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死神

「こんばんは」
 
 艶のある声だ。
 真っ暗な空間なのに彼女の姿はとても鮮明に見える。
 まっすぐな長い髪に、上品な黒のドレス。肌は異常なほど白い。
 
「貴方に死を届けに来たわ」
「ありがとう」

 僕は答えた。

「ほら、おいで。最終電車が来る前に」

 彼女の後方、映画のスクリーン。客席を割る真っ赤な通路に僕は立つ。
 
 カンカン、と音を鳴らす踏切。
 赤い光が左、右、左、右。
 黄色と黒が通せんぼ。

 彼女はスクリーンに沈み、遮断機をくぐって僕を手招いた。
 足が動く。一歩、また、一歩。

 わずかな振動。
 規則的な騒音。
 電車が来る。

「早く」

 妖しい笑みに惹かれ、ふらふらふらふら。
 彼女に酔わされた僕は、足元おぼつかず、転がるように客席に着いた。

 電車が通過する。

 肉体が踏みつぶされる音の後、映されたのは、踏みにじられた黒の薔薇だった。

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