【超短小説】年雄と"チッ"

年雄は舌打ちが嫌いだ。
あの"チッ"という音を聞くと、みぞおちのあたりがズンと重くなる。
"なぜ舌打ちするんだろう?"と思うのと同時に、"自分もしてるのか?"という疑問が湧いてきた。
意識してみよう。
朝、仕事に出かけようとしたら、雨が降ってきた。
「チッ」
いかんいかん。結構簡単に舌打ちがでた。
年雄は反省しつつ、作業着の上からレインコートを着る。モコモコして面倒臭い。
玄関を開けると、雨が止んでいた。
「チッ」
いかんいかん。またでた。
意識すると、結構簡単に舌打ちしている事に気づく。
気を取り直して、コーヒーでも買おう。
130円。財布に小銭は120円。
「チッ」
いかんいかん。
職場に着いた。バイトくんの遅刻を知る。
「チッ」
いかんいかん。午前中だけで、4舌打ち。午後は切り替えるぞ。
遅刻してきたバイトくんが、ミスをした。
「・・・ふぅ」
よし。舌打ち回避。
弁当を買って帰ったら、惣菜が別の物だった。
「・・・ふぅ」
舌打ち回避。
洗濯物が乾いてない。
「・・・ふぅ」
舌打ち回避。
お風呂が熱い!
「・・・ふぅ」
舌打ち回避。
午前中の4舌打ちに対して、午後からの4舌打ち回避。
これでイーブン。
人って意識するだけで、変われるもんだ。
年雄は新しい自分の発見に酔いしれ、布団に入った。
浜本年雄40歳。
明日は朝5時30分起きかぁ。
「チッ」

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