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ロシアから来た宇宙人

「ロシアから来たん?!宇宙人やん!!」

転校初日、クラスメイトからなんの悪気もなく発せられたその言葉は、高校生だった私のガラスのハートに深く突き刺さり今でも鮮明にその子の声が頭の中で再生される。ロシアに住んでいたという私の中のちっぽけな欠片が切り取られて、私は宇宙人になってしまった(繰り返しになるけど、その子に悪気は一切無かったし、その後は親切に接してくれた)。狭い校舎の中で、私の耳に入らずとも、色んな噂があちらこちらで立っていたと思う。そこでどんな風にして私のことが語られていたのかは知る由もないが、聞こえないその声に怯えながら、早く家に帰りたい一心で真っ白な机に座っていた。

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大学生になった私は今、大学を一年間休学し、島根県の小さな離島で暮らしている。島には、地域の高校生が通う、木造の古民家を改造した寺子屋がある。高校生がまだ学校にいる時間帯に、私はそこでいつものようにコーヒーを淹れながら「編集って言葉がずっと引っかかっているんですよね」と呟くと、寺子屋で働いているスタッフSさんが「よし、じゃあ編集を編集してみようか」といって編集会議なるものを開いてくれた。寺子屋の中にある「蔵」という高校3年生が勉強する部屋の前の小さなスペースで、机を向かい合わせにして、Sさんはコーヒー片手に大量のポストイットを持ってきた。カーテン越しに春先の温かい陽射しが差し込む中、「よし、じゃあ編集という言葉から連想するワードを書き出してみよう」というSさんの言葉を皮切りに、15分くらいの間黙々と2人でポストイットに思いつく限りの言葉を書き連ねていった。「編集という言葉から連想するワード」と言われて、私の頭に一番最初に思い浮かんだのは「取捨選択、切り取る」という言葉だった。

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愛媛県の高校に、1年生の3学期に東京からポツンと一人転校した。着用が義務付けられていたヘルメットを被って、凍える寒さの中で慣れない自転車通学に息を切らして校門に着いた途端、「ワイシャツの第一ボタンが開いてますよ。きちんと留めて下さい。」と転校初日に先生から注意されたことを未だに覚えている。都会のJKを気取っていた私にとって、見るもの成すこと全てが新鮮だった。私が転校した愛媛の高校は、中高一貫校だったのでそもそも転校生が来ること自体が珍しい上に、「東京」から来たともなると、ちょっとしたお祭り騒ぎのようだった。他のクラスの生徒が物珍しそうに教室の窓から私の様子を覗いている。父親の仕事の都合で何度か転校を経験していたものの、人の目が気になってしょうがない私は、転校という一大イベントに毎回精神をすり減らしていた。ホームルームが終わった後、東京というまだ見ぬ大都市からやってきた私に、何人かの生徒が興味深々の様子で沢山質問をしてきてくれた。そのうちの一人の女の子に、「生まれたときから今までずっと東京におったん?」と聞かれて、「いや、小学生の時はロシアに住んでたよ」と私は正直に答えた。(海外に住んでたなんて絶対に驚かれるから本当は言いたくなかったけど、嘘をつきたくなかった)

「ロシアから来たん?!宇宙人やん!!」

やっぱり言わなければ良かった、と思った。もう何度目だろう。自分が発した言葉によって「私」が切り取られて、そして傷ついている自分がいた。

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「編集」という言葉から連想するワードを5つくらい書き出した後、ふと顔を上げてSさんのポストイットを見ると、意味の分からない、いや、好奇心を掻き立てるような言葉がずらりと並んでいた。

開く→結ぶ・混ぜる・リセット・発見・驚き・建築・シャッフル・勘違い・変化・出会い・爆発・創造・カオス・繕う・権力・プロセス・既知→未知・長崎の出島・ショートショート・要素分解共鳴結合・操作、、

「『カオス』って言葉いいですね。」
「『長崎の出島』ってどういう意味ですか? 」

2人で対話しながらひとつひとつの言葉を解きほぐしていくうちに、自分の内側にあった諦めや怒りのようなものが徐々に昇華して、「編集」という言葉が新しく編み直されていく感覚があった。

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編集会議が終わった後、スタッフのSさんが紹介してくれた記事の中でこんな編集の定義が書かれていた。

ー「編集」とは、組み合わせをコントロールしながら、モノやコトから価値や意味を引き出していく営みなのである。

ー組み合わせるものを変え、コンテクストを変えることで、見慣れたモノの価値や意味を塗りかえることができるのである。「編集」には、既存のモノやコトの価値や意味を「異化」する力があるのだ。
(特集「編む」松永光弘より抜粋)

愛媛で生まれ、高校までずっと愛媛で育った人たちの隣で、「ロシアに住んだことのある東京から転校してきた」私は、どう考えても宇宙人にならざるを得なかったのかもしれない。ロシアに住んでいたことが「切り取られた」のではなく、ただただ、コンテクストの中で宇宙人に「異化」しただけだった。

早く家に帰りたい一心で真っ白な机に座っていた高校生の私に伝えてあげたい、

「クラスメイトのみんなの生い立ちとか、そういうもろもろのコンテクストの中で、ロシアに住んでいたことが編集されて、宇宙人に「異化」しただけだよ☆だから落ち込まないで!!」と。

きっとそんなことを言われても全く意味が理解できなかったと思うけど、2020年、6年の月日を経て、高校一年生の私がちょっとだけ救われたような気がする。