[小説] Ultima Online: 現実世界からの来訪者 〜元トッププレイヤーの新たな旅立ち〜 1話

現実世界からUOの世界へ 〜ムーンゲートの向こう側〜 

IT企業でアーキテクトとして働く40代の男性、下村努は退屈な日々に嫌気がさしていた。会社での仕事は単調で刺激に欠け、プライベートでも特別な趣味もなく、ただ時間だけが虚しく過ぎていく。人生の意味や目的を見失い、虚無感に苛まれる毎日だった。鏡に映る疲れ切った自分の姿を見つめながら、下村は深いため息をついた。心の奥底では、日常から抜け出し、新しい世界へ飛び込みたいという衝動が燻っていた。

苦悩と葛藤に満ちた表情の下村努

そんなある日、自宅の押し入れで埃を被ったダンボール箱を発見する。その中から見慣れないものが姿を現した。それは古びた異世界への入り口のようなムーンゲート。「こんなもの、どこから湧いて出てきたんだ?」下村は首をかしげながら、遠い記憶を手繰り寄せる。そう、彼は遥か昔、UltimaOnlineというオンラインゲームに熱中していた時期があったのだ。

懐かしさと興奮が入り混じる中、ムーンゲートを前にして下村の鼓動は高鳴る。「もしかしたら、この先には俺が昔夢中になった世界が広がっているのかもしれない...」体の芯から込み上げるような期待を胸に、彼はムーンゲートに震える手を伸ばした。

ブリタニアへ通じるムーンゲート

次の瞬間、眩い光に包まれ、不思議な力に引き寄せられるように、下村の体はムーンゲートに吸い込まれていった。「うわあああ!」絶叫と共に意識が遠のいていく。

目覚めると、そこはリアルとファンタジーが融合したようなUltima Onlineの世界が広がっていた。清涼な空気、キラキラ輝く木漏れ日、甘い花々の香り。まるでゲームの中に迷い込んだかのような非現実的な光景だ。

下村は唖然とした面持ちで自分の姿を見下ろす。信じられないことに、体つきが変わり、まるで女性のようなしなやかな肢体になっているではないか。

「な、なんだこれは...?俺が女になってる...?」動揺を隠せない下村。声も驚くほど高くなっていた。

戸惑いながらも、下村は自分がかつてゲーム内で何度も訪れたブリテインの街のはずれ、ムーンゲートの近くに立っていることに気づく。

ポケットの中身を確認すると、数枚の金貨しか入っていないことに愕然とする。「まともな装備はおろか、宿に泊まるお金すらないじゃないか...」彼...いや彼女は溜息をつきながら、どうにかこの窮地を打開する方法を考える。

目の前に広がる森と街道

「そうだ、まずは仕事を見つけて、資金を稼ぐことから始めよう。」彼女は覚悟を決めて、ブリテインの中心街へと足を踏み出した。

石畳の道を進み、ギルド運営の木造建築が立ち並ぶ路地を抜けると、露店や買い物客で賑わう広場に出た。下村は人混みに紛れながら、酒場へと足を踏み入れる。冒険者たちの溜まり場であるそこは、格好の情報収集の場だ。

煌々と明かりが灯る店内。木のカウンター越しに情報を求めてエールを注文し、無愛想な店主や客と世間話に花を咲かせる。すると、ある農家のおじさんがコットン畑の収穫作業を手伝ってくれる人を探していると耳にした。

「これはチャンスだわ。真面目に働いて信頼を得れば、次の仕事にも繋がるかもしれない。」下村は一か八かその農家のおじさんに声をかけ、仕事を申し出た。

「初めまして、私はラズと申します。コットン畑の収穫作業、できる限りのことはさせていただきます。」背筋を伸ばしておずおずと名乗り出る。自分でも驚くほど女性らしい声音だった。

「おお、助かるよ。うちの畑は広くて人手が足りないんだ。きっちり働いてくれるなら、それ相応の報酬は出すからね。私はこの農場のオーナー、ジョナサンという。よろしく頼むよ、ラズちゃん。」

「ラズちゃんって...まだこの状況に慣れないなぁ...」心の中でつぶやきながらも、ラズはジョナサンのコットン畑で汗を流すことになった。

一面に広がる真っ白なコットン。じりじりと照りつける太陽、時折吹き抜ける心地良い風。額を伝う汗を拭いながら、黙々と一日中畑を駆け回った。

ブリテイン東に広がるコットン畑

「いやぁ、ゲームの中だと思えないくらいリアルだわ。こんなに体力を使う作業なんて、現実世界じゃまずやらないもんね。」

夕暮れ時、ようやく十分な量のコットンを収穫し終えた頃には、ヘトヘトに疲れ切っていた。農場主のジョナサンから労働の対価を受け取り、安堵のため息をつく。

「よし、明日からは冒険の準備を始めるわ。その前に、まずはゆっくり休養しないとね。」

宿屋の扉を潜り、カウンターで愛想の良い女将に声をかける。

「こんばんは。一番安い部屋を一泊お願いします。」

「いらっしゃいませ。私はこの宿の女将、エミリーです。4ゴールドの部屋なら空いてますよ。ブリテインは初めてのご宿泊ですか?」

「はい、昨日この街に来たばかりなんです。よろしくお願いします。」会話の節々で、自分の声の高さに違和感を覚えるラズ。

「かしこまりました。では、2階の奥の部屋にご案内しますね。ごゆっくりおやすみください。」

狭くて質素な部屋。だが、長い一日を終えたラズにとっては天国に思えた。ベッドにどさりと体を沈め、束の間の安らぎに浸る。

「ふぅ...。異世界に来て、性別まで変わるなんてね...。この体に慣れるのも大変そうだわ。」そんなことを思いながら、彼女は深い眠りについた。

翌朝、ラズは宿屋の食堂で朝食をとりながら、エミリーと会話を交わす。

「昨晩は熟睡できました。おかげで疲れが随分と取れましたよ。」

「それは良かったです。今日は、どちらに向かわれる予定ですか?」

「もう少しお金を稼ごうと思います。ジョナサンさんの農場で働きつつ、冒険の準備を整えたいんです。」

「そうですか。ジョナサンさんは面倒見の良い方だと評判ですよ。きっとまた快く迎えてくれるはずです。ご武運を。」

こうして数日が過ぎ、農作業に精を出しながら着実に資金を貯めていったラズ。ついに、装備を一式そろえるのに十分な額を手に入れた。

「よし、これで武器や防具、冒険の必需品が買えるわ。魔法のスキルを上げるためにも、秘薬とスペルブック、スクロールも必要ね。」

ラズは、生き残るために不可欠な魔法の修練を次の目標に定める。それは、この世界を自在に生き抜くための武器になるはずだ。

必要なアイテムを調達し、いざスキル上げに励む。街の図書館で知識を吸収し、静寂な公園では瞑想に没頭する。宿の自室では、購入したスクロールを丹念にスペルブックに書き写す作業を行った。

「地道な努力の積み重ねだけど、確実に力がついている実感があるわ。」

そうして魔法のスキルが70を超えた頃、知性や瞑想のスキルも80近くまで到達した。中級レベルの呪文なら、ある程度使いこなせるようになってきた。

満を持して、次に目指すのは戦闘スキルの強化だ。ラズは安価な馬を購入し、ソロでの狩りに挑むことを決意する。

ブリテインの街を後にし、北東の平原地帯を進んでいく。やがて目的地の墓場が見えてきた。そこは、アンデッドやスケルトンがうろつくモンスターの巣窟だという。

「スケルトンの群れと戦って、格闘術を鍛えるにはうってつけの場所のはずよ。いくわよ。」ラズは意を決して、墓場の入り口に足を踏み入れた。

薄暗い墓地を進んでいくと、遠くでスケルトンに苦戦する初心者の戦士を発見する。青年のようだ。

「くっ、包囲されてる!このままじゃ、ヤバいわ。」ラズは咄嗟に声をかけ、馬を駆って助けに向かった。

ライトニングボルトと炎の壁で敵を攻撃しつつ、槍と剣を振るって斬りかかる。魔法と格闘術を連携させた攻撃で次々とスケルトンを薙ぎ倒していく。

「うわっ、助けてくれ!」青年は絶叫しながら、必死に剣を振るう。だが、スケルトンの攻撃を受けて倒れてしまった。

「しっかりして!」ラズは間一髪で駆けつけ、ヒールの呪文を唱えて彼の傷を癒す。そして、渾身の魔法で残ったスケルトンを一掃した。

「あ、ありがとうございます...!命拾いしました。」青年は安堵の表情で深々と頭を下げる。

「もう大丈夫よ。私はラズという。あなたは?」

「僕はアザヤンです。まだ駆け出しで、スケルトン相手に苦戦していたんです。」

「アザヤンね。戦士なら、もっと剣の腕を磨く必要があるわ。無謀に突っ込むのは危険すぎる。」

「は、はい...。僕じゃスケルトン一匹も倒せません...。でも、ラズさんの戦い方を間近で見て、大いに勉強になりました。」

「これからは二人で一緒に戦いましょう。私はそれなりに魔法が使えるから、あなたの成長をサポートできると思うの。」

こうして、ラズは異世界で初めての仲間を得た。意気投合した二人は、力を合わせて修行と戦いに励むことを誓い合う。

「今日はもう日が暮れるわ。一旦街に戻って、明日の作戦を立てましょう。」

「はい、ぜひ一緒に頑張りましょう!ラズさんについていけば、強くなれる気がします。」

宿屋に戻り、美味しい料理に舌鼓を打ちながら、翌日の予定を話し合う。まだ見ぬ世界への期待に胸を膨らませながら。

ラズとアザヤンは、魔法と戦闘技術の腕を磨くと同時に、狩りで得た獲物の皮を換金することも目的に、再びブリテイン北東部の平原へと向かった。

「アザヤン、あなたはまだ修行の身ね。ここで存分に剣の練習をするといいわ。」

「はい、ラズさん。あなたの魔法と剣さばきを間近で見られるのは、何よりの指針になります。」

草原を歩きながら出会った獣たちに次々と魔法を放つ。高位の攻撃魔法を操るラズが、雷と炎で獲物を苦しめる。そしてとどめは、アザヤンの剣技に任せるのだ。

「Kal Vas Flam!」ラズから放たれた強力な炎の弾が、グレートハートを襲う。

「はぁぁっ!」その隙を突いて、アザヤンが渾身の一撃を見舞った。

「良い腕前だわ!連携がうまくいってきたわね。」

ラズのフレイムストライク

「ラズさんの的確な魔法のおかげです。おかげで剣の腕も上がった気がします。」

倒した獲物から皮を剥ぎ取る合間にも、二人は戦術について語り合う。

「僕が前衛に立ち、ラズさんが後方から魔法攻撃を繰り出す。その間に僕が獲物に斬りかかる...といった感じでしょうか。」

「そうね。その作戦が基本になるわ。でも状況に応じて臨機応変に立ち回ることも忘れちゃいけないわよ。」

日が傾く頃には、二人の鞄には獲物の皮がたっぷりと詰まっていた。そして、互いの戦闘スキルも大きく向上していた。

「今日は本当にいい修行になったわ。アザヤン、あなたと組むのは心強いわ。」

「ラズさんこそ頼もしい先輩です。これからもご指導ください。」

二人は意気揚々と街に戻り、仕留めた皮を職人に売却する。思いがけず高値で取引できたことに喜ぶ。

ブリテインの街並

「売り上げの一部で、武器や防具を強化してもらいましょう。冒険にはいい装備が欠かせないからね。」

「はい、ぜひお願いします!もっと強い武器を手に入れて、立派な戦士になりたいです。」

その日の夜、二人は宿屋の食堂で夕食をとりながら、今後の展望を話し合った。

「いつかは、もっと遠くの土地まで冒険の旅に出るのが夢なの。アザヤン、付いてきてくれる?」

「もちろんです!ラズさんとなら、どこへでも行きます。一緒に、この世界を旅したいです。」

冒険者としての絆を深めた二人。ラズの力強いリーダーシップと、アザヤンの真摯な姿勢があれば、どんな困難も乗り越えられるはずだ。

月明かりが窓から差し込む寝室で、ラズはベッドに横たわりながら一人反芻していた。

「まさか異世界に来て、自分が女性になるなんてね...。最初は戸惑ったけど、今はすっかり慣れたわ。」

女性の体に宿ったことで、精神面でも変化が表れていた。男だった頃よりも感情豊かになり、仲間を大切に想う気持ちが芽生えている。

「この世界の私は、ラズという女性冒険者なのよ。現実の自分とは違う人生を歩むことになったけど...悪くないわ。」

そう呟いて、ラズはゆったりと目を閉じた。異世界の空気を肺いっぱいに吸い込みながら。

「さて、明日からまた新しい冒険の日々ね。アザヤンと力を合わせて、もっと強くなるわよ。」

こうして、ラズとアザヤンの冒険譚は、新たな一ページを刻んでいく。二人の成長と絆の物語は、まだ始まったばかりなのだから。

異世界の地で、性別を超越した友情を育みながら、ラズは自身の心の変化を見つめ直していた。男として生きてきた過去を思い出しつつも、今は女性冒険者としての生き方を前向きに受け入れようとしている。

「ユニークな経験をさせてもらってるわね。男と女、両方の視点を持てるなんて...きっと人生観が広がるはずよ。」

体は女でも、心の奥底に男性としてのアイデンティティを留めておくことで、バランスの取れた人格を形成していけそうだ。

「私はラズ。この世界ではひとりの女性冒険者。だけど根っこの部分は、下村努であり続けるの。」

そんな風に考えを巡らせながら、ラズは静かに目を閉じた。満ち足りた表情で眠りにつく。

翌朝、いつものようにアザヤンと合流し、新たな依頼や目標に向かって旅立つ。

「今日も張り切っていきましょう、アザヤン!」

「はい、ラズさん!僕についてきてください!」

颯爽と馬を駆るラズの姿は、もはや男の面影など微塵もない。凛々しく美しい女性冒険者の佇まいだ。

窓に映る姿

窓に映る自分を見て、彼女は小さく微笑んだ。異世界の日常に、すっかり馴染んでしまったことを実感しながら。

かくして、ラズとアザヤンの冒険は続いていく。現実と異世界、男と女の狭間で揺れ動く思いを胸に秘めつつ、ラズは仲間との絆を糧に、自らの人生を切り拓いていくのだった。

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