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ハーモニーアダルト文庫『芸能部』

作:平 和 (たいら なごみ)

「えっ?!」
「今日付けね。よろよろ」
「ボス! 否っオーナー!」
「良いじゃねぇか。好いた相手と四六時中一緒なんだぜ。寧ろ、感謝して貰いてぇなぁ」
「正直に仰って下さい。嫌がらせですね」
「うん♡ ファイブカードのお前が、四六時中一緒なんて不可能だもん♡」
「て事は、お邪魔虫も付くんですね」
「うん♡ 仕事の出来る才女だよ。翔と同じく眼鏡掛けてるけど、取ればきっと美人! のような気がしないでもないような気がする」
「ブスなんですね」
「それ、セクハラだよ〜、玉置君」
「何処の部署に居た者ですか」
「営業3課。女子じゃ1番の成績だって」
「て事は、若の発案ですね」
「うん♡ それに俺が乗っかった。良いじゃねぇか、良いじゃねぇか。もそっと喜べや」
「嬉しくありません! 失礼します!」
 そう言ってオーナー室を出た翔は、ムカッ腹立っていた。洸のバレンタインコンサートの開催とピアニストとしてのバックアップをしてくれると言われた時は、涙チョチョ切れる程嬉しかったけど、今日の呼び出しで腹の内が読めた。あいつら(ボスと若)、私と洸で遊ぶ気でいる。大体、芸能部作るからそこの責任者になれってぇ辞令が、ふざけている。所属タレントは前田洸1人で、これ以上増やす予定もないと言う。
 配属される事になった営業3課の何とかってぇ女も、大した使える奴じゃないんだ。それなら、自分に一任してくれた方がどれだけ助かったか知れない。洸とのラヴシーンは全社的に有名な話なので、その女も邪魔はしないと思うが、女ってぇ生き物は、ある瞬間無神経になるし無頓着になる。だから、用心に越した事はない。
 34階の会議室の一つを空けてくれて、とっとこ事務所の体を成して行く。本社代表とは別になる電話もFAXも引かれて、真新しいPCとデスクが3台。それとは別に1脚、豪華なソファーが来た。どうやらそれは、洸の椅子のようだ。その他に応接セットに本棚ロッカーなども、運び込まれた。 
 で、一通りのモノの配置を翔が決めてから、部下に当たる営業3課の仕事は出来るらしい女が、又、勘違いした格好で現われた。
「玉置部長ですね。私(ワタクシ)、直江由美(ナオエユミ)と申します。芸能部と言う事で、お洒落してみました。いかがでしょう〜」と言ってクルンとターンしてくれたが、頭はボサボサのまま、彼女のトレードマークの瓶底眼鏡はしたままで、スタイルは良いようだがその厚化粧は頂けない。ついでに、大枚叩いたのかも知れないが、ワンピースドレスに着られている。更に、ハイヒールで歩いた経験が少ないのか、足元が既に危うい。
「直江君。君は花の営業3課で、女性ではトップの業績を納めていたと訊くが」
「まっ、そのように言われていますが、当然の結果ですわ」と、眼鏡を上げて得意気になった。
「君程度でトップに立てるとは、営業3課の女子は大した事ないな」
「部長、それはセクハラです」
「セクハラなら私も受けたいますっ。何ですか、その見苦しい格好は。履き慣れないハイヒールで歩けるんですかっ。仕事を取りに歩き回るんですよっ!」
 誠に珍しく、翔が不快感を表情に現わし、声色を硬くした。途端、泣き始める女。これだから女って嫌なんだ。素直に己の非を認めろっつ〜の!
「泣くなら元の部署に戻って下さい。君は必要ない」ときっぱり言い切ったら、由美はヒールで痛む足を引き摺りながら、部屋を出て行った。
 それを戸口で見送り、キョトンとしていたのは大学休んで訪ねて来てた洸で、何故か匠も居る。
「ココが新しいプロダクション♡」
「ああ、そうだ。タレントはお前だけだが」
「えっ! そうなのっ?!」
「目下のところ、拡大する予定はないようだ」
「うわぁ〜っっ。採算取れるの?」
「充分な利益は上げている。これは上の趣味だ」
「ふっふ〜ん」
「で? どうして匠が居る?」
「今日付けで芸能部に移動になりました、須貝匠です♡ 宜しくお願いします♡ で思い出したけど、泣きながら足引き摺ってった醜い女、直江由美だよね?」
 テヘッと笑いながら自己紹介してくれたが、こりゃ翔にと言うより洸に言ったものだ。
「可哀想に。慰めて」
 と言った洸に、焦って遮る。
「やらなくて良いから!」
「でも、同じ所で働く人なんでしょ?」
「成り行きっつ〜か、厄介払いでねぇ」と、匠が呟いた。
「厄介払いって何だよっ」
「トータル的に安定した業績を上げてる3課だから白羽の矢を立てられて、業績は課内女子の中ではトップだったけど、その反面クレームも多くて。二言目にはセクハラ」
「私も言われた」
「何したのっ翔さんっ」
 洸の声が責めるので、ゲロする。
「余りに酷かったので本音がポロッと」
「ブス?」と、匠が言うと、首を振られた。
「いいや。醜い」
「お〜‥‥そのものズバリ」
「何言ってるの、2人共!」
「ん?」
「お?」
「女の子は魔法が使えるんだよっ?! ちょっとした事で、すっごく可愛くなるんだから♡」
「お前だけしか可愛くない」
「ゔっ」
「じゃ、俺たかちゃん♡♡」
「それに、土台にも依るぞ」
「言えてる。デブス死すべし」
「何かあったのか?」
「まぁ。過去の話だけど、ホモ狩り事件で」
「覚えている。確か1人行方不明に。それがデブスって話だったけど」
「すんごいの。あ〜〜思い出したくないっ!」
「思い出さなくて良いよ」
「デブスって言葉、嫌いだ俺」
 会話に割り込んだ洸に声にギョッとなる。
「ぽっちゃりしてて個性的なだけじゃん」
「違うよ、青年。経験値が足らんね」
「それはお前が世間を知らんから言える台詞だ」
 2人同時に言われ、洸がタジった。
「いやさ、ご同輩。何かありましたか」とは匠の台詞で、訊ねられた翔はシレッと真実を述べた。
「リストラしたから他人になったが、威力抜群なのが居てね」
「ほほう」
「この通りに書類を書けと言えば創作する」
「ふん」
「計算ミスは日常の当たり前だからやらせられない」
「ありゃ。経理で計算ミスは痛いわぁ」
「そう。だから、使い用がなくて困った」
「お茶汲みとコピー取り」
「お茶煎れさせれば湯呑みに茶葉を入れる。コピー取らせれば、扱いを覚えられずに最終的に破壊した」
「うおっ! それでデブスって救われないっ」
「そうそう。ドスドス足音しそうだったし」
「あはは〜」
「そう言うご同輩はどう言う経験を? 行方不明者に関係あり?」
「三郎さんが連れて来た妖怪です」
「ひょっとして、林伸子?」
「妖怪の名前なんて覚えないですょ」
「アレもリストラされたのかなぁ?」
「俺がマジ切れしたら、三郎さんが始末しました」
「そうか。ウチの会社、防音の部屋あちこちにあるからねぇ〜」
「ココもでしょ? こんな広い部屋にデスク3台と応接セットだけってのも解せないですけど。と言う傍からノックが。はいはい、只今」
 フットワークの軽い匠が出た。そして、
「なる。そゆ事」と小さく呟いたかと思ったら、ドアを両方共開けた。すると、グランドピアノが運び込まれ、調律に1時間掛けて初めの3人に戻った。ピアノの搬入で、洸の眼の輝きが変わる。この部屋で1番威張っているのが、このピアノだ。絶対、若の趣味だろう。
「わ〜い♡ ベーゼンドルファー♡ 弾いて良い? 弾いて良い?」
「お前のピアノだよ」
「え? 俺の?」
「その証拠。ハイ、どうぞ」
「何だ?」
「なぁに?」
 匠が差し出してくれたメッセージカードを洸が受け取り、翔も覗き込んだ。矢っ張り若の趣味だった。
「タグチシュン? トシさん? どっち?」
「戸籍上はシュンだが、通称はトシさん。我々は若。挨拶に行ったろう? この前行ったプールバーでは1番偉そうに呑んでた」
「ああ! 一見優しそうで実は怖かった人」
 ポンッと手を打ち、洸がそう言った。
「若は優しくなんてないよ」
「ですよねぇ。なんたって魔王ですもん」
 笑う2人はファイブカードの2人。洸が、ゾワッとしている。でも、直ぐに感じなくなった。
「弾いて良いが、電話中は弱くな」
「はーい。今は平気?」
「ああ」
「えへ♡ ベーゼンドルファー♡♡」
 洸が、指を暖めている。それを眺めながら、匠が思い出したように声にした。
「猛練習しなくて良いの? 部長」
「何で」
「コンサート間近なんでしょ」
「まぁな。でも、洸は天才だし、マイペースで良いだろう」
「そうなの? ま、良いけど。判んないから」
「お前、コンサート前だからって特別に練習してたか」
「ううん。練習は1日4時間を目処にしてる。コンサート前だからって特にやった事はない。俺、感覚派だから」
「と、本人が言うておる」
「そ〜か。何だって良いや。前田洸、かぶり付きなら♡」
「4時間な。それ以外は私とのイチャイチャだ」
「良いもん! 52階行くから!」
「それは困るぞ。2人しか居ないんだから」
「あ、そか! とと?」
「?」
「?」
 ガチャッと扉が開き、さっきの、ワンピースドレスに着られていたブスが、ひょいっと顔を覗かせコソコソと入って来た。一部始終見られているんだかコソコソもないもんだが、服装が地味なツーピースになり、靴も、ヒールがせいぜい3㎝のパンプスに変わっていた。
「先程は、お見苦しいところをお見せ致しました」
「だから、君は要らない。元の部署に帰り給え。ココに、君の居場所はない」
「今度はパワハラですね」
「訴えたければ訴えれば良い! 仕事の出来そうにない奴を切って何が悪い!」
 カチンと来た翔の強い態度に由美が怯み、ベーベー泣き始めた。益々不機嫌になり、怒りを表情に表わした翔を、本能的にヤバイと思ったらしい洸が、宥めすかしねこねこ甘えて自分に意識を向けさせ、その間に、匠が部屋から取り敢えず摘み出した。
「いつ迄泣いてる気だよ」
「あ〜んあ〜ん」
「良いけどな、別に。好きなだけ泣いててよ。君は、部長が要らないって言うんだから要らんわ」
「パワハラですか」
「だからさぁ、訴えれば良いじゃん。止めないよ、俺。部長も訴えろって言ってたよね。訊いてなかったの? あれ、勝てる見込みあるからこその発言だから。はい。さようなら」
「帰れませんよっ! 大見栄切って出て来てしまったのですからして、ワタクシ」
「知った事か! さようなら!」
 匠もピシャリと拒絶して、由美を廊下に残したままドアを勢い良く閉めた。
「どうなりました?」と、心配そうな洸に、
「捨てて来た」と返す匠だったが、
「回収して貰う」と言いつつピポパと内線。
「そこ迄やりますか」と呆れ気味の匠を一瞥したら、出てくれた。
“はい、八尋”
「使えないゴミが部屋の前に在ります。回収に来て下さい」
“えっ?! 翔さん?”
「はい。仕事にならないので宜しくお願いします」
“あのぅっ”
 何か言いた気だったけど訊かず、電話を切った。その2分後に、俊から内線電話。
“直江君が気に入らねってか”
「はい。とても」
“あらら。磨いたら光るかもよ?”
「磨きたくないです、あんなハラスメント女」
“ん〜っっ。使えるのよ、そこらの女より”
「使いたくありません」
“ん〜・・しゃ〜ねぇ〜なぁ〜、じゃあ命令”
「了解です」
“翔〜?”
「はい」
“使えるよ、ホントに”
「使いません」
“あ、そう”
 電話が切れ、匠が口を開いた。
「若?」
「ああ」
「了解したのは、在籍する事?」
「ああ」
「でも使わない、と」
「当たり前だ。あんな恥ずかしい奴を使えるもんかっっ」
「そうなんだけどね。あら? ノック」
 思わず3人してドアを見ちゃった。
 返事をしたのは部長の翔。
「どうぞ」
「失礼します」と言って入って来たのは智で、由美も連れていた。
「課長迄巻き込んで良いのか!」
 怒り心頭の翔を宥めるように、言葉を紡ぐ。
「否々。巻き込まれてはいません。唯ね、ウチの直江君が新しくお世話になる所だから、ちゃんとご挨拶しとこうと思って」
「ウチのだと思うなら、連れて帰って下さい」
「否々イヤイヤっっ」
「この部屋に居させてやりますが、何もやらせませんから」
「色々と、役に立つと思うんだけどな」
「ハナッから戦力外です」
「はらっっ。芸能プロダクションでバイトした事のある君の、底力を見せる時だよ」
「はいっ、課長っ」
「バイトって何年」なる匠の言葉に
「3年ですっ!」と得意気に言ったが
「本当は?」と言う翔の見透かしたような台詞で
「━━‥‥3日ですっっ」と事実を口にした。
「えっ?! 3年って言うから推薦したのにっっ」とは、裏切られた感のある智だ。これは困った。
「済みません済みません」
 由美は小さくなっている。
「フンッ。田口部長の命令だからこの部屋には居させてやる。但し、何もするな。電話は取らなくて良いし、お茶汲みとコピー取りもしなくて良い。朝9時に来て17時に帰るだけでサラリー貰えるんだから楽な仕事だろう。万が一、何かしたら叩き出す」
「翔さん。使えますって、本当は」
「経歴詐称しててですか? 信用出来ません。兎も角、使いませんから」
 八尋3課長の取りなしも虚しく、由美は置物としてのみ存在を許された。
 居心地悪そうに、ちょこまかっと椅子に掛けているだけの由美。翔は殊更はっきりと無視しているが、洸はそうも行かなかった。匠は我関せずで、タレント名鑑を見ている。
「普段、どんな曲聴くの?」
「えっ?」
「洸っ!」
「話をするなとは言われてないっ!」
「フンッ。好きにしろっ」
「誰が好き?」
「ジャニーズ系」
「じゃにーずケイってグループ?」
「ジャニーズって大手プロダクションがあるんだよ。男性アイドルグループを輩出するね」
「ふぅ〜ん」
 匠の説明に納得してみせたが、良く判らない。
「そのジャニーズ系で有名な曲って何?」
「さぁ。そこ迄は知らない」
「スマホで調べてみるか」とか言って、画面をタッチ。で、タレントと曲の多さにビビった。
「これ全部好きなの?」
「KinKi Kids…」
「きんききっずっとぉ〜。一杯あるねぇ〜」
 イヤホンで聴きながらポロンポロン。この辺が天才なのだが、1回聴いただけで弾けちゃうし、苦にもしない。そして、1回弾いたら自分のモノにしちゃう。
「わ〜ステキステキ♡」
「うん。女の子は笑った方が良いよ」
「いえっ。心にもない笑顔は醜い物です。私には必要ありません」
「う〜ん。ちょっと付き合って!」
「洸!」
「良いでしょ?! 2時間くらいで戻るよ!」
 そう言い置き、由美を連れて部屋を出て行ってしまった。
「ま〜ったくっ!」
「ブス好き?」
「じゃ私もブスかっっ」
「いいえっ! 会社を二分するクールビューティーですっ!」
「何だ、それ」
「それって?」
「判らんなら良い」
「え〜。翔さん、クールビューティーじゃん。美樹と並び称される♡ これに智さんも絡んで来てもう大変♡」と、楽しそうに言ったら、翔の
「詳しいな」と言う呆れた声がした。アバっと、匠が口を噤む。
「あ〜。俺、平社員に戻ったぁ〜」
「否。匠は主任だ」
「そ〜なの?」
「ああ。給料も上がる。表だが。くくく」
「あんな端下金。1回クラブに行ったらお終いじゃん。スーツ1着代?」
「そんなもんだなぁ〜。それも普段着」
「そうそう。ほで、具体的な仕事はぁ〜?」
「洸のリサイタルやコンサートの企画、立案、実行なんだが、バレンタインコンサート以降のスケジュールは全くの白紙だから」
「バレンタインがあるならホワイトデーもあって良いんじゃないの?」
「良いと思う! 会場、抑えるぞ! 電話掛けまくれ〜!」
「おー! 仕事らしくなって来た〜!」
 こう言う時、山下コーポレーションは大きな後ろ盾になる。少々の無理も通っちゃう。
「会場を先に取っちゃいましたけど、ディナーショーですねぇ〜」
「そうだな。ま、洸もチョコ貰うだろうし、そのお返し?」
「なるめど。ポスターのデザインは任せて♡」
「勿論。頼りにしてます、主任」
 会社でそんな話が出ているとは露知らず、由美を連れ出した洸は、まず自分が利用しているヘアサロンに連れて行き、そのバサバサの頭と化粧を落としたスッピンの顔を何とかしようと思った。
「あなた、猫っ毛なのねぇ。セット大変だわ」
「そうなの?」
「そうそう。ボリュームが中々出ないのよ」
「そこを何とか」
「任せて。カットの妙を見せるわよ」
「おお。頼もしい♡」
「デート1回ね♡」
「ごめ〜ん。マジモンの恋人出来たから無理〜」
「え〜っっ!」
「洸君に〜っっ!?」
「どんな女っっ?!」
「アタシが見極めてやるっっ!!」
「うおっ」
 いきなり騒がしくなり、洸タジタジ。
「連れて来なさい!」と言った先生に、
「あはは」と笑って誤魔化し、
「連れて来れそうなら連れて来るよ」と続けた。
 いくら翔が自分に甘くても、ヘアサロンに迄、一々挨拶しに来てくれないだろう。そう思って、洸はソファーの方で雑誌を見ながら待った。
「出来たわよ」
「え〜? うわっ! 由美さんシャンじゃん!」
「そっそうですか? 見えていないので何とも。私の眼鏡を」
「あちゃ〜っっ」
「え?」
 見違える程の美人だったのに、瓶底眼鏡で台無しだ。
「コンタクトにしよう! 次は眼鏡屋!」
「えっえっ」
 由美の細い手首を掴み、馴染みの眼鏡屋に向かった。洸はココで、カラコンを買っている。
「私、コンタクトは…その…少々…」
「大丈夫! 痛くないし怖くないし、世界が広がるよ!」
「え?」
 コンタクトの脱着の仕方からレクチャーされ、ワンデーが良いだろうと取り敢えず2週間分購入した。勿論、ここのお支払いも洸だ。
「ふわぁ〜。本当に世界が広がった」
「でしょう? 次、ブティック!」
「うわっ」
 ぐいっと腕を引いて、タクシーで原宿のブティックに連れて行き、1週間分、つまり7着のワンピースなどをカードで一括購入。
「このヘアスタイルにはどれ?」
「そうねぇ。このツーピースかしらん」
 それぞれのアクセサリーと靴も買ったので、身包み変身。
「まぁ、良くお似合いですよ」
「ステキステキ♡」
「どっどうもっっ」
「唯ねぇ〜」
「何?」
「ブラジャーが身体に合ってないみたいね」
「ランジェリー売り場には行けねぇ〜」
「あら、彼女じゃないの?」
「そのつもりで張り切って見立てたのに」
「違うよー! 俺ちゃんと恋人居るもん。この人は、新しいプロダクションの職員さん」
「何だぁ〜」
「そうなの」
「私で良ければ連れて行くわよ?」
「わっ♡ 助かる♡ 女性の下着っていくらくらいすんの?」
「ピンキリねぇ」
「ふぅ〜ん。良さげなの1週間分」
「はーい。って、お会計どうしましょう」
「お店から現金持ってきなさい。領収書でウチでカードで支払って貰うから。でしょ?」
「うん。現金、大して持ってねぇ」
「でしょうねぇ〜」
「どゆ意味」
「洸君の恋人は、洸君の金銭管理から入るわよね」
「うるちゃあ〜い!」
「くすくす。行ってらっしゃいな」
「あ、宜しく〜」
「はーい」
「あのっ」
「近所だから歩いて行けるわ」
「いえっそうでわなくっ」
 ズルズルと由美は引き摺られて行った。
 その頃の芸能部。
「こんなモンかな♡ 我ながら上出来♡」
「どれどれ。ふむ」
「恋人だから撮れるショットだね、この表情」
「それを外に出すのは心外だが、元がない」
「そゆ事ぉ〜。にしても遅いね? とっくに2時間経ったけど」
「主任、出来上がったポスターを印刷に回してくれないか」
「はいはい。社内で済むってのが便利だね♡」
「だからだろ?」
「ですね。行って来ま〜す」と元気に言って匠が部屋から出て行き、図らずも1人切りになってしまった。何気に立ち上がり、鍵盤を一つ二つ弾いてみる。おお〜♡ 憧れのベーゼンドルファー♡ ちょっとだけなら若も怒らないだろう。誰も居ない事だし━━‥‥。
「ダメだ。指が全然動かない。オハコもボロボロだ」
 判り切っていた事だが、自分の指はもう、ピアニストの指ではなくなっていた。
 大体、ピアノをやらされていたのだって、握力を付ける為だったし━━‥‥。
 ふーっと深い息を吐いたら、複数の拍手が届いた。ギョッとして戸口を見遣ると、匠と洸と、1人の女性が立っていた。消えてなくなりたい。
「ドビュッシーが好きなの?」
「ああ。恥ずかしい。いつから聴いていた」
「サビ辺り」
「俺は初めからですょ」と続けたのは匠。ポスターを印刷に回して来たら、翔がピアノに向かってた。指を暖めてる風だったので黙って見てたら奏で始めてくれた。久々だったから嬉しかった。洸とは違うけど、耳に馴染んだ音にうっとりしてたら洸も戻って来た。
「貴様らっっ」なる翔の怒りの声を、洸の不機嫌極まりない声が掻き消した。
「翔さん、ピアノ弾くんじゃん。インテリアとか言っといてさっっ」
「ピアノも、下手な私より、洸に弾かれた方が嬉しいだろう」
「上手だったよっっ!」
「世辞は要らん。そこの女性は誰だ。お客か?」
「由美さんだよ」
「えっ」
「いっ」
 ずっと気になっていた女性の事を、やっと翔が訊ねてくれた。が、洸によって知らされた事実に固まった、2人して。女って魔物だ。こんなに化けるの? 怖い怖い。
「土台が良かったんだよ。これなら良いだろ」
「何が」
「使えるだろってのっっ」
「使わない。漢に二言はない」
「何でだよっっ」
「良いの! ずっとファンだった前田洸の売り込みが出来るんだって上滑りして、部長や須貝さん、前田さんに迷惑掛けて…バカみたい…こんなだから女はって言われるのよね」
 俯いてボソボソ。ブサイクだった見た目が見られるようになったからって、即使えるようになったとは思わないが、由美も洸のファンだったと判った。ん? KinKi Kidsは??
「ホワイトデーディナーショーが決まった。ポスター貼りと売り込みで忙しくなるぞ!」
「部長」
「翔さん♡ 仕事だよ、由美さん♡ 俺を売り込んで♡」
「はいっ」
「それから、俺は主任だからね〜♡」
「ふぅ〜ん。翔さんが1番偉いんでしょ?」
「一応…かな。3人しか居ないしな」
「何でも良いや。翔さんなら♡♡」
「勝手にベタクソやってろっっ」
「そうする♡」
「ケッ! 52階行くもん!」
 洸が進み入って来て、翔にピトッと張り付いた。すると、匠が駄々っ子のように口を尖らせた。が、翔に一喝される。
「バカヤロっ! 外回りだ! 2人共行け!」
「はいっ!」
「は〜い」
 芸能活動なんて初めてなので、どうすりゃ良いのか戸惑ったが、前田洸の名前を出せば、山下コーポレーションと付き合いのあるところはポスターを貼らせてくれた。チケットセンターに連絡を入れたのは翔だったが、こっちも、前田洸のホワイトデーディナーショーだと言うと二つ返事だった。
「水戸黄門の印籠並みだな、前田洸は」
「印籠じゃないやいっ」
「そうだな。印籠とはキス出来ない」
「あっんっんっっ」
 マジキスは10分楽しむと洸がイッちゃうので、半分の5分くらいで勘弁したった。
「勃っちゃったじゃんかっっ」
「舐めてやろう♡」
「えっ?! やっ! 何してんだよっっ! 止めてっ! やぁっ!」
 自分の膝に座っていた恋人を腕力でデスクに座らせ、その股間に顔を埋める。ドアの鍵をしてないから洸はジタバタしているが、そんなもの、難なく抑え込める。だから、あもうもなくペニスを口に咥えしゃぶしゃぶ。
 余程、鍵が開いているオフィス、ってのが刺激的だったのだろう。あっさりイッちゃった。
「早いなぁ〜。もっとゆっくり、楽しみたかったのに」
「ゔっう〜〜〜っっ! 変態!!」
「を好きなのは、何処のどいつ」
「うにゃあ」
「しまおうな」
「うん♡」
 ペニスを仕舞って貰いニッコリ。そこに、出掛けていた匠が戻った。途端、洸がド赤面。翔は眉一つ動かさなかったが、何かやってたなぁ〜と、察した。けれど、言わぬが花。そのポジションでやる事って、そんなにないけど━━‥‥。
「週刊誌への告知、完了でーす♡ 明後日発売分からOKっス! 中吊り広告は明日からでーす♡ やったね、たっくん♡」
「はいはい」
「冷たい、部長っ! 部長は何やってたの?」
「チケットセンターへの連絡」
「おおっ」
「さすが部長」
「おだてても何も出さないが」
「否っ」
「いやっっ」
「匠、座る前に、印刷室行って名刺を貰って来てくれ」
「はーい」
 匠に一つ仕事を頼み、洸をデスクから下ろした。
「印刷室とかあるんだ」
「ああ。外に頼むより割り安だからな」
「ふぅ〜ん」
 匠が、真新しい名刺を4人分持って戻った。
「わ〜♡ 俺のもある〜♡」
 洸が喜んでいる。で、早速、自分の名刺入れに入れていた。何か可愛い。
 翔と匠も名刺を入れ換えていたが、今迄のはシュレッダー。由美の分はデスクに置いた。
 由美は20時になって戻った。
「お疲れ」
「ご苦労さん」
「あっ、部長っ、主任っ、洸君っ。私やりました。5千枚のポスター完売! あ、売ってないか」
「有り難う、由美さん♡ 時に、ポスターって俺見てないんだけど、残ってないの?」
「あるよ。社内用に。ほい」
「え〜〜〜〜〜っっ!! 翔さんっっ!」
 見るなり赤面してがなったが、翔は知らん振りしてあちゃらを向いている。
「ヤダっ! ハジっ! 外歩けないっ!」
「何で? 良い顔してるよ? 幸せそう」
「そうよ。素敵だわ♡」
「そりゃまぁね、幸せそうにもステキにもなるわなっっ」
「あら」
「怒ってる」
「翔さんのバカ!」と言いながら、翔の実は逞しい背中をポカポカ叩いた。それが何と言うか、微笑ましい。
「私の写メの中で、流出しても良い1枚だが」
「バカー!」
「ふーんだ」
 そんなこんなで日曜日のバレンタインコンサート当日。サントリーホールS席を取っていた翔は、舞台袖からではなく、S席で聴いた。矢っ張り、前田洸は良い。恋人だから、更に良く聴こえる。
 客席は、圧倒的にカップルが多くて、自分へのプレゼントなのか、女の子1人ってのも目立った。
 洸はダイナミックな曲を得意としていたが、柔らかいタッチの曲も奏でる。好きなのはビックB、中でもベートーヴェンだったけど━━‥‥。
「ステキ♡♡」
「━━‥‥」
 由美の呟きを耳に、匠がギョッとして一歩分程飛び退いた。だって由美が、両手指を胸の辺りで組んでうっとりと、そして涙溢しながら聴き入っているんですものぉ〜‥‥。
 由美が美人なのは判ったけど、この人、早く恋人見付けた方が良い。服装のセンスが悪過ぎる。好きな男が出来たら、少しは変わるだろうて…。
 大盛況で終わったバレンタインコンサート。グッズの売り上げも凄くって、いくら何でも多いだろう、と思うくらい用意したのに完売。どころか足りなくて、急遽、通販用のチラシをコピーに走らせて何とか対応。大忙しの1日だった。
 しかし、打ち上げは別。バイトさん達も込みで大打ち上げ会。呑むと陽気になるらしい由美の、調子っぱずれなKinKiはキーコンで強制終了させ、二次会だ、三次会だと喚き、気が付いたら山下プロダクションの部長と主任と唯一のタレントの3人しか残っていなかった。
「ブランカ行くか」
「行こう! 行こう! 宏さん呼ぼう!」
「何処?」
「汚いプールバー」
「ああっ! ピアノの置いてある!」
「そう、そこ〜!」
「宏さん、寝てると思うが」
「否。励んでると思うな♡」
「なら、そっとしといてやれよ」
「1人だけ気持ち良い事しちゃダメです! あっ、タクシー!」
 匠が大きく手を上げタクシーを止めると、3人して乗り込みブランカに行った。
 洸は、ココで7人の命が消えた事よりもピアノの印象の方が強くて、わ〜い! と走ってくと、早速ピアノを弾いていた。
「邪魔するよ」
「おっ邪魔ぁ」
「いらっしゃい」
「いらっしゃいませ」
 勝手知ったるの翔と匠は、とっとこ奥のBOX席に着いた。すると、ココでバイトしてる男の子が、8オンスグラスとロックグラスを3個ずつと、ハウスボトルのスコッチと氷とミネラルを持って来てくれた。そして、スコッチのロックを3つ作って下がる。翔がその内の1つとコースターを手に、ピアノの傍迄歩み寄った。洸の分だ。
「有り難う♡」と礼を言って、一口喉を潤した洸が、店内に流れていた途切れがちなジャズに気付いて、クラシックからジャズに切り替えた。
「あれ。洸君、ジャズもいけるの」
 洸の傍から戻った翔に訊いてみる。翔はソファーに座りながら答えてくれた。
「大丈夫だろう。元々は教会で讃美歌を弾いていたがな」
「ふ〜ん。たかちゃん、早く来ないかな♡」
「2人共、叩き起こしちゃって」
「だぁ〜ってぇ…お腹空いたんだもん。たかちゃんとちゅうしたいんだもん」
「子供のように口を尖らすな。恥ずかしい」
「ふぅ〜んだ、ふぅ〜んだ、ふぅ〜んだ」
 グビグビと、スコッチを水のように呑む。タクシーから電話を掛けて、寝んでいた聖と宏を起こしブランカに来るように駄々捏ねた。ん? 駄々捏ねる? ちょっと待てよ。もうそろそろボトルで1本空くぞ?! 聖さん、早く来て♡ 匠の面倒なんて見たくないです。
 先に来たのは宏だった。店にある物で作るのが嫌だったのか、スーパーのレジ袋を持っている。
「毎度お馴染み、出張メシスタント宏です」
「宏さん、宏さん」
「何だ!」
「本当は犯ってたでしょ♡」
「寝とったわ! 明日は普通に仕事なんじゃ!」
「俺ら代休〜♡」
「フンフンフンッ!」
「宏さん宏さん」
「何だよ」
「クにゃんは犯られ過ぎて疲れて伸びてるの?」
「そこから離れろよ。さてっと」
「宏さん、宏さん」
「何だ!」
「怒る事ないのにぃ〜」
 匠は1人でブツブツ。それを見て、翔に訊ねてみた。
「1本空けた?」
「の頃です」
「うわっっ厨房入ろっ」と言うが早いか、宏の姿が消えた。
「さすがだ」
「何か言いましたぁ〜? 翔さん♡」
「聖さん早く来ないかなぁって言った」
「ムフ♡ 素っ飛んで来てくれますよぉ♡♡ だぁって俺達、LOVE×2だから♡ にゃは♡」
「お前も猫化したのか」
「にゃん♡」
「止めれ。可愛くない」
「ひど〜い」
「たっくん! お待たせ!」
「たかちゃん♡」
 再会の抱擁とキスは勝手にどうぞ、なのだが、本宅からココ迄20分ですかい? 一体何㎞で飛ばして来たんスか? その方が怖いです。
「若も呼ぼう!」
「それは止せ!」
「それはダメ!」
 思わず、翔と聖がハモっちゃった。
「なぁ〜んでぇ〜? い〜じゃんか。電話しよ」
「うわっ!」
「ダメだ!」
「若ぁ〜♡ ブランカ来てぇ〜♡」
“今、犯ってる最中だ! ボケ!”
「あれ。切られちった。犯ってんだって」
「だろうね。よし君、帰ってないし」
「ふぅ〜ん。お腹空いたぁ〜!」
「今、作ってるってばっ!」
「あれ。宏君も居たのか」
「寝てたのに、電話で叩き起こされて、呼び付けられたんスよ」
「あらまぁ。ごめんね、ウチのたっくんが迷惑掛けて」
「いえいえ」
 そんな慌ただしいBOX席に、洸がトテテ〜っとやって来て、翔の左腕を強く引いた。そして、えんやこらとピアノの傍迄連れて行った。
「弾いて?」
「私の指は」
「指はどうでも良いの! 俺の為に心を込めて弾いて♡」
「━━‥‥判った」
 洸の為に心を込めて、オハコだったドビュッシーを奏でた。思い描くように指が動かない。心は込められるだけ込めたけど、演奏としては酷い出来だった。ショボンッとすると予想外の拍手を貰い、驚いて顔を上げると洸だけではなく、源ジイもバイトの2人の男の子も聴きに来ていた。何か、とっても恥ずかしい━━‥‥。
「翔さんの想い、伝わった! すっごい嬉しい。俺、愛されてんだなぁっ実感した!」
「そうか」と言って、翔さんの顔に浮かんだ照れ臭そうな笑みも好き♡
 プロダクションは変わったが、前田洸の評価は逆に上がっていた。バレンタインコンサートでのスタッフ達のバタ付きは素人って事で大目に見て貰い、より洗練された調べに万人が酔ったと、評論家達も褒めちぎり、次のホワイトデーディナーショーが楽しみだ、と言っていた。
 その前評判も手伝ってか、水戸黄門の印籠のせいか、開催が決定して1ヶ月と言う短期間でろくな宣伝も出来なかったのに、チケットは3日でソールドアウト。キャンセル待ちが出る程だ。唯、ダフ屋には流さなかった。そんな下賤なマネ、やらせるか。
 そのホワイトデーディナーショーも、大成功。この日は、洸からのバレンタインのお返し、として、翔が洸の為に弾いたドビュッシーをスタジオ録音し洸の音にしてから、ありがとう、と印字されたケースに入れて足を運んでくれた300人にプレゼントした。ブックレットは、洸のちょっとした写真集仕立てになっている。非売品(は本当)、限定300枚、って事になってるけど、500枚はプレスした。余剰分はクラシック関係の雑誌社や音楽評論家に送った。後はスタッフ用。
「つっ疲れたっっ」
 部屋に入るなりソファーにドタッと長くなったのは洸で、翔は特に気にも止めず、背広をハンガーに掛けていた。
「暫くの間は休みだ。のんびりしなさい」
「そ〜するぅ〜。大学にも行かねぇと」
「そうだな」
「お小遣いおくれ♡」
「明日になってからな」
「ケ〜チ」
「何とでも」
 外出着を脱いで部屋着になろうとしているところだったのだが、スエットを履こうと腰を折ったら抱き付かれた。
「ん?」
「気持ち良い事、しよ♡」
「お前、明日、大学休むか?」
「えっ? くすっ♡ いーよ♡」
「フンッ」
 洸はとっくにマンションを引き払い、翔のマンションに越して来ている。殆ど捨てた(翔の部屋にある物の方が上等だったのだ)が、ピアノだけは持って来た。だから、今この部屋には2台のグランドピアノがある。元からこの部屋にあった翔のピアノは、洸言うところの丸味のある音を出すピアノで、洸は弾く曲や気分で使い分けているようだ。
 初めは、ベーゼンドルファーを、とも考えていたが、贈る前に若から贈られて来たので取り止めて、実家から持って来た、戦前からあるピアノを大切にする事にした。恋人も、このピアノの音を楽しんでいるようだし━━‥‥。
 日を重ねる毎に恋人の私物も少しずつ、でも確実に増えて行き、これじゃあ同棲した方が早いとやっと結論付けて、バレンタインコンサートの2日前に引っ越して来た。持ち込んだのは、ピアノと大量の服。鍋釜食器に家具は置いて来た。お気に入りのマグカップとお箸は持って来たけど‥‥。
 だからまだ、1ヶ月とちょっとしか一緒に暮らしていない。
 翔にひょいっと抱き上げられて、ベッドルームで気持ち良い事をした。4回か5回犯ったら、次は俺が犯る〜、の言葉も訊かれなくなった。諦めたのか、自覚したのか━━‥‥。
「ねぇねぇ」
「ん〜? 吸うか?」
「あ、うん♡ ありまと♡」
 上体を起こし、帰宅後の一服を今頃ふかしていたのだが、洸にも薦めてみた。すると、ライターと一緒に手に取り、火を点けていた。
「あのさぁ」
「うん」
 タバコとライターを返して貰い、先を促す。
「俺まだ、翔さんのお仕事の事良く判ってないんだけど、ボス? とかトシさんとか、あんな暇で良いの?」
「なっ! バッ!」
 とんでもない事を訊ねられ、言葉に詰まった。すーはーと深呼吸して、まずは自分が落ち着く。
「あの2人の忙しさは並みじゃない。お前のピアノ聴きたさで、無理矢理仕事をやっつけて時間を作っているんだよ。だから、あの人達が来たら、心を込めて弾いてやって欲しい」
「わーったっ! オシッ! 任せろっ!」
「くくっ」
「あ〜笑ったぁ〜! 俺マジなのにぃ〜っ!」
 言いつつ、又してもポカポカ殴り付けて来た。
「火、火! タバコの火!」
「あっ、ヤベェ」
 そう溢し、タバコの火を消す。洸は吸うと言うよりふかす方だから、いつでも止められると思う。
 た〜っと、翔にボディアタック。まだ1回しか犯られていないから、洸にも余裕がある。
 で、この晩は第5R迄行って、洸は討ち死に。もう、何も出ない。気持ちは良いんだけど、射精感も味わうんだけど、出せるモノは声だけだ。最後は、ゆさゆさと身体を揺すられながら、ボケた頭で気持ち良いとか思い、全身性器にも等しいから何処撫でられても自分でも驚くような声が出ちゃってハズイんだけど、矢っ張り出ちゃう。俺は翔さんに抱かれ易く出来ていたんだなぁ〜なんて、しみじみ思う今日この頃━━‥‥。
 翌朝。
 他の武闘派のメンツと同じく、毎日のトレーニングを欠かさない翔は、トレーニングルームとして使っている部屋からきっかり60分で出て来て、汗を流し、コーヒーを落とし始めた。
 すると、ヨタ付きながら、裸の恋人がベッドルームから出て来た。
「まだ寝んでいなさい」
「否。今日、休めなかった。午前の講義落とすと単位がっ。いてぇ」
「バスに乗れるのか」
「自信ない。送って♡」
「判った」
「俺もコーヒー♡」
「バカ言ってるんじゃない。刺激物厳禁。腰湯しておいで」
「はーい」
 屁っ放り腰で恋人はバスルームに消えた。自分だけならトーストにバターで良いやと思っていたが、急遽予定変更。キャベツと人参を刻んで、コーンと合わせてコールスローサラダを作り、その間にコンソメスープ(卵でとじただけの物だが)を作って、もう1枚余分にパンを焼くようにした。
「ふっか〜つ!」と言って元気そうにして出て来たが、そんな言葉、信じられるものか。自分と第5R迄犯ったんだぞ。傷は付いていなくとも、早々腫れは引くまいて。
「お尻見せろ」
「いやん〜」と、戯けて拒否ったが、
「洸」と、少しマジに声にすれば良い子ちゃんになる。無駄な足掻きなどせずハナッからそうすりゃ良いのにと思いつつ、腫れてるアナルに軟膏を塗ってやった。無論、科学局の傑作の炎症止め。
「ふん。今日は大人しくしていなさい」
「はーい」
「授業が終わったら迎えに行くから、連絡しなさい」
「翔さんが来てくれんの?」
「ああ。私が担当マネージャーでもあるからね」
「車で?」
「そのつもりだが?」
「歩きが良いな♡」
「歩くとなると、軽く20分は掛かるぞ?」
「その20分間、翔さんと手繋いで歩けるじゃん」
「判った。そうしよう」
「やったー!!」
「は良いから、早く服を着なさい」
「はーい」
 そこでやっと洸はウォーキングクローゼットに行くと、今日の服選びから始まり、頭を格好が付くようにセットして出て来た。
 食卓に座るタイミングで、食事が出て来る。いつもスゲェと思うんだけど━━‥‥。ハムッと食い付き、もぐもぐ。そんな恋人を、愛しいなぁと思って眺めて、翔も食卓に着いた。
「何だよっさっきっからっ」
「何とは?」
「俺の顔見て笑って…ブチブチ」
「ああ。可愛いなと思ってね」
「はぁ?! 俺、可愛い系じゃねぇーぞ」
「充分可愛いよ。少なくとも私には、宇宙一可愛く見える」
「ゔっう〜〜〜っっ。翔さんはステキ♡」
「それは有り難う」
「信用してないなっ」
「信じるさ。私の天使の言葉だもの」
「ゔ〜〜。迎えに来たらキスして♡」
「良いよ。何処に?」
「唇ぅ〜♡ で、イカせてね♡」
「ふ〜ん。冷たいパンツ、履いていたいんだ」
「そ〜だよっだ」
「何か不安なのか?」
「違う。大学の友達のさ、合コンの客寄せパンダ卒業したくって。好い加減、しつこい」
「では、ドラマティックに」
「キスするのに?」
「楽しみにしておいで」
「うん。??」
「早く食べなさい」
 そして、揃ってマンションを出て、恋人を車で大学迄送って行き、山下コーポレーションの芸能部に来た。匠もだったが、芸能部に移動になったらマイカー通勤がOKになって、会社からは定期代ではなくガソリン代が出るようになった。尚、由美は自転車と地下鉄だ。
「おはよう」と言って席に就く。
「おはよ〜ございまぁす」
「おはよう御座います」
 匠も由美も出社していた。
「何か変わった事は?」
「ないで〜す!」
「TVへの出演依頼が7件。雑誌のインタビューが5件。写真集の話が2件です」
「TVは全て断ってくれ。雑誌インタビューは何処だね」
「音楽誌が3件。女性誌が2件です」
「音楽誌はOKだ。女性誌は何て雑誌?」
「この2誌です」と言葉と共に、買って来た女性誌を差し出した。そして、
「写真集の話を持ち込んで来た雑誌社が出している、他のタレントさんの写真集です」と言って、数冊ずつの写真集もくれた。
「ん」
 服のセンスは悪いけど、そこそこ仕事は出来るようだ。それに比べて匠は、電話さえ取らない。
「須貝君」
「はい。部長」
「君は何をしに、会社に来ている」
「仕事しにですけど」
「仕事、してないよな」
「ぇっえ〜と…あっ! 電話っ! 出…られちった。あははぁ〜っっ」
「査定に響くと思って下さい」
「え〜〜〜っっそれ、どっちのぉ〜っっ」
「両方」
「勘弁してよぉっっ。心入れ替えて仕事しますからっっ。神様仏様部長様々♡♡」
「それがふざけているんですっっ」
「はい‥‥。済みません」
 翔は、経理1課長を兼務したままで、その仕事をしている。匠も兼任だから、大きなライトテーブルが入れられていた。専任は由美だけだ。それでまぁ、やっと手の空いた匠がダラケていて、専任の由美に任せっ切りだった、と言う話。
 昼休みになった。今迄は気にせず社食に行けたが、今は何処から電話が入るのか判らないので、お昼は1人ずつ。唯、お弁当の由美は、今ココで食べてしまえる。
「自分で作るのか?」
「はい。少し早起きして。殆どは昨夜の残り物ですけど」
「そう。偉いな。おっ、早飯だな」
「いえいえ。習性ですかね」
 そう言って笑った匠は、これでもお昼のひと時を恋人と過ごして来た。ゆっくりする時はするけど、何かと気忙しい会社でゆっくりする必要はない。恋人の聖は今日も21時迄残業だって言うし、先に戻って恋人をマンションで待ってよ♡ 今日仕事が終わってから会う約束を取り付けた。だから、上機嫌なのだ。
 その上機嫌な匠に、翔も薄く笑いながら同意した。
「言えてるな」
 匠と入れ替わるように翔が社食に行く。そして、いつものようにA定食を頼んでバクバク食べた。食べられる時に食う、眠れる時に眠る、と仕込まれる。こりゃ、職業病にも等しい。怖いモノなしの紅い神龍と魔王は、全くの別だ。あの人達は、ゆっくり楽しむ。
 と、mailが来た。それも、プライベート用のスマホに。相手は洸で、後20分もしたら講義が終わる、との事だった。午後の講義は? 翔の素朴な疑問。無論、訊ねてみた。すると、休講になった、との事だった。こりゃ、急がないと。大学に行く前に、寄る所があるのだ。
 翔は残りのご飯を掻き込みながらも味わい、足早に部屋に戻った。そして匠に、聖を少し貸して欲しい、と申し出た。
「そりゃ良いですけど…? たかちゃんがOKすれば。俺には訊く権利もないですか?」
「サラマンダに寄ってから大学に行くと、私の運転だと40分以上掛かる」
「そほいふのであれば、超絶OKっス」
「では、行って来ます」
「ごゆっくりどうぞ〜」と言ったら、
「バカ!」と返され、バタンとドアを閉められてしまった。怖い怖い。オンスかしらん?
「須貝さんて、見た目通りの軽い方なんですね」と、由美にしみじみ言われたが、何も言い返せない匠なのだった。
 一方の翔は、聖が通勤で使っているスカイラインR34で裏道を爆走していた。さすがだ、聖さん。こんな抜け道、知らないよぉ〜。そして、物を受け取り、今度は洸の大学迄激走。
 サラマンダにリングを注文したのは、バレンタインコンサートが終わってからだった。一緒に来たのだが、洸は忘れてしまったろうか? 指輪のサイズを測ったのを━━‥‥。あの白くて整った指に似合うリングを、デザインして貰った。仕上がりには満足している。お値段は1億円とリーズナブルなものだったが、あの指に似合うリングを沢山プレゼントしようと思っている。
「有り難う御座いました」
 聖のお陰で、10分遅れくらいで着いた。
「いえいえ。健闘を祈ります」
 そして、聖と車はいなくなって、え〜と、と洸を探す。直ぐに見付けた。輝きからして違う。
「洸。遅くなって悪かった」
「大丈夫だよ。こいつら、大学の友達」と紹介されて、挨拶を受けたような気もするが、知ったこっちゃない。本番はここからだ。
 翔は洸の目の前で片膝を付くと、リングケースをパカっと開けて差し出した。
「私と結婚して下さい」
「ぇっ」と、喉の奥で声が詰まった。茫然と見詰め返している。
「ダメか」
「そんなっ! YESだよっ、YES! 大好き翔さんっ♡ 愛してるっ♡」
 洸の、満面の笑み。
 大学の友人諸氏は茫然自失状態だったが、無視して、洸のスラリとした指も左の薬指に、エンゲージリングをした。それから、ご希望通りのマジキス10分。洸は矢っ張りイッちゃって、股間が冷たい。けど、今日は着替えを持って来てるから、プロダクションに着いてから履き替えようかな。
 そんなホンワカ幸せな洸に、友達が戯事を並べ立てていたが、知るかと無視して、2人は手を繋いで、山下コーポレーション本社迄歩いて行った。
 普通に歩けば20分のとこを40分も掛けて、帰って来た。部屋に入るなり匠に揶揄われたが、気分が良いので訊き流せる。洸は1人で照れていたけど、それが可愛いと思う翔だった。
 暇な日の、ちょっとした光である。

《終わり》

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