秋空の散文詩

「「「秋晴れの空をわたしは好きです。首が少々つかれるのを我慢すれば、それは一昼夜、最上の観賞物です。帰省してからは、不眠症だということもあり、本を読むよりは空をみています。とくに夜は、子どもたちのいない林に出掛けて、木々の額縁の中に星をみます。林道のわきの腐れた青いベンチから見ると、りっぱな椚のてっぺんに北極星がくるのです

「「「名前をよぶのはケ楽ですか?「ええ、ケ楽です。「ケ楽はいま、 どこにいますか?「北の灰色病棟、521号室です。「そちらの様子はいかがでしょう?「白髪の12人がここにいて、陽のあたらぬ壁側の6人がもう、小さく小さくなっています。「無機分解?「ええ、それもたいへん非効率な電気流動です。「それでは空気がわるいでしょう。「阿片粒がぷかぷかします。「それでお躰の具合は?(あんなに遠くへいってしまった。(緯線上を?(いえ、経線上をです。「名前をよぶのはケ楽ですか?「ジ楽です。

「「「私の屍体とこの手紙を発見されたかたへお詫び申し上げます。親族のない老人の不始末な最期をおみせしてしまって申し訳ありません。 体の臭くなっていないことを祈るばかりでございます。加えて誠に勝手なお願いではありますが、安山寺さんの電話番号を書き添えておきますので、食卓の上にあります電話で連絡をとってくだされば有り難うございます。後はそちらのほうにお願いしてありますゆえ。すぐに来てくださるはずでございますから、よろしければお待ちの間、電話の隣においてありますお茶菓子をお召し上がりください。粗品で申し訳ございませんが、賞味期限は年末までとのことでございますので、当分は大丈夫かと思われます。そのほか、粗末な生活用品や衣類ばかりですが、そのあたりのもの、仏具の他はなんでも差し上げますので、どうぞお持ち帰りください。衣服につきましては丈がかさばり過ぎるかと思われ、重ねて申し訳ない。なお、往生した後に物に因縁をつけるつもりなどございませんので、御安心くださいますよう

「「「ことしで夏休みも最後だし、免許をとったのよ。そしたら、ありがちだけど運転楽しくなっちゃって。ちょうど紅葉の季節だから、けんちゃん無理矢理さそって耶馬渓までドライブにいってみたのね。うん。 めっちゃノロケだよ(笑。そう、南畑ダムあたりのカーブで「死ぬ~とか叫びながらね(笑。けっきょく紅葉にはまだ早かったみたいで

「「「彼岸参りの日、3車線道路の真ん中、両手を広げて秋空を持ち上げたまま自転車で駆ける老女、を見た。操縦手を失ったハンドルは方向を失い、"それ"は悪夢のように揺れている。わたしたちの白ワゴンと接触すれすれでしばらく並走し(薔薇模様のツーピースの間に痩せこけた白い腹がちらついていて(すぐに衰えた"それ"は後方へ流れていった。 5歳の息子は眼を丸くして後ろの窓に張りつく

「「「最近、アントンに会いましたか?あなたが会っていないのなら、 わたし手紙を書きましょう。<ウチの犬きのう発狂しましたが、そんなに怖がらなくてもいいですよ、って

「「「"あなた"に嫌われるということに悲しく成功したのは十一月。何 処へもゆけぬ道を消し去りましたがさるにても歩きゆくべき場所はなく。歩かないわけを足が痛みがなくなるまではと人に説明するほかおし黙って。こうして待ちぼうけのふりしてぼっとツッ立ち川面をまっすぐに見据えてみる。すこしでも腹が減れば何か食べる。体内の空にはかならず オモカゲビトが棲みはじめるから。オモカゲビトをそんな暗いところに棲ませてしまってはいけないのだ

「「「秋晴れの空をわたしは好きです。風景はルチル混じりの石英にまみれて、田舎ではとくに、よく浮かんでいます。こんな日に会う子どもたちは何故か、自分の祖先のように感ぜられて、わたしは土地のものではないからか彼らに不信がられていますが、どうにか仲良くしようと思うのです

「「「ジ楽はいま、どこにいますか?「ケ楽のとこから2次元下です。 「その後、廻転の具合はいかが?「少々傾斜がありますが、支点と軸はたしかです。「シルクハット坊やはまだ駆けますかね?「足の裏からくすぐります。「嗚呼、それは非常な痛みでしょう?「摩擦が無いのでさほどでも。「しかして瘢痕が残ります。(ええ、たしかに。(もう紫に 膿みはじめて。(歯車菌が這入ってきました。(滑走状態でございますか?「ル楽です。

「「「以下、安山寺さんへ。今がもし夜半でありましたら、こんな時間に叩き起こしてしまって申し訳ない。なにかと不始末もございましょうが、此の度やっと往生いたすことができました。生前から幾度もお世話 になり、親しくしていただいた住職に引導の読経をしていただきたいという身勝手なお願いは、すでにお伝えしていたとおりでございます。些 か少なくはございますが、全財産をお仏壇の引き出しに仕舞ってありますので、火葬代、手数料、埋葬代はそこからお払いして、もし、残りのございましたらお寺様のほうへの寄付ということにさせてください。家の方の片づけがつきませんで、お見苦しく申し訳ない。もう、このままにしておいていただければ幸いです。盆にくつろげる家がないというのも淋しい気がしますので。なお、古い家につき、倒壊の危険なども何れございましょうから、付近の方々には近づかないように、とお伝え下さい。とくに子どもたちが怪我をするのは忍びなく、どうぞお願い申し上げます

「「「最後に会ったときはアントン、体重がまた15キロも増えてしまっていて、「アントン、右足の小指痛い、歩けない、アントン、自分のつまさきが見えないから、かわりに見てやってくれないか?と頼まれて、わたし靴下を脱がせて見てみました。小指はとく変わりはなかったのですが、あんなに太っているのに足首から下は痩せていて、老人の皮膚よ うにしていましたね

「「「あ、そうそう、その帰りがけにやっぱり南畑ダムの道路をとおっ て、そこで、トイレいきたくなっちゃったの。そしたら丁度、「死ぬ~、て叫んだカーブのあたりに(笑、ほんとに崖のしたなんだけど、ちいさな公衆トイレがあってね、夕方だし、きもちわるかったけど、他にするとこもないから仕方なく車とめて、けんちゃんに「でるんじゃない?と かしつこく脅されながら(笑、うん。はいってみたの。薄暗かったけど、 電気もついてて、なんとかなるかなって個室にはいって、ドア閉めたのね。そしたら、その閉めたドアの内側に剥げかけた赤い口紅で 上ヲ見ロ っておおきくかいてあって

「「「バックミラーから左右のいれかわった薔薇模様の疾走者を見ると、 その姿は徐々に遠退いてゆき、にもかかわらずその幸福そうに血走った表情はこちらへ迫ってきて、迫ってきて、迫ってきて、ミラー一面に拡 がると同時に弾けるように消えた

「「「オモカゲビトは異様に痩せている。固形物を食べない習慣だった。 物を食べるとやがては躰というパイプに空洞ができる。そこにはかならずオモカゲビトのオモカゲビトが棲みはじめる。その感触にオモカゲビトは耐えられずわたしたちが出逢ったころにはすでに胃という臓器を極限まで細めていたのだ。オモカゲビトより昔に出逢ったはじめてのオモ カゲビトへの思いから常に満腹を維持していたわたしと同じ考えでオモカゲビトはひどく痩せていた。わたしとオモカゲビトの躰が並んでいるときは奇妙な均衡がうまれ例えば自転車の二人乗りをすればそのスピー ドの残像のなかでわたしたちはとてもうつくしいわたしたちになれるような気がした。棲んでいた都心から故郷の景勝地までドライブにいったときには彗星の尾になってゆく感触にのめり込むあまりスピードのだせる有料道路のダム沿いカーブで警察にとめられてしまったことさえある。

「「「ル楽は現在、搬送中では?「二輪車の荷台に積まれています。 「オモカゲビトと一緒ですか?「背中から数えて4回裏に。「マイナス加速をどちらのほうまで?「いえ、めずらしく一定速です。「おやおや、 何処へも行けませんね。「そうとも言えぬものですよ。「それはどういうことでしょう?「あ、ただいま丁度、到着しました。「どこへです? (ここはあなたの尾骨です。(しかしわたしはケ楽ですよ?(いえ、ちがいます、あなたは「アントンです。

「「「気づいたらわたしは息をしていなくて、息子は後部座席に白色の吐瀉を残し、ぐたりと眠っているよう、だった

「「「秋晴れの空をわたしは好きです。帰省してからはよく散歩をするので、血糖値も下がってきて、肉眼で星座もわかるようになってきました。子どもたちとはうちとけてきて、この間はオレンジの飴を貰いました。インスリンをいれたあとでふらふらしていましたので、その場でなめると、こめかみのあたりに懐かしい甘い痛みを感じました

「「「納骨堂の駐車場に車をとめて揺り起こすと、息子は不機嫌そうに目覚めた。外にでると日射は強く、わたしたちを押し黙らせるのに十分だった。ふたりは何もいわないまま納骨堂へはいり、妻の棲んでいる仏壇にしずかに手をあわせ、眼を閉じた

「「「オモカゲビトは警察の前で俯いたわたしをじっと見ていた。いつも俯きがちなうえ人といるときさらに俯くのはわたしの癖だったがオモカゲビトはそれをとてもいやがっていた。とくにこの一件のあとはオモカゲビトの病的なヒステリーはわたしの首の角度へと向かってゆく。その数日後都心街へ買い物にでかけたふたりが同じ理由によりハンバーガーと烏龍茶を食べているときにはきれいな花模様のツーピースをきたオモカゲビトにこう言われた。「上を見てよ。上を見なきゃふたりで夕焼けも星も見えないでしょう"あなた"とそれができないのは悲しいよ

「「「あれがペルセウス座、となりがカシオペア、間にちいさく二重星団、もすこし西に北斗七星、あすこがペガサス四辺形、3の天頂のちかくです。

「「「わたしには"あなた"といる間どうしてもそれが出来ずに痩せこけたいとしい"あなた"のこころを衰弱させてしまいました。それを悲しまれるたびにわたしはさらに俯いてしまって結局はそれが終につながった ようにおもいます。皮肉なもので"あなた"がオモカゲビトとなってわたしの胃袋のなかにではなく想いのなかに棲むようになってからはそれが できるようになりました。きれいな空がいまは見えます。ひとつ年をとる今はもう秋です。

「「「いや、べつに怖い話じゃないって(苦笑、でも、そのラクガキに どうしようもなく驚いちゃって。つい、逆らえなくて、上、見ちゃったの。バカだよね(苦笑、べつに凄いモノは何もなかったんだけど、電球 にてのひらサイズの蛾がとまっててね、虫はだいじょぶなほうだから、怖くはなかった。でも、その蛾、白くて太ってて、カイコかな?それで 動かなくて。死んじゃってるみたいだった。逆さまにとまったまんま、 じっとしてて、ごめんね、なんか意味ないねこの話、ごめんね、

「「「アントンはいま、どこにいますか?(名前を呼ぶのはケ楽でしょうね。(林道のわきの腐れた青いベンチに座ると、(りっぱな椚のてっぺんに、(わたしが駆けてございます。(薔薇星雲から遠ざかり、(きょうは彼岸で田舎へゆきます。(わたしの祖先や子孫を連れて、(迷走彗星の尾をひいて、(百日紅から滑り降り、(廻転軸を季節にあわせ、 (曼珠沙華の道管くぐり。(痛点もなく空、晴れ渡り。

「「「住職もよろしければ膳にあります茶菓子をお召し上がり下さい。 お茶の葉も、いつもの入れ物に残してございますし、給湯器のお湯も御自由にお使いください。秋ももう深まりましたが、さて、わたしの屍体は綺麗な仏になってございますか?流石の住職も、腐った仏のそばではくつろげないでしょう。それが心配で、息のとまるまでに、なんとか胃 袋の中を清浄にしておこうと心掛けています。溜め込んでしまった贅肉だけで、往生するまでは生きようと思います。それが娑婆でのせめてもの罪滅ぼしとなれば、と願う心もございます。しかし、こうして綴って います11月10日も、すこしずつ寒さをまして、庭のモミジは眼に眩しいほど紅葉していますよ。この気候ならば、なんとか腐蝕は免れることが出来ると思います。本当に、秋にゆけてよかった。この季節をわたしは好きです。

「「「最近、アントンに会いましたか?あなたが会っていないのなら、 わたし手紙を書きましょう。<誕生日おめでとう。きょうは空がよく晴れているから、散歩には丁度よい気候ですよ。








この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?