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Happy Women's Map 徳島県阿南市 阿波しじら織の創始者 海部 ハナ 女史 / Founder of Awa-Sihijira, Ms. Hana Kaifu

-『徳島の女性先覚者展図録』(徳島県博物館 編 / 徳島県博物館1983年)

「海部ハナ 死んでいくのは吾一人 末代残る 名こそめでなし」
``Hana-Kaifu, I am the only one who will die, and my name will remain for the next generation.''

海部 ハナ 女史
Ms. Hana Kaifu
1831 - 1919
阿波国那賀郡平易村(現 徳島県阿南市横見町) 生誕

海部 ハナ 女史は「阿波しじら織り」の創始者。三好長慶が開発を進めた阿波藍・河内木綿を背景に開発されたシボ(凹凸模様)の美しい「阿波しじら織り」は、高温多湿な日本全国の庶民に広く愛用されます。
Ms. Hana Kaifu is the founder of "Awa Shijira Ori". ``Awa Shijira Ori'', which has a beautiful grain (uneven pattern), was developed using Awa indigo and Kawachi cotton, which was developed by Nagayoshi Miyoshi, and is widely used by common people throughout Japan, which is hot and humid.

「熊野水軍拠点跡」
 かつて熊野水軍の首領・安宅頼藤が築城し、地頭として支配していた阿波南部の海岸地帯に、ハナは農業を営む村島忠蔵の2女として誕生。熊野水軍の出自とされる安宅氏の拠点が存在するハナの郷里・那珂郡を流れる那賀川上流域一帯から切り出された良質な「木頭杉」は、那賀川下流から瀬戸内海を介して阿波国はじめ畿内一帯に運ばれます。ハナは幼い時から織物が得意で農業の傍ら機織りに精を出します。木頭杉を積んだ川船が、流れに乗ってまた8反帆をふくらませて阿波はじめ畿内を行き交います。

「安宅(阿武)船」
 阿波徳島藩の水軍(海軍)本拠地で御船役場(藩営造船所)がある安宅町に、ハナは25歳で嫁入りします。嫁ぎ先は関船(兵船)水士の息子で船大工・海部勝蔵。安宅町の大工島からは毎日数百人の船大工たちが出勤して、阿波徳島藩が誇る安宅装甲大兵船・安宅(阿武)船の造船にあたるとともに、修理や解体を行います。船の長さ5丈8尺5寸(訳17.7m)、肩(横幅)2丈9寸(訳6.3m)、深さ6尺(1.8m)、16反帆(帆布幅12.16m)の大型船の柱や板からはじまって、船内の諸道具類も全てノコギリを手で引いて、カンナを丁寧にかけてつくります。

「集荷(買取)問屋」
 船大工の給与は日給制で1日に米一升五合。良質な船材の「木っ端(こっぱ))」で、まな板・もろ蓋・塵取り・下駄・ケタツ(脚立)・炭取など日用品を内職して、木工製品の買取問屋・あたけもの問屋に卸します。船大工がこしらえる「あたけもの」は評判がよく、材料費がただであることを見越して安く買い叩かれます。長女が生まれる頃には、幕末の動乱で物価は不安定になり、士族の年俸生活は困窮を極めます。義父母は毎晩「何か商売を始めなければ暮らしに困る」と口癖のように言い、一家は額を集めて不安な日々を送ります。「私はかねて機織の仕事を心得ていますから、何か一つ新しい発明をして、一家の暮らしを明るく立て直したいと思います。けっしてお嘆するには及びません。」ハナは太物問屋から木綿織物を請け負い始めます。

「阿波藍と河内木綿」
 
かつて阿波藍玉と阿波木頭杉による莫大な財で将軍に代わって実権を握った三好長慶が、阿波と畿内を自由に行き来して交易できる都市共同体を構築しながら技術改良と品質向上を続けた阿波藍と河内木綿。坂東太郎(利根川)・筑紫二郎(筑後川)と並ぶ三大暴れ川で四国三郎の異名を持つ吉野川周辺で藍農家の女性たちは、春の苗床つくり、夏の藍こなし、秋冬は
機織り小屋に入って藍染めした木綿の撚糸で「タタエ縞」を織ります。かつて残った糸処理のために織られ、撚り糸の太さ・配色・配列が異なる不規則な縞模様が織り出され、一風変わった縮織(ちぢりおり)として流行して畿内に拡がります。新製品の開発と販売に熱心な太物問屋たちのもと、ハナは毎日研究を重ねます。織り目を整える筬(おさ)1穴に3筋また1筋の縦糸をランダムに通したり、糸を拠らずに縦糸と横糸の張り具合を替えたり、糊付けした縦糸と横糸で織り上げた硬い生地を熱湯にくぐらせたり、縦横共によく収縮させて様々なシボ(凹凸模様)が美しい布を織り上げます。

「阿波のしじら織り」
 ハナが織り上げた生地は意匠性だけでなく、水分の吸脱着性が抜群に良く、高温多湿の阿波徳島の気候によく合う生地として近所の婦女子に大評判となります。更に洗えば洗うほど冴える香り高い「阿波藍」で染め上げ「阿波しじら織り」と命名。太物問屋いよや・安部十兵衛の専売特約を得て、全国へ販売を広げ、各地の博覧会・共進会・品評会で数々の褒賞を受けます。海部家の家計はみるみる好転、義父母もすっかり元気を取り戻します。ハナは近所の婦女子を集めては、県の重要特産物の一つとなった「しじら織り」の技術を教えます。やがて明治維新で俸禄に取って変わった「金禄公債証書」をもとにハナは夫と共に製造にあたり、製品改良と機械化による生産増加に励みます。阿波染織物業界の名家・増田家から3男・多四郎を婿養子に迎え入れる頃には、年産150万反に及び、中国・朝鮮などにも輸出されます。晩年の60歳になってハナは60歳はようやく孫と一緒に学校へ通ってカタカナから習い覚え、経文を読み、和歌をつくるまでになります。仏教に深く帰依し、自社・慈恵院・孤児院などに寄付して社会事業に尽くし、「世の愛ずる 阿波のしじらはいかばかり 心の糸をよりて織けん」宮内御歌所所長所・入江為時から一首を贈られます。

-『徳島の女性先覚者展図録』(徳島県博物館 編 / 徳島県博物館1983年)
-『阿波の歴史地理 第1』(福井好行 著 / 福井好行1964)
-『阿波人物鑑 : 御大典記念』(徳島日々新報社1929)
-『おもしろい阿波人物伝』(横山春陽 著 / 徳島新聞出版部1953年)
-『日本の伝統工芸10四国』(ぎょうせい1985年)

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