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Dear sleeping princess①

思いつきで書いた、始まりの話。設定や内容等々は決めてあるのだけど、ここから続けて書けるかは不明。
いつかのために、一応①としておきます。

※※※※※

「ハル、学校?」
テーブルに突っ伏していた顔を上げて、欠伸をしながらナツが言った。
「そう」
「傘持っていった方がいいよ」
ナツは眠そうにこちらをじっと見る。大きくて猫みたいな目は、いつもの半分も開いていない。彼女の後ろの窓からは、雲ひとつない青空が見えた。今日は暑くなりそうだ。
「いや、今日雨降らないし。降水確率0だったよ?」
「降らないけどいいの!あと、駅から家までの帰りは傘差しててね。絶対。」
不思議には思ったけど、こういう時ナツの言うことには従うようにしている。彼女の突拍子もない発言は、何らかの意味を持つことが多い。
「分かった。ナツ、学校は?時間になったら電話するけど。」
「休むから大丈夫。」
今日はずっと寝ちゃう日なんだ。とナツはまた突っ伏して、親指を立てた。

※※※※※

ナツとは幼馴染で、2年前からルームシェアをしている。それ以前はお互い独り暮らしで、私は市内の大学、ナツは郊外美大に通っていた。

2年前のある日から、ナツに異変が起き始めた。
彼女はよく眠るようになった。昼夜を問わずうとうとし始め、気がつくと寝息を立てて眠ってしまっている。元々かなりマイペースな子だったから、最初はただの居眠りだろうと思われていた。

しかしそれから、1日の中で3、4時間程度しか起きていられない日々がしばらく続いた。様々な検査を受けても、原因は分からなかった。精神的なものだろうと診断されるにとどまった。
眠ってしまう頻度、時間は日によってバラバラだ。普通の人の昼寝程度で済んだことも、ごく稀にある。

私を含め、彼女の周りの人間は少なからず困惑していたが、本人はすぐに自分の状況を受け入れていた。
言葉を選びながら、私に対して診断結果を慎重に説明するナツの両親とは違い、彼女自身は冷静だった。
「生きていればそういうこともあるよ。」
興味なさそうに言ってから、彼女は欠伸をしていた。

大学を辞め、完治するまでの間実家で療養してはどうか。医師にそう勧められていたが頑固なナツは首を縦に振らなかった。
「大学は辞めないし家には帰らない。」
困った家族は、彼女の数少ない友人である私に相談をした。そこで、ルームシェアが決まったというわけだ。




家の最寄駅の改札を出て、ビニール傘をさす。
通行人が何人か怪訝な目で見ているけど気にしない。日傘には見えないだろう。
ちょっと視線が痛いけど、傘をさしたまま晴れ空の下を歩く。
駅前の通りは並木道になっている。だからこの季節になると、左右の木々から蝉の鳴き声が聴こえてうるさい。

パンッ

突然近くで何かが弾けたような音がした。
あまりにも大きな音だったから、体が思わず跳ねる。

何が起こったのか。理解するより早く、次の瞬間、水柱が道路から高く高く噴き上げていた。

「へ、」

ドドドドドドド

噴き上がった水は当然落ちてくる。水が地面を叩きつける轟音と共に、辺りは一瞬で滝壺の中になった。

水浸しにされた人々の悲鳴が遠く聞こえる。
すごい勢いで降りかかる水をビニール傘で防ぎ切れるわけもなく。足元はぐっしょり濡れてしまったけど、全身ずぶ濡れだけは避けられた。

あ、虹。

透明な傘、そこから見上げる水柱越しに、虹がかかっているのが見えた。

それと、ナツの得意気な顔が浮かんだ。


※※※※※

ナツが過眠症になる1年前、私だけに教えてくれた秘密がある。

『気がついたら、夢で未来が見えるようになった』

その時も彼女はなんでもなさそうに言っていた。初めは信じていなかったが、彼女が小さな予言を次々当てるのを目の当たりにして、私はすっかり興奮していたのを覚えている。

『毎回じゃないけどね。』

その当時のナツは、普通に夜1回しか眠っていなかった。だから予知夢を見る確率は今より少なかったはすだ。

けれど頻繁に眠るようになった最近は、1日1回必ず見るようになったらしい(といっても基本的に些細な予知夢しか見ないのだけど)。


「ナツ!!当たったよ。傘あってよかった...」

玄関を開けてナツを呼んだけど、返事はなかった。きっと眠っているのかもしれない。

音をなるべく立てないようにリビングに向かう。
ナツは朝と同じように座ったままテーブルに突っ伏し、横を向いて眠っていた。

ゆるくカールした柔らかい髪の毛が夕陽に照らされて輝いている。
華奢な腕、白すぎる肌、ゆれる長いまつ毛。

こうしてみると、眠り姫みたい。

起こさないように、彼女の髪の毛をそっと撫でた。

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