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『イヴのバーにて⑯』

「はあ、飲みすぎたわー。なんだか飲んじゃうわー。あはははは」
イヴとこんなに話していることが不思議なのに、
説明もないまま納得して座っている私がいる。
「説明なんて、いらないのよ。魂と魂がつながっているんだからさ。なんつって」
イヴにだけ心の中が見えているのが悔しいが、そもそも動物と人間なんて
テレパシーで会話しているようなものなのかもしれない。
「そうそう。お互いにほぼわからないけれど、わかった風な時の感動があるじゃない」
こんな素敵な時間が生まれた奇跡に、私はとても感謝している。
イヴと最後のサヨナラができなかったという十字架を、未だに私は
背中に縛り付けていたから。
きちんと挨拶をしたかったから。

イヴと彼が初めて会ったのは、結婚を決めて実家に挨拶に来た日。
それまでは、絶対的に見知らぬ男の人には吠え掛かっていたイヴが、
彼にだけは平気だった。
両方の後ろ足は突っ張ったままだが、かろうじて歩けた。
目はほとんど見えていなかったが、鼻を頼りに近づいた。
彼の手にそっと鼻先を付けて、淑女のように「はじめまして」と言った。
じっと香りを確かめてから、見えない目で彼の顔を必死で見上げた。
彼とはこれが、最初で最後。

「いい奴だと思ったから、そうしただけよ」
そのあと、彼との旅行中にイヴは旅立った。
「サヨナラ」を言って、最後に強くやさしく抱きしめて、
そして匂いを嗅いで「少し臭い」と言ってから「ありがとう」を言って、
そして「ごめんね」を言って、そして「忘れない」を言って、
そして私の涙でイヴの体を濡らしたかった。
でも、できなかった。

旅行から帰ってから見た小さな骨壺。それが現実なのだと知った。


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