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「相手が死のうが何しようが、むかつくことはむかつくって言ったほうがいいんだ」

貝塚市山手公民館の玉ねぎ劇場にて、4月21日「ことの葉」の朗読劇の本番を迎えた。
玉ねぎ劇場は山手公民館で活動をしているクラブが集まって発表会を1年に1回行っている。
ことの葉は、70代以上の4名がメンバーだ。
結成して20年以上になる。

ことの葉のリハーサルは9時35分から。
他のメンバーはそれまでに来て、着替えていた。
その中の1人、ゆきちゃんはクラブ役員なので、9時過ぎには集合して椅子を並べたり受付を担当したりする。

わたしはその日集合時間を間違えて早めに来ていた。
椅子並べを終えて戻ってきたゆきちゃんが、着替えをしながら
「先生、わたい、今日、小雨やったから、朝からたんぼの土運びしてきたん」
と言った。
前日の夜から降り続いていた雨。今朝からも降ったり止んだりで今日は1日降るという予報。
そんな中、小雨になった時を見計らってバケツに田んぼの土を入れて、50メートルくらい運んで畑にまいたのだという。

他のメンバーは朝フーフー言いながら来て、「わたし洗濯機回しただけで、お父さんに干しといてって頼んできた」とびっくり。
私も前日まで五日間の出張で帰ってきたばかり。朝から洗濯したかったけどむりだった。

「息子にバレたら『そんなことせんでいい!するな!』って怒られるのわかったぁるから、内緒やねん」と少し笑う。
ゆきちゃんは、普段から、犬の散歩、米作り、お姉さんの介護、と何役もこなしているスーパーウーマンだ。
前に、当て逃げした車を執拗に追いかけて、追い詰め、ついには出頭させたという経歴もある。もっとも、この出来事は、警察にも息子さんにも「なんのためにドライブレコーダーをつけてるのか!あぶないからそんなこと2度としたらあかん!!」と怒られたらしい。

昔は10人以上居て一年に一回単独でホールを借りて公演をしていたことの葉は、亡くなった人や高齢化で、今やこの最高齢の80代のゆきちゃんでもっている。
ゆきちゃんがやれなくなった時が、ことの葉が終わる時だと他のメンバーもわかっている。

そんなゆきちゃんだけれど、朗読劇の台詞を覚えられない。
台本を持っていいよ、とこちらがいくら言っても、がんとして1人だけ持たない。
どうしても覚えたいというのだ。
その気概は嬉しいけれど、これが、まあ、覚えられない。
似たようなことを言うが、順番がぐちゃぐちゃだったり、劇の途中で「忘れたわ。なんやった?」と平気で聞いたりするのだ。

そんなゆきちゃんの今回の役は、死期が近いおばあちゃん役。
けれども、娘だろうが孫だろうが言いたいことはなんでも言う、というおばあちゃん。
そのことを怒りながらもおばあちゃんが大好きな孫娘の視点で書かれた角田光代の「さがしもの」という作品。
  

その中でおばあちゃんが孫に向かって言う台詞がある。


「あたし、もうそろそろいくんだよ。それはそれでいいんだ。これだけ生きられればもう充分。けど気にくわないのは、みんな、美穂子も菜穂子も沙知穂も、人がかわったようにあたしにやさしくするってこと。ねえ、いがみあってたら最後の日まで人はいがみあってたほうがいいんだ。許せないことがあったら最後まで許すべきじゃないんだ。だってそれがその人とその人の関係だろう。相手が死のうが何しようが、むかつくことはむかつくって言ったほうがいいんだ」

美穂子も菜穂子も沙知穂もおばあちゃんの娘たち。その人たちにも言えないことを孫に言うこの言葉にやられてしまう。
そう言えば田辺聖子もそんなこと言ってたなぁ。
世の中全てに感謝し始めると、それはもう棺桶に片足突っ込んだみたいな気持ちになるから、なるべくそうならない様にしてるのだとかなんとか。
なるほどなぁ。

稽古でこの台詞をいう時ゆきちゃんはイキイキしていた。
かっこいいなあと毎回思っていた。
「息子にはいつも『おかん、その役はもう地でできらっしょ』って言われてるわ〜!」
と言うゆきちゃん。

稽古している時は台詞をいつも途中で忘れて
「え〜っとなんやったけ」と平気で言っていた。
なのに、本番ではまさか、まさかの完コピだった。

舞台袖で音響をやっていた私も、いつもセリフをプロンプ(教えていた)していたナレーター役の人もその完璧さにびっくり!
思わず舞台に目をやった。

「相手が死のうが何しようが、むかつくことはむかつくって言ったほうがいいんだ」

ゆきちゃんは堂々とこのセリフを言った。
舞台に居る人も初めてゆきちゃんのセリフを聞いたような気持ちになり、会場も固唾を飲んでいる。

みんながゆきちゃんの台詞をじっと聞いている!染み入るように聞いている!
ゆきちゃんはそんな中、最後まで全てのセリフをほぼ間違えずに言い切った。
会場も舞台のみんなも、袖のわたしも、ゆきちゃんの言葉でとても熱くなっていた。

全てが終わってロビーに出ると1人ポツンと座っている男性がいた。
ゆきちゃんが「息子じょ!」と言う。
彼は立ち上がって我々に
「お疲れ様でした。これからもどうぞ母をよろしくお願いします」と頭を下げられた。

メンバーはみんな少しくうをつかれたようになった。
「こちらこそです。ゆきちゃんにいつも助けられて、ゆきちゃんによって持ってるグループです。こちらこそ、よろしくお願いします。」とわたしは慌ててそれだけ伝えられた。

ことの葉を長くやっていてよかったなぁと思える瞬間だった。