一首評メモ(「上終歌会01」・2)
「上終歌会01」(2017年8月発行)各連作より一首評つづきです。
自転車のタイヤの空気がないことに実は気づいてた(ほんのちょっとだけ) /岡本友紀「ブルーアワー」
体感を通じてなんとなく得られていた気づきが、やっぱりそうだったというシーン。それでも主体はその認識を〈ほんのちょっとだけ〉と言いなおすことで、自分の意識のありようを正確にとらえようとする。下の句8・9のつまる感じに少しの動揺を見る。
ニュウメンも柑橘ジュースもこころざしスーパーならば値札がついて/川上拓郎「直島には野良猫がいない」
〈こころざし〉は、神社であるような「金額はお気持ちで」という意味合いとしてとった。ここではにゅう麺もジュースも等しく購入者の判断にまかされている。その大まかさにどきっとする。
「絆創膏、ジャンボSってどっちなん」たこ焼きの音ことさら旨げ /新川詩織「ささくれ」
ジャンボなのにSサイズというオクシロモンめいた言い回し。たこ焼きの〈音〉があることから、一方が火傷をした光景を思い浮かべた。そこから出てくるのが〈音ことさら旨げ〉という聴覚から入って味覚に接続する感覚。美味しそうな音、というのは一般にもわかるものだと思うのだけど、上の句の導入によって、レトリカルな禅問答めいた面白さがある一首。
じゃんけんのチョキの形がひとりだけ違う 負けたのは黙っている /鵜飼慶樹「拡大する冬」
主体が負けて黙っていたのか、あるいは別の誰が負けたのを黙っているのか。〈のは〉という言い回しから主体が負けたと読んだ。〈チョキの形がひとりだけ違う〉というささやかな疎外感に対する小さな抵抗が見える。
ぬばたまにより近しい身へし折れて染みる瞼にソ連のまばたき /仲西森奈「あたらしいたらちね」
ぬばたまの身は、黒く球状で光沢がある。そのどのあたりをとるかでこの〈身〉の意味合いが変わるかと思ったのだが、〈へし折れて〉ということは。あまり丈夫ではなく好意的なものではないように思われる。瞼までの形容がかつて崩壊したソ連のイメージに覆いかぶさるようにして〈ソ連〉を導き、身に染みる痛みのようなものが浮き上がる。ひるがえってみると瞼・まばたきは眼のようなぬばたまの実のイメージを引き受けているようにも思われる。
触れてなお寡黙なるサボテンの群れ 机上のゴジラアガペーを知る /中村ユキ「世界体積」
サボテンは植物だから喋らないものだが、〈なお〉という語が意思疎通における隔たりを浮き上がらせる。そこから怪獣〈ゴジラ〉がアガペー、無償の愛を知るというイメージでつなげていく感じのようにとった。もう少し助詞が置かれるとより明確になったか。
うまく言えたためしがないなそのままのあなたにもわたしにも吹く風 /中山文花「音を聴かない」
初句二句と〈そのままの〉という語から、この〈あなたにもわたしにも〉吹く風(とその共有)の心地よさが体感をとおして立ち上がる。べたべたにつながっていなくても、通じ合う肯定と受容の歌。
紅すももそれっきりもうそれっきり無言で食べる二歳と夫婦 /森本菜央「SFじゃない」
一読、家庭での光景が思い浮かぶが、結句の即物的な言い方や〈それっきりもうそれっきり〉というリフレインが、どことなく不穏めいた落ち着かなさがある。初句の〈紅すもも〉をうけて色味のない景がつづくことで、赤色の発露が印象的。
一回もリナという名を呼ばぬままもう呼ばぬ名だ沈丁花の香 /吉原知世「リナ」
アイドルをテーマにした連作。歌の中で二度使われる〈呼ばぬ〉の意味合いが変質する。結句〈沈丁花の香〉がくることで、永遠に呼ぶことのない名前が記憶の奥底に沈んで堆積する質感がある。
指先に火ともすごとき集中の鈍色の刃を砥石に当てつ /永田淳「凪の海馬に」
一点に集中する圧の強さ。〈つ〉の意識が一首の頭から最後まで貫かれる。
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