見出し画像

【こんなことなら補助金6,000万円貰わなきゃよかった。】第7話:刹那

<あらすじ>
コロナ禍で突如始まった国による「事業再構築補助金」
ゴルフレッスンプロの竹内勇作は最大6,000万円貰える補助金に採択され、最新鋭のインドアゴルフ場建設に胸を躍らせていた。しかし、この補助金にはいくつもの欠陥があったー。補助金を貰うまでの苦労、経営の難しさ、人間関係のすれ違いによって、抱いた夢は儚く散ってゆく。そんな竹内に対し、事業計画書を作成した中小企業診断士達によるコンサルティングという名の「管理」に竹内の精神は日に日に蝕まれていくことに。「こんなことなら補助金6,000万円貰わなきゃよかった」という竹内に対して、コンサルタントである九条が再建を任されることになったが、果たしてその行方はー。

第7話「刹那」

「矢島さん、ありがとうございます。おかげさまで、なんとか事務局より交付決定の連絡がありました。」

矢島のサポートの末、竹内の元に「交付決定通知書」が届いたのは、あれから更に3回事務局との差戻対応をした後だった。

竹内はその間、銀行や信用金庫、商工信用組合など、考えられる金融機関を駆け回り「なんとか、つなぎ資金を確保できました」と言っていた。

また、自己負担部分の3,000万円についても、金融機関が国から「ゼロゼロ融資」への対応を強く求められていたこともあり、政府系の金融機関と民間金融機関で協調融資という形で、なんとか借りることができたそうだ。

しかし、噂によれば、親族や友人にも頭を下げて周ったが、いくらかは最後まで不足していたとか…。

交付決定が下りたのも束の間、補助金を貰うためには3つの目の壁が待ち受けている。

実績報告だ。

事業再構築補助金の場合、事業完了期限は交付決定から12か月以内(但し、採択発表から14か月以内)となっており、それまでに設備導入・支払い・実績報告書作成提出まで終えなければならない。

この時、すでに13か月が経過しており、実績報告書提出までに残すところ1か月となっていた。

当然のように「実績報告書」についても、矢島がサポートすることになった。

「もう、参っちゃいますよね。」

「そうだな、私も手伝うからできることがあれば言ってくれよ。」

気休めだと知りながらも、そう矢島に声をかけた。

「九条さん、ありがとうございます。その気持ちが嬉しいです。」

事業再構築補助金の実績報告は、これまで業者とやり取りした書類をすべて提出しなければならない。

<実績報告時に提出する書類一例>
・見積依頼書(本見積・相見積)
・見積書(本見積・相見積)
・発注書
・発注請書
・納品書
・検収書
・請求書
・振込金受取書
・通帳コピー
・設備導入後の写真
・取得財産管理表

・その他事務局が求めるもの

一つの設備に対して、ざっとこれだけの書類が必要となる。

もちろん、設備数が増えれば増えるほど、この書類一式が増えていくと考えてい良い。

設備ごとに書類を揃え、すべての書類に「機ー1」「機ー2」など種類が分かるように表示した上で、再度PDFデータにする必要がある。

また、単価50万円以上の建物や設備については「事業再構築補助金事業以外に使用しません」というシールを貼って、撮影することが求められる。

撮影した画像は、専用の書式(エクセル)に貼り付けるのだ。

ある日、私が残業で帰店が遅くなった際、矢島が一人で会社に残って作業をしていた。サイバーゴルフ社の実績報告に必要な書類整備をしていたため、私も手伝うことにした。

さすがに総投資額9,000万円というだけあり、設備が多く、揃えた書類の総数はゆうに100枚超えている。

テプラで「機ー1」「機ー2」「機ー3」など、設備の種類分だけシールを作り、一枚一枚書類に貼っていった。

シールを貼っている途中で不備に気付き、書類を修正する作業なども入り、夜8時から始めた作業が終わったのは、時計の針が12時を指す間際のことだった。

翌日、矢島は、竹内とともに実績報告を提出し、事務局からの連絡を待つことになった。

「矢島さん、本当にありがとうございました。交付申請に続いて実績報告までサポートしていただき、なんと感謝をお伝えすればいいのか…。九条さんにも手伝っていただいたとのことですので、ぜひ九条さんにもお礼を言いたいんですが…」

「九条はいま、外出中になりますので、私からその旨伝えておきますよ。」

「よろしくお願いします。でも九条さんには、昔酷いことを言ってしまったので、その時のことも謝りたいんです。」

「そうですか、それは本人に会った時に直接言ってあげてください。」

「はい、ぜひそうさせてもらいます。本当にありがとうございました。」

「いえいえ、これも何かのご縁ですからね。」

「ちなみに、サポートいただいた報酬はどうすればよろしいでしょうか。」

「竹内さん、お気持ちは頂戴しますが、弊社では交付申請以降のみのサポートは契約プランにありません。事業計画書作成から実績報告まで、全てサポートするのが我々の方針ですから。」

「本当、ここまでやってもらって申し訳ない気持ちでいっぱいです。最初に矢島さんと九条さんにひどいことを言ってしまったのも後悔しています。申し訳ありませんでした。こんなことなら最初からすべて御社に任せるべきでした。」

「分かって頂ければいいですよ。九条さんも頑張っている人は応援したいという方ですから。」

「本当にありがとうございます。できれば事業運営のコンサルティングは御社にお願いしたかったんです。」

「そうなんですか。コンサルティングはどこに依頼されたんですか?」

「申し上げづらいんですが…真鍋先生のところに…」

「そうですか。」

「はい、実はどうしても資金調達に困っていた時に、真壁先生の知人という方を紹介してもらい、一部出資してもらった関係がありまして…さすがに断るわけにもいきませんでした」

「そうでしたか、それは仕方のないことですね。」

「はい、すみません。」

「それはそれとして、実績報告についても事務局から何回か差戻しが来ると思いますので、覚悟をしておいてくださいよ。」

「分かりました。」

竹内は帰路についた。

その後も、やはり事務局からの実績報告書への指摘があった。

提出した実績報告書(Excelファイル)への訂正指導、納品書や請求書に関する細かい修正、指摘事項に対する理由書の提出など、4回目の差戻しを経て承認が下りた。

この頃には、すでに初めての実績報告書提出から4ヶ月近くが経過していた。

そして、事業再構築補助金申請から約1年6か月後、竹内は無事に6,000万円の補助金を得るに至った。

しかし、6,000万円は、その刹那、サイバーゴルフ社の口座を通過しただけで、翌日にはすぐさま、銀行に対するつなぎ資金の返済に充てられた。

事業再構築補助金を受給した事業者は、ほとんどが竹内と同じように、貰った補助金をそのまま融資の返済に充てることになる。

苦労して受給した補助金の〝ありがたみ〟を噛みしめる暇すらないのである。

<第8話へ続く>


この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?