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Happy Women's Map 沖縄県那覇市 沖縄近代化の礎を築いた女性実業家 金城キク 女史 / Female Business Owner Leading the Modernization of Okinawa, Ms. Kiku Kinjyo

-金城キク商会ウェブサイトより

「徳を残して、財を残さず」
“Leave virtue behind, leave no wealth behind.”

金城 キク 女史
Ms. Kiku Kinjyo
1909 - 1991
沖縄県那覇市旭町 生誕
Born in Naha-city, Okinawa-ken

金城 キク女史は戦後沖縄を代表する女性実業家。土木建設事業を経営しながら、沖縄の近代化はじめ福祉・文化の礎を築きました。
A female business owner representing post-war Okinawa. While running a civil engineering and construction business, she laid the foundations for Okinawa's modernization, welfare, and culture.

「女性土木事業家」
 キクは、那覇市旭町で建材商(浅野セメント総代理店)を営む父・三郎と、母・トシ子の一人娘として誕生。両親の愛情を一身に受け、沖縄県立第一高等女学校を卒業。学問への情熱に燃えていたキクは、東京高等師範学校で博物学を学んでいた父の理解を得て、東京の実践女子大学国文科入学。ところが、両親が相次いで急逝、卒業間近で大学を中退して家業を引き継ぎます。従業員の協力を得て忍耐強く成果をあげ、日本セメント株式会社と総代理店契約を結びます。やがて太平洋戦争が勃発。敗戦後、疎開先の大分県から帰郷したキクは戦禍で変貌した郷土を嘆きつつ、窮乏生活の中で無から立ち上がります。本土との貿易が再開すると、那覇市神里原で建材店「金城商店」を再建。乏しい資金と高利で経営は甚だ困難ながら、卓越した経営方針と戦前からの実績でもって日本セメント株式会社と総代理店契約を復活。株式会社「城キク商会」を設立して事業をさらい発展させます。

「風樹の嘆」
 キクは企業経営のかたわら、財団法人「金城報恩会」設立して社会福祉事業に尽力します。学費に困窮する沖縄の女子学生を本土の大学に進学させるために学費を提供し、東京代々木に「和敬寮」を開設。住居・食料に困窮する地域児童のために「みやぎばる保育園」「わかさ保育園」を開園。高齢者のための軽費の親睦施設「おなが園」を開設。ハンセン病診療所・愛楽園、沖縄産業開発青年隊、沖縄少年会館、沖縄キリスト教短大、精和病院等への多額の寄付また建設資材を寄進。そして植物学者であった父親の記念事業として、キクは沖縄の自然研究・地域文化の発展のための資料館「風樹館」を琉球大学に寄贈します。鉄筋コンクリート3階建て、延べ面積953㎡(300坪)の完成前年にキクは永眠。「樹静かならんとも欲すれども風止まず、子養わんと欲すれども親待たず」。韓詩「風樹の嘆」の1節が玄関ホールの石板に刻まれています。新聞報道などを固辞しながらも、沖縄社会福祉会より「行政主席賞」受賞・沖縄タイムス社より「社会奉仕賞」受賞。キクは最期に沖縄女性史の出現を強く訴え実現のために奔走しました。

-『沖縄女性史』(宮城 栄昌 著/ 沖縄タイムス社1967年)
-『阿檀の園の秘話 1/2』(上原 信雄 / 上原歯科医院1983年)
-金城キク商会
-金城キク建設
-風樹館 琉球大学博物館 

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