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餞(はなむけ)

※この物語はホラー要素・怪談要素が含まれます。苦手な方はご遠慮ください。

 久しぶりに会った友人と居酒屋で飲んでいた。近況報告が一段落し、そろそろ次の店に行こうという時だった。
「なあ、餞婆さんって知ってるか」
 友人が真剣な顔で言ってきた。
「おい、この歳になってそういう都市伝説はないだろ」
 私が笑い半分で言うと、友人は真剣な表情のまま続けた。
「知らないんだな」
 急に様子が変わったので、私は少し気おされた。
「あ、ああ。初耳だな」
「ある日突然、灰青の和服をしっかりと着て、背筋もしっかり伸びていて、総白髪の髪をちゃんと結った婆さんが現れるそうなんだ」
「それは、どこにいてもってことなのか。家や部屋だけじゃなく、職場とか外を歩いているときとか」
「ああ。ただ、目は赤く光っているように見えるらしい」
「うさぎじゃないんだから」
「まあ聞けよ。その婆さんがな、餞ですと一言だけ言って、胸元から白い封筒を渡してくるんだそうだよ。それで、それを受け取った人は一週間以内に死ぬらしい」
「お前、それ、昔の口裂け女の発展系じゃないのか」
「俺も最初はそう思ってたよ。それがな、俺の職場の人が本当に婆さんから餞をもらって、五日後に心不全で死んだんだ」
「偶然じゃないのか。誰か餞をもらったところを見てたのかよ」
「ああ。俺も含む職場の全員が見てた」
「本当に職場に来たのか」
「それで、封筒の中には手書きで一〇〇〇〇円と書いた紙が数十万円分だろうな、入ってたよ」
「それ、亡くなった人の火葬の時にやったりするやつじゃないか」
「まあ、地方によってらしいけどな」
「でもあれっておかしいよな。向こうに行っても困らないようにっていっても、あの世に金なんて概念ないだろ」
「俺のところは生まれ変わったらとか、生まれ変わってもって意味だって聞いたけどな」
「まあ、それならわからなくもないか。あれも手向けという人もいるけど、餞っていう人もいるな、たしかに」
「でもその婆さん、何者なんだろうな」
「ああ、急に職場に来て、あの人の後ろに立って、餞を渡してそのまま当たり前のように出ていったよ」
「受付とかどうやって通ってきたんだろうな」
「受付なんて通っていないんじゃないか。通ったとしても、受付の人には見えていなかったとか」
「婆さんは幽霊か何かだと」
「幽霊は人を祟ったり呪ったり、悪さをしてくるけど、餞を渡すってのは聞いたことがないぞ。あれじゃないか」
 死神か死神の使いなんじゃ。
「じゃあ、逃れられないってことか」
「そういうことかもな。来てくれないことを祈るしかないよ。まだやりたいことがあるし、彼女とも結婚を考えているんだ」
 私たちはその後、次の店に言って、その話はなかったことのように笑い話などをして別れた。
 それから数日後、友人からメールが届いた。
 俺の所にも婆さんが来た。
 その一文だけだった。
 私はすぐに電話をかけた。友人はすぐに電話に出た。
 友人が部屋で風呂に入っている時に婆さんが来た。そして、友人から話を聞いていたのに、彼女が受け取ってしまったらしい。彼女が言うには、話に聞いていた姿そのままで、目は赤く光っていたように見えたそうだ。最初はあの婆さんだと思って、受け取っちゃいけないと思っていたのに、これをと、友人の下の名前を言って封筒を出し、彼女はなんとなく受け取ってしまっていたということだった。
「俺、まだ死にたくないよ」
 私は返す言葉がなかった。
「でもなんで俺じゃなくて彼女に渡したんだろう。いや、それはどうでもいい。どうしたらいいんだよ」
「神社に行ってお祓いでもしてもらったらどうだ」
「そうだな。やれることはやろう」
 さっそく明日、電話してみると言って、友人は電話を切った。
 一週間過ぎても友人から連絡が来ないので、さすがに不安になって電話をすると、友人ではなく年配の声と思われる女性が電話に出た。私は名前を名乗り、友人の名前を出すと、その女性は涙声で、息子は亡くなりましたと言った。私は部屋にテレビがなく、ネットでもニュースはめったに見ないので、知らなかったのだ。
 火葬も葬式も昨日済ませ、家族で部屋の片付けをしていた。
「あの、聞きにくいことなんですが、どうして」
「彼女とドライブをしていたらしく、山のカーブで居眠り運転をしていた大型トラックと正面衝突しました。車は原型をとどめておらず、ふたりとも即死だったそうです」
「お辛いところ、ありがとうございます。このたびはご愁傷さまです。御冥福をお祈りします」
 私は電話を切った。
 スマホでニュースを検索すると、たしかに事故の記事が出ていた。私と電話をした次の日だった。友人はドライブに行ったのではない。彼女と神社に厄払いに行く途中だったのだ。厄払いにいかれては困ったのだろうか。だとすると、厄払いは効果的なのかもしれない。
 婆さんの話が本当だとすると、彼女に渡したのはふたりとも死ぬから、友人にも渡るようにしたことになる。
 まだ友人が亡くなった実感がない。
 すでに葬儀は終わっているし、部屋を片付けている。墓も仏壇も、もちろん友人の実家だろう。
 どうすることもできない私は、何をするというわけでもなく、近所のスーパーに向った。若い頃に友人とよく飲んだバーボンと、つまみを少し買い、部屋に戻った。
 風呂を済ませ、スマホでなにか見る気も聞く気も起きず、友人を偲んでバーボンを飲んでいた。
 あの婆さんからは逃れられない。だとするなら、死を受け入れるしかない。
 婆さんが来ても来なくても、人間、いつどうなるかわからない。
 明日死ぬかもしれないという気持ちで今日を生きろとはよく言ったものだ。まあ、そうは言っても、私の場合、いつ死んでもいいという気持ちは若い頃から持っている。
 まさに明日死ぬかもしれないという気持ちとは言わないが、それに近い日々を送ってきたつもりだ。やりたいことはまだあるけれど、人の寿命は生まれた時に決まっているとも言うじゃないか。それなら、数日前とはいえ、知らせに来てくれる婆さんは、親切といえば親切なのかもしれない。
 
 ドアチャイムが鳴った。
 
 こんな時間に誰が。
 ドアスコープから外を見ると、一人の老婆がこっちを見て立っていた。
 その目は赤く光っていた。

  終

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