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【将棋観戦】藤井聡太さんと羽生善治さんの考察。

2020年7月16日、将棋の棋聖戦第四局。挑戦者の 藤井聡太 七段が、渡辺明 棋聖(三冠)を破り、17歳11ヶ月の史上最年少で初タイトルを獲得しました。現実がライトノベルを追い越した、とも評されております。

歴代最多、タイトル獲得数99を誇る 羽生善治 九段と比べつつ、藤井聡太 新棋聖について考察してみますね。

ボクは将棋の腕前はたいしたことなくて、アマ初段に届くかどうか。世代的には羽生さんに近く、将棋観戦を30年以上続けてきました。(以前は、今のように「観る将棋ファン」という呼び方はなかったですね・・)

将棋観戦を始めてまもなく、羽生善治さんが史上3人目の中学生棋士としてプロデビュー。全棋戦に初参加の1986年度に、いきなり勝率1位を達成して将棋ファンを驚かせます。1989年には、19歳3ヶ月で初タイトルの竜王を獲得しました。

ご存じの方も多いと思いますが、将棋の戦いは、序盤・中盤・終盤に分かれます。

序盤 駒組み段階
中盤 駒がぶつかり、技をかけ合う
終盤 相手の玉将を討ち取る

10代の頃からすでに十分に強かった羽生善治さん。ですが、失礼ながら当時はまだ粗さもありました。序盤で作戦負け、不利になってしまうことも少なくなかったのです。それでも中盤で差を広げられないよう喰いついて、終盤で逆転勝ち。

逆転勝ちの多さから「羽生マジック」の異名も生まれました。

ご本人も序盤が課題と、百も承知しておられたのでしょう。将棋には「居飛車」「振り飛車」という二大戦法があり、居飛車には「矢倉」「角換わり」「相掛かり」「横歩取り」などの戦型があります。
羽生善治さんは20歳前後でモデルチェンジをはかり、あらゆる戦型を指しこなすオールラウンダーに変貌していきました。
対戦相手は困ってしまいますね。「羽生は何をやってくるか分からない」のですから。序盤でどんな戦型で来るか予想できない。中盤・終盤は10代の頃からすでに強い。必死に工夫して有利になっても、羽生マジックで逆転負けを食らってしまう。

そうして勝ち星を積み重ねた羽生善治さんは、1996年2月14日、25歳で全タイトル七冠制覇を達成します(2020年現在、タイトル戦は当時より一つ増えて全部で八つです)。

まだ、インターネットもAIも発達していない時代の物語。

されど、七冠制覇だけで物語は終わりません。羽生善治さんは第一人者として将棋界に君臨しつづけ、2018年12月に実に27年ぶりに無冠となるまで、タイトル獲得数を99まで伸ばしたのです。そして、いまだ現役バリバリの羽生さんが、獲得数99のまま終わると思っている人は、プロ棋士には一人もいないことでしょう。

羽生善治さんが久しぶりに無冠となる日から、およそ2年前の2016年10月、藤井聡太さんが史上5人目の中学生棋士となりました。史上初の中学生棋士だった加藤一二三さん(愛称・ひふみん)の14歳7ヶ月よりも早い、史上最年少14歳2ヶ月でのプロデビュー。

将棋には、対局だけでなく、玉将を詰ます作品として「詰将棋」というジャンルがあります。プロも参加する詰将棋解答選手権で、藤井聡太さんはなんと小学6年生で優勝、2019年まで5連覇(2020年は選手権そのものが中止)。

藤井聡太さんの強さの核となるのは、玉将を詰ますセンス、読みの速さと正確さ。プロから見ても異次元なのだそうな・・

ポイントは、強さの核となる部分は「AIとは関係ない」ことです。本人のアタマで考えて、速くて正確なのですから。藤井さんが現代ではない時代に生まれても、おそらく超一流の棋士になっていたことでしょう。

そして現代では、棋譜データベース、インターネットでの対戦や観戦、将棋AIの劇的な性能向上があります。これらは全プロ棋士がほぼ横並びの条件ですが、藤井聡太さんは空気を吸って吐くように自然体で使いこなしている印象です。

羽生善治さんは10代の頃、まだ序盤が粗いところがありました。しかし藤井聡太さんは、プロデビュー当初から序盤もかなり緻密です。中盤・終盤も、もちろん強い。
これは藤井さんのほうが羽生さんより優れている、といった単純な話しではなく、時代背景の差が大きいと考えます。

時代背景ではない違いとしては、羽生善治さんはあらゆる戦型を指しこなすオールラウンダー。藤井聡太さんは居飛車、なかでも角換わりと矢倉にほぼ特化しています(横歩取りの先手番、相掛かりの後手番は指します)。
藤井さんはおそらく、使う戦型を絞りこみ、AIも活用して相当に深く掘り下げて研究しておられるのではないでしょうか。

また、AIに対する見方にも、違いがあるのかもしれません。

羽生善治さんは「1年前の将棋ソフトに対して、今の将棋ソフトが7割くらいの勝率になることが多い。つまり、将棋ソフトは(人間より強くなったとはいえ)絶対ではなく、誤りもある」という趣旨の発言をしておられます。盲信すべきではない、と。
藤井聡太さんは「今の将棋ソフトは優秀だが、局面によっては人間のほうが読める場合がある」という意味のコメントをしたことがありました。
確かに藤井さんは、将棋ソフトがあまり候補に挙げない指し手で、鮮やかな勝利を収めたことが何度もあります。
例としては、
2018年6月5日、竜王戦ランキング5組決勝、76手目の7七同飛成り。
2020年6月29日、棋聖戦第二局、58手目の3一銀。

藤井聡太さんは対局の事前研究で、AIを信用していい場面と、人間の読みを優先したほうがいい場面を切り分ける嗅覚を、すでに持っているのではないでしょうか?
言い換えると、将棋の世界はもう、人間とAIが対決する時代から、人間とAIが共存して技術を高めていく時代に移ってきているのでしょう。

また、持ち時間の使い方も特徴的です。たとえば棋聖戦は持ち時間4時間で戦います(持ち時間を使い切ると、一手60秒未満で指し続けなければなりません)。
藤井さんは事前研究をしっかりして、実戦でも速く正確に読めるにもかかわらず、序盤・中盤で時間をかけてこんこんと考え続けます。対戦相手より先に持ち時間が少なくなってもおかまいなし。それでいて、終盤で残り時間が3分とか2分になっても、正確な指し手で勝ってしまう。
これはおそらく、目前の対局に勝つだけでなく、より深く考え抜いてもっと強くなろうとしている時間の使い方です。末恐ろしいですネ。

今回の棋聖戦では敗れてしまいましたが、渡辺明さんは史上4人目の中学生棋士です。棋聖のタイトルを失っても二冠を保持しており、名人戦では豊島将之 名人に挑戦中。かつて竜王戦では、羽生善治さん相手に3連敗から4連勝で逆転防衛を果たしたこともありました。
このままアッサリ引き下がるとも思えません。巻き返しを期待するぜ。

そして、羽生善治さんと藤井聡太さんのタイトル戦も、いずれ拝みたいものです。

将棋は 9×9 のマス目、先手と後手が20枚ずつ同じ数の駒で戦い始め、トランプと違ってすべての駒が見える状態、先手と後手が一手ずつ交互に進める。限定された領域で激しい戦いを繰り広げるため、盤上の変化・進化は一般社会よりも早いです。むしろ社会の先行指標として、将棋が参考になると考えます。

2020年は世界も日本もまれに見るタイヘンな年です。されど将棋観戦については「なんと幸運な時代に生まれ合わせたことか」と感謝しかありません。


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