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ワンス・アポン・ア・タイムinダイアリー 9

9、由紀ちゃん

 夢の中で目を覚ました僕は、東京の大学近くに借りたアパートの一室で布団にくるまっていました。
 10月になって朝晩はめっきり冷えるようになっていましたが、暑がりの僕はTシャツに短パン姿でペナペナの布団をお腹にかけていただけでした。
 起き出して、机の上に置いてあるスケジュール帳を見た僕は、前日に書いたページにメッセージが書き込まれているのを見つけました。

「由紀ちゃんに会いに行け。恋人の車に乗せるな!」

 数年ぶりに書き込まれた日記の幽霊からのメッセージに驚きながらも、夢の中の僕は大学の講義をサボる理由ができたと、喜んで旅支度を始めたのでした。
 旅支度といっても実家に帰省するだけなので、Tシャツとパンツと靴下をリュックに放り込んで財布と携帯電話を持てば完了です。
 混雑する通勤時間帯を避けるために、朝マックでダラダラとコーヒーを何杯もおかわりしたりしてから電車に乗り込みました。東京駅から新幹線に乗り、そこからさらに何時間かかかります。

 数年ぶりに、由紀ちゃんに会いに行けと言う日記の幽霊からの指令を夢の中の僕は訝しんでいましたが、考えても分かるはずもなく、ともかく由紀ちゃんに接触するべく、地元の友達に由紀ちゃんの近況や連絡先を聞いてまわっていました。
 そして分かったのは僕にとってはショッキングな内容で、ここ最近の由紀ちゃんはいわゆる夜のお店で働いていて、怖い人達と付き合っているということ、パチンコなどのギャンブルやホストクラブにハマっていてけっこうな額の借金があるらしいこと、それとヤバいクスリなんかにも手を出しているんじゃないかという話もありました。
 どこまでが本当で、どこからが噂の尾ヒレなのか見当もつきませんでしたが、とにかく良くない話ばかりで僕はゲンナリしていましたが、それでもなんとか連絡先を手に入れることができたのでした。

 僕はさっそく由紀ちゃんにメールを送ってみました。「久しぶり。隆です。今帰省しているので会えないかな。」そんな感じのメールを送りました。
 無視されるかもと思いましたが、意外にもすぐに返信があって、「隆兄ちゃん久しぶり。私も会いたい。」と言っていたのでその日のうちに会えることになったのでした。夜の12時までは仕事だということだったので、その後飲みに行こうと約束しました。

 約束まで時間があったので一旦実家に帰ると、なんでもない平日の昼間に帰ったものだから、母親は「どうしたの。何かあった?」と驚いていましたが、僕は適当に誤魔化して、犬の散歩に行ったり風呂に入ったりして時間を潰していました。
 夜になると帰ってきた父親も「何でいるんだお前。大学はどうした。」と訝しんでいましたがこちらも適当に誤魔化して、晩飯を食べて父親とお酒を飲みながら将棋を指したりしているうちに夜が更けていきました。

 由紀ちゃんとの約束があるからと将棋盤や駒を片付ける僕に「由紀ちゃんと約束ってなんだよ。」と父親が食い下がってきましたが、「もう行かないと。」と扉をバタンと閉めて僕は家をあとにしました。
 待ち合わせ場所にしていた居酒屋に入ると、僕はカウンターでビールと枝豆なんかを注文してチビチビ飲みながら由紀ちゃんがやってくるのを待っていました。
 やがて、後ろから肩をちょんちょんとされて振り返ると、そこにはバッチリメイクをしたギャルになった由紀ちゃんがいました。クルクル巻いた金髪にバサバサのまつ毛をしていて、耳にはジャラジャラとたくさんのピアスをつけていました。

「隆兄ちゃん変わんないね〜。一発で分かったよ〜。」

と言われましたが、僕の方は記憶の中の由紀ちゃんと一致する所を見つけるのが難しいくらいの変貌ぶりで、一瞬言葉を失いそうだったのですが、「いや〜綺麗になったね〜。」と親戚のおじさんみたいなことを言って動揺をやり過ごしたのでした。
 その時、由紀ちゃんの目が一瞬鋭くなったような気がしましたが、すぐに僕も覚えている笑顔に変わって「なに飲もっかな〜。」とメニューをめくり始めたのでした。

 その後は昔話に花を咲かせたり、近況報告をしたりしながら僕らは杯をあけていきました。由紀ちゃんは聞いていた通り、夜のお店で働いていたようで、僕はなんだかズキンと胸が痛みましたが、当の由紀ちゃんはケラケラ楽しそうで、「今付き合ってる彼氏がアッチ系の恐い人でさー。」とご機嫌に笑っているのでした。
 そうして、閉店になるまでしこたま飲んだ僕達でしたが、僕は最後に日記の幽霊からの指令を思い出して、「彼氏の車にはしばらく乗らないようにした方がいい。」ということを伝えました。
 由紀ちゃんは「あ、そう。じゃあタクシー呼ぶから、家まで送ってくれるでしょ。」と言ったので、僕も一緒にタクシーに乗り込んで、由紀ちゃんのマンションまで送っていくことになりました
 そしてそのまま、お茶を一杯ご馳走になることになり、由紀ちゃんの部屋にあげてもらった僕たちは熱い一夜を共にすることになったのでした。
 夢の中の僕は、由紀ちゃんに腕枕しながら、胸に抱いて眠りに着きました。


 そうして現在で目覚めた僕は、病院の集中治療室にいました。
 身体中に管が繋がれていて、身動きもよくできません。
 僕が目覚めたことに気が付いた看護師さんが先生を呼びに行き、やって来た先生からアレコレと質問をされました。
 そうこうしているうちに、面会できるようになったらしく父親がやって来ました。

「お前は三ヶ月前のあの日、由紀ちゃんに刺されて死んだ。俺が言ってること分かるか?」


つづく

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