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「短歌入れれます」一首評・3/4

月曜が来るのが嫌だ 全身をあんこで包んで大福になる /楽しい日曜日

この歌の読みどころは、やはり三句目以降だと思います。初句二句はいわゆる「サザエさん症候群」のことを言っていて、多くの人の共感を誘う内容の導入となっています。〈つようくるのいや〉の音の濁りが響くと同時に、〈嫌だ〉の表記と断定は、感情表出として強めに表れます。「来るの」でないのも、「月曜が来てしまったら一週間を乗り越えていかなければならない」というニュアンスがベースにあるからだと思いました。

この初句二句で出た憂鬱(困難さ)にどんなアクションをするかが、個性だと思うのですが、この歌の主体は〈全身〉を〈あんこで包む〉という防御をとり、さらに餅でくるんで大福になろうと二重に防御します。ここまで防御するならもっと堅牢な鎧を持ち出すことも考えられると思うのですが、ここではぶつかって摩擦が起きる硬さではなく、衝撃を緩和するやわらかさが選択されていて、そのことが主体の困難さにむかう態度のとりかたを表しているのだと思いました。
大福以外にもやわらかいものはほかにも考えられますが、主体としては二重に包むこと、またさらされている全身に対して〈あんこ〉のすきまなく密着する感じも、防御力としての信頼があるのでしょう。
また大福になろうとする行為は、ともすれば滑稽になりますが、初句二句の本気トーンが最後までそちらにいかない効果があると思いました。

実は初読で「あんこで包んだもの」は大福なのか、おはぎではないのかと思ったのですが、〈全身をあんこで包んで(さらに餅でくるんで)大福になる〉という省略があるものとして読み直しました。(なお蛇足ですが、もしかしたら主体というよりかは作者にとって、大福はあんこをメインとした食べ物と見なされているかもしれません。)

【短歌入れれます】とは
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