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陣崎草子 『春戦争』 読書メモ

「それはそうと短歌の本を読む会」、記念すべき第一回目読書会の課題本として取り上げましたが、参加者がいませんでしたので、主催者による読書メモを書いてみました。
次回以降参加してみたいかたに、「こんな感じで短歌の本読むのか〜」という参考にしていただけるとうれしいです!

歌集全体の印象

作者の持つ世界観のはっきりした歌集だった。あまりこういう表現は好まないのだけど「ファンタジックな」と形容することもできると思う。しかし身体的な感覚を重視する歌が頻出することから、全体的に生々しい体感があり、それが「浮ついた」感じを遠ざけているようにも思えた。「名詞」よりの歌が多く、一見して目立つものが多い。個人的に興味深かったのは「戦車」とか「自衛官」とか〈戦〉を連想させるモチーフが散見されたこと。これも「可愛い」印象にとどまらない一因かもしれない。
個人的に少し微妙だったのは、「してる」のような口語づかいに甘さがみられてあまり効果的でないような気がしたのと(定型にはまってなくてもリズムにあまり影響がないし省略しないほうがいいように感じた)、カタカナ語のルビがちょっと気取っているようにみえて浮いていたこと。

好きな連作

「したたる翠」…相聞歌(恋の歌)的な関係性を匂わせた一連。随所にみられる相手のキャラクターの描写が好き。さらっとしているがゆえに切なさのニュアンスが深まる。
「指を入れてはいけない」…動物モチーフから陰毛に導かれてゆく感じ、獣であることでつながってると読んだ。名詞の扱いがすごく効いていると思う。
「率直な庭」…冬がモチーフの一連。ところどころにみられる〈祈り〉が鋭い。

さいごに一首評

お金のないこともさらりとうれしくて花のきもちで足首を撫で 
                              「したたる翠」

上の句、野暮なこというと「だいじょぶか」って思うんだけど、でもそのうれしさが「さらりとしている」のが、やっぱりお金のなさに対するうれしさのありかたなのだなと思ったりもした。結びつきが的確だと思う。その上の句に対する下の句、この撫でている感覚もやはり「さらりと」しているんじゃないかな。「花のきもち」は〈花に触れるようなきもちで〉と補って読んだ。連作から見るとやはり相聞的な相手との関係性をいっているのだけど、さらっとしていながらどこか立ち入らせない感覚があって、つよい歌だと思った。

キリンたちのたふたふ揺れるくちびるに鎖骨たふたふされつつ眠る 
                         「指を入れてはいけない」

たふたふ、よきですね。「キリンたち」と複数で提示→「くちびるに」ってフォーカスする感じがぐっと近寄ってる気がした。この「たふたふ」に対比するように硬い「鎖骨」があって、この皮膚感覚がなんともいえないんだけど、安心感がすごく出ててそのうちに眠るここちよさがある。

めちゃくちゃに積まれた廃車のため祈るつぎは人魚に生まれておいで 
                               「率直な庭」

一番射抜かれた歌。「廃車」となった車には足(タイヤ)があるんだけど、それも操作する人がいなければ動けないんだよね。それなら海であれば自力で泳げる人魚のほうがいいのかも。でも地上では歩けないわけで、祈りでありながら残酷な歌だと思った。なにかがこの世に「生まれて」くることに、作中主体は関与できない位置にいることを知って(しまって)いるのだろう。だからこそ祈る。その遠さが残酷でもある。

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