文学少女
看護学校を卒業して就職した病院で、
最初に配属されたのは産婦人科病棟だった。
15床しかない小さな病棟には、
生まれて間もないベビーもいれば、
ママになりたてホヤホヤのひともいるし、
抗がん剤治療をしている人もいた。
抗がん剤治療のため入院していたNさん。
確か50代後半で、ベリーショートのグレイヘア、何だか可愛らしくて、物静かで柔らかい雰囲気を漂わせている人で。
午後の検温に行くと、いつもベットの上で座って本を読んでいて、
その姿を見る度に、いつも文学少女っていう言葉が頭に浮かんだ。
当時、私もよく本を読んでいたので、体調云々の話よりも、本の話で盛り上がることも多かった。
ある日、Nさんが私に1冊の本をくれた。
俵万智さんの「サラダ記念日」だった。
「若いあなたにぴったりだから」
何だかその言葉が嬉しくて、ウキウキと持って帰った記憶がある。
しばらくして私はその病院を辞め、その後Nさんに会うことはなかったが、
私が辞めた後、Nさんがご家族に見守られながら静かに旅立たれたと、一緒に働いていた人から聞いた。
当時、もし今のようにスマホがあったなら、ツーショット写真とか撮ってたかも知れない。
鮮明に、Nさんの顔も覚えていられたかも知れない。
でも、
大きな窓から入る陽の光のなかで、ベットに座って本を読む文学少女の、
ふんわりとしたタッチで描かれた絵のような、鮮明ではない記憶っていうのは、
スマホとか、気軽に写真がとれなかったからこその美しい記憶なんだと思う。
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