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陽炎

※この物語にはホラー要素・怪談要素が含まれます。苦手な方はご遠慮ください。

 山の麓までの一本道は、辿り着くまで登り坂が続く。
 今日の予想最高気温は35度。道路には陽炎がゆらゆらと立ち上り、そこを陽炎を揺らせた車が走っている。
 私は頭から全身に汗をかきながら自転車をこいでいた。気を抜くとそれどころか、歩くのさえ嫌になりそうだった。
 ここまで来て思い出したのだが、ここからあとは山の麓まで店も自販機もない。最後に見た自販機まで戻るにも距離がある。このまま山に向かおう。
 こうして毎年、お前の命日にお前との思い出の場所を一か所ずつ巡っている俺を、天から見て笑っているんだろ。それとも、隣りに一緒にいてくれるのかい。姿は見えない、気配も感じない。そりゃそうだ、これはただの自己満足に過ぎないんだから。
 それにしても汗の量が尋常じゃない。熱中症になりかけているのかもしれない。やはりさっきの自販機まで戻るべきだろうか。
 世界が陽炎に覆われているからなのか、それとも本当に熱中症になりかけているからなのか、景色が揺らぐ。
 何も考えられなくなり、ただ山に向かっている。周囲の景色もどうなっているのかわからない。
 目に汗が入る。腕を上げて半袖の袖で汗を拭う。
 最後の最後に坂は角度を増す。
 私は自転車から降りて引っ張りながら歩く。
 もう少しで麓だ。もう少しであのカフェが見える。
 お前と二人で登った山だ。あのときは秋だったな。紅葉が綺麗で、お前が作ってくれたおにぎりも卵焼きも、冷凍をそのまま詰めてきたと白状した唐揚げも、本当に美味しかったよ。帰りに寄ったカフェのコーヒーも美味しかったよな。
 もう少しだ。もう少しだ。
 自分に言い聞かせ、本当にもう少しで麓が見えそうな所まで来た時、私は足を止めた。
 揺らぐ陽炎の中に、お前がいた。
 あのときと同じ姿で、あのときと同じ笑顔で、両手を口に当て、私に向ってがんばってと叫んでいる。
 しかし、瞬きをした瞬間、お前は消えた。
 私は再び歩きだす。
 やっと辿り着いた麓の駐車場に自転車を停め、カフェに入った。
「いらっしゃいませ」
 女性の店主が迎えてくれた。
 私がカウンターに座ると、店主は水が入ったコップを私と私の隣の席に置いた。
「あら、お連れ様は」
 そこまで言って、悟ったらしい。
「今日は、大事な方の御命日か何かですか」
「ええ」
「良かったですね、ちゃんと見守られているようで」
「はい」
「お若かったんですね。そして、とても綺麗な方」
 この山は地元では霊山と言われている。また、山そのものが寺で、山の名前に寺の文字がついている。
 店主は私が店を出るまで、水が入ったコップを隣にそのまま置いてくれていた。

 

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