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平成の男たちよ

この令和の時代に、まだそんな奴がいるのか。

時代錯誤な人や物や事をみると、「この令和の時代に」と枕詞をつけてしまう。もうあらゆる慣習は見直され、新しい価値観に置き換わってもいいだろうに。未だに「男は」「女は」とか、「妻は」「夫は」とか、「古き良き」の良きの部分が擦れに擦れた価値観が根っこを張り、その存在を誇示し続けている。

先日、家族でレストランに行った時のことである。
幼い息子が私の横に座り、向かいに夫が座っていた。息子は私と夫から取り分けたご飯や味噌汁をもぐもぐと食べた。「もっと!」と言えば、夫が自分の茶碗からお米を取り分けて息子に与えた。茶碗の中身が少なくなると、「あつまれして」と息子が催促する。私はまだ食事中であったから、夫がテーブルの向かいから手を伸ばし、息子の口にスプーンを運んだ。(ご飯とお味噌汁おかわり自由のお店である!お店の人に勧められて取り分けしてるぞ!ケチしてるわけではないぞ!)
我が家では当たり前の光景である。
子育ては夫婦でするもので、その行いに夫婦で差はない。泣いた時はママに抱っこをせがむとか、肩車はパパしかできないとか、そうした軽微の差はあっても、例えば風呂や寝かしつけ、休日二人きりで過ごすことは、パパでもママでも等しくできる。我が家はそういう方針である。

隣のテーブルには男女が座っていた。確かなところはわからないが、おそらく夫婦であった。男は、片方の靴を脱ぎ、足を組んでいた。テーブルに置いたスマホをひっきりなしにたたき、おそらくゲームをしていたのだろう。
料理が運ばれてくるまで、二人の間に会話はなく、女の方は所在なさげにふわふわと視線を泳がせているだけだった。
料理がきても、男はスマホを閉じることがなかった。女は左手をテーブルの下にしまったまま、黙々と二人で食事をしていた。私の心はきゅぅ、となった。一体どうしたらこんな雰囲気の中で食事ができるんだ?黙食励行なのか?いや、料理が運ばれてくる間も、マスクをしたままだんまりだったじゃないか。そもそも食事をしながらスマホゲームって?人と食事をするときに、いくらなんでもマナー違反じゃないか?

人の家のことだからどうでもいいことなのに、私はその夫婦が気になって仕方がなかった。彼ら二人は私たちより先に食事が終わり、席を立つときには何か言葉を交わし笑い合っているように見えた。
二人の姿が見えなくなってから、自分の夫に「さっきの人たちさ」と聞くと、夫はそれだけで意図を汲んでくれたのか「なんかねぇ」と言った。私は心が苦しかった。

ここからは勝手な憶測だけれど、スマホをずっと見ていた夫は、子育てや家事をまったくしないのだろうと思う。いや、するのかもしれない。だからこれは私の勝手な憶測だ。気分を害した人がいたら、謝りたい。もう一度言うが、「ここからは私の憶測である。」家に帰るとソファに寝転びスマホをいじり、妻が作った食事をスマホを叩きながら食べるのだろう。風呂の排水溝を掃除したことはなく、食器用洗剤があとどれくらい残っているかしらず、いつも使っているサランラップのサイズを知らず、明日の食事は黙っていれば出てくると思っている。
この令和の時代に!!!
私は勝手な憶測をして心が苦しくなっている。彼らにしたっていい迷惑だ。けれど、私が直接知らないにしろ、世の中にはそういう類の人間がまだいる(らしい)のだ。
この令和の時代に。それは驚くべきほどの時代錯誤なのである。

平成の男たちよ。価値観をアップデートしろ。お前たちの歩いた道をこれからの子が歩くのだ。会社の数字ばかり眺めるな、子がどんな表情をし、妻がどうやって家庭を守っているか、それを理解する必要がある。感謝を忘れず、礼儀を欠かさず、常に家族は対等であるべきなのだから。

2022.05.24

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