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【こんなことなら補助金6,000万円貰わなきゃよかった。】全話収録
皆さんこんにちは!起業・創業コンサルタントのようしゅう|中小企業診断士です。
私は、中小企業診断士として、これまで多くの補助金申請に携わらせていただきました。
しかし、補助金は貰ったからといって必ずしも幸せになるわけではありません。
私がこれまで見てきた方の中にも、後から「こんなことなら補助金を貰わなきゃよかった」という言葉も実際に何人かから聞いたことがあります。
事業計画策定から交付申請、実績報告まで事務局とのやりとりは合計で20回を越えることもあり、想像よりも大変な作業です(補助金の種類にもよります)。
何よりも事業再構築補助金の場合、経営戦略が必須であるため「補助金が貰えるから」といって安易に投資をするのはお勧めしません。
本記事では事業再構築補助金をテーマに、実話を基に、小説を書いてみました。素人の駄文ですがよければご覧ください。
(なお、実話を基にしていますが、事業者や事業内容が特定できないようフィクションになっています。)
※本記事は、note創作大賞2024「お仕事小説部門」に応募した作品の全話収録分です。
<あらすじ>
コロナ禍で突如始まった国による「事業再構築補助金」
ゴルフレッスンプロの竹内勇作は最大6,000万円貰える補助金に採択され、最新鋭のインドアゴルフ場建設に胸を躍らせていた。しかし、この補助金にはいくつもの欠陥があったー。補助金を貰うまでの苦労、経営の難しさ、人間関係のすれ違いによって、抱いた夢は儚く散ってゆく。そんな竹内に対し、事業計画書を作成した中小企業診断士達によるコンサルティングという名の「管理」に竹内の精神は日に日に蝕まれていくことに。「こんなことなら補助金6,000万円貰わなきゃよかった」という竹内に対して、コンサルタントである九条が再建を任されることになったが、果たしてその行方はー。
第1話「不幸の予感」
「九条さん、ゴルフレッスンをやっている方が、事業再構築補助金を使ってインドアゴルフ場を建設したいと言っています。」
コンサルティング相談窓口で対応していた後輩の矢島浩平が、そう私に声をかけてきた。ある客が補助金の事業計画書を作成する依頼に来たそうだ。
矢島が持っている相談内容シートには「竹内勇作」という名前が書いてある。さっきまで矢島が座っていた相談窓口に目をやると、その竹内らしき人物が対面に座っている。
座っていても分かる長身で、細身のスラックスにポロシャツという紳士的なスタイルだ。
事業計画書を持った矢島が私のところに寄ってきて「事業再構築補助金を活用して、新たにインドアゴルフ事業を始めたいらしいんです。少し事業計画を見てもらえますか?」と言った。
私はA4用紙1枚に書かれている事業計画に目を通し、思わずつぶやいた。
「また、インドアゴルフ案件か…」
――――—話は今より2年以上前に遡る。
日本で「緊急事態宣言」が発令・解除が繰り返されていたころだ。
「事業再構築補助金」は、コロナで低迷したビジネスからの業態転換を促すために国が用意した補助金である。
しかし、公募回数を重ねるごとに徐々に「コロナ危機からの脱却」という当初の補助金の意義や効果が問われ始め、2023年秋にはついに行政レビューで「抜本的な見直し」が求められた補助制度である。
その議論の中でも、「同じような事業の申請が増えている」と問題視された事業の一つが「シミュレーションゴルフ(インドアゴルフ)案件」だ。
実際の使途はどうかというところで、財務省の分析でありますけれども、右にありますとおり、強みが異なるような複数の事業者が例えばフルーツサンド販売店といった同一内容の申請を行っている、あるいは直近で行われて採択された第10回の公募採択においては、 シミュレーションゴルフであったり、セルフエステ、さらにサウナといった特定の内容に偏りが見られるところになっております。
―――――――――当時、私のところにもインドアゴルフに関する案件が2件立て続けに相談が来ていたこともあり、慎重に対応することにした。
私は矢島とともに相談窓口に座り、竹内に話を聞くことにした。
事業計画を見ると設備投資額の欄には「5,000万円」と書いてある。
資金の使い道を聞くと「新たに建物を建設するのに3,500万円、最新のシミュレーションゴルフ機器を導入するのに1,500万円かかる」と言った。
事業再構築補助金は、補助金が2/3出るのが基本だ。
仮に採択されたとしても補助金は5,000万円のうち2/3にあたる約3,400万円しか貰えないため、残りの1/3にあたる約1,600万円は自ら出すことになる。
自分の貯金がなければ銀行から借りるしかない。
「こちらは銀行にお話されているんですか?」
「いえ、まだ話していません」
「そうですか、資金調達できるかどうかは事業展開においてとても重要になります。お早めに銀行へ相談された方がよいです。ちなみにですが、今まで経営のご経験はありますか?」
「いいえ、ありません。今までは雇われていて、必要な時にゴルフを指導していました。いわゆるレッスンプロというやつですよ。」
私と矢島は頭の中で同じことを考えた。
(普段1人でレッスンしている人が、この規模のインドアゴルフ場の運営ができるのだろうか…)
「なぜ、インドアゴルフ場なんでしょうか?」
「24時間セルフのインドアゴルフであれば、お客さんが自由に出入りしてくれますので、私があまり手をかけなくても収入が得られるはずです」
「そうですか、いくらセルフだからと言っても事業を運営していくためには集客、予約管理、清掃や機器のメンテナンス、クレーム対応、情報発信など、やることはたくさんあると思いますが…そのあたりは考えられてますか?」
「はぁ…コロナでみんな外に出られないのでお客さんは集まると思うんですけどね…」
「それに長期的にはゴルフ人口が減り続けています。それにこの地域には既にシミュレーションゴルフはいくつかあり、競合他社も存在します。競合店については調査をされてますか?」
「……競合とかはよくわかりませんね。ゴルフやる人はたくさんいますから大丈夫じゃないですか。」
「競合を調査することは差別化に繋がるため、とても大事です。もしよろしければ、このまま事業計画書を作成するのではなく、一度、私達と事業計画そのものについて考えてみませんか?」
「私は、補助金の事業計画書作成を依頼したいんだよ。」
「それは存じております。しかし、ここまで大規模な投資だといくら補助金が貰えるからと言っても事業運営の負担になってしまう可能性もあります。」
「私はこのインドアゴルフ場がやりたいんだ。補助金を貰えるチャンスだし、そもそも事業をやるのは私なんだから、何をやろうと私の自由じゃないか!」
「いえ、ですが…」
「もういい、他の所に頼むよ。」
そう言い残して竹内は去っていった。
第2話「狂気の事業計画」
事業再構築補助金を申請するためには、国が認めた認定経営革新等支援機関(通称:認定支援機関)に事業計画書を提出し、「認定支援機関の確認書」を発行してもらわなければ申請できない。
私の所属しているコンサルティング会社は、認定支援機関に登録しているため取引先顧客に対して「確認書」を発行することができる。
認定支援機関は、その事業計画が補助金の要件に該当しているか、実現可能性があるかなどを確認するのだ。
つまり、国が審査する前の〝フィルター役〟ということだ。
もちろん、確認書を発行するかどうかは認定支援機関の判断に委ねられる。
ある日、相談窓口で確認書の発行依頼を受けた矢島は、眉間にしわを寄せながら私のところに近づいてきた。
「九条さん、この事業計画書を見てください」
矢島は鼻の利く男だ。
私よりも一つ年下だが、同じ課長職という立場であり、互いに現場での補助金申請支援経験も長い。
実に信頼できる男であるが、私と違ってサラリーマンらしく、自分の中で結論が決まっていても必ず上司に相談し、判断を仰ぐ男でもある。この辺りの処世術は私も見習いたいところだ。
そんな矢島の気遣いから来るものか、信頼関係から来るものかはさておき、矢島は〝鼻が利いた〟ときには、上司よりもまず先に私に相談してくるのが通例になっている。
私は、矢島に見せられた事業計画書に書いてある名前を見て、心がざわつく感じがした。
事業者名 株式会社サイバーゴルフ
代表者名 竹内勇作
サイバーゴルフ……竹内……私が持っている顧客リストには載っていないはずだが、記憶のどこかに引っ掛かっている。
「この事業計画書は?」
「九条さん、覚えていますか。1か月前くらいに突然窓口に来て、インドアゴルフ場を建設したいと言って、九条さんに同席してもらった、あの竹内です。」
「あぁ、そうか。あのときの竹内か…」
窓口に座っている男に目を移すと、確かにあの日と同じような恰好をした竹内の姿がある。
「なんで、また、うちに来ているんだ?」
「それが、別のコンサルティング会社に依頼して、事業計画書を作ってもらったそうなんです。しかし、なぜかそのコンサルティング会社から弊社に紹介があったそうで、確認書の発行を依頼してきました。」
「なぜ、うちで発行するんだ。事業計画書を作成した認定支援機関に発行してもらえばいいじゃないか。」
「はい、そうなんですが、それがどこのコンサルティング会社か言わないんですよ。」
「何かあるのか…」
「何かあるかもしれませんね…一応、経緯を聞いてみたところ、1か月前、弊社を後にした竹内は、その足でメイン銀行に行ったそうです。ただ、融資の相談は断られたそうです。」
「まぁ、そうだろうな。」
「そこで、取引のない銀行をいくつか回って候補先を見つけたらしいんですが…そこの銀行の担当者に『融資の件はなんとか検討してみます。ただし、絶対融資が下りるとは言えません。そこで、融資を検討する条件として認定支援機関の確認書をもらってきてください。国が認めた支援機関のお墨付きがあれば審査部の稟議も通りやすくなるはずです。』と言われたらしいんです。」
「それで、竹内は別のコンサルティング会社に事業計画書作成を依頼したが、なぜか出来上がった事業計画書を持って弊社へ確認書発行依頼に来たということか。」
「はい、そのとおりです。」
矢島は少し低い声で「ここを見てください」と事業計画書のある部分を指差した。
【事業計画書】
総投資金額 :9,000万円
補助金申請額:6,000万円
自己負担額 :3,000万円
「総投資金額が9,000万円……」
私は自分の言葉で金額を確かめるように言葉を発した。
前回相談に来た時には、総額5,000万円だったはずだ。
それでも高いと思ったが、今回はそれを上回る9,000万円と書いてある。
矢島も神妙な面持ちをして固まっている。
私と同じことを頭の中で巡らせているのがわかった。
(なぜ、投資金額が上がっているのだろうか?)
繰り返しになるが、総投資額の3分の1は自己資金を用意する必要がある。
仮に補助金が6,000万円貰えたとしても、残りの3,000万円は自己負担しなければならない。
前回のこともあり、私は一旦同席を避け、矢島が竹内に事情を聞くことにした。
「知り合いの事業者が上限6,000万円補助金が採択されたのを聞いたんですよ。どうせ補助金が貰えるのであれば上限いっぱい貰いたいじゃないですか。それにコンサルティング会社もその方がいいのではないかと言ってくれましたよ。」
竹内はそう答えた。
これは補助金界隈ではよくある話だ。
事業の内容うんぬんよりも〝貰えるものは貰いたい〟と、補助金ありきの事業計画に塗り変えてしまうのである。
「銀行の担当者は、この3,000万円の借入を承諾したんですか?」
「前向きに検討してくれると。」
3,000万円と言えば、そこそこ良い新築住宅が1件建てられる金額だ。
設備投資の詳細を見ると投資内容自体は変わっていないが、建物費、設備費ともに価格が上乗せされている。
(これはさすがに事業計画に無理がある。。。)
事業計画書には事業実施体制なども形式的に書かれているが、とても事業を回していけるイメージが沸かない。
「ちなみに、どちらのコンサルティング会社で事業計画書を作成されたんですか?」
「それは、お宅には関係ないことでしょう」
「いえ、関係ありますよ。弊社は事業計画書の実現可能性を確認しながら、確認書を発行するかどうかを判断いたします。当然、事業の計画を一緒に考えたのなら無関係ではいられません。場合によっては、そのコンサルティング会社にも事業内容についてヒアリングが必要かもしれません。」
「私はここに来くれば、確認書を発行してくれるはずだと聞いて来たんです。いいから上司の方に相談してください。」
矢島は席を立って、上司のところへ向かうついでに、私に小さく声をかけきた。
「確認書を発行するつもりはありませんが、何か嫌な感じはしますね」
そう一言だけ告げて、矢島は上司の方へ歩いて行った。
第3話「認定支援機関の功罪」
10分後、矢島が何やら浮かない顔をして、私のところへ戻ってきた。
どうやら悪い予感は当たったようだ。
「小宮部長に相談した結果、認定支援機関の確認書を発行することになりました。」
(やはりか……でも、どうしてだ)
「そうか、小宮部長はなんて言ってたんだ?」
「事業をやるのは本人であり、経営判断について余計な口出しをする必要はない。どうせ弊社が発行しなくても、他の認定機関に依頼して発行するだけだ。それならば弊社で発行すればよい。だそうです。」
「小宮部長…そうくるか…」
我々の上司に当たる小宮は何よりも実績を重んじる男だ。
補助金の件数には、執拗なまでにこだわりを抱いている。
どこの世界にも目先の数字を気にする人は存在する。
特に小宮の場合、役員の座に付いており、トップに手が届くところまで来ているから尚更ということか。
この決定に対し、普段、取引先の相談を受けている身としては到底賛同できるものではない。
私はたまらず小宮のところへ駆け寄った。
「小宮部長、失礼します。㈱サイバーゴルフの件、なぜ確認書を発行するのですか。とても事業が上手くいくとは思えません。たとえ採択されたとしてこの規模だと借入金が負担になり、最悪の場合、廃業に至ってしまうかもしれませんよ」
「あぁ、九条くんか。矢島君には説明したはずなんだがね。」
「はい、結論は矢島から聞いております。しかし、失礼ながら、とても賛同できるものではありません。」
「九条くんはいつもそうだな。今回は、弊社にコンサルティングを依頼しに来ているわけじゃないんだよ。あくまで依頼は認定支援機関の確認書の発行だ。」
「はい、それはわかっております。しかし、それならば事業計画書を作成したコンサルティング会社が確認書を発行すればいいのではないかと」
「私が事業計画書の内容を見て、私の判断で確認書を発行する。それでいいじゃないか。」
「でも、仮にこれが採択されたら、苦労するのは事業者自身ですよ」
「その事業者自身がこの計画でやりたいと言っているのだよ。断る理由なんかないじゃないか。」
「しかし…これまでの私の経験から言えば、とてもこの事業がうまくいくとは思えません。事業者の人生に関わることですし、もっと慎重に対応するべきかと思います。」
「この事業がうまくいく保証はない。しかし、うまくいかない保証もなだろう。それに、私が確認書を発行すると言っている。君にはそれがどういうことか分からないわけでもない」
「……」
「これは戦略的な〝経営判断〟なんだよ。どうせ、弊社が発行しなくても、競合他社のところで確認書を発行するのであれば、同じことだ。それに本件の担当は矢島君なんだから、九条くんには関係ないと思うがね。」
「それはそうですが…」
「今後、人の案件に対して出しゃばらないようにしてくれよ。」
こうして、私は小宮に取り付く島もなく一蹴されたのである。
だが、しかし、弊社で確認書を発行しなくても、どこかに頼めば発行してくれることは確かではある。
国が定める認定支援機関制度はハッキリ言って「ザル」だからだ。
日本全国ほとんどの金融機関や商工会が認定を受けており、どちらかと言えば支援能力やスキルよりも「格」が重んじられている印象である。
1.税務、金融及び企業の財務に関する専門的な知識を有していること
2.中小企業・小規模事業者に対する支援に関し、法定業務に係る1年以上の実務経験を含む3年以上の実務経験を有していること
3.おこなおうとする法定業務を長期間にわたり継続的に実施するために必要な組織体制や事業基盤を有していること
個人の中小企業診断士でも要件を満たせば、認定支援機関になることも可能だ。
中にはそうした認定支援機関が、「ココナラ」のようなインターネットサービスで「5,000円で認定支援機関の確認書を発行します」と受注しているケースもある。
その点から言えば、小宮の言うことも一理はある。
実際に、竹内は事業計画書の作成についても、弊社が断った後、別の中小企業診断士に依頼して作成している状況だ。
仮に弊社が確認書を発行しなくても、どこか発行してくれる先を探すであろうことは容易に想像できる。
そして、実際に事業を運営していくのは、紛れもなく竹内自身だ。
コンサルタントが事業をやるわけではない。
悔しいが小宮の判断は、弊社の意思表示である。
私と矢島は、心の中で「これでいいのだろうか」と悶々することしかできなかった。
第4話「見えざる壁」
サイバーゴルフ社宛てに「認定支援機関の確認書」を発行して数日、竹内から「申請完了しました。」と、矢島のところへ連絡が入った。
私が受けていた2件のインドアゴルフ案件は、議論を重ねた結果、1件は既存事業の販路開拓を行う「小規模事業者持続化補助金」への申請に変更した。
もう1件は、事業内容を見直した上で、事業再構築補助金への申請を行った。
―――――それから、約3か月が過ぎた。
ある日、ホームページ上で事業再構築補助金の「採択結果」が発表され、私も、矢島も、自らのコンサルティング先への電話対応に追われていた。
採択発表時にはホームページで採択先一覧が公表されるのと同時に、採択された事業者には事務局から直接メールが届く。
仮に採択されていれば、祝福の電話と今後の流れや注意点を説明する。
採択されていなければ、事業計画の見直しや今後の対応について検討する。
コンサルティングを行った先、全てに対してこの作業を行うため、
どちらにしても、採択発表日というのは忙しい1日になる。
矢島も同じように電話対応に追われていた。
「採択されましたか?はい、そうですか、おめでとうございます……」
クライアントからの採択報告のはずなのに、矢島はなぜか浮かない顔をしている。電話を終えた矢島は、すぐに私のところに寄ってきた。
「九条さん、サイバーゴルフ社の竹内から連絡がありまして…」
「まさか、、通ったのか…?」
「はい…採択されてしまったようです」
「そうか、相変らずの審査だな」
「はい…」
意外に思われるかもしれないが、国の補助金審査は、必ずしも良い事業計画が通るとは限らない。
大抵の場合、「公募要領」と呼ばれる応募説明書に、下記のような審査項目が書かれている。
(4)政策点
①先端的なデジタル技術の活用、低炭素技術の活用、経済社会にとって特に重要な技術の活用等を通じて、我が国の経済成長を牽引し得るか。
② 新型コロナウイルスが事業環境に与える影響を乗り越えて V 字回復を達成するために有 効な投資内容となっているか。
③ ニッチ分野において、適切なマーケティング、独自性の高い製品・サービス開発、厳格な品質管理などにより差別化を行い、グローバル市場でもトップの地位を築く潜在性を有しているか。
④地域の特性を活かして高い付加価値を創出し、地域の事業者等に対する経済的波及効果を及ぼすことにより雇用の創出や地域の経済成長を牽引する事業となることが期待できるか。
⑤異なるサービスを提供する事業者が共通のプラットフォームを構築してサービスを提供 するような場合など、単独では解決が難しい課題について複数の事業者が連携して取組むことにより、高い生産性向上が期待できるか。また、異なる強みを持つ複数の企業等(大学等を含む)が共同体を構成して製品開発を行うなど、経済的波及効果が期待できるか。
この審査項目に従って事業計画書を作成していけば「点数が取れる計画書」が出来上がるというわけだ。
事実、竹内のインドアゴルフ案件も、事業再構築補助金で求められている「先進的なデジタル技術の活用」を押さえるために、導入する設備が最新鋭のものに切り替え「デジタルトランスフォーメーション」と記載されていた。
それに伴い当然、設備の金額もケタが変わっていた。
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これは余談であるが、例えば審査項目の一つである「先進的なデジタル技術」に該当するかどうかは、〝審査員の主観〟に委ねられる部分が大きい。
そもそも審査員が先端的なデジタル技術についての知見があるかは、疑問が大きいところだ。
審査員は、民間の中小企業診断士から募集しているそうだが、おそらく大勢いる審査員の中にも、「デジタルトランスフォーメーション」と「IT化」の違いを明確に説明できるものはほとんどいないのではないだろうか。
残念ながら今の国の仕組みでは、審査員によって大きく点数が変わることも否めない。
事実、不採択になった事業計画書を、内容を一切書き加えずに、「そのまま次回公募で出して採択された」というケースを何件も見ている。
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私と矢島が、サイバーゴルフ社の件を話していると、後ろから小宮が電話をする大きな声が聞こえてきた。
「真壁先生、この度は採択おめでとうございます。え?どれって、サイバーゴルフ社の案件のことですよ。さすが真壁先生です」
(真壁…!?そうか、真壁のところだったか)
「真壁中小企業診断士事務所」といえば、この地域でも古参の中小企業診断士だ。地域の中小企業診断士協会の役員も担っている。
コンサル業界は、狭い世界の為、同業者の情報はよく出回る。
中小企業診断士協会に所属している若手の中小企業診断士からすると「飲み会では、いつも昔の自慢話と説教で、あまり関わりたくない」というのが本音らしい。
私も、真壁についてはセミナーで登壇している姿は何回か見たことあるが、実際にコンサルティングをしている様子は一切聞いたことが無い。
だが、ひとつ、良からぬ噂は聞いたことがある。
それは「補助金額を吊り上げる」診断士ということだ。
なぜなら、補助金のコンサルティング報酬は多くの場合、補助金が貰える金額に報酬率を掛けるためだ。
報酬率が10%の場合、補助金額が6,000万円であれば報酬は600万円になる。
逆に補助金額が500万円であれば、報酬は50万円になる。
実は「補助金申請」というのは、例え500万円の申請であっても、6,000万円の申請であっても、事業計画書作成にかかる手間や時間はほとんど同じである。
現状把握、ヒアリング、方針決め、計画書策定、ブラッシュアップ、電子申請という工数は、ほぼ変わらないからだ。
それであれば、上限いっぱいまで、補助金額を吊り上げるコンサルタントがいてもおかしくはない。
それを今回、まさに体現したのが真壁ということになる。
真壁が携わった補助金は何件か知っているが、真壁中小企業診断士事務所が「認定支援機関の確認書」を発行しているのを見たことがない。
その理由は私が想像するだけでもいくつか考えられるが、
おおかた「すべての責任を抱えたくない」といったところだろう。
そして、厄介なことに真壁は、小宮にとって大学時代の先輩であった。
小宮にとっても、「認定支援機関の確認書」を発行すると、認定支援機関の支援実績としてカウントされる。
この実績は対外的にも公表されるため、実績が欲しい小宮にとって、真壁は都合の良いビジネスパートナーというわけだ。
ともあれ、竹内のインドアゴルフ案件は、真壁の手を借りて「採択」を勝ち取ったのである。
竹内は「採択」という第一の難関を無事乗り越え、次の壁に向かうことになる。
実は国が公募する多くの補助金は、補助金が貰えるまでに、下記のように3段階ある。
❶事業計画書の作成
:国が求める指針に沿った事業計画書を作成する
❷交付申請手続き
:事業内容に沿って見積書等を準備し、補助対象となる経費を精査する
❸実績報告手続き
:事業計画通りに設備導入や広告宣伝等が完了したことを報告する
事業計画が「採択された」からと言って、必ずしも補助金が貰えるわけではない。
事実、私のクライアントでも採択されたにも関わらず、対象経費が認められず補助金が満額もらえないケース、設備が予定通り発注できず中止(採択辞退)になったケースもある。
特に、事業再構築補助金は事務局の交付申請手続きが通らないことが有名で、「見積書を10回以上を取り直した」ということも珍しくない。
そして、竹内が依頼した真壁中小企業診断士事務所は❶事業計画書作成を専門とし、採択された時点で契約が終了する形を取っている。
補助金を支援する中小企業診断士からすれば交付申請手続き、実績報告手続きのサポートは厄介であり、この手続きを嫌がる人も多い。
なぜなら、事務局に電話をすると、第一声「申請者ご本人でないと情報をお伝えすることができません」と言われてしまうからだ。
何百ページもある事務手続きを準備しておいて、事業者が理解できないから善意でサポートをしているのにも関わらずだ…。
もし制約報酬の請求を「補助金が入金されてからでいいですよ」と言おうものなら、報酬が貰えるまでに1年以上かかってしまうことも平気である。
こうした諸々の事情から❶事業計画書作成のみを請負う中小企業診断士も少なくない。
当然そうなると❷交付申請手続き以降は、事業者自身が頑張って行うか、認定支援機関や金融機関がサービス的にどこまで支援をするかということになる。
本件の場合、真壁中小企業診断士事務所からのサポートが得られないため、「もしかしたら竹内がサポートを求めてくるかもしれない…」と不安になった。
しかし、竹内の口からは「私が自分でやりますよ。」との言葉が発せられた。
矢島は「それではお願いします。」と伝え、電話を切った。
第5話「奇妙な見積書」
それから5か月ほど経っただろうか。
ある日、突然、竹内より連絡が入った。
「矢島さん、お世話になります。サイバーゴルフ社の竹内です。」
「竹内さん、ご無沙汰しております。その後の進捗はいかがでしょうか?」
「矢島さん、大変申し上げづらいのですが…」
「はい…」
「実は、交付申請がうまく進んでおらず、サポートしていただけないかと思っていまして…」
(やはりそうなったか…)
「そうですか…ちなみに今は、何回目の交付申請でしょうか?」
「はい…5回目の差戻しが来たところでして…」
この展開は〝想定の範囲内〟だ。
事業再構築補助金を受給したことがある人なら分かると思うが、事業再構築補助金は、事業計画書作成よりも「交付申請」「実績報告」の方が数倍大変だからだ。
その中でも、最も苦労するのが「交付申請」だと言える。
なぜならば、事務局が求めてくる〝補助金のルール〟と、実際にビジネス上で行われている〝商習慣〟に、大きなギャップが存在するからだ。
一つ例を挙げると、交付申請において事務局が求めてくる書類の一つに「見積書」および「相見積書」がある。
一般的な商取引であれば、「諸経費」「管理費」等が当然のように記載されている。見積書はあくまで「見積り」時点であり、詳細を完璧に出すことは難しいからだ。
しかし、事務局ではこの「諸経費」「管理費」等は一切認められない。
① 見積書に以下の費目がある場合、内訳を明記してください。補助対象にならない経費については、「補助対象として認められない経費の例」も併せてご参照ください。
・ 建物費、機械装置・システム構築費等における「予備品の購入費用」
・ 諸経費 / 会社経費 / 一般管理費 / 現場管理費 / 雑費等
こうした項目があると「その詳細を示してください。詳細がお示しできない場合は対象外となります。」とすぐに突き返されてしまう。
これは〝実質的なNO!〟である。
更に驚くべきは、「相見積書」には〝全く同じ項目、全く同じ文言〟での記載を要求される。
酷い事務局担当者に当たってしまった場合、「製品名に書かれている英語が小文字になっていますので、見積書に合わせて取り直してください」とまで言われたことすらある。
異なる業者に見積りを頼めば、見積項目、書式などが違うのは当たり前だ。しかし、補助金ではそれが通用しない。
すると、最終的に「業者名」「金額」だけが違う「相見積書」を用意することになる。並べて見ると実に〝奇妙な見積書〟である。
これは交付申請におけるほんの一例であるが、こうした常識では考えられない細かい指摘が、何度も何度も繰り返され、ついには事業者が悲鳴を上げ、駆け込み寺のように相談にくることも多い。
どうやら竹内も、最初は頑張って交付申請手続きをしていたが、こうした事務局とのやり取りがなども続き、ついには5回目の差戻しをくらった時に、音を上げたらしい。
竹内は、事務局から指摘された差戻メールをプリントアウトし、矢島に見せてきた。そこには実にA4用紙4枚にも及ぶ指摘事項が綴られている。
「竹内さん、お言葉ですが…まずは真壁さんにお願いするのが筋でしょう。」
矢島は、体を小さくし、うつむき加減の竹内に向かって言った。
「矢島さん、大変申し訳ありません。仰るとおり、何度か真壁先生のところに行ってお願いしたんですが、『契約は終了している』と言われて断られてしまい…」
「それで、なぜ弊社なんですか?以前にも、弊社は事業計画書を策定したクライアントのみに対して、その後のサポートをしているとお伝えしたはずです。」
「はい、おっしゃる通りです。実は、真壁先生が認定支援機関の確認書を発行してくれた弊社であれば、サポートしてくれるのではないかと…」
(またか…)
「どうしても困っていまして、このままだと事業完了期限に間に合わなくなりそうで…なんとかなりませんでしょうか」
「矢島くん、困っているのなら、サポートしてあげたらいいじゃないか」
その声に反応したのは、小宮だった。
「君は補助金のプロなんだから、交付申請なんて難しくないだろう」
「小宮部長、しかし…」
「困っている事業者を支援するのは我々の使命だと私は思うよ」
「はい…部長がそうおっしゃるのなら…」
「小宮さん、矢島さん、本当にありがとうございます。」
「それでは、一旦、弊社にて差戻しの内容を精査しますので、後日、ご連絡差し上げます」
竹内は何度も頭を下げて、弊社を後にした。
竹内が帰ると、小宮は即座に自席に戻り、電話をかけ始めた。
「もしもし、KSBコンサルティングの小宮です。真壁先生いつもお世話になります。御社からご紹介のサイバーゴルフ様の件ですが、弊社でサポートいたしますのでご安心ください。………はい、もちろんですよ。………今後ともどうぞよろしくお願いいたします。」
矢島は大きなため息を吐き、差戻メールに目をやったが、その内容は頭には入ってこなかった。
第6話「心の折れる音がする」
「それは災難だったな、矢島。」
私は、矢島からコトの顛末を聞いた。
「いやぁ、本当ですよ。竹内が窓口に来た時には、小宮部長の姿は見えなかったんですけどね。どこから嗅ぎ付けたのか。」
「いつも、大事な時には居ないのにな。」
「はい、九条さんも押し付けられないように気を付けてくださいね。」
「そうだな。」
「ところで九条さん、これを見てくださいよ。」
矢島は、竹内が残していった事務局からの差戻メールを見せてきた。
「これはひどいな…」
「はい、見積依頼書も付いていないし、諸経費も何度指摘されてもそのままになっています。竹内は【補助事業の手引き】を読んでないでしょうね。」
【補助事業の手引き】は、事務局が公表している交付申請のための説明書である。しかし、100ページを超える分量がある上に、政治家のような独特の言い回しも多く、相応の〝読解力〟が求められる。
事業者が、補助金申請に当たって、コンサルティング会社に依頼する理由の一つもそこにある。
ひとことで言うと、補助金申請は「分かりにくい」のだ。
「これは骨が折れますね。」
矢島は、そう言って、事務局からの指摘事項を一つ一つ解読していった。
その日の夕方、矢島は、竹内に電話をして、今までの申請書類を持って弊社に来るように伝えた。
翌日、指定時間の15分前には竹内が現れた。
竹内の手にはクリアファイルに押し込められた書類が見えている。
「矢島さん、この度は本当にありがとうございます。」
顔を上げた竹内を見ると、依然に比べて明らかにやつれているのが分かる。
また、安堵感と悲壮感が混じっているような、なんともいえない表情だ。
事務局とのやり取りはあくまで書類上のものであるが、それと並行するように建物設計、内装仕様、設備の打ち合わせなどが連日入っており、あまり寝ていないようだ。
矢島による竹内への書類の修正指導は、実に3時間にも及んだ。
その間にも、不明点があればその場で竹内が事務局へ電話し、横で聞いている矢島にメモを渡す。それを矢島が確認し、再度竹内が事務局に質問内容を伝えるという電話越しの三角関係が続いた。
ようやく事務局からの指摘事項について確認・修正が終わり、再申請の目途が付いた。
「竹内さん、ひとまずこれで業者さんからの見積書が届けば、再申請できそうです。」
「矢島さん、本当にありがとうございます。私一人では、果たしていつになれば交付決定が下りるのか目途も見えませんでした。とても助かりました。」
「そうですか、それは良かったです。」
胸をなでおろした矢島だったが、竹内の冴えない表情に違和感を覚えた。
「あの…矢島さん、一つご相談してもよろしいでしょうか?」
「はい、なんでしょうか」
「矢島さん、クラウドファンディングのやり方って分かりますか?」
「クラウドファンディング…?」
勘の良い矢島は、すぐに察しがついた。
「もしかして、銀行からの借入が上手くいってないんですか?」
「はい…自己負担部分の3,000万円もそうなんですが、つなぎ資金もまだ目途が立っていなくて…」
補助金は原則「後払い」のため、補助金が下りるまでは、一旦すべてを自己資金で準備しなければならない。
つまりは、【いずれ補助金が6,000万円入ってくるので、それまで立て替えをお願いします】という、一時的な借入金のことを「つなぎ資金」という。
銀行側の立場でいえば『交付決定が下りていない=本当に補助金が貰えるか分からない』ということになり、つなぎ資金の6,000万円が返ってくる保証がないため、二の足を踏んでいるのだ。
竹内が融資を申し込んでいる銀行は、新規取引であるため、余計に慎重になっていた。
そこで、竹内がどこかから聞いてきたのが「クラウドファンディング」であり、少しでも資金を集めようというわけだ。
「矢島さん、クラウドファンディングって、どうすればいいんでしょうか?」
「竹内さん、この際だからはっきり申し上げますが、クラウドファンディングは難しいです。クラウドファンディングは、プロジェクトに共感した人が寄付や購入するものです。有名施設が行う一大プロジェクトならまだしも、地域のインドゴルフ場となると応援する必要性が薄くなってしまいます。」
「そうなんですか…」
「はい、また、弊社でも過去に何社か、クラウドファンディング案件をサポートしています。しかし、実際に支援が集まったプロジェクトでは、ランディングページやライティングをプロに依頼し、お金をかけて制作しています。もちろん、商品写真や動画を撮影する場合は、別途費用がかかります。」
「それに加えて今回のように店舗型の場合、支援する人は〝その店舗に来店できる人〟に限られてしまいます。そうなれば元々、竹内さんのことを知っている人か、たまたま近所でゴルフをやりたい人が対象になるでしょう。更にいえば、クラウドファンディングの手数料は15~20%引かれてしまうため、思ったような資金調達の効果は得られません。」
「そうですか…思った以上に難しそうですね…」
「現状を考えるとその労力を割くことは現実的ではありません。銀行との交渉を粘り強く進めることをお勧めします。」
「はい、分かりました…」
矢島から、クラウドファンディングの現実を聞かされて、竹内からは深い溜め息とともに心の折れる音が聞こえるようだった。
第7話「刹那」
「矢島さん、ありがとうございます。おかげさまで、なんとか事務局より交付決定の連絡がありました。」
矢島のサポートの末、竹内の元に「交付決定通知書」が届いたのは、あれから更に4回事務局との差戻対応をした後だった。
竹内はその間、銀行や信用金庫、商工信用組合など、考えられる金融機関を駆け回り「なんとか、つなぎ資金を確保できました」と言っていた。
また、自己負担部分の3,000万円についても、金融機関が国から「ゼロゼロ融資」への対応を強く求められていたこともあり、政府系の金融機関と民間金融機関で協調融資という形で、なんとか借りることができたそうだ。
しかし、噂によれば、親族や友人にも頭を下げて周ったが、いくらかは最後まで不足していたとか…。
交付決定が下りたのも束の間、補助金を貰うためには3つの目の壁が待ち受けている。
実績報告だ。
事業再構築補助金の場合、事業完了期限は交付決定から12か月以内(但し、採択発表から14か月以内)となっており、それまでに設備導入・支払い・実績報告書作成提出まで終えなければならない。
この時、すでに13か月が経過しており、実績報告書提出までに残すところ1か月となっていた。
当然のように「実績報告書」についても、矢島がサポートすることになった。
「もう、参っちゃいますよね。」
「そうだな、私も手伝うからできることがあれば言ってくれよ。」
気休めだと知りながらも、そう矢島に声をかけた。
「九条さん、ありがとうございます。その気持ちが嬉しいです。」
事業再構築補助金の実績報告は、これまで業者とやり取りした書類をすべて提出しなければならない。
<実績報告時に提出する書類一例>
・見積依頼書(本見積・相見積)
・見積書(本見積・相見積)
・発注書
・発注請書
・納品書
・検収書
・請求書
・振込金受取書
・通帳コピー
・設備導入後の写真
・取得財産管理表
・その他事務局が求めるもの
一つの設備に対して、ざっとこれだけの書類が必要となる。
もちろん、設備数が増えれば増えるほど、この書類一式が増えていくと考えてい良い。
設備ごとに書類を揃え、すべての書類に「機ー1」「機ー2」など種類が分かるように表示した上で、再度PDFデータにする必要がある。
また、単価50万円以上の建物や設備については「事業再構築補助金事業以外に使用しません」というシールを貼って、撮影することが求められる。
撮影した画像は、専用の書式(エクセル)に貼り付けるのだ。
ある日、私が残業で帰店が遅くなった際、矢島が一人で会社に残って作業をしていた。サイバーゴルフ社の実績報告に必要な書類整備をしていたため、私も手伝うことにした。
さすがに総投資額9,000万円というだけあり、設備が多く、揃えた書類の総数はゆうに100枚超えている。
テプラで「機ー1」「機ー2」「機ー3」など、設備の種類分だけシールを作り、一枚一枚書類に貼っていった。
シールを貼っている途中で不備に気付き、書類を修正する作業なども入り、夜8時から始めた作業が終わったのは、時計の針が12時を指す間際のことだった。
翌日、矢島は、竹内とともに実績報告を提出し、事務局からの連絡を待つことになった。
「矢島さん、本当にありがとうございました。交付申請に続いて実績報告までサポートしていただき、なんと感謝をお伝えすればいいのか…。九条さんにも手伝っていただいたとのことですので、ぜひ九条さんにもお礼を言いたいんですが…」
「九条はいま、外出中になりますので、私からその旨伝えておきますよ。」
「よろしくお願いします。でも九条さんには、昔酷いことを言ってしまったので、その時のことも謝りたいんです。」
「そうですか、それは本人に会った時に直接言ってあげてください。」
「はい、ぜひそうさせてもらいます。本当にありがとうございました。」
「いえいえ、これも何かのご縁ですからね。」
「ちなみに、サポートいただいた報酬はどうすればよろしいでしょうか。」
「竹内さん、お気持ちは頂戴しますが、弊社では交付申請以降のみのサポートは契約プランにありません。事業計画書作成から実績報告まで、全てサポートするのが我々の方針ですから。」
「本当、ここまでやってもらって申し訳ない気持ちでいっぱいです。最初に矢島さんと九条さんにひどいことを言ってしまったのも後悔しています。申し訳ありませんでした。こんなことなら最初からすべて御社に任せるべきでした。」
「分かって頂ければいいですよ。九条さんも頑張っている人は応援したいという方ですから。」
「本当にありがとうございます。できれば事業運営のコンサルティングは御社にお願いしたかったんです。」
「そうなんですか。コンサルティングはどこに依頼されたんですか?」
「申し上げづらいんですが…真鍋先生のところに…」
「そうですか。」
「はい、実はどうしても資金調達に困っていた時に、真壁先生の知人という方を紹介してもらい、一部出資してもらった関係がありまして…さすがに断るわけにもいきませんでした」
「そうでしたか、それは仕方のないことですね。」
「はい、すみません。」
「それはそれとして、実績報告についても事務局から何回か差戻しが来ると思いますので、覚悟をしておいてくださいよ。」
「分かりました。」
竹内は帰路についた。
その後も、やはり事務局からの実績報告書への指摘があった。
提出した実績報告書(Excelファイル)への訂正指導、納品書や請求書に関する細かい修正、指摘事項に対する理由書の提出など、4回目の差戻しを経て承認が下りた。
この頃には、すでに初めての実績報告書提出から4ヶ月近くが経過していた。
そして、事業再構築補助金申請から約1年6か月後、竹内は無事に6,000万円の補助金を得るに至った。
しかし、6,000万円は、その刹那、サイバーゴルフ社の口座を通過しただけで、翌日にはすぐさま、銀行に対するつなぎ資金の返済に充てられた。
事業再構築補助金を受給した事業者は、ほとんどが竹内と同じように、貰った補助金をそのまま融資の返済に充てることになる。
苦労して受給した補助金の〝ありがたみ〟を噛みしめる暇すらないのである。
第8話「SOSは届かない」
かくして、サイバーゴルフ社のインドアゴルフ場は無事にオープンを迎えた。私と矢島はオープン日に合わせて顔を出すことにした。
「竹内さん、店舗オープンおめでとうこざいます。」
「九条さん、矢島さん、本日はお越しいただきありがとうございます。」
「素敵なインドアゴルフ場ですね。」
「ありがとうございます。ようやくオープンを迎えることができました。それと、九条さん。初めてお会いした時に、私、九条さんに酷いことを言ってしまい、大変申し訳ありませんでした。」
「いえいえ、気にしていませんよ。私が思ったことを勝手にやっただけですから。」
「そう言っていただけると助かります。ぜひご覧になってください。」
さすがに9,000万円かけた代物だ。
外観は和モダンな作りで、一見すると若者が通うお洒落な美容院のようだ。
中には5部屋の個室があり、それぞれに最新鋭の設備が揃っている。
一振りすれば打球の軌道、スイング強度、スピードなどが測定される。
インドアで、コロナ禍や天候不良を気にせず快適な練習ができる。
会員制で24時間セキュリティ完備により、周りを気にすることがない。
まさに竹内が思う理想を詰め込んだインドアゴルフ場である。
「九条さんも、ぜひ体験してみてください。」
そう竹内に言われて、私はクラブを握り、ひと振りしてみた。
普段ゴルフをやらない私は、上手くボールに当てることができなかった。
5球打ったがそのうち真っすぐ飛んだのは、わずか1球だった。
打球は打った直後、目の前のスクリーンに行方を遮られ、ぽとりと足元に落ちた。
スイングした直後、スクリーンには色んな数字が表示されているが、私にはそれが何を示しているのか理解できなかった。
一方、矢島はというと、普段からゴルフ練習しているだけあって、5球すべてが真っすぐ飛んでいる。
内容はよく分からないが、表示されたデータも軒並み良さそうだ。
その後、店内を一通り案内されて、私達は外に出た。
店舗の前にはオープンに合わせ、事業に関わった業者からたくさん祝花が送られ、店舗前にはこれでもかと言わんばかりに華やかに並んでいる。
中には「真壁中小企業診断士事務所」という祝花も飾られている。
これには、すっかり頬がこけた竹内もさすがに喜んでいた。
「これは絶対に人気が出るはずだ。」
だが、竹内が抱いたそんな夢物語は、すぐさま消えることとなった。
インドアゴルフ場オープン初日は、関連業者や竹内の友人・知人など訪れ、多くの人で賑わった。
しかし、2日目のお客さんはゼロだったらしい。
そして、次の日も、その次の日もお客さんはポツリ、ポツリ。
結局、オープンから1週間が経過して、お客さんと呼べる人は両手で数えるほどだった。
竹内は、集客の施策を何も打っていなかったのだ。
度重なる事務局への対応、資金調達に奔走する毎日、連日の業者との打合せで毎日のスケジュールが埋まってしまい、そんなことを考える暇すらなかったのかもしれない。
広告もない、ホームページもない、SNSもない。
近所の人達からは、井戸端会議で「何屋かよく分からないお洒落な建物ができた。美容院かしら?」と話に上がるほど、地元住民にも全く認知されていなかった。
頼みの綱である「真壁中小企業診断士事務所」はというと、実は、典型的な数字管理タイプという旧時代のコンサルティング手法であった。
目標売上高と会員数に関して、現状足りているか、足りていないかは管理するが、会員数を増やすための具体的な施策についてのアドバイスはなかったらしい。
昔ながらの中小企業診断士には、こういうタイプが少なくない。
なんせ「中小企業診断士」は、コロナ禍で困った中小企業が急激に増えたことで、ようやく広がり始めた未成熟なマーケットである。
独占業務がない故に「取っても食えない」とまで揶揄される国家資格であり、それまでは補助金支援にお金を払うことさえも、ほんの一部限られた人だけのものだった。
そうした不遇の時代において、中小企業診断士の仕事といえば研修講師や計数管理が主なものであったのだろう。
インドアゴルフ場が、オープンを迎えてから2週間ほど経過したころ、竹内が弊社に訪れてきた。
「九条さん、ちょっとご相談があるんですが…」
矢島が外出しており不在であったため、私に声をかけてきた。
竹内の顔には隈がくっきりと刻まれ、相変わらず寝不足なのが分かる。
「竹内さん、お久しぶりです。その後、ゴルフ場の調子はいかがですか?」
「はい、その件でぜひご相談したく…本当にすみません。実は会員数が伸びなくて困ってるんです。」
「そうですか、それは大変ですよね。損益分岐点は、会員数でいうとどれくらいなんですか?」
【損益分岐点とは、利益がプラマイゼロになる売上高のことである】
「はい、一応、真壁先生に出してもらったんですが、会員数120人が損益分岐点になります。」
「ちなみに現在の会員数は?」
「現在、30人弱です。チラシを撒いたり、SNSを始めたり、知人の紹介などによってなんとか少しだけ増えました。でも、全然足りなくてここからどうしたもんかと悩んでいるところです。」
「そうですか、そしたらまずは地元の…」
私が話しだそうとしたその時、私の背後から声がした。
「やぁ、これは竹内さんじゃないですか!大変お世話になっております。ゴルフ場のオープンおめでとうこざいます。」
「あぁ…小宮部長、いつもお世話になります。その節は大変お世話になりました。」
「九条くん、竹内さんは真壁先生の大切なお客様ですよ。また、余計なことを言ってるんじゃないのかね、君は自分の仕事に戻りなさい。」
そう言って、肘と身体で半ば無理やり私をどけるようにして、椅子に座り込んできた。私は押し出された反動で少しよろめいたが、なんとか体勢を持ち直した。
「すいませんね、九条は以前にも、竹内さんに失礼な態度を取ってしまっていますからね。」
「いえ、そんな…それは私が…」
「今後は何かあれば私が対応しますから、どうぞご安心ください。」
「あぁ…」
小宮の背中越しにチラッと見えた竹内の表情からは悲壮感が滲み出ている。
そんなことにはお構いなく、小宮は私に向かって顎を突き出し、「あっちに行け」と言わんばかりに合図をした。
かくして、竹内のゴルフ案件は部長案件となり、私と矢島は口出しが禁止されたのである。
第9話「6,000万円の呪縛」
竹内はオープン以来、インドアゴルフ場を利用した顧客からのクレームに追われていた。
「設備の使い方が分からない。」
「数値の意味が分からない。」
「ボールを打ったが上手く反応しない。」
導入した設備はプロゴルファーがレッスンで使用している最新鋭の設備である。
逆に言えば、プロを志していない人が扱うには難しすぎたのだ。
竹内は、機械がエラーを起こすたび、利用客に謝りながら、設備メーカーに電話をした。
また、従業員はいないため、日々の清掃やSNSへのアップもすべて一人で行っていた。
同様のクレームが入ることが続き、結局、竹内は、連日利用客に付きっ切りで、設備の説明を行うことになった。
会員数が120人までいかなければ利益が出ない。
利益が出なければ銀行への返済もできない。
返済ができなければ、潰れるしかない。
しかし、多額の借金を抱えたままでは、リスタートもできない。
なんとかして、会員数を増やさなければ。
気は焦るばかりだが、残念ながら身体は一つである。
更に言えば、補助金のルール上、「処分制限期間」というのが設けられており、耐用年数分は、補助金で取得した財産を売ったりすることはできない。
もし、期間内に売却等で処分した場合は、その年数や補助率に応じて、もらった補助金を返還しなければならない。
詰まるところ、竹内は、このインドアゴルフ事業を〝やめることもできない〟という状況である。
なんとかして、事業を軌道に乗せる以外に道は無い。
もがく竹内は、月に1度、真壁を引き連れて弊社を訪れている。
いや、正確にいえば、真壁が、竹内を引き連れているのである。
しかし、弊社ではこの案件は、相変わらずの〝小宮対応〟になっている。
竹内が来ると、すぐに応接室に案内されるため、真壁と小宮が、一体何を話しているかわからない。
唯一わかるのは、小宮が面談する度に、真壁からもらう会員数の増減グラフくらいだ。
ファイルに綴じ込まれている増減グラフには、オープンから6か月経っても会員数は50人程度に留まっている。相変らず苦戦しているのだけは間違いない。
ある時、一度だけ、弊社のトイレ前で、竹内にすれ違ったことがある。
久々に間近で見た竹内の顔は、2年前に比べて覇気もなく、更に瘦せ細り、眼も虚ろになっていた。
竹内は、すれ違いざま、私に向かってぼそっと呟いた。
「九条さん、補助金が採択された時には正直6,000万円貰えると舞い上がっていました。でも、こんなことになるなら、補助金6,000万円なんて貰わなければよかったです。あの時、ちゃんと九条さんの言うことを聞いていれば、今頃、こんなことにはならなかったのかもしれませんね。」
そう言うと、私に向かって軽く頭を下げた。
そして、再びトボトボと歩き出し、小宮と真壁が待つ応接室へ入っていった。
第10話「拝命」
その日、皆が帰った後の職場で、私は、矢島と話していた。
「竹内さん、心身ともに相当来ている様子だったぞ、大丈夫かな。」
「数字を見る限りでは、大丈夫じゃなさそうですよね。わたしもなんだかんだ1年くらい竹内さんに寄り添ってきたので、なんとかしてあげたい気持ちはあるんですが…」
「そうだよな。でも部長のおかげで、あれじゃ助言しようにも口を挟めそうにない。」
「こないだ竹内さんが弊社に来た時、真壁先生が大声で怒鳴っているのが聞こえたんですよ。」
「そうなのか!?」
「はい、竹内って最後まで資金調達に困っていたじゃないですか」
「たしかに、あれはよく資金調達できたなと思ったよ」
「実は最後の不足分は、銀行借入ではなく「出資」で調達したらしいんです。」
「なるほど、出資か」
「その出資者というのが、どうやら真壁が顧問先の社長を紹介したらしくて。〝大のゴルフ好き〟ということで、興味を持って出資をしたそうなんですよ。」
「真壁の紹介か…それで真壁にコンサルを頼まざるを得なかったってわけか。」
「どうやらそのようです、でも蓋を開けたら、一向に儲かる気配がないと…それで、真壁は、竹内に向かって『何をやってるんだ!早く会員数を上げろ』って叫んでいたらしいです。」
「真壁大先生も、無責任にも程があるよな。自分でコンサルティングをやると言ったのに、結局数字の管理だけで何も策がないんだろう。」
「そうだと思いますね。実は、その件で、真壁が、小宮部長に対して協力要請したらしいと聞きました…」
「真壁が小宮に!?そうか…そうなると…」
「はい、覚悟しておいたほうが、よそさそうですね。」
「どちらか…」
――翌日、出社すると、小宮がドアの前で手招きしている姿が目に入ってきた。先に出社している矢島が呼ばれていないのを見ると、どうやら私の方だったらしい。
「九条くん、ちょっと。こちらへ来なさい。」
「おはようございます、小宮部長。何か?」
「いいから早く!」
私は、小宮の後に付いて会議室へ入り、机を挟んで向かい合うようにして座った。
「九条くん、サイバーゴルフ社の竹内さんの件なんだが…実は真壁先生から弊社にコンサルティング協力依頼が来ているんだ。」
「確か、そちらは部長案件でしたよね。我々は口出し厳禁のはずです」
「事情が変わってね。君にこの案件を担当してもらいたい。」
「はぁ…私がですか。ここ数ヶ月間ずっと真壁先生と小宮部長が対応されていたので、てっきり上手くいっているものだと思っていました。地域を代表する中小企業診断士の大先生と地域を代表するコンサルティング会社の部長という最強タッグですから。」
小宮の表情は一瞬にして硬くなり、チッという舌打ちする音が聞こえた。
「サイバーゴルフ社に関しては、私よりずっと部長の方がお詳しいと思います。私なんかでよろしいでしょうか。」
「あぁ!君が、担当だと言っているんだ!!」
「かしこまりました。」
「それじゃ、よろしく頼むよ。」
「部長、ちょっとお待ちください。それではコンサルティングに入る前に、事前情報をお聞きしておきたいんですが。」
「なんだ、早くしろ!」
「はい、まずはサイバーゴルフ社のここ数ヶ月間の目標と実績の動きを教えてください。」
「数字ならファイルに綴じ込んであるから、あとでそれを見ておきなさい!」
「それと…サイバーゴルフ社に対して、これまで具体的に、どのような施策を行ってきたのかを教えてください。当然、部長のことならコンサルティング計画とそれに伴うアクションプラン、予実管理、施策に対する効果測定などをされていると思いますが。」
「…それを君に言う必要はない。」
「部長、それでは困ります。これまでと同じ施策をしていても意味がありません。効果が出てない施策は見直しをかけないといけませんので、コンサルティングを行うためには大事なことです。」
「これまでは真壁先生がやっていたから、私も内容は良く分からない。」
「いえ、それでも1か月に1回弊社に来られて、ご一緒に会議をされていたはずです。まさか、クライアントがわざわざ忙しい時間を縫って、世間話に来たわけでもないでしょうに。」
「君は何が言いたいんだ…」
「私は、サイバーゴルフ社の現状をご教示願いたいだけです。」
「…もういい!つべこべ言わずに早く取りかかれ!!」
「承知しました。」
私が会議室を出ると、周りはやけに静まり返っていた。
みんな小宮の大声に耳を立てていたのだろう。
小宮は真っ赤な顔をしたまま電話をかけだした。
電話の相手は真壁だろう。
「サイバーゴルフ社の件、弊社の九条が担当をさせていただきます。」
「なんだ、小宮くんがやってくれるんじゃないのか。」
「はい、もちろん私も全力でサポートをさせていただきます。しかし、ゴルフ案件は、弊社の九条が得意分野でして…」
「ほぅ、そうか。それは頼もしい。それじゃ九条くんによろしく頼むと伝えてくれよ。」
「は、はい、ありがとうございます。必ず結果をお見せしますので…それでは、今後ともよろしくお願いします。」
小宮は電話を切ると、緊張の糸が切れたのか、腑抜けた顔でどこかへ行ってしまった。
「九条さん、小宮部長に何を言ったんですか?部長、真っ赤な顔をして出てきましたよ。」
矢島が、にやけた顔で近づいてきた。
「いや、別にサイバーゴルフ社の現状を聞いただけだよ。」
「九条さんも人が悪いですね。でも、サイバーゴルフ社の件、よろしくお願いします。何か分からないことがあればなんでも聞いてください。」
「あぁ、助かるよ。久しぶりに骨が折れそうな案件だ。気合い入れなくちゃな。」
かくして、私は、サイバーゴルフ社の経営改善に取りかかることになった。
最終話「コンサルタントの意義」
私は、店舗オープン時以来に、竹内が経営するインドアゴルフ場に来た。
あのときは、矢島のゴルフの腕前が印象的だった。
入り口のドアが開くと、竹内が一人で店内を掃除している姿があった。
「竹内さん、こんにちは。ご無沙汰しております。」
「え、九条さんじゃないですか!!?お久しぶりです。」
竹内は、私の顔を見て、驚いた表情を見せている。
「私、てっきり小宮部長がお見えになるかと思っていました。」
「その小宮から、私に指名がありまして。」
「九条さん…ありがとうございます…本当……。」
竹内は、うつむき加減に声を震わせながらそう言った。
「ここ何ヶ月か、真壁先生と一緒に、小宮部長のところには相談に行かせてもらってたんですけど、お二人から毎回、『客数が足りない、どうするんだ』と言われるばかりで…もう、ずっと、どうすればいいかわからなかったんです。」
「そうでしたか、それは弊社としても、対応に落ち度があったと言わざるを得ません。大変申し訳ありませんでした。」
「いえ、九条さん、謝らないでください。全部私が招いたことなんですよ。できもしない風呂敷を広げて、大金を目の前にして、経営者になった気になってしまっていたんです。」
「…でも、現実は全然違いました。初めて九条さんに会った時のこと、今でも覚えています。『事業を運営するには、たくさんやることがあるんだ』って。そのうえで、『一緒に事業計画を考えましょう』って言ってくれました…あの時は、何を言ってるのか分からなかったんですが、今になって思えばその通りにしておけばよかったなって後悔しています。もう、遅いんですけどね…」
「竹内さん、まだ遅くはありませんよ。確かに、今は一番苦しい時だと思います。でも、できることを私と一緒に考えながら、諦めずにやっていきましょう。」
「九条さん、ありがとうございます。本当に、毎日毎日不安で…ぜひ、よろしくお願いします。」
きっと竹内は、誰にも相談できなかったに違いない。
SOSを出しても、真壁と小宮に憚られ、孤独にもがく日々に耐えてきたのだろう。
世の中の中小企業経営者は、思っている以上に孤独な存在である。
大企業と違い、一人で何役も仕事をこなさなければならない。
売上がなくても、従業員に給与を払わなければいけない。
業況が悪くなればなるほど、銀行も対応がシビアになる。
周りに言えない悩みを抱えながら、直面する経営判断をこなす日々だ。
だから、私は中小企業の経営者を心から尊敬している。
そして、そんな経営者に寄り添い、背中を押すのが経営コンサルタントの役割だと私は考えている。
「竹内さん、改めてシミュレーションゴルフを体験させてもらってもいいですか?」
「はい、ぜひどうぞ。私は横で見ています。」
私は、打席に入るとゴルフクラブを両手でしっかりと握り、
慎重に狙いを定めてスイングした。
打球は目の前にあるスクリーンの右上端あたりに当たり、
ぽとっと落ちた。
ボールが落ちるのとほぼ同時に、スクリーンに私のスイング情報が
映し出されている。
竹内が、後ろから声をかけてきた。
「九条さん、ここの数値を見てください。ボールに対するスイング確度が鋭角過ぎて打球が浮いてしまうんです。」
竹内が指した先には、今まさに私がスイングした映像が映し出されている。
「九条さんは、腰を回転するタイミングが早いみたいですね。回転タイミングが早いと腰が引けてしまって上体が突っ込みやすいんです。この場合は、スイング時に体重を左にスライドさせてから回転する必要があり、イメージ的にはお尻をスライドさせる感じです。」
竹内が私の前に立ち、事細かに肩、腰、お尻の動きを説明してくれた。
「それでは、今のをイメージしながらもう一度打ってみましょう!」
私は竹内に言われた通りにスイングして見せた。
すると打球は真っすぐに飛んでいき、スクリーンの真ん中に当たった
打球は、私の足元へ戻ってきた。
「九条さん、すごいじゃないですか。ちゃんと真っすぐ飛びましたよ。」
「はい、少し教えてもらっただけで、こんなに変わるものなんですね。さすがレッスンプロです。」
「ありがとうございます。九条さんは変な癖が付いていない分、吸収しやすいんだと思います。まだまだ上手くなりますよ。伸びしろはたくさんあります。」
「どうやらそのようですね。私も、矢島と一緒に回れるくらいになりたいなぁ。」
「ぜひ、練習してみくてださい。きっと九条さんならすぐに上達します。ゴルフは何歳になってもできるスポーツですし、今から始めても全然遅くありません。」
「竹内さん、良い顔ですね。」
「あ、はい。つい嬉しくなっちゃって。」
「竹内さんが笑っている顔、初めて見ましたよ。弊社にお越しいただいた時はいつも暗い顔をされてましたから。」
「みなさんがゴルフを楽しんでくれる姿は嬉しいんですよね。私自身、かつてはプロを目指したこともあります。ただ、挫折を味わって、途方にくれていたときに前の会社の社長に拾われて、レッスンプロとして始めたんです。最初は生活のために始めたんですが、受講した皆さんからスコアが縮んだとか言われるようになり、それがとても嬉しくなって。それからだんだんとプロへの指導もするようになって、私自身浮かれてしまったんだと思います。」
「そうだったんですか。」
「そんな時にコロナがやってきて、知人から補助金の話を聞いて、自分でもできるって勘違いして…その後は九条さんの知るとおりですよ。」
「竹内さんは本当にゴルフがお好きなんですね。そして、教えることに長けています。私のスイングを一度見ただけで、あそこまで的確な指導ができる。これは活かさない手はありません。」
「はい…」
「きっと顧客も、スイングデータを見ても、何をどう直せばいいか分からないと思います。竹内さんのレッスンプロという強みを活かした新プランを作ってみましょう。」
「新プランですか。」
「はい、ただ打つだけではなく、今まさに私に指導してくれたような〝レッスンプロ竹内〟が顧客に直接指導に入るプランを作るんです。」
「どうせ私は店舗にいますので、それならすぐに導入できるかもしれません。」
「それに現在のチラシや看板は、設備や24時間セルフという機能面ばかりが強調されています。それを顧客目線になって「上達するための習慣づくり」など発信するキーワードやキービジュアルを変えていくとよいですね。」
「確かに、この地域では弊社しか導入していない設備を揃えたため、設備面ばかりを強調していました。」
「あくまで、利用客にとっての価値や便益に焦点を当て、「サイバーゴルフに来店すると、どんな姿になれるのか?」をチラシやホームページで謳っていくことが大事です。また、継続的な情報発信も大事ですので、SNSの投稿ルールも決めましょう。」
「ありがとうございます。やる気が出てきました。」
「やるべきことはたくさんあります。目標と予算、アクションプランを決めて、いつまでに何をやるのかスケジューリングが必要です。早速、事務所の方で話を進めましょうか。」
「はい!よろしくお願いします。」
エピローグ
その後、竹内と、私は行動計画に従って、様々な施策を考え、実行していった。
会員数は、それから3か月間で約50人増やすことができた。
「銀行には当初、返済条件を1年間元本据え置きとしていたので、本来ならばもうすぐ返済が始まるところでした。しかし、担当者に今の状況を説明して、返済条件を変更してもらえそうです。」
「そうですか、ひとまず当面の資金繰りは大丈夫そうでね。」
「はい、ありがとうございます。九条さんのアドバイスどおりに、これまでの試算表、今後の収支予測を持って銀行に言ったら、交渉もとてもスムーズでした。」
「それは良かったです。」
「ただし、最低でもあと3ヶ月で目標の120人、つまりあと40人ほど会員数を増やしてください。と言われてしまいました。」
「そうですか。しかし、あいにくこちらもそのつもりです。先月の会員数増加率、顧客の満足度も良好ですので、このままのペースでいけば十分射程圏内かと思います。ただし、先月からパート従業員も雇用していますので、少し目標を上乗せする必要はあるかもしれませんね。」
「はい、ありがとうございます。やることはたくさんありますが、頑張ります。九条さん、これからもよろしくお願いします。」
こうして、少しずつではあるが、会員数増加による売上の伸びと、
銀行への返済の目途が立つところまで来た。
とは言え、ようやくスタートラインに立ったばかりだ。
これから3,000万円の返済を毎月しなければいけないし、
何よりも利用してくれる顧客にとって良いサービスを提供し続けなければならない。
それでも下を向いて諦めかけていた、あの時の竹内の姿はもうない。
その表情には覚悟と自信、そして、挫折を味わった者が醸し出す優しさが宿っていた。それは、まさに「経営者」の顔である。
補助金は、もらう事が目的になってはいけない。
企業が存続するため、地域が良くなるため、暮らす人が幸せになるため、
それらを考えた先に資金調達をする一つの手段でしかない。
「補助金なんて貰わなきゃよかった。」
そうなる前に補助金の意義を考えることが、必要なのかもしれない。
そして、それこそが中小企業診断士の役割であると私は考える。
作:ようしゅう|中小企業診断士
【お知らせ】
2024年4月よりメンバーシップを開始しました!
多くの方にご参加いただいています。
メンバーシップ名:補助金の達人
月額料金:500円
参加人数:10人(2024.5.30時点)
<理想とするメンバーシップの姿>
◎補助金のことについてアレコレ語り合うオンラインサロン
補助金支援っていろいろと大変ですよね。「あれ、また書式変わってる」「事務局に何度問い合わせても理解不能」など、なんだこれミステリーな世界で頑張る方達にとって有益な場にしたいと思っています!
<こんな方におススメ>
主に補助金支援をしている中小企業診断士さんやこれから補助金申請を考えている事業者さん向けのメンバーシップです。
普段、孤独に補助金と闘っている中小企業診断士さんや「こんなこと聞いていいのかな」という事業者さんなどが集い、気軽に語り合えるコミュニティにしたいです。
有意義なメンバーシップにしたいです!!ご興味ある方はぜひご入会ください!
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