田口部長でも、金は貸してくれんと思うぞ?」
「いえ。金はあるんです。貯金には手を付けてないし」
「じゃじゃあ、どうして水が止まる! ライフラインの中で、水道が止まるのが一番最後の筈だぞっ!」
「水道は普通に出てると思いますよ、実家」
「━━‥‥ん?」
 眉間に縦皺を寄せ、匠を見遣った聖。
 匠は、なんだろね、と首を傾げている。
「では何故、風呂に入らん」
「野宿してたもんで」
「どうして」
「それが相談なんですっ。部長にお話しします」
「だってさ、たかちゃん」
「う〜〜〜っっ! ちょっと来なさいっ!」
 こんな汚いのを若に会わせられるかと、聖が青年の腕をグイグイ引いて、同フロアのプライベート空間にある聖の部屋に連れて行った。そして、清潔なバスタオルを押し付け、バスルームに放り込む。
『あの〜?』
「早くしろ。部長が出社するぞ」
『はいっ』
 水がタイルを打ち付ける音がし始めた。
「ここ、たかちゃんのプライベートルーム?」
「うん。まだ泊まった事はないけど、非常事態が起こったりしたら寝泊まりするんだって」
「美樹にもあるの〜?」
「あるよ。もっと広い部屋が」
「そっか。美樹、第一秘書だもんな」
「たっくんにもあるでしょ? ファイブカードだから」
「うん。56階にあるよ。ここより広いな」
「だよねぇ。若も56階なのかなぁ」
「若は57階の筈」
「ぇっ? 何で?」
「知らない」
 匠と顔を見合わせ首を傾げる。57階58階は、オーナーのプライベートルームだ。そこの一画に部屋があるのか? ま、いーか。
 若にとって大ボスは特別だ。大ボスにとっても若は特別。そんな事は、武闘派幹部連中なら知っている。一応、聖も幹部だ。伊達じゃない、魔王の実家住み込みも主屋の部屋持ち。
「あ、そだ」
「何々?」
 パチンと手を打って、バスルームに行くもんだから、匠もくっ付いて来てしまった。
「君の名前と部署を教えてくれ!」
『営業3課、田尾邦彦(タオクニヒコ)です!』
「有り難う。5回くらい洗えよ!」
『え〜〜〜っっ!』
 知りたかった事を訊いたので、匠を押し退け室内のPCで身元確認。匠も付いて来ている。
「これだ」
「T大卒って、若の後輩じゃん」
「エリートだねぇ。八尋課長の部下です」
「だねぇ」
「取り敢えず、着替えを出しといてやろう」
「買って来る?」
「否。俺と背格好同じだったから、俺ので間に合わせる」
 言いつつ、クローゼットの方に向かった。勿論、匠も一緒であるが、不満そうに喚いている。
「えっ! たかちゃんが履いたパンツ?! なら、俺が欲しい!」
「そんなモノ貰って何にするの」
「頭に被る」
「バカタレ」
「あたっっ」
 尋ねられたから素直に答えたのに、手で顔面を叩(ハタ)かれた。
「あ、おニュー」
「そゆ事」
 言葉と共に未開封の下着を出して、バスルームに運んだ。そして、表から声を掛ける。
「田尾君! 下着の替え出しておくから、身に付けたら出ておいで!」
『はーい!』
 アンダーシャツとパンツを脱衣所に置いて、リビングに出た。匠も居る。
 田尾君は、まだまだ出て来ないだろう。何しろ、5回は洗わないとならない。
 そう思って、恋人を背後から抱き竦めた。
「おっ?」
 カパッと抱き締められて、聖が匠に体重を掛ける。すると、耳元で囁き掛けられた。
「もう、痛くないの?」
 そう言えば、そーゆ〜遊びをしていたんだった。予期せぬ出来事のせいで、すっかり忘れてた。折角イチャイチャしてたのに━━‥‥。
「いたぁい♡」
「そりゃ大変。ささ、横になって」
「え? うわっ」
 なる程。側にベッドを見付けたのか。
 身体が浮いて少し移動したかと思ったら、ポフッとベッドに押し倒されていた。
 真上から、匠がマジマジと見詰めるから、ときめいてしまった。
 ふむ。色男(イケメン)♡
 むふ。美人(シャン)♡
 聖が瞼を落としたから、まずは触れるだけのKissを数回。それから、マジKiss・・・になる筈だったが、邪魔が入った。
「あの〜、お取り込み中恐れ入りますぅ」
 本当にそう思うなら気を利かせろ! と思ったのは匠の方だった。聖が慌てたように自分を押しやり、起き上がった。
「自分のスーツがないんスけど」
「あんな汚れたスーツで顧客回わりをしていたのかっっ!」
「はぁ〜っっ」
「君の恥は部長の恥、引いては我が社の恥になるんだよっっ!」
「すっ済みません」
「来なさい」
「はぁ」
 邦彦を手招き、オープンクローゼット前に行った。匠も、漏れなく付いて来る(?)。
「足のサイズは?」
「26.5です」
「私ので代用可能だな。そら」
「あっはい」
 ポイッと靴下の新しいのを出してやり、ズラッと並んでいるスーツの中から、何着か出した。
「あ、ブラウスはコレ」
「はぁ」
「う〜ん‥‥? こっち? こっちかな。これ」
「はい」
「ネクタイは〜コレ」
「はっはいっっ」
「靴。カフスとタイピン」
「はいっっ」
 次々と押し付けられる物を両腕に抱え、邦彦がパタパタと涙を溢し始めた。匠と聖がギョッ。
「済みませんっ済みませんっ」
「いっ良いから、早く着たまえっ」
 聖が、柄にもなく赤面している。人に死を与える魔物でも、人の心からの感謝は苦手だ。
「はいっ。ぐすっ」
「君の下着は処分させて貰う。スーツはこちらからクリーニングに出す。クリーニング代は給料天引きにして貰う」
「はい」
「靴は〜‥‥捨てるか」
「返して下さい!」
「ん?」
「もう履けないだろう」
「初任給で買ったんです!」
「おろ。良く保ったね。営業だろ、君」
「大奮発して、治しながら今日迄。捨てるしかないかもしれないけど、それなら自分の手で‥‥」
「フンッ」
「あっあのっ!」
 無表情に邦彦の能書きを訊いていた聖が、その場を去った。邦彦はオロオロ。
「怒らせちゃったかなぁ〜‥‥」
「怒ってないと思うよ?」
「でも」
 邦彦の肩をポンポンと叩き、早く着なさいと促す匠も、良い(魔)人だと思う。
 邦彦が身形を整えたら、聖がブランド物の紙袋を手に持って来た。そして、邦彦に差し出す。
「靴を入れ給え」
「あっ有り難う御座いますっ」
「別に。ああ。下着と靴下は君に差し上げるが、それ以外の物は返してくれ」
「はい。有り難う御座います」
「そうそう。背広は脱がない方が良い」
「どうしてですか? 事務作業中は」
「左の二の腕に刺繍がしてある」
「はぁ」
「私の名前が」
「あちゃっっえっ? Yシャツ、セミオーダーですか?」
「フルオーダーだっっ」
「すっ済みません‥‥」
「フンッ。おっと、もうこんな時間か。戻ろう。行くぞ」
「はっはいっ」
 お客2人を先に出し、バスルームをザッと掃除して自分も出た。そして、匠と肩を並べて、田口部長の前室に戻った。時間はもう9時になろうとしていて、第一秘書の美樹も来ていた。と言うか、仕事している。
 聖は慌てたようにして、タイムカードをガチャコン。匠も、朝の儀式もなくオフィスに向かった。
「おはよう御座います」
「おはよう」
「遅かった〜でもないですね。エレベーターホールからいらしたようでもないし━━‥‥」
 にこやかに朝の挨拶をしてくれた美樹だが、見るところは見ている。
「どなたですか? そこの彼」
「営業3課の田尾邦彦ですっ」
「が、何用?」
「若‥‥とと、部長に相談なんですと」
「あら」
「2週間も風呂に入らず野宿してたそうだから、私のプライベートルームのシャワーを使わせていました」
「そうでしたか。聖さんのタイムカードを」
「? どうぞ」
 言われるままに抜いて渡すと、印字の上に2本線と訂正印が押され、いつも聖が出社する時間、7時45分にしてくれた。
「はい」
「有り難う」
「査定に響きますから」
「ですね」と同意したが、裏社員に査定なんかない。大ボスの一言で終わりだ。
「座っていなさい」
「はい。失礼します」
 前室に置いてあるソファーをすすめ、ちょっと姿を消した聖が邦彦に紅茶を出した。勿論、ついでだからと美樹と自分のもある。それはカウンターに置いて、仕事をしようかと腰を伸ばした。
「有り難う御座います」
 邦彦がペコリと頭を下げ、頂こうと手を伸ばしたら、大きな音がした。
「おや」
「あら」
「すっ済みません済みませんっ」
 大きく鳴ったのは、邦彦の腹の虫。
 邦彦が真っ赤になって、ペコペコ頭を下げる。その前で、聖が片膝を付いた。
「2週間、野宿していたと言っていたが、まさか、飲まず食わずか?」
「飲んではいました。会社ではお茶やコーヒーなんかを」
「会社が終わったら?」
「公園の水を‥‥」
「食べる方は?」
「━━‥‥」
 ジッと見詰める聖の視線を嫌い、邦彦の目線が下がっていった。もう俯いて、上目遣いで見ている。邦彦のような女顔の可愛子ちゃんタイプがツボの奴には、堪らん萌えポーズだろう。
「食べてないんだな?」
 聖の、いつもは切れ過ぎる声色が、少し優しい。
 邦彦が、コクッと頷く。
 美樹も椅子を立って、側に来ていた。
「あら。可哀想」
「貯金あるのに何で使わないんだ」
「新しい生活するのに必要かなと思って」
「新しい生活?」
「はい」
「何の事?」
 美樹が邦彦を見遣る。しかし、
「これ以上は言えませんっ」と言って、口を真一文字に結んでしまった。
 美樹と聖が顔を見合わせ、聖が肩を竦めた。
「ふむ。もし今私が君に千円を渡したら、コンビニに行くかい?」
 美樹の問い掛けに、邦彦が首を左右に振った。他人の施しは受けないと言うことか? でも、聖のプライベートルームでシャワーを使って、今着ている服だって靴だって聖のだ。全く受け付けない訳ではないらしい。じゃあ、これは?
 聖と同じように片膝を付いて邦彦の顔を覗き上げていた美樹が、スックと立ち上がった。そして、ロッカーの中から一つの包みを取り出しそっと差し出した。
「これは?」
「え?」
「僕のお弁当なんだけど」
「そっそんなっとんでもないっスッ。折角、お母さんが早起きして」
「僕に両親はないよ。近しい人なら居るけど、僕は孤児だ」
「すっ済みませんっっ。物を知らなくて‥‥」
「構わないよ。寧ろ、親がなくて良かったと思っているくらいさ。お陰で僕は、世界1をGETしたからね」
「くふっ。そうだね」
 笑ったのは聖で、美樹も笑みを返した。
「よし君は名実共に世界1だが、私だって世界に一つを手にしているよ」
「そうですね。くすくす」
 2人が見合って笑っている姿を見て、ゾワッとした。どうしてだかは判らない。唯、背筋に冷たいモノが走った。怖いと思った。
 眼許をコスコスして見直す。
 普通。
 普通の笑顔。
 これの何が怖かったんだろう━━‥‥。
「僕が作ったんだけど、好き嫌いがなければどうぞ」
「でっでもっ泉原さんのお昼が」
「社食に行きます」
「だっだめですっ! 頂けませんっ!」
「どうして?」
「きっ金銭管理はしっかりしろ、と言うのが、亡くなった祖母の遺言ですからっ」
「金銭は発生しないだろう? 少なくとも、君と僕の間には」
「え? でも、社食って」
「僕は出しませんよ、たかりますけど」
 美樹がにっこり微笑んだ。
 邦彦は顔を赤らめている。その気がなくても、UPで見るには強烈だ、美樹の笑顔は。
「私もたかろうかなぁ」と、聖が乗っかって来た。
「部長の人の良さのせいで、私はたっくんとの朝のひと時を台無しにされたし」
 ぶつぶつ続けた聖も、柔らかく微笑んでいる。
 田口部長の秘書は2人とも美形、と社内でも有名で、その美形2人の微笑みを間近にしている邦彦は、心臓をバクバクさせて照れていた。
「たっくんと一緒にたかろう♡ 内線、内線」
「決定事項なんですね〜?」
「勿論です。あっ♡ たっくん♡♡」
 聖と匠のラヴラヴ内線電話は放っておいて、美樹がコトッとテーブルの上に弁当箱を置いた。そして、一言。
「決定事項なので、食べて貰わないと困ります」
「━━‥‥え? 何‥‥が‥‥決定‥‥?」
「部長にたかる事」
「え〜と…?」
「それがあると、たかれないじゃないですか」
「は…ぁ…??」
「よし君。たっくんの発案なんだけど、若が財布ならフレンチにしないかって」
「超OKでーす♡ 何処行くんですか?」
「銀座の名店。ムフフ」
「銀座迄出るんですか?」
「大丈夫だよ。ドライバーは私だ」
「超々OKで〜す! と言う訳で、食べて」
「え〜とぉっっ」
「食べて!」
「はいっっ」
 美樹の勝ち。美人が凄むと迫力が増す。
 邦彦は弁当をパク付いた。よっぽど飢えていたのだろう。美樹は水筒も持って来て、味噌汁も出してやった。無駄にする事もないだろう。ま、俊の弁当は無駄になるけど━━‥‥。
「旨いっス、旨いっス」
「食べながら喋らない」
「んぐ。はいっ」
 美樹の1食分が、ものの10分足らずで完食された。残ったのは、梅干しの種。
「旨かったですっ!」
「そっそう。それは良かった」
 ゴキュゴキュと、味噌汁も飲み干してくれた。
 そこに、やっと俊が出社した。
「おーす」
「おはよう御座います」
「おはよう御座います」
 ここ迄はいつもと同じ。
「おっおはよう御座いますっ」
 俊が、新顔をマジマジと見詰め、美樹に視線を滑らせた。
「誰だ? この、スーツに着られてるボクは」
「はははははっっ、スーツは私のです」
 聖が引きつったように笑った。プライベートルームには何着か着替えを置いてあるが、その中からマシなのを選んだつもりだけど、いかんせん、フルオーダーのスーツだ。身体に合ってないし、色や柄もイマイチ邦彦に似合っていない。
 背格好は同じくらいだが、首回りや腕回り、胴回りは違う。聖は一見スリムだが、細マッチョだ。邦彦には大分、ゆったりしている。
「ん?」
 俊が、奇妙な表情を作った。何でボクが聖のスーツを着ているの? それを知りたかったんだけど、欲しい答えは貰えなかった。
「部長に相談があるそうです。ついでに、当社の社員」
「おろろん。大学生かと思った。そんで? その当社の社員は、何で聖のスーツを着てんだ?」
「2週間野宿したそうなので、私のプライベートルームでシャワーを使わせ、身包み着替えさせました」
「何で野宿」
「さぁ」
 聖も美樹も肩を竦めた。
 俊の登場で立ち上がっていた邦彦は、困ったような表情を作り言葉を継いだ。
「それが相談ですっ」
「あら。そう。その時間、あるのか」
「部長次第」
「フ‥‥ン。付いて来い」
「はいっ。失礼しますっ」
 俊に連れられ邦彦は部長室に消え、やれやれなのは秘書2人。
「朝から疲れた〜」
「ですね。僕、お茶煎れて来ます」
「有り難う〜」
「いえいえ」
 お茶1杯分ゆっくりして、通常業務に戻った。
 さて。部長室の2人だが、やっと話が佳境に差し掛かったところだった。
 今年63歳になる父と5つ下の弟との野郎3人暮らし。母親は、弟が1歳になる年に、買い物に行くと言って出掛けたっ切り、帰って来なかった。母は子供2人と亭主を捨てたのだ。以降、父親が育ててくれるのだが、ある日、不幸が起きた。
 これは邦彦にはどうにもしようがない事なのだが、子供達を捨て、俺様を捨てて行った女(母)の面影がある、と言って虐待されるようになったそうだ。それが性的虐待に変わるのに、そう時間は掛からなかった。俺様を捨てた女(母)への復讐のつもりか未練か、兎も角、暴力と腕力で押さえ付け犯され続けた。その始まりが小学2年生の頃。
 えっ?! 8歳で初挿入?! 入んねぇよ、普通。とは思ったが、口は挟まず耳を傾けた。
 虐待は、邦彦だけが受けていたそうだ。寧ろ、父親似の弟は溺愛されていたそうだが、父親に似なかったからか出来の良い邦彦がT大にストレートで合格したら、近所に鼻高々で吹いて回っていたが、邦彦は犯されるだけだった。しかし、大学2年の夏休みに、それも終わる。父子だけの秘事だったのに、弟迄加わる事になった。弟は合宿で居なかった筈なのに、忘れ物を取りに戻ったら変な音と声がする。怖いモノ見たさで父の寝室を覗いたら、何かに付けて比べられるイカ好かない兄貴(小中高と、同じ私立校に通わされていたそうだ)が、親父にケツ犯されてよがっていやがる(と、言われたらしい)。弟的にはこんな美味しい場面もなく、この日から、弟も加わって犯されるようになった。
 で━━‥‥1ヶ月半前に家出して、友達の所を2泊とか3泊させて貰い、遂に2週間前から訪ねて行ける父弟の知らない友人が居なくなって、公園で野宿して今日と言う事らしいが、もっと早く家出しろよ、と思った。が、言わずにいて良かった。
 家出は5回決行したそうだ。内2回は社会人になってから。前3回は見付け出され、置いてくれた友人の家の人に酷い事を言って連れ戻され、死ぬかと思う程の折檻を受けた。社会人になってからのは、部屋を借りて1週間くらいで見付け出され、部屋を解約、実家に引き摺って帰られ、より酷い折檻が待っていたそうだ。
 フ〜ン。一般人でも、少しは考えるか。逃げる方も素人なら、追う方も素人だが━━‥‥。
「海外とかは考えなかったのか」
「この会社を辞めたくないです」
「あ、そ」
 海外支社勤務って手もあったでしょう? のつもりだったのだが、辞めたくない、と来たか。お前、ウチの会社が世界第3位のコングロマリットだって判ってる? 海外支社、いくつもあるよ?
「で〜‥‥初めに訊いておくべき事だったのだが、何で俺なの。それも今頃」
「え〜っっ!!」
「え〜は俺だが」
「克美が部長なら力になってくれるって」
「カ・ツ・ミ? はて。何処で訊いたかな」
「橋口克美(ハシグチカツミ)。同じ営業の、奴は1課の社員です」
 苗字なんざ訊いてねぇ、とは思ったが声にはせず、俊の生体コンピュータがフル稼動。
「ああっ!」お義父さんのお相手ね。ハイハイ。あれはね、メリットがあったからだけど、この小僧を助けると、何か良い事あるのかなぁ? どっかで訊いた事のある名前なんだけど━━‥‥。
 引き続き、検索ちう。
「あっ! 思い出した」
 誰から訊いた名前だったのかを思い出した。
 お義父さんよりメリットあるかも。
 もっと切実で急務なのが━━‥‥。
「え?」
「こっちの話。決断が要ると思うぜ?」
「はい」
「仕事に戻れ。話は預かった。仕事が終わったら、前室に来てろよ」
「はい。宜しくお願い致します。失礼しました」
 ペコリと一礼して邦彦は去り、入れ替わりで美樹が入って来た。そして、部長のスケジュールを読み上げて行く。
「と、以上です。尚、今日のお昼は部長持ちで銀座のフレンチですから♡」
「何だよ、それ」
「朝から大変だったんです。聖さんと匠さんは朝の儀式が出来なくて、私は田尾君にお弁当を上げなくちゃいけませんでした」
「それが俺のせいだと?」
「そうです。部長のせいです」
「あ〜もぉ、判った! 宏、呼んでくれ」
「はい。失礼します」
 一礼して退場した優秀な第一秘書君は、内線で香川係長を呼んだ。
「ちーっス」
「ご苦労様です」
「何の用なのよ」
「さぁ〜?」
「本堂課長関係じゃないの?」
「えっ♡ いよいよ本堂課長クビ♡」
「チクッちゃおうかなぁ〜」
「聖さん〜」
「はい」
「止めて止して〜。お願い〜」
 宏は電話を切って5分足らずで訪ねて来たが、ビービー喚いている。
「くすっ」
「聖さんの笑顔は素敵ですけど、笑い事じゃないのぉ〜。アレ煩いのぉ〜」
「上司をアレ呼ばわり」
「私の上司は若です♡ で、何用? 俺、何かしたかなぁ? ま、い〜か。お仕事じゃなさそうだし♡」
 そう言って2人の秘書に笑って見せ、部長室の扉を殴った。鉄板入りの扉なので、殴ったくらいじゃどうにもならないが、手が痛かろうに……。
「わ〜かぁ〜?! あなたの宏です♡ わ〜かー!!」
『入れ!』
「お邪魔致します♡ 優しくしてね♡」
 そして、宏は部長室に入って行った。
「はぁ」と、溜め息を溢したのは美樹。
「賑やかな人ですよね、宏さんて」
「昔からだよ。たっくんと良い勝負」
「そんな事言って良いんですか?」
「内緒だからね」
「はーい」
 なんて話がなされていようとは知る余地のない部屋の中の2人だった。
 いきなり俊がニヤリと笑うもんだから、唯の条件反射で宏は一歩後退。
「なっ何スか、気味悪いなぁ〜」
「喜べ宏!」
「何を?」
 ワクワク。
「可愛い可愛いクニが手に入るかも知れない!」
「えっ♡」
 ドキドキ。
「ビッグチャンス到来!」
「チャンスですかぁ〜?」
 ガッカリ。
「良いだろ。今迄、チャンスもなかったんだ」
「そらまぁ‥‥そうっスけど」
 それから、邦彦に訊かされた話をした。
「親父と弟、殺しましょう」
「それはお前の判断に任せるが、少し落ち着け」
「血走ってます?」
「うん」
 俊が大きく頷くと、宏が何度か深呼吸を繰り返した。そして、パチパチと顔を叩く。
「よしっ」
「セッティングはしてやる」
「え?」
「その先は好きにしろ」
「よっしゃあ〜!」
 ガッツポーズ。
「どうする気?」
「結婚!」
「養子縁組?」
「モチのロンロン♡」
 ウキウキ。
「クニにも拒否権あるからな」
「訊かないも〜んっ!」
 意地悪な若の言葉にツーン。
「手籠にする気か? 親父と変わらんぞ?」
「違うもんっ! 自分には愛があるもんっ!」
「犯罪者になるなよ〜」
「殺人は犯罪じゃないのかしら?」
「あらヤダ。浄化よ、我々がやっているのは」
「そうだったそうだった♡ ってバカやってるバヤイじゃないっス! 可愛いクニの話。どうしたら良いんスか?」
「うむ」と言って俊が口にしたのは、赤坂のいつも行く料亭・美し乃の名前だった。あそこも裏が絡んでいるので、係長だけどファイブカードの宏は、たまに利用している。利用頻度としては、プールバー・ブランカの方が多い。何分にもあそこは、料理が作れる。特に、本堂課長に難癖つけられた日には、出没回数が多かった。
 上司に当たる企画2課の本堂課長は、どうにもこうにもイケ好かない野郎だった。しかし、更に上司になる企画部部長の宮本は唯の一兵卒だから、ファイブカードの宏は雲の上の人過ぎて直視出来ない。それを面白がって、茶をしばきに行く。部長のフカフカの椅子に座っているのは宏で、宮本は隅っこで汗かきながら直立不動。で、余りに本堂がウザいと思ったら、内線の直番でボソーッと呟く。すると、30秒後には、本堂課長は部長に呼ばれて灸を据えられている、と言う寸法だ。
 宏は、邦彦との新婚生活にニヤケながら、仕事に戻って行った。勿論、本堂課長に見咎められたが、少しも気にならない。どころか、嫌味で現実に戻れて少しだけ落ち着けた。
 お昼は銀座迄出て、俊の財布でフレンチを楽しんだ。夕飯はお預けで、今夜は21時迄。魔王と部長の仕事は、ここ迄掛かるのだ。
 唯、いつもと少し様子が違う。と言うのも、邦彦が終業と同時に訪ねて来ていたからだ。
 黙々と仕事をしている2人の秘書さんを見ていると、どうにもこうにも居た堪れない。
 自分に何か出来ないかなぁ? と考えた迄は良いが、この子、壊滅的に不器用なのだ。お茶を何とか煎れて、溢さないようにソロソロと運んで来たは良いが、後少し、と思って視線を上げるなりお盆毎転けた。いっそ見事、と手を叩きたくなる程立派に、転けた。運良くティーカップは、毛の長いフカフカの絨毯に守られてヒビ一つ入らなかったが、大きなシミを作ってしまった。
「あーあー。何をやってるんだ。君は子供か」
 助けに来てくれた聖に、きつく叱られた。
「聖さん。お茶にしましょう。能率落ちてます」
「私がミルクティー煎れましょう」
「わーい♡ 聖さんが煎れてくれるミルクティー大好き♡ うんと甘いのが良い♡」
「くすす。若もこれだけは甘いのが好きですよ」
「入る迄、大人しく待ってます♡」
 美樹が二パッと笑い、前屈みになっていた背筋をう〜んと伸ばした。デスクワークは身体に悪いと思う。
「田尾君、暇だよね」
「済みません━━‥‥」
「聖さん、言葉程怒ってないですよ。聖さんが本気で怒ると、声に抑揚がなくなるんです。だからね、まだ怒ってない」
 そう言って、邦彦に笑い掛けた。
 邦彦はショボン。
「大丈夫、大丈夫」
 それから暫くして、聖が4人分のミルクティーを煎れて持って来た。
「どうぞ」
「すっ済みませんっっ」
 まずは邦彦に。そして、カウンターに2つ置いて、最後の1つは美樹に持って行かせた。
「え〜。何で〜。そのまま聖さん行って〜」
「冷めるから早く。私は染み抜きします」
「ブーブー」
「ブーブー言わないの」
 ミルクティー飲む前に染み抜きしようと、道具を持って来てトントン始めたら、涙目で邦彦がにじり寄って来た。
「済みません、林さん。手伝います」
「良い。ミルクティー飲んでなさい」
「本当にやってる」
「おや。早かったですね」
「どう言う意味ですか」
「否、別に。今日は昼休みがなかったから、私なりに気を利かせたのに」
「聖さんっっ」
 美樹も邦彦も大差ない。どっちも子供だ。
 聖はくすくす笑いながら染み抜きをやってしまい、冷めたミルクティーを飲んだ。その聖を待っていた邦彦も冷めたミルクティーだったけど、一口含んでびっくり仰天。
「旨っ」
「飲んでなかったのか」
「待ってたんですよ、田尾君は。僕は飲みましたけど」
「待たなくて良かったのに」
「まぁまぁ。さて、頑張りますか」
 そして再び、紙にペンが走る音しかしなくなった。この2人の集中力、半端ない。そうでもなきゃ、田口部長の秘書はやれないのかなぁ〜?
 と、どれくらい経ってからだろうか。緊張で身体に痛みを感じるようになった頃、扉が開いて部長が出て来た。その手にはマグカップ。コトッとカウンターに置いた。
「上がるぞ〜」
「部長♡」
 邦彦が飛び跳ねるようにして立ち上がった。
「おお、クニ。良い子にしてたか?」
「悪い子ですよ」
 間髪入れず聖が声にした。邦彦、ショボン。
 何だ? と美樹に訊いて、ありゃと声にせずに天を仰いだ。でも、聖が言葉程怒ってないのは判ったので、一度ごめんなさいやらせて手打ちにさせた。そして、秘書君2人とは前室で別れて、会社に置いてある車で赤坂に向かった。見た目は普通のアウディR8スパイダーV10だが、当然、フルチューンしてある。
「行き先は、赤坂の一流料亭」
「?」
「そこで1人の男がお前を待っている。選ぶのはお前だ。1歩進むのか、現状維持なのか、それとも元に戻るのか」
「元に戻るって」
「実家に連れ戻される」
「ヤダッ」
「たってなぁ、勤務先はバレてんだし、営業なんだし、玄関前で張ってりゃ一発」
「玄関から出入りなんてしてないです」
「だとしても、向こうはお前なんか直ぐ見付けられると思ってんだよ」
「えっ」
「電話での呼び出しとかどうすんの」
「それは‥‥止めて貰ってますから」
「お取り引き先からの電話だったら?」
「全てスマホにお願いしてます」
「その番号を忘れたら、確認出来る状況下になかったら、会社に掛かって来るわな」
「ああっ」
「たっぷりと時間はないが、良く考えるこった」
 それ切り会話はなくて、ジリジリとした時間が過ぎた。車が停まり、出るように促されて入ったのが、赤坂の一流料亭・美し乃。邦彦にとっては生まれて初めての一流料亭なのだが心に余裕がなくて、ずーっと俯いたままで離れに入った。
「えっ」
 ピシャと言う、襖の閉まる小さな音にびっくりして、邦彦が身体を震わす。
「遅いっスよぉ。自分、1本空けちゃいました」
「1升か?」
「へい! オヤビン!」
「バカたれ」
 俊に、パシッと頭を叩(ハタ)かれた。
「痛いなぁ、もぉ」
「フン! クニ、立ってないで座れ」
「あ、はい」
「企画2課の係長、香川宏。顔くらい、見た事あんだろう」
「しょっ中、営業3課にいらっしゃってます」
「お前、何やってんだよ!」
「えへ♡ いったぁ〜いっっグーで殴ったぁ〜」
「た〜く! 後は勝手にやりやがれっ! 俺ぁ〜疲れた! 帰る! クニ!」
「はっはい!」
「お前の人生だからな。ちゃんと考えろ」
「はい」
「じゃあな」と言って、俊はそこから出て行った。
「あれ。マジに帰っちまいやんの。晩メシは?」
「まだです」
「そか」と言うなり呼び鈴。女将がやって来た。
「はい。お料理、お運びして宜しいの?」
「頼んま〜す。若のツケで♡」
「はい。倍ヅケで」
 料理が次々と運ばれて来る。見た事もなけりゃ味わった事もないような美味しい物をたらふく食べて、邦彦も人心地付いた。
「お前、食いっぷり良いよなぁ。体育会系?」
「ウッス。サッカーやってました、中学迄」
「何だそりゃ」
「あはははは」
「クニ」
「はい」
「俺んトコ嫁に来いよ」
「はい‥‥えっ?!」
「はいって言ったぁ〜。結婚、結婚♡」
「否っ。今のはズルいっス!」
「ダメ〜。男に二言はないのだ。そのように教育されているだろう。ん? 営業部」
「う〜〜〜っっ男に二言はないっスけど、男同士では結婚出来ませ〜ん。残念でした」
 邦彦が戯けて見せたが、空気が硬い。何故?
「クニ、真面目に考えてくれ。脈があるなら何年でも待つが、急を要するそうじゃん」
「え〜っとっっ香川係長は、何処迄訊いて」
「全部だよ。お前、親父と弟に犯られてたっつ〜じゃん。親父には8歳の時から」
「止めて下さいっ! 克美の奴っ部長なら相談に乗ってくれるって言ったのにっ別部署の人に全部バラさなくってもっっ」
「若を悪く言うのは止めろ」
「わか? バカだろ!」と言い終わるなり、横っ面を叩かれていた。勿論、軽く。宏が全力で殴ったら、歯を持ってかれる。
 打たれた頬を摩りながら、邦彦が宏を睨んだ。
「何すんだっ!」とがなり付けた時は、帰る体制にあった。
 宏は座ったままで、邦彦を見上げている。
「座れ。順を追って話すから」
「帰るっ!」
「座れっ!」
 伊達じゃないNo.3。普段は陽気なお喋りさんだけど、ここぞ、と言う時の怒声には、並々ならぬ迫力がある。
 ギクシャクしながら座り直した邦彦に、さっきから少しも変わらない、静かな視線を向けた。
「殴って悪かった。俺らにとったら、若が全てだから」
「若って…ヤクザですか」
「な訳ねーだろう。まぁ…見えなくもないけど…否々。少し呑め。落ち着く。ん」
 ススメられるままにお猪口を差し出した邦彦に、淫剤入りの日本酒を入れてやり、飲み干すと又、注いでやった。無味無臭の遅効性なのを良い事に、宏は邦彦にかなりの量を呑ませている。
 てか、邦彦は酒に強い。自分も酒が好きなので、一緒に晩酌って楽しいかも。気が早いのは判っているが、邦彦に拒否させないから━━‥‥。
「何処から話すかなぁ〜。新入社員研修会、覚えてるか? 俺、講師やったんだが」
「覚えてます。女子が騒いでたんで」
 宏は、マスクは普通だが、話術が冴えていて親しみやすい。なので、社内のモテ男君なのだ。
 宏は、3年前の研修会の話から始めた。毎年お馴染みの、カボチャ・ジャガイモ君達の中に見付けたのだシンデレラを。それが邦彦で、田口部長にも、喜び勇んで報告に行った。更に、営業3課に度々顔を出していたのも、見付けたシンデレラ・邦彦のご機嫌伺いと印象付けだった。
「え〜? 自分スかぁ〜? ウチの課のマドンナ・水口さん目当てじゃなかったんスかぁ〜?」
「誰だ、そいつ。俺ゲイだから、女に興味ない」
「香川係長っゲイだったんスかっ! この事実を知ったら、何十人の女子が泣く事かっ!」
「女なんか勝手に泣かせとけ」
 そして、今日の邦彦の告白を訊いて、俊が、自分が邦彦を好きだと言っていた事を思い出し、今日の良き日にあいなったと締め括った。
「判ったか、クニ」
「係長が俺に好意を寄せてくれていた事は判りましたけど、俺の意志とか意見とか感情はぁ〜?」
「だから今、お見合い。急を要するんだろ?」
「はい」
「なら、今、値踏みしてくれ。俺の事、嫌いか?」
「判んないスよ。殆ど接点なかったんだし」
「あれま。俺は何しに3課に行ってたんだ」
「それはそうっスけど、冗談ばっかだったし」
「良く思い出せ。俺はお前の側に居た筈だ」
「そう言えば・・・」
 3課に遊びに来た係長は、確かに自分の側に居た。殆ど右隣り。叶わない時はお向かいに。
「スキンシップもして来た筈だ」
「え〜と・・・? ああ」
 肩や背中や腰に腕を回されてるか、手を繋がれていたっけ。
「お前が居る時しか行ってないんだぞ」
「そうなんスか?」
「ああ」
 今のはちょっと嬉しい♡
 実はさっきから、熱いと言っては服を脱いでいた。そして、本人の自覚もないままにパン一に。そんな邦彦が、丸で大発見でもしたかのように、手を上げた。
「はいっはいっ! はーいっ!」
「どうした?」
「係長は俺の何処が好きなのぉ〜? 大切大切」
「旨そうにバクバク食うトコ」
「え〜〜〜っっ! そぉゆぅのぉ〜」
「俺、料理が趣味なんだ。クニに、俺の作った料理をバクバク食って欲しい」
「ふむ♡ 食べまぁ〜す♡ お弁当も作って下さぁ〜い♡」
「おう。クニは俺の何処が好きだ?」
 邦彦がヘラヘラし始め、本音しか語れないと見て、カマを掛けてみました。すると返事が!
「笑顔ぉ〜♡ 係長のあの、周りもあったかにする笑顔が、俺だけのだったらなぁ〜って思う♡」
「お前だけのだよ」
「ホントにぃ〜?」
「ああ。本当に」
「えへっ♡」
「お嫁に来て下さい」
「はいっ! お嫁に行きますっ♡」
 宏が満面の笑みを浮かべた。それを見て、邦彦も微笑んだ。宏のこの笑みが周りを暖かにするなど、あり得ない話だ。しかし、邦彦はそう思ったらしい。魔物の気あり? 良い兆候だ。
 宏は邦彦を促して、奥の、床が敷いてある部屋に入って行った。
 もどかしげに服を脱ぎ、邦彦が唯一身に着けていたパンツを取りさり、まずはお医者さんごっこ。否々。身体検査。裏表丁寧に、ケツの皺迄広げて検査‥‥なのか? 大分、趣味も入っていたと思われる。
 身体中調べられているけど、邦彦の意識は朦朧としていて、一切抵抗しなかった。当然だ。
「傷はまぁ、折檻の跡だろうが、綺麗な身体してんじゃん。マジで18年も犯られてたの??」
「係長ぉ〜」
「宏だ、クニ」
「宏さん♡」
「何だ? クニ。今、気持ち良くしてやる」
「はいっ」
 キスから始まっためくるめくエロスの世界。
 未開発の性感帯を、1個1個探り当てて行く。これが結構、楽しかった。淫剤効果もあるだろうが感度良好で、良い声で喘ぎやがる。だもんで、ついつい張り切っちゃった。
 当初予定では1発だったけど、相手は一目惚れしたシンデレラ。welcome状態でケツ向けちゃってくれてるし、これだけ揃ってて食わない魔物なんて居ないでしょう。
 と言う訳で、朝6時迄犯りっぱなしだった。
 床に入ったのが深夜0時。
 お医者さんごっこに1時間。
 それから5時間も掛けて、色々な事を試した。
 因みに、宏もデカマラの遅漏の絶倫だ。
 だから5時間も保った訳だが、邦彦も淫剤効果で正気じゃないから、腰振るわ、もっととかねだるわで、余計に張り切ったのである。
 唯、邦彦的に可哀想なのは、淫剤でおかしくなってた最中の記憶が残っている、と言う事で、宏の実は逞しい胸に張り付いて眠っている邦彦は、目覚めてからパニックになるだろうて━━‥‥。
 尚、会社は2人して病欠。事が終わって寝む前、俊に電話して許可を取った。
 スピスピ眠って4時間後の午前10時半。宏が目を覚ました。宏が眠りに就いたのは6時半だ。何もない時なら、4時間睡眠で充分。
 一方の邦彦は、子供のように眠っていた。2週間の野宿生活が余程堪えたのか、こんこんと眠っている。
 その邦彦を抱き寄せた。起きるかな? と思ったが、コロンと腕の中に転がり込んで来て、何かもう、泣きそうなくらい幸せ♡ でも、痛まないのかなぁ? と思ったら、低い声がした。
「いってぇっ」
 ショボショボと目を開けようとしたが疲れてて、身体が休養を欲していて、だから又、深い眠りに就いてしまった。
 邦彦が本当に目を覚ましたのは、それから更に4時間後の、午後2時半頃の話。寝返り打つ度にいてぇとか呻いていたが本格覚醒には至らず、今やっと起きた。
「え〜っと」ここ何処だっけぇ? ボケボケした頭で考えてみる。現実と思考が繋がらない。少なくとも初めて見る天井で、この布団も自分のベッドのじゃないのは判るけど━━‥‥?
 取り敢えず起きよう。全てはそこからだ。
 と思ったのに、身体に力が入らない。特に腰から下が他人のモノのようで、ろくに動かないではないか。それでジタバタしてしまった。恥ずかしい。ん? 誰に対して? まぁ、良いや。何とか上体を起こすのに成功したけど、スッゲェ痛い。
「いってぇっっ!」
 ついつい、もんどり打っちゃった。と同時に、昨夜の情事を思い出す。うわ〜〜っっ。マジか!
「おはよう」
 何か面白い事してるなぁ〜と思って、黙って見ていたら潰れた。だから、枕元迄運んで、んこ座りして見ていたが、気付いてくれない。それで声を掛けてみた。どう反応するか楽しみだ。
「かっ係長! いてっ」
「宏だってば。辛いなら横になっておいでよ」
「否っ。あたっ。会社がっ」
「今日は2人共病欠。田口部長に電話した」
「え〜っっ! いてぇ」
「大人しくしておいでよ。めでたく結婚と言う事で」
「ウソッ」
「何ぃ〜?! 酒の上での冗談か!! 冗談で誰とでも寝るんだ」
「いえっ! それはないっス! あたっ」
「じゃあ、何が問題? 俺が嫌い?」
「そんな事ないです! いてぇ。好きですけど、宏さんこそ、こんな汚れた俺で良いんですか?」
 自分がホモだと思った事はないけれど、初めて好きになった人、香川係長は男性で、親父にもカマ掘られてた。それを思い出して、急に悲しくなった。すると━━‥‥。
「汚れてなんかいない。仮に、汚れていたとしても、俺が浄化してやる。嫁に来い」
 係長のキャラにないような漢らしい言葉で、ウルウル。
「はい」
 言葉少なに了解の返事をし、そのまま感動のキスシーンとなる筈だったが、邦彦の腹の虫が、折角の良い雰囲気をブチ壊しにした。
「すっ済みませんっっ」
「良いよ。くくっ。ゆっくり起きておいで。食事にしよう」
 そう言い残し、もう一つの部屋の方に向かったら、邦彦の素っ頓狂な声がした。
「うわぁぁ〜っっ」
「どうした?」
 クルリと振り返ると、えっちらおっちら立ち上がったらしい邦彦が、自分の足元を見詰めて凍っていた。察するに、自分のアナルから伝い落ちた大量のザーメン(現在進行形)に驚いた、と言うところだろうか。
「5時間犯りっぱだったからねぇ」
「えっ?! いてぇ。5時間━━‥‥」
「もっとぉ〜、とか言うし♡」
 邦彦の全身が見る間に赤くなり、俯いた。心当たりが、バッチリあったのだ。
 宏を殊更はっきりと無視して、身形を整える。
 え? 昨日、借りたスーツじゃない。どれも新しい。置いてあったからつい着ちゃったけど…。
「あのっえとっ宏さん。これらの服は」
「お前のだよ。スーツとブラウスと靴はクリーニングに出して、ネクタイとかの小物類は一纏めにして返した」
「サイズはどうやって」
「抱いた感じ」
「えっ! そんなんで判るんスかっ?!」
 立って歩くと痛いと学んだらしい邦彦が、何を思ってか、ハイハイして隣りに来た。
「本当に?」
「うん」
「ふぅ〜ん。てへ♡ 俺の♡ ですよね?」
 ピトッと引っ付いて来て、両腕を大きく伸ばし身体に巻き付ける。そしてスンスン。
「ああ。お前のだよ」
「へへへ♡ 女子に恨まれるなぁ」
「どして?」
「だって宏さん。モテモテだったじゃないスか」
「そなの? けど俺、ゲイだって宣言してんだがなぁ〜」
「知りませんでしたよ」
「そなの?」
 邦彦が、コクコクと頷く。
「ま、いーや。メシにしようや」
 呼び鈴。女将がやって来た。
 邦彦が恥ずかしそうに身体を離す。が、宏が嫌って抱き寄せた。すると、ジタジタバタバタされたけど、腕力にものを言わせる。
「宏さんっっ」
「お食事ですか?」
 女将は柔らかく微笑んでいた。
「ああ。頼むよ」
「はい。畏まりました」
 女将、頭を一つ下げて退場。
 それを見遣り、邦彦をホールドしていた左腕から力を抜き、タバコに火を点ける。そんな宏を、不思議そうに見詰める。
「タバコ、吸うんですね」
「ん? 煙いなら辞めるけど」
「いえ。大丈夫です。俺も吸うし」
「じゃ、どうぞ。そして、ライター」
「あ、どうも。1本頂きます。でも、タバコって宏さんのイメージになかったなぁ〜」
「あらそう。どんなイメージ持ってたの」
「え〜? 唯優しい笑顔の人で、会話が上手で、たまに冗談飛ばして、でも、バリバリ仕事の出来る人。社内の噂では、上司の本堂課長とは犬猿の仲だけど、部長からは可愛いがられている懐刀的存在で、そのせいで課長からの虐めがキツい」
「へぇ。課長との関係は本当。俺、目の仇にされてるから。仕事は普通にしているよ」
「又々ご謙遜を。ついこの前も、コンペ勝ったって訊きましたよ?」
 仕事ってそっちかよ、と思いはしたが、敢えて言葉にはしなかった。
 邦彦には、まだ少し早いかな?
 いずれ知る事になるだろう、俺の笑顔が、実は少しも優しくないと━━‥‥。
 少しすると、お昼ご飯が運ばれて来た。朝ご飯の時間じゃない、さすがに。けれど、この離れでは今日初めてのお食事なので、軽めにしてある。
 邦彦は昨夜同様、旨そうに食っていた。でも、ちょっとした事で表情を歪める。そりゃそうだろう。5時間ノンストップで犯られた後だ。痛まなければ化け物。
 そこに、本物の(?)化け物が訪ねて来た。
「邪魔するぞ」
 言葉と共に、襖が開いた。
「どうぞとも言ってないのに入って来るし」
「何だと? ココは俺様の部屋だ」
「有り難く思っておりますです」
「フン。必要書類一式だ。お前とクニが、署名捺印して役所に届け出れば良いようにしてある」
「さすが若。有り難う御座いま〜す♡」
「ヒ・ロ・シっっ」
「キャー! 目がマジで怒ってるぅ〜」
 俊にギロリと睨まれて宏が喚いているが、実際にお気の毒なのは邦彦だ。部長が怖くて身体が震える。その震えを感じ取り、宏が邦彦の身体を撫で摩っていた。怖くないよ〜。こんなの、怖い内に入らないよ〜。まだ優しい方よ〜。
「と、弱いモノ虐めしてる暇はないんだった。さっさと届け出せよ。そしてクニは、住民票を1通取って総務に行って住所と名前の変更手続きをしろ。良いな? 邪魔した」と言って、手にしていた薄いピンクの会社の封筒を宏に渡すと、後ろも振り返らずとっとと去ってしまった。
「部長はお忙しいようで」
「こっ怖かったぁ〜」
「怖くないよ、まだ。睨んでる内は怖くない。笑い始めたら怖いね」
「え〜??」
「良い良い。今日中に行けるかなぁ〜?」
 腕時計に目をやる。
「役所に行って何するんですか? 名前の変更って何ですか?」
「俺のトコに嫁に来てくれるんだろう?」
「はい。不束者ですが、末長くお願いします。家事全滅っスけど」
「おろろん。良いよ別に。俺、やるし」
「ごめんなさい」
「何が」
「俺、不器用です」
「良いよ。俺が器用にこなす。だから、視線を落とすな」
「でも、アウトドアは得意っス」
「ほほう。キャンプとか?」
「はい。釣りとか♡」
「落ち着いたら行こうな」
「はい♡」
「ふふ。♡」
 可愛く笑うから、思わずKiss。
 邦彦が頬を染めた。
「あ、役所と名前〜。どゆ事ですか?」
「お前は俺の籍に入るんだよ、養子として。だから、苗字が変わる。田尾から香川に」
「ああ! いた」
 声を張ると痛むみたいだ。なので、よしよしと腰を撫でてやる。
 本人、違和感ありまくりだった。ボタボタッと汁が垂れて来た時も驚いたが、ティッシュで拭いた時に指先に返って来た感触が、初めてのものだったのだ。肛門って、腫れるとこうなるんだぁ〜みたいな……新鮮な驚き。
「クニ、書いて」
「あ、はい。所謂、婚姻届け♡」
「そうなるな」
 ドキドキしながら名前と実家の住所を書き、三文判だが印を押した。こりゃ、サラリーマンの7つ道具だ。
「これで良いですか?」
「良いんじゃね? 出しに行くか。まだ間に合う」
「はい♡ あのっ、宏さん」
「ん〜?」
「まともにキスして…下さい。昨夜のキスは何かフワフワしてる時のキスだったから曖昧で」
 あはは〜と、声にも表情にも出さずに笑いを浮かべたのは、昨夜、邦彦にせっせと淫剤入りの日本酒をススメていた宏だ。全身性器みたいなもんだった邦彦に、キスの事迄覚えてろとは、とてもじゃないが言えない。そんな内なる思いを封印して、そろっと唇を重ねた。そして、たっぷりと10分。いつか、白状する日が来るのかなぁ〜?
「ぅっほぅっ。キスって、こんなにフワフワするモノだったのか」
 フニャリと宏に縋り付き、小さく呟く。
 マジのキスだったから、親父には長年凌辱されていたが基本ウブなので、頭クラクラで心臓バクバクだ。女の子との満足な交際経験もない。無論、チェリー。そんな邦彦には、さっきのキスは刺激が強かった。アナル、痛むのにパクパクしてて、自分の身体を持て余している。どうしたら良いんだろう━━‥‥?
 そんな邦彦の焦りや戸惑いを知ってか知らずでか、宏がそっと囁き掛けた。
「アナル、パク付いてない?」
 自分の心を透かして見られたのか? 邦彦が真っ赤になって咄嗟に俯いた。鼓動が更に大きくなったが、それ以上に顔が熱い。恥ずかしい。
「俺、その気になっちゃったんだけどなぁ〜」
「えっ?!」
「欲しくない?」
「━━‥‥欲しい‥‥ですっっ」
 半泣きしながら言葉に変え、抱き付いて来た邦彦をよしよし。それから、互いに互の服を脱がせ始めた。
 床の方に場所を変え、改めて、そして正気で裸で向かい合った。
 邦彦が表情に出してギョッとなる。宏のペニスは、中肉中背の彼の風貌からはトンと想像が付かない程にデカい。これが、出たり入ったりしてたの? てか、本当に入るの? コレ━━‥‥。
 その辺を察して、宏がニッと笑う。
「旨そうに銜え込んでたね、お前のアナル」
「〜〜〜っっ!!」
「もっとぉ〜って腰を振って、早くぅ〜って四つん這いになって」
「早く‥‥下さいっっ」
 泣き顔でねだられ、揶揄うのを止めた。
 身体を重ね、全身を丁寧に愛撫し、なるべく苦痛が少なくて済むように身を繋いだ。
 痛みは…もう感じなかった。今は唯、気分が良いだけなのだが、これが愛し合うって事なんだなぁ〜とか、ボヤケる頭で考えた。
 結局、その日の内に役所に行く事は出来ず、ならってんで邦彦を連れて、彼が当面必要な物、下着から始まってスーツ迄、いくつか揃えた。
 その買い物の仕方に、邦彦は青くなって後を追うだけだったけど、値札見ずに買い物する人ってマジで居るんだ、とか感心してたら、自分の服で一杯になっていた。その荷物を車に積み込み、宏の住まいに向かった。尚、この車は宏が乗り付けたBMWで、フルチューン済みの彼の車だ。
「スーパー寄るぞ」
「はい」
「好き嫌いは?」
「ないっス」
「上等」
 そして、スーパーのパーキングに車を停めると、邦彦を連れてとっとこ中に入って行った。
 宏にとっては馴染みのスーパーだが、邦彦は又してもドキドキ。
 このスーパーって、物は良いけど高いって有名なスーパーじゃん! 俺、初めて入る。矢っ張り値札見ないし! 怖いよぉ〜っっ。
 内心焦っている邦彦の心情なんか省みる事なく、要る物をカートの買い物カゴにポイポイ入れて行く。そして、お会計。
「3万8650円です」
「カードで」
「はい」
 カードですか。そりゃ、このスーパーならねぇ。ひょっと覗き込んだらブラックカードだった。えっ! 初めて見たかも、本物のブラックカード。何か、驚いてばかりいる。
「どうぞ。と言っても、今日からはお前の住まいでもあるが」
「お邪魔しま〜す。うわっ」
 出されたスリッパを履いて奥に進み入りびっくり。広々としたリビングだった。
「何、そのうわって」
 綺麗に片付けられてて、丸でモデルルームみたい、と思ったけど言わない。ノリが軽い人だったから部屋が片付いてるイメージなかったけど、実は几帳面な人なんだな。知らなかった宏の顔と出会える度、心がほっこりする。
 そんな邦彦の心の内など知らず、購入したスーツを本人に吊るさせる。
「うわっ」
 邦彦をウォーキングクローゼットに案内したらそんな声が訊こえて、キッチンに行こうとした宏が振り返った。
「今度は何のうわだ」
「衣装持ちだなぁ〜と思って」
「普通だぞ。若は毎月10着新調するそうだが、俺は若程外に出ないから、月5着だし」
「新調するんですかっ?」
「ああ。それが?」
「いえっ。じゃ、こっちの端に」
 そう言ったが、洋服のA山で買ってくれた高級紳士服は6着もあり、隅に固める訳にも行かなかった。この他に、Yシャツが10枚、ネクタイ・ポケットチーフが6点ずつ、更に、タイピンとカフスがある。
 この3年間で新調したスーツは1着。クリーニングに出されてしまったあのスーツだ。それ以外はリクルートスーツ。持って出てないけど。何か、10年分くらいの買い物をした。しかし、凄い買い物だった。一体いくらだ。
「混ざっても良いよ。サイズ違うし」
「ああ。俺の方が大きいか」
「上背はなぁ〜」
 邦彦は、スラリと背の高い可愛子ちゃんタイプだ。並ぶと邦彦の方が若干背が高いし、幅もあるように見える。
「えっ?! 宏さん、そんなに細いのですかっ」
「スッポンポンのトコ見てんのに」
「まっまぁ…そうっスけどっっ」
 邦彦がポッと赤くなった。昨夜からの情事を思い出すと恥ずかしくなる。出すモンないよ…。
「俺の方が、首とか胸囲とか腕回りとか太い」
「えっ? そうですか?」
 邦彦は、納得出来ませんと、本人の自覚はないけど可愛らしく小首を傾げていた。その愛らしさに負けた宏が、背広を脱いで邦彦に手渡す。
「? 着る…の?」
 受け取りながらの問い掛けに頷くと、邦彦が宏の背広に袖を通した。
「うわっ! ブカブカっ! 腕も全然長い」
 それを着たまま、吊るしたスーツと吊るされてあったスーツを見比べた。確かに、見て判るくらいサイズが違う。
「買うの忘れた部屋着は、暫くの間、俺ので我慢してくれ」
「そんなっっ」
 言いつつ出してやり、他のをどうすっかなぁ〜と思案した。そんな、交際期間もなくいきなり入籍だなんて思ってもいなかったから、何も用意していない。仕方ない。あの段ボールを使おう。一度は潰した段ボールを組み立てて、タンスとの隙間に入れてみる。これが又、ピッタリのサイズで、(魔)神様有り難う、とか思っちゃう。
「間に合わせだが、下着とか靴下とか、シールとか剥がしてこの中に入れておけ」
「はい」
「ほで、ネクタイとタイピンとカフスだが」
 う〜んと考えて、空いてるハンガーをネクタイ用に、タイピンとカフスは引き出しの中を少し整理して空けた所に収めさせた。
 タイピンとカフスは3組買って貰った。
 矢っ張り、値札見ずに━━‥‥。
「これで全部かなぁ」
「はい♡ 宏さん。コレ着た事あるんですか?」
「ああ。部屋着の新しいのはない。悪いな」
「いえっ! あはぁ♡」
「どうした?」
「何でもないですっっ」
 邦彦が嬉しそうに微笑むから気になったが、教えてくれなかった。そりゃそうだろう。宏が身に着けた物を貸してくれた、と喜んだのだ。恥ずかしくて言えない。部屋着として渡されたTシャツとハーパンを抱き締めて、邦彦は耳朶迄真っ赤になっている。
「着替えたら下に降りてTVでも見ておいで。俺はここの隣りの書斎に居るから」
「なっ何するんですかっ」
「仕事」
「え?」
「俺、企画部だから、オンラインで繋がってる」
「ああっ!」と言って、ポンと手を打った。宏は目をパチクリさせている。
「お前さ」
「はい」
「もう痛くないの?」
「ゔっっ。痛いっス」
「ちょっと見せてみぃ」
「やっやぁですよっっ」
「何で? 裏表知り尽くした仲♡」
「否っっ。そう言う事ではなくっ」
「じゃ、どゆ事。見せなさいって」
「やだ〜〜〜っっ」
「見せろ」
「は・い」
 四の五の言うて拒否っていたが、マジに言ったら訊いてくれた。まぁこれは、邦彦に限った話じゃないけど。伊達じゃないNo.3クラブのエース。
 邦彦は恥ずかしそうに、パンツを脱いだ。その、脱いだパンツを見て宏がアタフタ。
「悪い! 傷付ける気はなかった!」
「え?」
 宏が見たらしい、自分が今脱いだパンツを見ると、赤いモノが付着していた。ああ〜なんてサラリと受け流しそうになって、出血したんだと気付き邦彦もアタフタ。
「いやっ大丈夫っスっ」
「大丈夫じゃない。風呂入るぞ。脱げ」
「えっ」
「早く」
「はいっっ」
 優しい笑顔を持つ人だと、心秘かに憧れていた人だけど、本当は怖い人なのかしら? 否々。違う。今のは自分の出血を気にして、心配してくれたのだ。だから、矢っ張り優しい人で間違いない。
「よっと」
「うわっっ歩けますっっ」
 お姫様抱っこされてワタワタ。
「落とすぞ〜」
「ヤダっ」と言って、宏の実は太い首に腕を巻き付けた。するとちゅうしてくれて、嬉しかった。
 そういや昨日、デザイン課のホープ・須貝さんが、部長の秘書・林さんを、今の自分と同じようにお姫様抱っこしていたように思う。極度の緊張と寝不足と空腹で意識朦朧としていたから、正直なところいつ来たのか覚えてないんだけども、何か、キスしてたような気がする。えっ! あの2人出来てんの?! うわ〜〜〜っ。
 又しても、女子の嘆き声が━━‥‥。
 田口部長が泉原さんと恋人宣言した時も、社内は騒がしかった。田口部長、モテモテだったからそれも仕方ないけど、いくらその手の色っぽい噂がなかったから(実際は1回あったけど)と言う理由で、そのモテ男の部長に恋人が居ない、と本気で思ってたんだろうか。それとも、自分が部長の恋人になれると、夢見ていたのかな? 一緒に呑みに行った事のある営業部の野郎連中も、自分の馴染みの店に連れて行って苦い経験をした事のある肩書きの付く人は、何人も居る。大体そう言う人はNo.3とか4くらいのホステスさんの上客の1人で、部長を連れて行くと、暫くしてからその店のNo.1とママとチーママの3人掛かりで部長1人の接客になっていた。連れて行った人なんて、見向きもされない。寧ろ、ホステスさんの方から集まって来て、連れてった人は勿論、他のお客にもボーイしか付かない、なんて現場を、邦彦でも5回は見ている。その後、面目丸潰れのその人含むその時のメンツは、部長の馴染みの店に連れて行って貰うのだが、これが銀座の高級会員制クラブで、過分なお持て成しをされ、原因となった人は確か本社に居ない。下手な色気を出して部長をヨイショしようとした奴の当然の報いだと思うけど、そうではない呑み会では、部長は陽気だ。酒にも、滅法強い。そのお返しは、ツマミの旨い呑み屋とか、小粋な女将が切り盛りしてる小料理屋だったりする。男性社員とはそう言う付き合いも出来るので、部長の男前なところは何度となく目にしているんだけど、噂だけで浮き沈みする女の子達はそうは行かないのかなぁ〜。
 田口部長、社内の噂(主に女子の間)のように2枚目半じゃなくて、男前だと思うんだけどなぁ〜。
「ひゃうっっ」
「お〜悪い悪い」
 湯が降って来て現実に戻った。どうしようかな。でも、気になるし━━‥‥。
「ねぇ、ヒロちゃん」
「んっ? ヒロちゃん? 俺の事か」
 うわぁ〜、うっわぁ〜〜! 最低最悪。何口走ってんの俺。つい習慣で口が滑った。
 両腕で顔を隠す。恥ずかしいよ。
「クニ?」
「にゃあ」
「にゃあじゃにゃあ。何だ、ヒロちゃんて」
「うにゅ〜んっっ」
「ダメ〜。何だ」
 それで仕方なくゲロした。実は新人研修の時から気になっていて、そうしたら良く3課に顔を出すし、だから、告げぬ、と心に固く決めて色々と妄想したと。その時の呼び名が、クニとヒロちゃんだったのだ。
「じゃあ、めでたく両想いと言う事で、明日の朝、出社前に役所行こうな。ヒロちゃんで良いよ」
「にゃ」
「お前はにゃんこか」
「にゃ」
「可愛いにゃんこめ〜♡」
「うにゃ〜んっっ」
「と、バカやってるバヤイじゃない。お前の大事なお尻。俺が使うお尻♡」
 浴槽にはドボドボと湯を溜めつつ、浴室の壁に手を付かせて立たせ、宏が邦彦の腰の辺りで蹲み込んだ。そして、双丘を分けて奥を見る。
「ふんむ」ちょいと傷付いてるけど、大した事はないだろう。それより、この腫れの方が問題だ。
 良く歩いてたなぁ。
 否々。良く座っていられたなぁ〜。
 痛かったろうに。
 ごめんよ。気付いてやれなくて━━‥‥。
 ついでだったんで、邦彦の身体を洗ってやった。自分でやると言い張っていたが、今日だけだと納得させた。無論、今日だけのつもりはない。物理的に毎日は不可能だけれど、許される限りやろ。邦彦には、月に1度くらい洗わせてやろうかな。そんな事を思いながら、洗髪もしちゃった。
「湯に浸かってろ」
「え〜っ出るぅ〜」
「ダメ。お尻腫れてるから」
「どう関係するんですか?」
「温めると楽になるんだよ」
「何でヒロちゃんが知ってるの?」
 邦彦的には素朴な疑問。丸で、楽になった事があるような……。
「男の抱き方をレクチャーされるので抱かれた時、矢っ張り腫れたから」
「ふっっふぅ〜〜〜んっ」
「意外か?」
「うん!」
「はら」
 奇妙な顔するので訊ねた訳だけど、元気に頷かれがっくし。俺、パッと見た目はネコなんだけどなぁ。ま、抱かれたのは、後にも先にもそれ1回切りだけど、結構モーション掛けられるのよ、これでも。好みの色男(イケメン)だったら食ってたけど、それも過去の話になるなぁ〜。なんて、、、。
「時に、今更って気もしないではないが、お前、筆下ろし済んでる?」
「うにゃ?」
 邦彦が、言葉の意味が判らなくてキョドッた。結局、訊ね

るんだけど━━‥‥。
「にゃに? それ。筆ペン派にゃ、俺。あんまし使わにゃいけど」
「う〜ん」
 邦彦からのトンチンカンな返事で、笑顔を貼り付けてしまった。
「にゃに!」
 邦彦が吠える。
「女知ってる?」
「知り合いくらい居るにゃ! 普通に!」
 邦彦は憤慨。
「否。そうじゃなくて、女とSEXした事ある?」
「ななななななななっっ」
 邦彦、ド赤面。
「良く判った。ないんだよな?」
 邦彦が、コクコクと頷く。
「女と犯りたい?」
 邦彦はブンブンと首を左右に振ると、両腕を大きく伸べて来た。
「ヒロちゃんが良い」
「そうか。妄想の中の俺と現実の俺、どっちが良い」
「現実!」
「本当かぁ〜?」
「にゃ♡」
「ふふ」
 パフンと、頭を撫でて、宏も身体を洗い始めた。そういや昨日も、入ってないんだっけ。
 まぁ、1度ミッションに入ると、その内容にも依るが、10日や2週間、平気で風呂に入れない。だから、2週間野宿した邦彦が、特別汚いとは誰も思っていない筈だ。企業人としては失格だった、ってだけで━━‥‥。そうでもなきゃ、あの聖さんが、自分のスーツを貸したりしなかったろう。
「ねぇねぇヒロちゃん」
「ん〜?」
 カシャカシャとシャンプー中。
 暇らしい邦彦が腕を伸ばし、宏の実は逞しかった肩とか背中とか、太い二の腕を指先で撫でている。
「デザイン課のホープ須貝さんと部長の秘書の林さんは恋人同士なの?」
「ああ。そうだよ」
「ガガーンっっ!」
「何だ、その効果音わ」
「衝撃の事実を知った音」
「はぁ?」
「だって‥‥そうなのか‥‥。嘆く女子社員達の姿を想像すると笑えるけど、黙ってよっと」
「オープンな関係だぞ? 一緒にお昼摂りに行くそうだし、朝は何か儀式があるらしい」
「にゃ?! 儀式とは何なのにゃっ」
「知らないのにゃ」
「にゃん。でも、黙ってよ」
「ま、吹いて回る事じゃないわな」
「そうだけど、そうじゃないにゃ」
「じゃ何」
「俺が根掘り葉掘り訊かれる事になるにゃ」
「そうかにゃ」
「そうにゃ。だから、内緒にするにゃ」
 疑問解消。そうか。あの2人、出来ていたのか。林さんも、大人の魅力よね、と良く判んない理由でモテていたから、ダブルショックだろう。
「猫、好きなのか?」
「にゃん」
 頭洗いながらポンッと言われて、お湯に浸かったままでちゃぷちゃぷしながらホイッと答えた。
「そうか。じゃあ、思い切って引っ越すかぁ。もう一部屋あって猫が飼えるトコに。な?」
「にゃ?」
「ココはペット禁止なのにゃ」
「にゃん。良いにゃ。世話が大変にゃ。俺、不器用にゃ」
「独りぼっちだと淋しいだろう?」
「にゃ? 独りぼっち? にゃんで?」
「俺が出張に行った時さ」
「にゃん」と鳴いて、顔の半分迄沈んだ。そして、勢い良く顔を上げる。
「ヒロちゃん!」
「ん〜?」
「ここは賃貸?」
「否。分譲」
「何年住んでるの?」
「ん〜と‥‥10 年‥‥11年目」
「じゃ、ここが良いにゃ」
「どうして? お前も書斎、欲しいだろう?」
「今じゃなくても…まだ平だし」
「しかし、早い方が良いぞ、こう言う事は」
「何で?」
「いざ書斎が必要になってからじゃ遅かろう」
「そうにゃ?」
「そうにゃ」
「う〜ん…」
「何が嫌?」
「留守番するなら、にゃんと2人で新しいお家の匂いのする部屋でより、独りでもヒロちゃんの匂いのするこの部屋の方が良いにゃと思っただけにゃ」
「可愛いにゃ♡ ちゅう♡♡」
 触れるだけのキスをして、宏はツーシャン目。
 邦彦の言わんとする事も判らんではないが、ファイブカードの一翼、スペードのエース事、十人衆No.1の八尋智(ヤヒロサトシ)課長の下に居るから、邦彦はそれなりに期待されているのだ。書斎の共有なんて出来ないし、PCの共有も無理。早易々とは解けないロックをしているが、どう言う弾みで解けるか判らないじゃないか。重要な事はSDカードにメモリして、ある場所に隠してあるけど‥‥。
「ココは1人暮らし用に買ったマンションだから、クローゼットが狭いんだよなぁ〜」
「にゃにゃ?! ウソにゃっ。広かったにゃっ!」
「お前のスーツも吊るされる事になるんだぞ。足りないだろう」
「にゃあ? 今日、10年分くらいのスーツ買って貰ったにゃ」
「バカたれ」
「にゃぁっ」
「お前は企業の顔、営業マンなんだから、身嗜みにも気を配りなさい。折角、土台は良いんだから、ま、次の休み、俺が使ってるテーラーに連れてってボディ作って貰うようにするけど」
「にゃ? お寺に行って何するにゃ? 座禅?」
「洋服屋さんに行って、お前本人が居なくても服が作れるように、お前の胴形を作らせるの」
「するとどうにゃるにゃ?」
「すると、そうだなぁ〜‥‥お前はまだペーペーに毛の生えたようなもんだから、ワンシーズンに5着くらいで良いかなぁ」
「にゃ? 5着?」
「ん。5着新調すんの」
「にゃにゃにゃ!! 3ヶ月に5着も新調出来る程、貰ってないにょだ! だから、無理にゃっっ」
「お前に出せとは言ってないよ」
 コンディショナー馴染ませ中。
「にゃあ?」
「お前の給料は、お前の小遣いにしたら良い」
「生活費は入れるにゃ」
「良いよ。俺の方が多く貰ってるし」
「と言っても係長なのにゃ。ウチの係長は、家と車のローンで首が回らないよ〜と、溢すにゃ」
「あらそう。俺、ローンはないが」
「にゃにゃにゃ! おかしいにゃ? ヒロちゃん、毎月いくら貰ってるにゃ?」
「固定給が8千万で+αが…はっ」
「8千万? 元? ペソ?」
 危ない危ない。流れのままペロッと喋るトコだった。毎月、少なくとも8千万円、納税対象外の主収入がある事をバラすトコだったぜ。
「会社から給料として貰っている分はクニの所の係長と変わらんだろうが、それとは別に、副収入が2千万はある」
「にゃんで?」
「株やってるの」
「にゃにゃんと!」
「納得?」
「にゃ♡」
 シャワーでコンディショナーを洗い流し、パッと、首を下から上に振った。
「ヒロちゃん」
「ん〜?」
「又、一緒にお風呂入ってくれるにゃ?」
「勿論にゃ」
「にゃん♡」
「可愛いにゃんこだなぁ。俺はクニと言うにゃんこと暮らす事になったのかにゃ?」
「にゃん」
「そうか」
 コクンと頷いた邦彦と、額をくっ付ける。そして、2人で笑い合い、仲良く出た。
 身体を拭いた迄は良かった。が、2人共着替えを用意せずに風呂に入ったので、裸のままでクローゼット迄行かなくてはならなかった。
「あっ、クニ」
「はい」
「下は履くな。念の為に傷薬塗っとく」
「え〜? もう、腫れも引いたにゃ」
「念の為」
「にゃんっっ」
 怖かったので、手の甲で眼許をコスコスして泣いたマネ。怖いのは嫌いだ。ずっと怖い思いをして来たから━━‥‥。
「ん? 何?」
「今のヒロちゃん、怖かったにゃ。泣くにゃ。にゃあ〜んっっ」
「悪かった悪かった。でも、俺の心配も判ってくれよ」
「にゃん」
 よしよしと頭を撫でて、薬箱を取って来た。
 邦彦が、ひょっと中を覗く。でも、どれも市販薬じゃなかった。掛かり付けのお医者さんで貰ったのかなぁと邦彦は納得したようだが、これらの薬剤は、我が組織が世界に誇るシンクタンク、科学局の傑作ばかりだ。市販されれば苦しむ人も、何より日数が減ると思うが、元を取ろうとしたらバカ高くなる。恐ろしくコスパが悪いのだ。だから、市場に出回る事はない。そもそも、門外秘だし━━‥‥。
 一杯入ってた薬の中から、ブルーのキャップで傷とマジックで書いてある容器を取り出した。蓋を開け、少し指にすくう。で、手元を見詰めていた邦彦に後ろを向くように言った。今回は抵抗せずに後ろを向き、大人しくしている。
「滲みないから大丈夫だよ?」
「にゃ」
 身体に入っていた緊張が少し解けて、双丘の奥へと指を忍ばせた。確かに、腫れは大分引いている。
「良いよ」
「にゃ」
 邦彦が下履を履くのを待って、リビングに抱えて降りる。そして、手を洗いに行った。戻ると、居場所がなさそうに佇む邦彦が居た。そんな邦彦の右手首を引いて、大型TVのド真ん前に連れて行く。そして、そこのソファーにすわらせ、手にTVのリモコンを握らせた。
「少し良い子にしていなさい」
「お仕事にゃ?」
「ん」
「判ったにゃ!」
「早く片付けるから」
「にゃん♡」
 ちゅうしてくれて書斎に消えた宏を見遣り、TVも点けずに膝を抱える。
 邦彦に、TVを見る習慣はない。TVは父親と弟が見るもので、自分は見せて貰えなかった。見ていたとしたら母親が居た間くらいだろうが、出て行った母親の顔を思い出せない。思い出したいとは思わないけれど━━‥‥。だって、自分も母親に捨てられたのだから。だから、会いたいとも思わなかった。唯、幼稚園の頃の思い出がなくて、そんな心の空白があった。
「にゃ〜〜〜っっ!!」
 両肩をポンッと叩いたら、邦彦が本物の猫のような雄叫びを上げた。
「暗いぞ」
「俺、根暗にゃ」
「そうかにゃ」
「だから、ヒロちゃんの笑顔が好きになったにゃ。眩しかったにゃ。これも俺の妄想?」
「そう思うならそう思えば良い」
 邦彦が泣きそうに、眉根を寄せる。
 しかし、続いた言葉に救われた。
「一生醒める事のない妄想だ」
「にゃん♡」
「さぁ〜て、何を作ろうかなぁ〜‥‥」
「俺も一緒に行くにゃ!」
「おっと。そんなに勢い良く飛び跳ねて、大丈夫なのかにゃ」
「大丈夫にゃ。独りは嫌にゃ」
「ん。見ておいで」
「にゃん♡」
 で、宏の作った夕食を美味しいとバクバク食べて、気付いたら朝。
 ベッドに独りで、びっくりして跳ね起きた。昨夜、宏と一緒に入った彼の寝室のベッドの中だ。時計はないかと、辺りを見回す。すると、枕元に目覚まし時計があった。只今の時刻7時15分。瞬間的に、ヤバイと思った。メシを食う時間がないと慌ててベッドから抜け出て、昨日着てたYシャツを羽織りボタンを1個止めたらドアが静かに開き、エプロン姿の宏が入って来た。
「1人で起きられたか。食事の用意出来てるから、支度良いようなら降りといで」
 宏の住まいは、メゾネットタイプの高級億ション。1階部分にLDKとバス・トイレがあって、2階部分に2部屋、主寝室と書斎とトイレがあった。
「にゃん♡」
 ほっぺにちゅう。で、気付いた。
「これ、昨日着てたYシャツだよな」
「にゃん」
「ノリの効いている新しいのにしなさい。こいつはクリーニング屋さん行き」
 止めたボタンを外され、肩からも抜かれて持って行かれてしまった。スーツは良いよね、昨日のでも。けれど、ダイニングに入るなり怒られて、昨日買って貰ったスーツの中の1着に着替えて、朝食。
「うわぁ〜♡」
 食卓の上は一杯だった。朝からご馳走が並んでいる。お目々キラキラの邦彦。それを見て、宏も満足そうにしている。
「はい。ご所望のお弁当」
「にゃん♡」
 スーパーで選ばされた弁当箱なんだろうな♡
 お昼が待ち遠しいな♡
 愛妻ならぬ、愛夫弁当♡ 嬉しいな♡
「そうそう。これ、部屋のカードキー」
「にゃん♡」
「お前、方向音痴?」
「ううん」
「ふむ。まぁ、良いや。一緒に帰れそうな時は一緒に帰ろう。迎えに行くよ、3課迄」
「はい♡」
「お前、痴漢されそうだしな」
「うにゃっっ」
 機嫌良くにゃあにゃあ言ってた邦彦が、ひしゃげた声を出した。宏が考える。
「痴漢された事がある?」
 邦彦がコクコクと頷いた。
「どうしたの? それで。突き出した?」
「びっくりして固まったにゃ」
「ふむ。朝夕のラッシュは危険が危ない」
「通勤時間、どのくらい?」
「電車に乗ってる時間は30分かな。最寄り駅迄徒歩10分だから、1時間見てる」
「近いにゃ♡ 実家に居た頃は、1時間半掛かってたにゃ。最寄り駅迄チャリで20分」
「通勤だけで疲れるな」
「皆んな、こんなモンでしょ?」
「そうなのか?」
「もっと遠い人も居るにゃ」
「ひ〜」
 そんな話をしながら朝食を食べて、部屋を出る前にちゅう♡ そして、役所に寄ってから出社した。邦彦は俊に言われた通り住民票を1通取って、総務に行った。そうしたら、新しい社員証を発行してくれた。
「へへ♡ 香川…邦彦…♡ えへっ♡」
 首から下げている、真新しい社員証。名前の上をそっとなぞったら思わず頬が弛み、イカンイカンと顔に力を込めた。
「あっ、そうだ」と思い立って、田口部長に一言お礼をしようと52階に行った。忙しい方だから、伝言だろうと思っていたら、直接会ってくれた。
「有り難う御座いました」
 深々と一礼。
「塩梅良くやってくれ。お前には色々な面で期待してるしな」
「はい。頑張りますっ。失礼しましたっ」
 最敬礼して部長室を出る。それから、目に映った2人の秘書さんにもお礼を申し述べた。すると、恐縮されちゃった。
「では、失礼しました」
 ペコペコ頭を下げながらエレベーターに乗り込み、邦彦は居なくなった。秘書君2人は、やれやれと溜め息を吐いて仕事仕事。
 邦彦は、踊り出したい気分だった。仕事はバッチリやったが、待ち遠しかったお昼休み〜! お弁当を取り出し、カパッと蓋を開けてニンマリ。
 すっごい手が込んでるぅ〜♡ 旨そ〜♡♡ パクッ! モグモグ。ゴックン。うっまぁ〜い♡♡
「田尾さんてお弁当でしたっけ」
「今日からね。それから、もう田尾じゃなくて香川だから」
「え?」
「おいひ〜♡」
 お弁当組でも、社食や喫茶室に行けば快適なランチタイムが過ごせるだろうに、人が多いのが嫌だと考える者も居る。そんな奴は、邦彦みたいにデスクでお弁当を広げる事になる。3課にも何人か居て、邦彦以外は女の子。
 物言いたげな女の子の視線も声も、もう知らない。ヒロちゃんが俺の為に拵えてくれたお弁当だ。味合わないと罰が当たる。
 午後の始業。
 直ぐに八尋課長に呼ばれた。
 この人は田口部長の懐刀と呼ばれるくらいの切れ者で、仕事の出来る人だ。艶やかな黒髪は腰よりもまだ長く、背の高い女顔の優男。否々。その麗しい見目に憧れる女の子は数知れず。しかし、コソッとゲイ疑惑もある人だ。どうでも良いけど、そんな事。
「注目してくれ」
 静かな課長の声で、外回りに出て席を外している連中以外が、目を向けた。そして、田尾邦彦が故あって、今日から香川邦彦になった事を告げ、田尾宛の電話は自分、若しくは部長に回すよう言った。
 邦彦は、宜しくお願いしますと頭を下げて、電話に齧り付いた。今日は出社してからずっと電話している。自分の受け持つ企業の担当者に、苗字が変わった事を告げているのだが、必ず、婿養子になったのか? と、笑い混じりに言われた。なので、嫁養子ですと答えている。実際そうだし。けれど、笑い飛ばされていた。笑い飛ばした人達は、ウチの会社が同性愛擁護の会社だと知っているのだろうか━━‥‥?
 同じ日の終業時刻。
 電話ばっかで耳が痛い。喉がカラカラだ。
「田尾、呑んでこ〜ぜ」
「香川だっつーの。呑みには行かない」
「何でだよ」
「お前、野宿してんだろ? 加勢するぜ」
「お前は呑み代出さなくて良いぞ〜」
「要らない」
「何だとー? 人の親切を」
 ワラッと群がって来た数人が、ブーブー言っている。
「野宿してないし、もう」
「おろ。親と和解したか」
「親が変わった♡」
 本当の事を言ったけど、伝わらないんだろうなぁ〜。そんな事を思っていると、女の子達の小々波のような気配を感じた。何があったんだろうと思って首を巡らすと、3課では毎度お馴染みの宏が顔を覗かせていた。
「香川係長♡ 今日のこれからのご予定は?」
「特にはないけど、掃除、洗濯、炊事をやらないとね」
「あらん♡ 私に言って下されば、いつでもお伺いしますのに♡」
「気持ちだけ貰っとく。増えた家族の分だし♡」
「えっ? 家族が増えた?」
「うん♡ 可愛い子が増えた♡」
 ワラワラっと女の子に声を掛けられ、一見愛想良く答えている宏。その宏の言った、可愛い子を手前勝手に解釈。
「わんちゃんですか? ねこちゃんですか?」
「ん? ん〜‥‥。ねこ系」
「ねこちゃんですかぁ」
「可愛いですよねー♡」
「名前は?」
「邦彦♡」
「えっ?!」
 ペットが増えた家族だと思ったら、人の名前が出て来た。何、それ。どゆ事よ。ウチの邦彦君と関係あり? そういや、ウチの邦彦君は香川になったのよね? どゆ事?!
 女の子達がどよめいた。
 そんなの無視して、邦彦を探す。女の子達の影に隠れて、直ぐに見付けられなかった。気分が悪い。俺はゲイだっつーの!
「ぁっ! クニ!」
 宏が気分の悪さを表情に出したら、抱き付かれていた。
「ヒロちゃん♡」
「おっと。弁当食ったか」
「食べた! すっごく美味しかった♡」
「そりゃ良かった。帰れるの?」
「ん!」
「荷物は?」
「ぁっ! ヒロちゃんも〜」
「はいはい」
 何かマズイと思って抱き付いたから、手荷物を置いて来てしまった。宏の左手を引いて自分のデスクに向かい、鞄を持とうと手を伸ばしたが、その前に宏が持っていた。
「帰ろうか」
「ん」
 このまま帰れると思ったけど、怒りに震える女の子達が待ち構えていた。邦彦に群がってた野郎共は固まっている。
「香川係長。どう言う事ですか?!」
「何が?」
「ねこちゃん飼ったんですょね?」
「ねこ系な。てか、何で責められてるんだ?」
「何でって・・・!!」
「酷いです! 係長!」
「女心を弄んで!」
「女心なんて弄ばないよ? 女に興味ないし」
「えっ!」
「ふぅ。参ったなぁ。カミングアウトしてるのに知らないって何。迷惑だよねーこう言うの。被害者は俺の方だよ」
「まさかっっ」
「俺はゲイだ。そして邦彦は俺の嫁。手ぇ出すなよ、野郎共!」
 ああ。言っちゃった。明日からが思い遣られる。
 唖然とする同僚達を置いて、原宿の小さなジュエリーショップに寄った。何の用だろうと思ったらマリッジリングを頼んでくれて、指輪のサイズを測られた。嬉しいな♡
「お直しに1週間掛かります」
「はいはい」
 邦彦に贈るマリッジリングは、実は大分前から頼んであった。本人の写メも手の写メもイメージも伝えたし、趣味も調査済み。シメテ5億円。自分にはシンプルなプラチナのリング。
 傲慢だと思われようが構わない。
 邦彦は絶対、手に入れるつもりだった。
 死しても尚愛す…。若が美樹に贈った言葉と同じになってしまったが、良い言葉だと思い、イニシャルと一緒に掘って貰う事にした。
 共に地獄へ帰ろう━━‥‥。
 その1週間、楽しみに待てたけど、女子社員の噂好きには閉口した。そのエネルギーを仕事に費やせば、もっと評価されて給料も上がると思うな。もう少し真面目に仕事しようよ。その方が良いと思うな。お茶汲みとコピー取りしか仕事がない、と愚痴る前にさ━━‥‥。
 社内は又、大騒ぎになっていた。
 田口部長は高校生と婚約して泉原さんを愛人にしちゃう(と言う事になっている)し、更に香川係長がゲイだったとわ!
 噂話の中心、若い女の子達は知らないようだったけど、宏と同期前後から上は知っている事だった。なら、教えてやれよ、と思うのは宏だが、刺激が少ないので社内の噂くらい良いかと思っていた。だから宏も、マジには怒っていない。
 可愛い系のイケメン、田尾君を嫁にしたってマジ? と、邦彦が社内に居ると、わざわざ覗きに来る暇人も居た。さながら、動物園のゴリラ。
 1週間くらいじゃ騒ぎは収まらなかったけど、今日は特別な日なのだ。リングが仕上がって来る。外に出たらしい宏からmailが届いた。帰りが遅くなるそうだが、リングは忘れずに受け取って帰るとの事だった。
「ムフ♡」
 スマホを胸に抱き、会議に集中。
 この度、社運を掛けた(表会社仕様)3,000億超の大プロジェクトが立ち上がっていた。そのメンバーに邦彦も選ばれて、意気揚々。営業班だけで
展開図を話し合っていた。
 プロジェクトリーダーは八尋課長。サポートとして、香川係長と須貝チーフが加わるそうで、もう、この顔ぶれからして会社の本気度が伺える。
 5人1チームで3班。営業から智、邦彦含めて5人が1つの班。企画から宏含む5人で1班。更に、デザインから匠含む5人で1班の合計15人からなるプロジェクトだ。
「社運を掛けたプロジェクト、動き始めましたね」
「一応、それらしい業績上げとかねぇとな。別口での収入の方が身入りは良いが、そいつはシークレットだ」
「そうですね。車の準備が整ったようです」
 そう言った美樹は俊と一緒に部屋を出ると、役員用エレベーターに乗り込んだ。
 その同じ頃。課長は仕事が残っているからと言う事で、1万円をカンパしてくれて会議室で別れたが、もう3人の班のメンバーとは呑みに行こうと言う事になった。それで、18階から各階に止まりながら、うじゃっと玄関ロビーに出た。何か、久しく見ていなかった。少なくとも邦彦は1ヶ月と3週間振りの玄関だ。こんなんだったっけと、天井を見上げる。シャンデリアがキラキラしていた。
 地上58階建てだが、各階の天井がずっと高いので、高層ビル街のこの街の中でも、一際ノッポのビルだった。
 宏も帰りが遅くなると言うし、mailしたら、羽目外すなよ、と返って来てダメだとは言われなかった。ちょっと物足りないけど、折角、抜擢された者同士だ。親睦を深め合っても、得する事はあっても損はするまい。
 1ヶ月以上経っていたと言う油断があった事は認めるが、こんなにもしつこいものだったとは、その時の邦彦には予知出来なかった。
 4人で玄関を出て、社屋外に一歩踏み出すなり、訊きたくない、忘れてしまいたい声がした。
「兄貴! 待ってたんだぜ!」
 似合わない屈託のない笑顔で駆け寄って来たのは、今21歳の大学2年生の弟だった。1年浪人している上に、三流大学の補欠入学。父親に大学は出ろと言われて何とか引っ掛かった大学だが、定員割れ当たり前の私立校だ。ここでも兄貴と比べられたので、弟は邦彦の身体を傷付ける。
 邦彦の身体に、ビクッと力が入った。
「約束、忘れてないよね!」
「何だ。先約あったのか」
「遠慮なく言ってくれよ」
「じゃあ、呑み会は週間明けに延期。課長からのカンパはプールしておく」
「済みませ〜ん」
 本人のキャラにない好青年風の声色も、同僚達の姿が遠のくと変わった。
「ケツ、淋しかったろ、淫乱兄貴」
 卑屈な声でクツクツと笑っている。
 散々訊いて来た笑い声だった。
 声が出せない。誰か…ヒロちゃん助けて…!
 そのギクシャクしている邦彦を、大股でエントランスを横切っていた俊が見付けた。
 何してんだ? と悩む事5秒。俊の生体コンピュータが傍らに立つ青年の氏素性を弾き出し、と同時に、美樹に手短に説明して確保を命じる。
 美樹は俊の命令通り、あくまでもさり気なく、お待たせ、と言ってその2人の間に入った。
 邦彦が小刻みに震えている。肩に置いた手に伝わって来た。どんなに怖かったんだろう。
 弟が、美樹を排除しようと言葉を綴るが俊の太い声に消された。
 その声の太さにギョッとなる。
「積もる話は場所を変えてやろうよ」
 そこには、いつもの糸目の人が良い小太りで
チビで2枚目半と言う役どころを演じている俊が、笑い皺の消えない顔で立っていた。
 カクカクと、音でも訊こえて来そうなギコチない動きで、邦彦が視線を投げて来る。その、泣き顔の邦彦に、一つ、確かな頷きを返してやった。
 1人じゃ歩く事もままならない邦彦を、俊が半ば抱えるようにして、聖が不思議そうにしつつもドアを開けて待っているリムジンに一緒に乗り込んだ。そして、何も言わせないと弟に声を掛ける。
「お乗りよ。君らの家の近くに行くから、ついでに送ってあげるよ」
 俊の作る、対外対人用の人の良さそうな笑顔に騙されて、弟も乗り込んだ。
 よもや邦彦が、自分ら父子が邦彦にして来た性的虐待をコクッて、名前も変えて新しい生活を始めているとは思わず━━‥‥。
 バタンと、2丁目のない地獄の1丁目行きのリムジンのドアが閉まった。
 広いリムジンの中。所詮は小金持ちのバカ弟だから、リムジンなんて初めてだ。
 これが見納めだから、ゆっくりとご覧。
 まず寄ったのは某一流ホテルで、美樹が圭介を連れて来た。
「予定が変わった」
「じゃ、一緒に居られない?」
「否。居る所が変わった。ほら、皿うどん」
「ああ。あの汚いプールバー」
「ブランカに向かうんですね」
「ああ。ミキ、宏を呼び出せ」
 運転は聖だった。ドアが開いてた時に耳に入ったので、その確認。
「若。出ました」
 美樹からスマホを受け取る。
「宏くぅ〜ん♡ 特別なプレゼント用意してるから、とっとと切り上げてブランカに来い!」
“え〜〜〜っっ!!”
「晩ご飯は5人分ね」
“何スか? それ”
「俺とミキと圭介と邦彦とお前」
“はぁ”
「ブシャブシャ言わずに、さっさと片付けろ!」
“頑張ります”
 プチッと切り、今以てキョロキョロする冴えないブ男に目を向けた。そして、にっこり微笑み掛けてやった。これが偉く怖くて、弟は背筋を伸ばしてる。身体を小刻みに震わす邦彦は俯いたままで、右手を、俊のイメージとは違って硬い左手に包まれて見ていなかった。
「トシさん、良い漢♡」
「惚れ直したろう」
「うん♡」
 間もなく、邦彦の実家前だ。
 車が止まり、邦彦が大きく身体を震わせた。その肩を、俊が抱く。宏とは違う安心感。
 俊が美樹に指令を出す。家屋に居るショボくれたジジイを連れて来い。尚、手段は選ばない。
 邦彦の父親は、ものの5分もせぬ内に連れ出され、リムジンに乗り込んで来た。
 多分に、美樹の見てくれと物腰の柔らかさと、口調の丁寧さに騙されたんだろう。よもや二男が、凍り付いているとも知らず━━‥‥。
「こりゃ凄いのぉ」
「初めまして、お父さん」
 俊の地を這うような低くて野太い声に、物珍しげにキョロキョロしていた小汚いジジイが、ゴクッと音を立てて生唾を飲んだ。そして、二男同様背筋を伸ばしたが、圭介は夢見る夢子ちゃん。
「トシさん、今の声で僕の名前も呼んで♡」
「無理!」
「何で! ケチ!」
「仕方ないだろ。お前の事憎くねぇもん。愛しく思ってるもん」
「狡い〜! キスして♡」
「ん」
 カタカタ震える邦彦は離せなかったので、圭介に寄って貰ってのキスだったが、本人は余り気にしてはいなかった。
「ん〜とぉ。トシさんはこの、僕が一番嫌いな成り金タイプの小汚いジジイと汚い男が憎い訳ね?」
「うん。俺様の可愛い部下を手籠にし、父子で犯りたい放題しやがった不届き者共だ」
「ふ〜ん。じゃ、処分しよう。僕がやるよ。簡単だよ。少し金積めば、汚れ仕事を請け負ってくれる奴なんて五万と居るから」
「要らね。自分でやる。と同時に、お前に心丈夫になれる御守りも持たせてやる」
「なぁに?」
「そいつは着いてからのお楽しみだ」
「判った。色々妄想する♡」
「ふふ。心配すんなクニ。直、宏が合流する。お前には少し早いような気もするが、いずれ知る事だから」
「━━‥‥部長」
 やっと声が出せた。
「今はトシだ」
「とし?」
「ずっとトシさんじゃん」
「お前らとはなぁ〜」
 憎まれ口も可愛い。プーっと膨れている圭介に、笑い掛ける。
「フィアンセには何て呼ばれてるの?」
「シュンクン」
「ぶはっ! おかし過ぎる! 傑作だ!」
「張り倒そうかと思ったぜ、初めて呼ばれた時」
「その時のトシさんの顔を見てやりたかったね」
「煩せぇ」
「でもぉ、外務省事務次官の娘だったと」
「そそ。便宜も図ってやったから婚約」
「何か、弱味握ってるんだ」
「たまたまなんだが、俺の部下とお義父さんがゲイの仲で、チョチョチョイさ」
「なる程。釣った魚はデカかったんだね」
「予想よりな」
 そんな事をくっちゃべり、ダラダラしていたら到着した。
 いつ来ても小汚い店だ。俺らが使うから潤っている筈なのに、建て替えの話は出ない。初めての邦彦は、圭介と一緒に先に入らせた。そして、宏へのプレゼントの2人は、美樹と聖で連れて入り、俊は一番最後に入って来た。
「聖は上がって良い。車も要らね。実家(ウチ)の兵隊に、本社に置いてある俺の車、そうさなぁ」
「ジャガーが良い」とは、圭介。
「持ってるけど、本社には置いてねぇよ」
「何あるの〜?」
「ラ・フェラーリ、ベンツAMG・GTR、アウディR8スパイダーV10」
「フェラーリ」
「だと。伝言宜しく。良い週末を。犯り過ぎに注意しろよ〜。じゃ、月曜日」
「若っ!」
「たっくんによろよろ〜」
「そう呼んで良いのは私だけなんですぅ!」
「はいはい。さっさと帰ぇれ。源ジイ! 宏が来たら店閉めろ。今夜はパーティーだ!」
「パーティー? 何の?」
「ん〜と‥‥香川夫々の結婚パーティー」
「わ〜おめでたぁ〜い。言ってくれればお祝い用意したのにぃ。でもって、香川夫婦は?」
 圭介が、ワーッと手を叩いた。
「花嫁のクニで〜す♡」
「わ〜、おめでとう♡ ほんで旦那は?」
「まだ来てねぇ」
「ダメじゃんっ」
 圭介は、俊の左側の隅に収まっている。
 邦彦は美樹と並んで、俊達2人の向かいに座っていた。そして、先に連行されたクソ父弟の2人は、身体の自由と声を奪われている。けれど、気配はするのだ。背後の空気が少し揺れるだけで、背後から唸りが上がる度に、邦彦が緊張する。
「クニ」
「はい!」
 さっき迄の戯けた調子ではなく、ちょっとマジになって声を張ったら、邦彦の背筋がピシッと伸びた。その拍子に、震えも止まる。
「大丈夫だ。お前には宏が居る。俺も構えてる。安心しろ」
「はっはい」
 邦彦がホゥッと大きく息を吐き、それを見て酒を持って来させた。宏が来る迄呑んで待つ事にした訳だが、宏が来たらまず、厨房に入って貰い5人分の夕食を作らせる。なので、つまみは乾き物。持って来てくれたのは、バイト君。
 平静を装う邦彦だが、チビチビと呑めるくらいの余裕は生まれたようだ。
 呑み始めて3時間。もう、21時が回っている。
 そこに、宏がやっと来た。カラコロと、間抜けたカウベルが鳴った。俊が怒鳴る。
「おっせぇよっ! 4人して餓死するトコだったじゃねぇか!」
「すんませ〜んっっ。リング取りにサラマンダに寄ったら大回りになって」
 入って来た宏を、俊が憮然と待っていた。
 その宏の脇を擦り抜け、源ジイが店を閉めに行った。バイト君2人はここ迄。
「お先します」
「お先です」
 今夜はお客さんが多いと思いながらも、一言挨拶に行った。すると俊に手招かれて、いつものように、日当より多くの小遣いを貰うのだった。
「何のリング?」
「俺とクニのマリッジリングですが」
「旦那さんが来たよ! クニ君」
 いくらチビチビでも3時間も呑めば、グラスの1杯や2杯は入っている訳で、ウワバミの宏に付き合える程に酒には強い邦彦でも、空腹時の飲酒は結構回る。そんな邦彦が、圭介に振られてコクッと頷いた。が、我慢もこれ迄と丸椅子から立ち上がり、宏に抱き付いて泣き始めた。
 訳判らんのは宏だ。取り敢えず、泣きじゃくるシンデレラを抱き締めて、救いを求めるかのように俊に視線を投げた。若はグビグビと呑んでいるところで、情人と恋人の2人も連れてる。思わず良いなぁ、とか思っちゃったけど、今の自分には関係ない話だ。3年間想い続けたシンデレラをGETしたばかりである。その、泣き咽んでいるシンデレラ、邦彦を何とかしよう。
 一度しっかりと抱き締めて、瞼の上と唇にキスを落とした。
「ヒロちゃん」
 邦彦の、まだ潤んだ瞳が宏を見詰める。
 うん! 可愛い♡
 このままの流れでDEEP Kissだろうとやり掛けたが、それを阻む俊の太い声。
「さっさと作らねぇか!」
「はーい! クニ、若の側で良い子にしてろ」
「ヒロちゃんは?」
「晩ご飯作るよ。判りた?」
「うん」と健気にも頷いて(宏ビジョン)、邦彦は元の席に戻った。
 宏は上着を脱ぐと皺にならないようにハンガーに掛け、フルオーダーのブラウスの袖口を捲り上げながら、足早に厨房に入ろうとした。すると、若に怒られちった。
「周りを見回せっ!」
「え〜? こんばんは、圭介さん」
「こんばんは〜。お腹ペコペコだよ〜」
「はーい」
「何挨拶してんだっっ」
「圭介さんにですけど。美樹、ばんわ」
「宏。ちゃんと見ろ」
「ちゃんとって言われても。何スか? まさかとは思いますけど、この汚いのの事ですか?」
 圭介に愛想の良い笑顔を向けたら怒られて、残すは避けていた縛り上げられている汚いの2匹。
「この汚いのは、結婚祝いだから」
「え〜〜〜っっ! 要らないっスよ、こんなべべっちいの」
「クニの親父と弟でもか」
「えっ?! コレらが」
「どうする?」
「有り難く頂きます」
 宏の静か過ぎる一言に、邦彦はゾワゾワしていた。怖かったのだけど、恐怖とは違う何かに興奮する。チンコ、勃っちゃったよ〜。
 宏の瞳の奥に宿った仄暗い焔の揺らめき。それで睨まれた哀れな生贄は、ガタガタ震えてる。
 宏は、一瞬出た魔物の顔を引っ込め、せっせと夕食作り。まずは、簡単に出来る油揚げを使ったおつまみで時間稼ぎ。邦彦を呼んだがテント張ってて歩けない。それを恐怖と受け取った美樹が代わりに運んでくれた。
「悪いな、美樹」
「とんでもない。邦彦君、頑張ったんです」
「うん。判ってる」
「褒めて上げて下さい」
「そうするよ」
 鶏肉とカシューナッツの炒め物、ナポリタン、ポテサラ、中華風コーンスープ。コンロ3個共使って時間を見計らいながら作ったから、ほぼ同時に完成。一品運んでく度に、おおーっ! とか声が上がる。何遊んでるの? 若達━━‥‥。
 後片付けも終わり、やっと宏が厨房から出て来た。その手には、自分のロックグラス。
「はぁ。あや? 食欲ないか?」
 宏が来ると美樹が立ち上がり、空いた席に宏が座った。美樹は戸惑ったけど、手招かれるままに、俊の右手側に座る。良いのかな、利き手側を塞いじゃって。ま、若は両利きだけど━━‥‥。
「ヒロちゃん待ってた」
「そか。じゃあ食べよう」
「にゃあ」
「よしよし」
「ごろごろ」
 顎の下をコチョコチョすると、可愛く鳴く。暫くあやしてやって、頂きます。
「お食べ」
「にゃっ。頂きま〜す♡」
 今夜も邦彦は、バクバク食べてくれた。幸せ♡
「美味しかったにゃ♡」
「そうかにゃ」
 にゃとか言い始めた時、圭介が不思議そうに訊ねて来たが、唯の述語です、と答えたら美樹に迄引かれた。
 えっ! 何で? こんなに可愛いのに! は、旦那の欲目だと思う。
 食後の食器類を洗って、宏と美樹が戻って来た。邦彦は不器用だから役立たず。圭介は勘違い入ってて役立たず。若は別格。そぉいう消去法。
「で? コレらは拉致ったの?」と若に。やっとこさ結婚祝いに話が振られた。答えは美樹からもたらされたけど━━‥‥。
「玄関で張ってたぁ〜?! 捨てられたんだって気付けよ、バァ〜カ。あっ! そうだった!」
 縛り上げられている2人に蔑みの視線を送り、大切な事を思い出して立ち上がった。そして、リングケースを持って来る。
「仕上がったマリッジリングだよ」
「にゃあ♡」
「今、はめてやるな」
 そう言って邦彦の指にリングをしようとしたら、マッタを掛けられた。
「ダメダメ。そんなんじゃダメだよ」
 マッタを掛けたのは圭介で、彼は自分の式を思い出しながら神父のマネ事をした。宣誓も誓いのキスもやった。そして、指輪の交換。ヤンヤと囃し立てているのは俊だが、拍手も一杯してくれた。勿論、美樹も。1番冷静なのは宏で、もう4人は良い感じでアルコールが回っている。宏も、結構なハイペースで呑んでいたがウワバミなので。
「ヒロちゃん、キスしてぇ」
「おっ? どうした?」
「さっきからずっと、チンコ勃ってるの。キスでイカせて〜」
「くくくくくっ。そいつは良い。ミキも圭介も脱げ! ケツ犯ってやる。クニも犯って貰え! お前は宏の物だって、判らせてやれ!」
 そう言う意味ですかと納得した宏が、邦彦に脱ぐように言った。けれど愚図愚図と躊躇っていて、それで命令した。すると感じちゃって、脱ぎ始めた。それを見ていた圭介が、良いなぁと思い、ネクタイに掛けていた指を離し俊にねだって命令して貰った。圭介の目がトロリと潤み、身の内の魔を解放した。それを鋭く感じ取り、邦彦が身体を震わせる。そして、本人さえ自覚のなかった身の内の魔を解放させた。俊と美樹と宏は、言わずもがな魔物だ。
 絶賛狂乱の宴開催ちう。
 魔王には2匹の魔物が擦り寄っていた。片方の尻には極太バイブがハマっていて、誰も気付かなかった。
「美樹! そんなの入れてたのか?!」
「はい。はぁ、若ぁ〜」
 邦彦どころじゃない。辛くて辛くて。でも、1発目は犯ってくれないんだろうなぁ〜、と思ったら当たった。自分でやれ、とか言われちゃって、急遽、美樹のオナニーショー。それを、綺麗だなぁって思って、邦彦は見ていた。圭介は見ずに、魔王のペニスを、しゃぶり回している。
「クニ!」
「はい!」
「クソ2人の前で犯って貰え! こんなに宏の物なんだぞって判るくれぇに!」
「はーい! ヒロちゃん♡」
「ん♡」
 唯怖かった父と弟の前で、宏に抱いて貰った。もう、怖くはない。だって宏が居る。
 酒が入っているから早々イキャしないのだが、膝に邦彦を落としていた宏が気付いた。
「勃ってるぞ、こいつらのチンコ。だろうなぁ〜、クニのケツは具合いが良い」
 わははと大笑いしたら、俊が圭介を串刺しにして見に来た。で、どれどれお宝拝見、とか言ってチンコを外に出して大爆笑。何々? そんなに面白いのぉ〜と、美樹もバイブを入れ直して見に来て、3匹の魔物大受けちう。
「これなら、ある意味、恐怖かもな」
「それで、18年も犯られてたのに跡がなかったのかぁ〜」
「ん〜?」
「クニのアナルはサーモンピンクっスよ♡」
「言ってやがれ」
 喋りながらも犯ってはいるのだが、直ぐに興味を失った。が、ズンと突いたら圭介が悲鳴を上げた。びっくりは魔物3匹と邦彦。
「どうした」
「もうイッちゃったよっ、この人達っ」
「あれ。戻っても余り大きさが変わらない」
「イヤぁ〜っっ! 二擦り半なんて、妖怪ジジイ共だけで沢山〜っっ!」
「おお。俺様の圭介も怖がっとる」
「威力抜群ですね、この粗チン」
「短小早漏なんて、漢じゃないですよね」
 バイブを出し入れしながらの流し目。すると、ムクムクと粗チンがちっとだけ大きくなった。
「ひゃ〜っっ! 本当の粗チン。信じられなぁ〜いっっ! ちょっと若ぁっっ!」
「ん〜? 何だ?」
 俊の左手を引き、そいつらの間で親指を立たせてみた。すると、美樹と圭介が揃って悲鳴を上げ、2人して俊にしがみ付く。
「トシさんの親指サイズっっ!」
「今この場で僕が引導をっっ!」
「コラコラ。それは宏に任せて。それに、その極小サイズだったから8歳で挿ったんだろ? 犯られた後の痛みだって、3〜4日便秘してクソした時並みじゃねぇのか」
 ん〜と‥‥と考えていた邦彦が、ああっと思い当たった。納得出来たらしい。
 唯怖くて痛くてまともに見た事のなかった父と弟のペニスは、慣れる程は見ていないけど、愛する宏と比べたら、まぁびっくりする程にお粗末なモノだった。こんなのが怖かったのか? ホント、物を知らないなぁ〜。なんて事も思ってみて、宏にしがみ付いた。
「こいつら殺して」
 静かな言葉に、宏が薄ら笑いを浮かべて頷く。
「どうしてやりたい? お前の望みのままにしてやる」
「切り刻んで」
「判った」
 ちゅうっとDEEP Kiss。で、宏も俊も2発イッた。宏は邦彦に2発だったけど、俊は恋人と情人に1発ずつだ。
 俊は美樹と宏に、今夜の生贄2匹を、地下に連れて行くように言った。その美樹と宏が戻ってから、俊は圭介の肩を抱いて、宏は邦彦と手を繋いで、地下の薄暗い部屋に入った。
「さぁ、ショーの始まりだぁ〜」と俊が言うと明るくなり、繋がれている父と弟の姿が目に入った。が、もう、肉親の情などない。
「クニ、声訊きてぇか?」と俊に訊ねられて頷いたら、美樹が猿轡を取った。途端に騒がしくなる。何処そこ組の幹部と親しいから、今離せば制裁は与えずに居てやるとか言ってる。どうも、自分らの置かれている状況が判ってないようだ。
 俊はゲラゲラ大笑いしていた。
 この状況で、五体満足でココから出られると考えているのか? おめでた過ぎる。愉快愉快。
「宏!」と呼び掛けて投げ渡したのは、ここに置いてある俊の愛刀。人を切った後は、源ジイが研いでいる筈だ。
「お借りします」
 それを受け取った宏の声色が、いつになく低い。ゾクゾク…ゾクゾク…。
「クニ、何処を切り落とそうか」
 スラリと刀を抜くと、白刃が鈍く煌った。何十人もの人間の血を吸って来た刀だ。一種独特の威圧感がある。
 それを見て、綺麗だと邦彦は思った。
 親父の方が、ヒィーッと声を上げる。
 真剣だと判ったのだろうか? それとも、自分らの命が風前の灯だと悟ったのか? 何を思っても、もう遅いが━━‥‥。
「何処が良い?」
 優しい宏の声なんだけど、ゾクゾクする。
「何処でも良い?」
「ああ。何処でも良い」
「チンコ!」と、邦彦が叫んだ。何処でも良いならその他なんて考えられない。美樹と圭介も頷いている。許さぬ粗チン父子。
 こんな小せぇの行けるかなぁ〜、などとほざきながら、宏がニヤリと笑った。これの怖い事。思わず失禁。チンコも項垂れている。
「きったねぇ野郎共だなぁ〜」
「早くやって」
「おう。頑張ってみる〜」とノリは軽いが、振り下ろされた刃は冴え渡っていて、邦彦を長年苦しめていた粗チンは切り落とした。すると、おお、とか拍手が上がった。えへん、と威張ってみる。
 ひしゃげた悲鳴を上げ、早く医者に連れて行けと、命令口調。今ならまだ繋がる。そんなに邦彦が欲しいならくれてやるから早く解放しろ、と喚いている。
 まだ、判ってないのかなぁ〜?
「次は?」
 親父の声なんか無視して、邦彦のリクエスト通りに、スパスパ切断して行った。すると、あっと言う間に四肢のない骸が2体、出来上がっていた。
 立ち込める血の匂いに、邦彦と圭介はラリっている。間違いなく、こいつら魔物だ。
「これが、僕の新しい御守り?」
「ああ。有効に使え」
「うん♡」と、大きく頷いた圭介も、親父と弟が嬲り殺されているところを平然と見ていた邦彦も、とっくに酔いは醒め素面だったけど、今起こった事に疑問は抱いていなかった。
 この後、それぞれ帰るのだが、明けた月曜日に金曜夜の惨殺ショーを引き摺る者はない。圭介はジジイ転がしに精を出していたし、俊と美樹はいつも通り忙しい月曜日を過ごしていたし、宏も順調に仕事をしていた。そして、魔物デビューした邦彦は、女の子達の被害妄想にウンザリしながらも外回りに向かった。その表情がいつになく精悍なのに何人かが気付いたが、女の子達は一事が万事、宏と結び付けて考えキリキリしていた。
 愛は地球を救う━━‥‥?

《終わり》

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