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『ギターの先生⑬』

第13練習  ギターとマキオと恋心

「ねえねえ、コメコちゃん。私たち2人の関係の話、途中だったよね」
ギターのレッスンが終わった後、恒例のお茶会でチーコさんが話し出した。
マキオを見る。相変わらず素知らぬ顔で紅茶を飲んでいる。
自分の話なのに、興味がないのか?
「実はね。この子は私の夫の子なの」
ということは、親子。でも年が近すぎる。
顔も似ていないような?どうなのだろう。
「はは。そうね。年が近いし顔が似ていないと思うわよね。私は初婚だけれど、夫は再婚で。この子のママはこの子が小学1年生の時に亡くなったの」
その夫、マキオの父親も2年前に亡くなったのだという。
「天涯孤独~にならずにすんだのは、チーコさんのおかげ」
おどけた声でマキオはチーコさんを見た。
そうか、マキオはご両親ともにいないのか。
何も表立って感情を出さない理由には、そういう人生があるからなのか。
「この子ったらせっかく音楽大学に行ったのにフラフラして。最初に就職した学校で同僚の先生にいびられて喧嘩しちゃったの。この子いい男でしょ?生徒たちにすんごく人気で、嫉妬されたみたい。この子の父親、つまり私の夫も超いい男だったの!」
チーコさんは嬉しそうに言った。

「それで、ここでギター講師でもしたらって誘ったの。つまり雇ってあげているわけ。まったくさ」
お代わりの紅茶を淹れながら、チーコさんは続けた。
「マキオは毎日全然楽しそうじゃなくて。ただ息をしているって感じで本当にどうしようと思っていたの。そうしたらある朝」
マキオは少しだけ顔色を変えた。
「昨日『ボーノ』でライブをしていたら普段着の女性がひとりでやってきて。ギターを教えてほしいって突然言ってきてって」
気のせいでなければ、マキオの頬が少しだけ赤くなったような気がした。
いや、窓の外の夕焼けが映っただけかもしれない。
「そんなに言うなら本当に来るかどうか賭けてみようかって。ごめんね、不良な親子で。私は来ないと思ったの。そんな、1回の演奏で感動したぐらいでって。本当ごめんね」
でも、ワタシは本当にここへやってきた。
「マキオはね。来るって。絶対にって。最初からそう言って譲らなかったのよ。彼女は目がキラキラしていたからって」
胸が鼓動を激しく打った。いつもワタシには興味無さそうな顔をしていたくせに、そんなに見てくれていたのか。

「でね。この前ほら、その『ボーノ』で大変なことがあったじゃない?コメコちゃんにとって」
あの夜は、本当に恥ずかしかった。
一番惨めで、とんでもない場面を見せてしまったのだから。
しかも夫婦のことで。
「実はマキオね。。。」
と、いたずらっ子みたいな顔でチーコさんが何かを言おうとしたときに、
「はい終わり。今日はここまで」
マキオはワタシとチーコさんの間に手を入れて、海が2つに割れるようなジェスチャーをした。

そのまま話はフェードアウトになり、押し出されるようにワタシは雑貨屋を出た。なんだか、重要な話になるといつもそんな終わり方が多い気がする。
つまり途中退場だ。
納得がいかないままに、気になるワード『実はマキオね』を引きずりつつ、
赤く染まった商店街の道を歩いて「カラオケ★キャニオン」へと向かった。

089号室。
ミドリも含めて集まり始め、今日はメッチョが風邪のためにお休みだけれど、まあ飽きもせずにみんなやってくる。
テーブルには野菜スティック。と、色とりどりのみんなのジュース。
いつもと同じように、ワタシが来るまではおんぷが最新曲を歌って待っている。
ミドリはそれに合わせてギターを弾き、殿村くんはお行儀よく手拍子していた。

と、背後に気配を感じた気がしたが、ミドリはワタシの目の前にいる。
でも、

「なるほど。こういうことか」

幻聴だろうか。
さっきまで聞いていた馴染みの声がした気がした。
どこかで聞いた声?
ミドリがワタシの背後を指さして、他のみんなもワタシの背後を指さした。
「ママ、うしろ」
まさか違う霊的なものを背負ってきてしまった?と思い、恐る恐る振り向いて腰を抜かした。
マキオだった。マキオが興味津々の表情で立っていた。
「俺の他に、こんなにお抱え先生方がいらっしゃったってわけか」
どうりで上手くなるの早いわけだわ、とかなんとか言いながら座り、店長のメロンソーダを飲んだ。
「え、先生。どうしてここに」
するとマキオはデニムの左ポケットをまさぐってから、ペラペラの、見覚えのある紙をワタシに渡した。
「これを店に落としていたから。渡そうと思って」
雑貨屋から?ずっと声もかけずにつけてきたってこと?
「なんだか面白そうだから。途中から楽しくて」
尾行ごっこをしてきたそうだ。
なんという変態気質。

カードを渡し終えたら帰るのかと思ったら、そのままマキオは居座った。
「じゃあ、メッチョが言ってたこの曲かけるね。あと、メッチョがコードを書いたメモをママに渡してって」
おんぷから受け取った罫線のあるノートを切り取った紙には、きれいに書かれた歌詞とコード。
メッチョの字はとても美しかった。
「メッチョ、書道初段なの」
ミドリがそれをワタシの横から覗き込んで微笑んだ。
「メッチョ、がんばって書いたなあ。わかりやすい」

ミドリは早速その『メッチョメモ』を見ながらギターを小気味よく弾いた。
指先は鮮やかで、とても初見とは思えないほどだ。
ミドリの音色には魂がこもっている(オバケに魂もおかしいものだけれど)。
だからどんな曲でも、いつもとても感動するんだ。
「へえ、うまいもんだ」
マキオが言った。
確かにメッチョの字はうまい。人というのは1つくらいは特技があるものだ。
だからワタシはギターを特技にするべく、日々頑張っている。

「じゃあ、この曲を一緒に頑張りましょう!コメコさん」
店長、そんなことしていて店はダイジョウブなの?と聞くと、最近は受付兼運び係のアルバイトを雇ったのだという。
それまではワンオペだったのか?いや、厨房と受付と運ぶのをワンオペでは無理がある。
ということは。え、じゃあ厨房には人いたの?見たことなかったけれど。
「ええいます。厨房に妻が」
極度の恥ずかしがり屋で顔出しNGらしく(どういうこと?)、でもすこぶる料理の腕が良くて自家製シュウマイと焼うどんが人気らしい。
「えー、食―べたい、食―べたい、食―べたい、食―べたい、食―べたい」
おんぷがアンコールの乗りで言うので店長は電話で注文を入れた。

「妻」がいたことに気づかなかったワタシにもビックリしたし(隠れ通した妻にも驚き)、シュウマイと焼うどんが人気という大事な情報を何故ワタシに言わずに、いつも店長が野菜スティックばかりを持ってきていたのかは疑問だった。
「じゃ、頼みましたから。5人分ずつでいいですね」
なぜか店長自身も個数に含まれている。
お前も食べるんかい。

すると、マキオは言った。
「じゃあ6個頼まないとじゃない?それとも俺の分は無し?新参者だから」
え?まさかチーコさんも来るとかなのか?
私は店長とマキオを見た。
お店が営業中のチーコさんがここまで来るとは思えないし、マキオはそんな話をしていなかったからまずないだろう。
すると店長は部屋の中の人間をもう一度数えた。
「いや、5個ですよ。コメコさんとおんぷちゃんとその彼氏さん。あなた(マキオ)と私(店長)の分で、5個。今日はいつも来ているメッチョさんがいないから間違ってないですよ」
マキオが変な顔をした。何か店長がとんでもなく失礼なことを言っているような顔。
そして、画面を見ながら気持ちよさそうにギターを弾いているミドリの方に腕を伸ばして、みんなに紹介するように手のひらを差し出した。
ミラーボールがクルクル回り、全員の顔が真っ青になったり真っピンクになったり真っ黄色になったりする。
ミドリも何かを察したようにギターを弾く手を止めた。

すると、何も屈託のない様子でマキオは言った。
「5個じゃ、このギター上手い子の分がないじゃない」
聞き間違えたか?
でも、マキオはミドリの隣りに立ってはっきりと言った。
「この、男の子の分がないでしょって。ねえ?」
話しかけられたミドリの顔とその場にいた全員の顔が、ミラーボールのせいではなくて真っ青になった気がした。

『ギターの先生⑭』|さくまチープリ (note.com)

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