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統計は世界を知る手がかり。どのように発展してきたのかをひもとく。『統計の歴史』本文より【試し読み】

目に見えず共有しにくいものに形を与え、世界を知る手がかりとなる統計。数学の一分野にとどまらず、国力の測定や労働環境の改善に用いられたり、進化論の発達に関わったり、文学・芸術と対立してきたりと、世界のあらゆるものに影響を与えてきました。そんな統計がどのように発展してきたのかをひもとく『統計の歴史』の第一章を抜粋して特別公開します。

数字化される世界


聖書には、「はじめに言葉があった(ヨハネの福音書)」という語句があって、これは世界が存在する前に言葉があったということであるが、その伝でいけば、おそらく、「最後は、すべてが数字になる」。これまでは言葉で表されていたものが、数字で表されるようになるのだ(数字とともにグラフやダイヤグラム、地図や図表などでも表される)。
人々は個人の経験では社会に対応できなくなったとき、数字を判断の基準にしようとする。社会の変化が激しく、複雑になりすぎたとき、あるいはこれまでのやり方ではうまくいかなくなったときに。それは単に世界を数字で測るというだけではなく、数字が個人のいちばん核になる部分まで支配するというところにまで及ぶ。近年広まりつつあるいわゆる「自己定量化」である。
そうなると、たとえば、自分が健康かどうかは、個人的な経験による感覚で判断するものでなく、健康機器の出した数値によって判断するものになる。
具体的な例を挙げよう。一日中、パソコンの前に座っているホワイトカラーのサラリーマンは、まず「自分が健康ではない」ということを健康機器の数値によって知る。そして、それを改善するためにジョギングを行うのだが、そのとき、このサラリーマンはジョギングの効果や、それが健康に与えた影響を数字で把握しようとする。すなわち、ウェアラブル端末を身につけて、スマートフォンの「アプリ」を使うことで、ストライドや心拍数、走行距離や消費エネルギーを計測する。また、そうしないと走ったという実感も持てないし、健康のために役立っているとも思えない。つまり、こうした形で、個人は数字化されてしまうのである。
個人ではなく社会においては、この数字の支配がさらに強くなる。社会の状態や政治のあり方について考えようと思ったら、専門の機関が調べた数字を基にせざるを得ない。経済成長率、失業者の数や失業率、インフレーション、赤字、負債、株価、犯罪率、建設、輸出入の量、移民の数や増加率など、数字がなければ現状がどうなっているか、把握することも改善することもできないのだ。そして、この数字がこの本で皆さんにお話しする「統計」なのである。
一つ例を挙げよう。一九九三年に発効されたマーストリヒト条約は、欧州連合(EU)の各国に対して、今後は統計の数字に基づいて次の三つのことを達成するように要求した。すなわち、インフレ率は最も低い三ヶ国の値からプラス1.5%の範囲を超えてはならない、財政赤字は国内総生産の大きさの3%以下でなければならない、公的負債の大きさは国内総生産の60%以下の大きさでなければならない……。これは国家間の取り決めをするときに、法を制定する重要な要素として、統計の数字が使われた最初のケースであるが、これからもその重要性はますます高まっていくに違いない。


統計に頼りすぎることの問題点

このように社会における「統計」の重要性が増すいっぽうで、当然のことだが、統計を重視しすぎることに対する批判も多い。その批判の中心になるのは、「統計は現実のすべてを反映しているわけではない」というものだ。
たとえば国内総生産(GDP)については、そこで表された数字のなかに、家内労働がもたらしているはずの相当な額の数字は含まれていないし、経済活動による環境被害もそこには反映されていない。また、国内総生産が増えたとしても、それによって国民の実際の幸福度が増したと単純に結びつけるわけにはいかない。それなのに、私たちは統計の数字を真に受け、国内総生産が上がったと言っては単純に喜んでいたりする。どうすれば、この勘違いを正すことができるだろうか?
もちろん、答えは決まっている。〈国民の幸福〉や〈環境と経済〉という新しい指標を取り込んだうえで、現実をより正確に数字で表現できる「新しい統計」を作り出すしかないのだ。言いかえると、現在の統計では見えなかったことを見えるようにするために、新しい指標を設定するしかない。というのは、「現実は統計の数字で表される」という事実だけはもはや否定することができないからだ。


社会の構造転換と統計の発展

近代ヨーロッパの統計に対する貪欲さはどこから来たのだろうか? それを探るためには歴史的なアプローチだけではなく、社会学的なアプローチも必要だ。なぜなら、今日の統計の支配はもはや「社会的事実」、つまり、統計は社会とその制度全体にかかわり、直接的または間接的に、社会生活のあらゆる面に影響を与えているからだ。
今日、なぜ統計が台頭するようになったのか、その背景を考察することは、現代社会をグローバルな視点で分析することでもある。そこで、これから考察を始めるにあたって、頭に入れておきたいことは、いわゆる〈社会〉の構造と機能は、その中に存在する〈私たちの共同体〉の構造と機能を反映しているということである。エミール・デュルケーム(一八五八~一九一七)とマルセル・モース(一八七二~一九五〇)が述べているように、「共通の祖先をもつ血縁集団が〈種〉となり、次に、血縁集団が共同体を形成して〈属〉となる。そして、これらが〈社会〉を形成し、社会における物事の位置づけが自然における物事の位置づけを決定する」のである。
これはフランス語を例に考えるとわかりやすいだろう。フランス語はすべての名詞に男性形と女性形の区別があるが(自然における位置づけ)、名づけられた物そのものに男女の区別があるわけではない。私たちの社会で男女の違いによって果たす役割が違うことが反映されているのだ(社会における位置づけ)。
もちろん現実には、社会の仕組みと共同体の仕組みはこのようにわかりやすい関係ではない。もっと曖昧だし、より複雑だ。
しかし、両者は常にどこかで重なっていて、二つの集団のあり方が変化する過程で統計が必要になったと考えられる。ドイツの社会学者ゲオルグ・ジンメル(一八五八~一九一八)は、「貨幣経済が日常生活に数字の支配をもたらした」と言ったが、貨幣は大昔から存在していたのだから、貨幣だけでは不十分だ。お金が今日のような支配的な位置を占めるようになったのは、社会の構造に根本的な変化が生じたからである。実は、統計もそうした社会の変化に深く関わっている。だから、統計の誕生と進化を探れば、現代社会の仕組みまで明らかにすることができるだろう。
本書の目的は、統計の発達の歴史をたどることで、ヨーロッパで統計が飛躍的に発展した理由を考察することである。そこで、まず、統計的な考え方が生まれ、記録をつけることとその収集(そこでは数字はまだそれほど重要な位置を占めていなかったが)を促した一六世紀以降の思想から始めたい。
次に、一九世紀において統計が「大きく飛躍した」背景について論じる。イギリスの産業革命とフランス革命によってヨーロッパでは大きな社会転換が起きた。この劇的な変化によって〈社会問題〉が出現し、人々は当惑と不安を抱えるようになる。その結果、社会調査の需要が増え、統計調査が頻繁に行われるようになるのである。この時代、統計は社会科学という学問が確立するうえで決定的な役割を果たした。
さらに、統計が文学に与えた影響についても触れる。意外に思えるかもしれないが、文学は統計から少なからぬ影響を受けている。しかし、最終的に両者は決別するのだが。一九世紀に起きた統計の飛躍は、二〇世紀を経て、二一世紀の初めの今日に至るまで続いていることがおわかりいただけるだろう。
本書では、政治から科学、経済から文学にいたるまで、多くの分野が扱われている。実は、こうしたやり方は本来の近代科学の手法ではない。近代科学では、遮眼革を装着して、一つのレーンをまっしぐらに走る馬のように、まず個々の専門について研究することが推奨される。しかし、それではある分野について知識は得られるが、それ以外の分野については暗いままである。統計が私たちの日常を支配するようになった理由を考察するには、むしろ学際的なアプローチが優れていると思われる。そういうわけで、本書では、異なった分野のさまざまな専門家の著書を取り上げ、統計の発展の原因ときっかけを探ることにする。

『統計の歴史』 目次

第1章 「数字」が支配する世界
数字化される世界/統計に頼りすぎることの問題点/統計による欺瞞/世界の数量化のはじまり/統計の発展と近代科学の発展は無関係?/社会の構造転換と統計の発展

第2章 統計の始まり
統計の出現/徴税のための人口調査/帝王学としての調査/調査対象となったもの/ドイツの統計 国家学/国家の見取り図/論文から表へ/政治算術 ロンドン王立協会/「統計」という言葉/政治算術の失墜?/人口問題/人口と繁栄/人口は増加していたのか、減少していたのか?/政権批判と人口問題/聖書が禁じる人口調査/人口調査を恐れる民衆/絶対王政の矛盾/人口推定のはじまり/フランス以外の国々の人口調査

第3章 個人の社会
分裂する社会「個人の社会」とは/契約による社会/産業革命と政治革命/数が力になる/人口の増大/人口増加の要因 農業/出生率/都市化の始まり/ミステリアスな社会を知るために/「個人の社会」に秩序を/社会のイメージを作る/国家を映す鏡/政策の正当化/個人を管理する/都市化に伴う市民生活の変化/社会の観相学としての統計

第4章 統計の爆発的な普及
統計の流行/フランスの場合/新しい国土区分と人口調査/一時的な停滞/統計への負のイメージ/イギリスの場合/ドイツの場合/フランスにおける統計の復権/統計への民間人の参加/統計の使命/統計に対する市民の関心/統計に起こった革新/グラフ、地図の衝撃/統計への批判/医療における統計 天然痘の予防/ワクチンの確立/統計の医学への応用に対する批判

第5章 社会問題
一九世紀における社会悪 慢性的な貧困/貧困の震源地、イギリス/自由経済と社会経済/自由主義者の考える貧困/社会経済から見た貧困/産業社会と植民地/人口増加が貧困を招く/人間の数の問題/貧困は自然の法則/『人口論』の反響/マルサス主義vs自由経済/ハイエクからみるマルサスの誤り/人口問題と統計の関係/怒れる労働者/社会経済が促す統計調査/人口統計調査/フランス学士院 倫理・政治学アカデミー/産業発展の弊害/フランスの人口抑制策

第6章 統計と社会学
社会物理学 統計学の礎を築いたケトレー/「平均人」というモデル/平均が時代を体現する/政治と統計の関係/社会物理学から社会学へ/機械論/社会学の誕生/社会学と統計/デュルケームの集合的タイプ/統計の調査対象は社会か個人か?

第7章 社会科学から自然科学へ
ダーウィニズムの系統/『人口論』の影響/アダム・スミスの影響/ダーウィニズムの社会学への影響/遺伝と統計/優生学の発展/動物研究と統計/数学分野での統計学/気体の統計学/熱力学と統計/気体分子運動論の始まり/ラプラスの決定論/ラプラスの確率についての試論/確率を気体運動論に応用/マクスウェルにとっての正規分布/統計とエントロピー/ボルツマンの証明/原子論に対する批判/決定論の衰退/因果の原理から統計の原理へ/統計がもたらした変革/経済学への影響

第8章 統計に対峙する文学
文学と科学の関係/時代の変化と文学/文学の新しい波 風俗研究/「生理学」文学の隆盛/パノラマ文学/統計と文学の補完関係/バルザック『人間喜劇』/バルザックと統計/個性的人物像と有機的社会像/見えないものを見通す力/群衆の視点の欠如/人々の不安に対する回答の欠如/スタンダールの手法/トルストイの手法/科学と文学の対立/文学者たちの反応/芸術家と数字/承認欲求と競争社会/孤立する芸術家たち/突破口としての芸術と芸術の大衆化/前衛芸術の始まりから統計の定着へ

第9章 統計に対する愛憎
躍進する統計/個人のあり方/平等の欲求/近代社会の形成/統計の「客観性」は本当か/統計は社会の羅針盤

ネット書店リンク集には以下からどうぞ↓

統計の歴史
オリヴィエ・レイ 著
池畑奈央子 訳
原俊彦 監訳
定価 本体3,600円+税
A5判・336ページ

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