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政治を正さなければ日本は良くならない

「政治を正さなければ日本は良くならない。」この言葉をFacebookにあげたら、様々な反応をいただきました。

 いちいちもっともだと思うものも多くあって心に刻みました。

 この言葉は、私たちが松下政経塾で政治に初めて挑戦する時に「松下幸之助さんの政経塾」からもらった言葉です。

 もう40年も前の言葉をあえてここにあげたのには、理由があります。

 岸田内閣は、大臣の辞任が続いています。アメリカでも戦争屋を追い詰める議員が多く当選してきて、これまでの地域を分断し戦争をけしかける事で巨万の富を得る悪も可視化されてきました。

 みなさんもニュースで映像をご覧になったかもしれませんが、この言葉が次の罷免が取り沙汰されている秋葉復興大臣の事務所に大きく掲げてあったのでした。
 岸田内閣にも松下政経塾出身の閣僚が3人いますが秋葉氏もその1人です。

 「政治を正さなければ日本は良くならない」と政治を志し大臣にまでなった者が政治資金や選挙の不正をこれほど指摘されてしまうのは、何故なのか?
 
 問題は、秋葉氏だけではありません。
世界の平和と日本の発展を誓った者が官僚の言いなりになり緊縮・増税路線の旗頭となっています。

 松下政経塾で学んだ松下幸之助さんの「無税国家論」「ダム式経営」を忘れたのでしょうか。

 松下政経塾は、立憲・自民に多くの議員を輩出しています。知事や市長、地方議員になった者も少なくなく、「政治を正さなければ日本は良くならない」を実践しているはずです。

 27歳の時に挑戦した佐賀県議会議員選挙。政治を正さなければ日本は良くならない。35年前、独立自尊の日本をつくるためにもそれは必須の事でした。そしてそれは今も必須の事です。
 あの時に一口1,000円のカンバを3,000口も集めてくれた仲間たち。政治とカネの問題を断ち切り志に燃えていました。

 しかし、その中にいた後輩の1人は、今、獄中にいます。佐賀の私の支援者宅に泊まり込み志を誓い合った後輩です。
 私は、彼が弁護団を解任した時に自分の顧問役の弁護士に相談して弁護を申し出ました。
 巨額の選挙買収で立件されていましたが、彼はもっと大きな権力の犠牲になっているのではないかと思い彼の35年前に誓い合った言葉を信じたからです。
 その後、彼は夫婦で裁判にかけられ、有罪が確定しました。それでも彼は、信じてほしいと私に訴え続けています。獄中からの手紙に私は、しばらく返信ができませんでした。

政治を正さなければ日本は良くならない。

 日本を亡国の淵に追い込んだ戦争から77年。大きな世界的な変化があるとはいえ、未だに日本では、傀儡保守・傀儡右翼が使えもしない型落ちした装備品を買うだけなのに、FMS装備品を中心とした基地建設を叫んでいます。オスプレイ佐賀基地建設もそのひとつです。
「ドローン攻撃が進化した時代にあのような高額の装備品が有事に役立つとは思えない。」これは、その装備品を供与する側の国の友人の言葉です。

 日米地位協定改定案を作成した時の事を今でも鮮明に覚えています。あの時、私は何より日米同盟を大切に保守の論客とまで言われてテレビなどにも引っ張り出されていました。
 そんな私にアメリカとの議員交流の中心として活躍している方から誘いがきました。私は、ペンタゴンでラムズフェルド国防長官と会談をし、後に財務長官となるガイトナー氏らとも議論を交わしました。
 ラムズフェルド国防長官は、日米議員交流プログラムの初代代表。ティモシー・ガイトナー氏は、日本に住んだこともある親日家でもありました。
キッシンジャー先生にも会い、安全保障の大切さを学びました。日本は、米国の防衛網の元、発展すると確信していました。
 しかしあの時です。日本を属国とばかりに扱い、私に日米地位協定改定案など作るなと警告してきた人たちにであったのは。

 私は、その時に初めて「戦争屋」の存在を目の当たりにしたのでした。自作自演の戦争、偽旗作戦。ベトナム戦争、湾岸戦争…。

 あの時、私達は、まだアフガン戦争やイラク戦争がどんな結末になるかを知らず、どれだけの大切な命が奪われるかもわかっていませんでした。

 政治を正さなければ日本は良くならない。

 田中角栄さんの後援会越山会でも同じことを聞きました。「日本を属国のように扱うものの手から日本を取り戻すためには、ただの一つも後ろ暗いところがあってはいけない。諜報機関を持つ国の恐ろしさは、田中角栄を見れば明らかだ。彼は5億円などもらっていない。なのに犯罪者の烙印を押されてしまった。だから君たちは、より正しい政治家、より襟を正した政治家になってほしい。真の日本の独立のためにも。」という言葉が今も強く耳に残っています。

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