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2023.5.28

私はスパゲティの作り方がわからない。大量のお湯に多めのお塩を入れて、パスタを茹でる。フライパンを熱して、オリーブオイルを入れて、刻んだニンニクと唐辛子を焦がさないように炒める。そこまではできた。でもその先は何もわからない。

いや、別にここで終わらせてしまってもいいのだ。あとは茹で上がったパスタをフライパンに入れて乳化だかなんだかさせて終わり!とすることはできる。でも、それを食べさせられるみなさんの悲痛な顔が見えるようで。そういえばあなたは辛いのが苦手だった。

というわけで何かしらの具材を入れなければいけないと思い、冷蔵庫を開けて中を見る、が、その中の白さといったら!中は空白よりも白くて到底何も掴める気がしないのであった。持病で右目の視界が白く霞んできているので早く病院に行かなければいけないことを思い出した。

私はスパゲティの作り方がわからないので、図書館で専門の新書を借りて読んでみた。ふむふむ、ソースの方はトマト缶を使ったり、生クリームを使ったりと工夫ができる、一方でパスタの方は、お湯に対する塩の比率を間違えないこと以外にできる工夫は今のところない、なるほど。

読んでいて特に衝撃だったのは、音楽をかける必要があるということ。ジャンルをしっかり吟味して、適切な音楽をかけないとスパゲティは完成しないと言う。私が「スパゲティの作り方がわからない」と何度も相談したあの人はそんなこと教えてくれなかった。シェフだと言うからそれなりに信頼していたのに。

私はスパゲティを作ることさえできないから、どんどん細く枯れていく。それでも、なにかしら食べないとスパゲティを作る元気さえ出ないだろうと自分を奮い立たせ、夕食をコンビニで買うことにした。夜の外に出ると、視界がより一層白くなってきていることに気がついた、が、もう病院に行こうとは思わなかった。

最近は耳鳴りもひどく、拍動に合わせてキーン、キーン、と鳴る。その音に聞き覚えがあったのだが、コンビニのレジの最中、パスタの茹で上がりを知らせるタイマーの音とよく似ているのだとわかった。後ろでスパゲティを楽しみに待つあなたの太陽のような声が弾けた、気がした。

あなたは料理が苦手だったから、スパゲティの作り方がわからない私の気持ちはわからない。そのことを深刻になりすぎないようにおどけて伝えると、決まってあなたは「そういうことを言わないでほしい、それが一番言われたくない言葉」と言って悲しそうに目を伏せたが、果たしてあなたには私の辛さがどれくらい見えていたのだろう。

そんなあなたがいなくなってしまった今でも私はスパゲティを作っている。いよわさんの『YURAGI-instrumental』をかけながら。フライパン、ニンニク、唐辛子、オリーブオイルの準備はできている。パスタを入れた鍋はブクブクと沸騰の音がするが、世界は濃い白い靄がかかってしまって、鍋の中を見ることはできない。早くしないとパスタが茹で上がってしまうから、ソースを作らないと。白い冷蔵庫から闇雲に空を掴んで、トントンと手早く切って炒める。急いで生クリームやトマト缶をフライパンにぶちまける。右目は視界のその白さとは裏腹に赤く濁っている。鍋の沸騰がうるさくて、もう間に合わないのではないかと不安になる。鼓動が速く強くなって、耳鳴りも速く強く鳴る。まだできない、全然できていないのに。いつの間にか耳鳴りだと思っていた音が本物のタイマーの音に変わっていることに気づき、今まで感じたことのない恐怖が襲ってきて———

目を覚ましてやかましい目覚ましを止めた。外は真っ白な夜になっていた。

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