帰って来たピアノとひな人形

うちにはかつてピアノがありました。
                                
黒いのはありきたりだからという理由でこげ茶色のピアノ。
私はピアノを弾くことは好きだったけど、練習がとにかく嫌いだったので上達はしませんでした。
ピアノのレッスンは小6でやめたけどその後も気分転換に弾くことはよくありました。
                                                             
それからひな人形もありました。
7段飾りで普通に大きいやつ。
値段がどうかとかまで知らないけど一人娘なのでそれなりに良い物を買ってくれたのでしょう。
                                                                                         

ちょっと重たい話になりそうなのを極力そうならないように書くと、私は13歳の時に父親が勤めていた会社が倒産したので家族で夜逃げしてるんですね。
                                  
「夜逃げ」ってどういうことかと言えば引っ越し業者とか呼ぶ暇はないんですよ。「もうここにはいられないから一刻も早く逃げよう!」的な感じです。家財道具の引っ越しは知人に頼んだはずです。
                             
驚くべきはピアノもひな人形もこの非常事態の中でも新しい家まで持ってきてもらってるんです。
ピアノの引っ越しを経験した人ならわかると思いますが、ピアノって移動がめっちゃ大変なんです。重たいし慎重に取り扱わないといけない。
マンションならクレーンで吊り上げて搬入するので別料金が発生するほど大変。
                                   
慌ただしすぎて当時のことの詳細は忘れてしまったのですが、どうやって素人に運んでもらったのかいまだに謎です。
                                                             

このピアノとひな人形、いつ手放したのかと言うと父が死んで私が大学に入る時、母と香川から大阪に引っ越してきたタイミングなんです。
                                  
二人で新たに再出発ということで荷物は極力コンパクトに…となるとピアノもひな人形もネックでした。というより私がどっちもいらないって言ったような気がします。
意地をはっているわけでもなく本当にそう思ったから。
                                                                                           

ところが、1年前母が急に電子ピアノを買おうと言い出しました。
母曰く「私がピアノを長男に(簡単なレベルであれば)教えてあげればいいじゃない」とのこと。
                                           
長男は確かに歌うことが好きだし、当時幼稚園でピアニカを一生懸命練習していたから私と二人でちょっと弾くレベルであれば家にあってもいい。
でも別にお願いしたわけでもないのに…。
買ってくれるって言うんであればじゃあお願いしようか、そんなノリで電子ピアノを買ってもらいました。
                                                                          

それから今年の2月末ごろの話。
何故だか急に母がひな人形を買ってきました。
といっても前にあったような大きなやつじゃなくて玄関に飾るような小さなもの。
でも単なるオブジェにしてはたぶんちょっといいお値段するよね?それ?って感じるようなもの。
                                    
「どうしたの?」って聞くと
「あなたのひな人形はもうなくなってしまったけど、やっぱりあった方がいいかなと思って買ったの。このくらいの大きさなら家に飾っておくのにもちょうどいいでしょう。」とのこと。
                                                             

なんかもう…
この人はなんでいつも…
                                   
私、ピアノもひな人形も手放したことは一つも後悔していない。
大好きな家族も住む家もある。
幸せに暮らしている。
上を見ればきりがないけど、普通に生きていくためには特別困っていない。
それに私もう35歳なんだけどなぁ。
                                                  
なのにどうしてこの人は頼んでもいないのに、いつまでたっても私のためにお金を使うんだろう。
しかも過去に失ったものを埋めるかのようなお金の使い方をなんでするんだろう。
それはやっぱり私がいくつになっても母の娘で、自分のせいでピアノやひな人形を手放したことを申し訳なく思っているのかもしれない。
                                               
だけど母のお金はもう自分の人生を豊かにするために使ってくれたらいいのに。そんなことを考えていたら色んな思いがこみ上げてきた涙が止まらなくなくなった。
                                                    
元あったものではないけれど、かくして戻って来たピアノとひな人形。
母の執念とも言えるし愛情とも言える。
そういうところが母の大嫌いなところで、大好きなところでもあるんだよなぁ。私の母ってそういう人です。
                                                                                                                       
おしまい

#お母さん ,#エッセイ

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