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バンド『ノルウェイの海』

◆これまで
 大学に入学した僕は、『映画研究会デ・ニーロ』というサークルに入ったのでした。


 文化祭を終えて平穏な日常へと戻った僕でしたが、戻ったら戻ったで今度は何もすることがなくなってしまい、先輩達と部室で麻雀なんかをダラダラするだけの毎日になってしまったのでした。
 というのも、大学の前期でほぼ全ての授業に落第していた僕は、後期の授業を受講することができないため何もすることがなかったのです。ついでにこの時点で留年も確定していました。

 何もすることがない日々というのは本当に素晴らしくて、留年した後ろめたさは頭の隅に追いやってしまって僕たちは自由な時間を謳歌していました。
 すでに2留している国木田、佐伯、松永の先輩3人組も今年もまた進級するつもりは微塵もないようで、僕たちは飽きもせずに朝から晩まで部室でダラダラと過ごしていたのでした。

 ある時、みんなでカラオケに行った時のこと、佐伯先輩が「次はバンドの映画を撮りたいんだよね。」と話していました。
 佐伯先輩は大のビートルズ好きで、ビートルズが出演していて曲を作ったり演奏の練習をしたりして最後にはお客さんの前でその曲を披露する「ゲット・バック」というドキュメンタリー映画があるのですが、そんなのを撮りたいのだと言っていました。
 高校生の時からバンドを組んでいるそうで、佐伯先輩がギター、国木田先輩がベース、松永先輩がドラムをできるのだそうです。
 「じゃあ次は音楽映画ですね。いつから撮りますか?」と暇を持て余していた僕はすぐに前のめりでした。
 しかし佐伯先輩は首をふって肝心のボーカルがいないんだと言っていました。最初はギターボーカルで自分で歌っていたらしいのですが、どうもしっくりこないらしいのです。「お前もなんかビートルズの曲歌ってみてよ。」と言われたので、昔中学校の頃の音楽の授業で習った「イマジン」を歌ってみました。するとえらく気に入ったようで「上手いじゃん!ボーカルやってよ。」と見事僕がボーカルに抜擢されてしまったのでした。

 これは佐伯先輩になかなか見る目があったと言うところで、ちょっとした自慢になりますが、実は僕は人生で2度ほどカラオケ大会に出ていてその2回とも優勝しているのです。
 1度目は、小学生の頃に田舎の祖父の家に遊びに行った時、地域のお祭りをやっていてそこでシャ乱Qの「ズルい女」を歌って優勝していました。
 2度目はこれより後の話ですが、社会人になったあと上司に連れられて大井町のフィリピンパブに行った時にカラオケ大会をやっていて、そこでも優勝して次回半額券をゲットしていたのでした。
 2戦2勝のカラオケ大会不敗のこの僕に目をつけるとは佐伯先輩の目もなかなか彗眼であったと言わざるをえないでしょう。

 こうしてボーカルに抜擢された僕は、先輩達のバンド「ザ・バンド」に参加して軽音部の地下の練習場所を借りながらバンド活動に取り組んでいくことになりました。
 先輩達はバンド自体にはあまり関心が低いみたいでバンド名もいかにも即席でつけたみたいな名前でしたが、僕らはとにかく全然授業に出ていなかったこともあり、軽音部の誰よりも熱心に練習をしていたのでした。
 曲は先輩達が作ったオリジナル曲があって佐伯先輩の歌うデモを聞かせてもらいましたが、何だか聞き覚えがあるような気がして、

「なんかビートルズでこんな曲ありませんでしたっけ?」

と僕が聞くと、嬉しそうに頷きました。

「お、分かったか。これは『ノルウェイの森』からインスパイアされて作ったんだ。曲名は『ノルウェイの海』という。」

 歌詞は全部英語で、調べてみると歌詞の方もだいたい本家と似たようなもので、インスパイアっていうよりは丸パクリなんじゃないかとも思いましたが、言って190cm近いクマみたいな大男が怒りだすと嫌なので「いい曲っすね〜。」とだけ言っておきました。


つづく


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