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【短編】雨をテーマにした短編小説【共作】

こんにちは。
はれのです。
今年も熊右衛門さんとの共同制作物を披露しますね
今回は雨をテーマにした小品です。書き方を大分変えましたので、ぜひぜひ見てみてください

雨の詩(うた)

※※※

その日も雨だった。

※※※
1
梅雨入りから数日。
2人の少女が話しながら閑静な住宅街の通学路を歩く。
身長に不釣り合いな大きなランドセルは、無地のカバーで包まれていた。
深紅のレインコートと空色のレインコート。
ショートヘアとロングヘア。
少女達が手をつなぎ、歩く様はなにか心を浮き立たせる。
家々の生け垣から紫陽花が顔を出し、ぱらつく小雨を葉の上でひとまとめにし、たらりたらりと地へ緩慢なく注がれる。蛙の輪唱が止まない。
下校中の2人は繋いだ手を大きく振りながら、互いに相手のコートを褒め合った。
うんうんと、相槌を打つ。たちまち笑顔に変わる。もう一人も同じように頷き笑う。
笑いあった2人は曇天を見上げる。雨が濡れ、肌寒さを感じブルっと身をすくませた。
それでも、彼女達はしばらく雨に打たれながら帰る。
頬にぬるまったい雨が降っていき、紅潮していた頬が涼しく静まっていき。
ふと、8月の蝉の音(ね)が聞こえたような幻聴を聞いた。
自身に起った言葉ではうまく説明できない不思議の後に。
空は晴れ、狐の嫁入りが始まり。2人の意識はいつのまにか夏に向かっていた。
その出来事とも言えない思い出が空色のレインコートを着ていた少女には、いつまでも心にキラキラと輝いている。


2
例年に比べて降雨量の多い梅雨の日。通学路の路肩には泥の小さな水たまりが点在していた。ザーザーと断続的に降り続けて、人々の足音も消えていく。
青いジャージを着た黒髪セミロングの少女が、空色の折り畳み式携帯傘を差して歩いている。少女は俯いたまま、千鳥足で少女以外誰もいない道をふらついていた。少女の瞳から、涙が浮かび表情は虚ろであるものの、唇は中心を境に口角が下がっている。すくみ上がった肩は少女の緊張が解れていない事がわかる。
少女は立ち止まり、ジャージのポケットから携帯を取り出す。スマホからLINEを見て、『浩太君』とのやり取りを見返す。やり取りは、昨日の夕方を境にお互いあいさつもしていない。少女はテルテル坊主のスタンプを送った。5分程待ったが、既読はつかなかった。少女は過去の履歴をスワイプし、時折やや表情が柔らかくなった。数時間、半日分の通話記録を指でなぞり束の間回想していった。
そんな中で彼女は『浩太』から大事な話があるとのコメントを発見する。30分の通話記録。『浩太』から、美羽!これからよろしくねっとのコメント。少女が、ずっと一緒だよと返す。
『浩太』は絶対離さない。そばにいて……結婚もしよう!とのコメント。
少女はそのコメントを読み、彼女のスマホへ涙の雨を降らせた。
少女は『浩太』のアカウントをブロックしようと操作する。しかし、最後の最後で指が止まった。傘を差しても、ささくれだった心は雨に濡れていた。
少女がしばらく立ち止まる。
やがて、雨の勢いが止み……辺りの温度の変化を感じた。爽やかな夏の風が彼女の頬を撫でる。携帯の画面をOFFにして、ポケットに仕舞う。頭上に差していた傘をずらして、少女は空を見上げた。どんよりした雲の間から、眩しい陽光と出くわした。
傘を持つ彼女の手が少しだけ緩み、大きく息を吸って吐く。蛙に混じって、小鳥のさえずりも聞こえる。彼女は傘を仕舞って、歩き始めた。表情は暗いままであるが、光射す眩しい舗装をてくてくと進んでいく。
家へと帰路につく彼女は時折涙を見せた。
それを拭おうともせず、前へ向かっていく彼女の後ろ姿はレインコートを着ていた時に比べ、一回り大きく見えた。

3
微かな水滴がやがてまだらになり路面や生垣を濡らす。遠方からの雷鳴はまだ聞こえない。
その中を一人の少女がゆるゆると歩いている。少女は少しくたびれたセーラー服で、折り畳み式の携帯傘を窮屈そうに身をねじ込む。髪型は黒髪のウルフカットをしていて、耳元にはピアスの穴が何個もあった。顔は俯いたままで、背負ったピンク色のバックパックの端には場違いな程小雨の水滴を弾いていた。
ひやりと涼やかな感触は梅雨の後を容易く想像させる。小足でゆっくりと歩んでいた彼女は……立ち止まる。
雨は止んでいたが、傘は降ろさず目をつぶっていた。バックから空色のスマホを取り出し、何度も何度も大学名で検索し、大学にまつわる動画を見る。
奨学金についての動画も見る。返済を終えた元学生のインタビュー動画を見る。奨学金を払いきれず自己破産した動画を見る。この道のこの時間帯には誰も通らない事を知る彼女は、関連動画を見続けた。


高校卒業後就職した経験動画。大学中退した動画。大学生活に関する動画。指でスワイプを続ける。大学の宗教勧誘に関する動画。借金を抱えた当事者による結婚に関する動画。
スワイプを尚も続ける。表情は険しくなる。持病に関する動画。持病の将来についての動画。彼女は調べれば調べるほど、顔色が悪くなっていった。その時、LINEが届く。LINEの画面は赤みがかっていて、『アイちゃん』と明記されている。


『アイちゃん』は「東京の大学へ行こう、美羽ちゃんのお母さんが通ってた大学行って、教師になるんでしょ?なんとかなるって。わからんけどまずやろって、通話してくるのはどっちなん?私も一緒に行くからっ、家から近いしっ!」

翳りのあった彼女の表情は、微かな木漏れ日が差し込むように緩んだ。
「かっる……はは」
と美羽はくすくす笑う。OKとスタンプで返す。
『アイちゃん』から、「おっ、親孝行できたねーおめおめー☆☆」と返信。
「ちっ……はあ。ま、変わらないか」
美羽はうるせえ死ねスタンプとありがとうスタンプで返した。
そこから、美羽は動画を開いた。

進学費用の動画。稼げるバイトの動画。得意教科・不得意教科の講座動画。オンライン学習室の動画。勉強に関するツールの動画。指の動かし方が、先程と比べて滑らかになった。

天候は束の間の晴れ間から、ぽつぽつと小雨がぱらつく。
しかし興奮しやる気に満ちた少女からすると、心地のいいクールダウン。
動画のリスト化を終えると、スマホを仕舞い、傘を仕舞い、雨に濡れながら走り出した。軽やかにステップを踏んで、いつのまにか路上で踊り始める。

制服は水滴で肌にピッタリ張り付き、髪も萎れていたが、躍る美羽の表情は目を閉じて……生け垣に咲いた紫陽花と同じく、この上もなく恍惚としていた。

4
また今日も雨。梅雨だった。
老朽化が進んだ住宅街は一部リノベーションや更地になり、新築のアパートが何棟か軒を連ねている。路面も何度かの改修工事の果てに、なまめかしさを感じる程、舗装されていた。
生け垣と塀の圧迫感の強かった景色も見通しが良くなり、数軒先にあったスーパーマーケットの裏口もちらりと確認できる。

土の匂いは減り、コンクリートの鬱屈した香りが漂うも雨でわずかに生臭さが鼻腔に残る。
郷愁にも似た生温い質感を覚えつつ、パステルカラーのT-シャツとジーンズでゆったり歩く、水色の傘を差した30代後半黒髪ロングの女性がいた。側には、赤いレインコートを着たセミロングの7歳の少女が隣で並ぶようにてくてくと歩く。

「美羽、高いアイス食べたいっ!」と少女が元気な声で言った。
「愛花ちゃんさー、お母さんって言いなっ!……たくっ」美羽が答える。
「いい子にしてたから、アイス。ハーゲンなんとか!バニラ味!お母さん、ガッコの先生だから……愛花、いっつもお留守番だし」
「……わかった。いいよ、ごめんて」
「やった!」と愛花はレインコートのフードを脱ぎ、ふらふらと踊り出した。
「歯は磨こうね。また虫歯地獄になりたくないなら」
愛花は美羽の忠告に耳を貸さず、優雅にくるくると回る。
美羽は愛花の舞いを見ながら、過去を振り返った。
彼女は無意識に生け垣に咲いているはずの紫陽花を探すものの、周囲には見当たらなかった。言葉にならないようなもの悲しさが美羽の胸中に残る。
「きれーな花!お母さん、アイおばさんに写真送ろー!」
「いい子だ!でも、アイにおばさんは禁句な。アイツ、独身で歳、気にしてんだから……あっ」


愛花が指差す先に小さな紫陽花が咲いていた。
古い民家の一区画、それも路面近くにあり子供でないと見つけられなかった場所に。
美羽はその花を見て、通りを歩いていた思い出が走馬灯のように駆け巡る。
ーーずっと見守ってくれてたのかもね。あの時も。あの時も。だとしたらーー
美羽は傘を閉じ、表情をほころばせ歩き始めた。
愛花は不思議そうな顔をしながら、ついていく。母親の手が空いたのをチャンスとみて、愛花は美羽と手を繋いだ。
美羽は驚きもせず、小さく温かな手の温もりに例えようのない平穏と幸福を感じつつ、スーパーマーケットを目指す。
途中、店に入ったら濡れ模様からして、怪しまれるかと美羽は思ったが……この様子を後で家に帰って写真で撮って、切り貼りして動画でも作ろうと切り替えた。
きっと普通じゃない方がよく覚えている。
何気ない日常は何気なくなんかない。
普通じゃない私を見守り続けた、あの紫陽花みたいに。
美羽はくすっと笑った。

(了)


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