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Dear sleeping princess②

7月初めにやっつけで書き始めた物語。
過眠症で少し不思議な力を持つナツと幼なじみのハル、2人の夏のお話です。(基本ハル視点)
続きものなので①から読んでいただければ幸いです。
1話1話が短めです。
(書ければ④までで終わる予定)

※※※※※

部屋の外から聴こえる蝉の声に混じって、チャイムの音が鳴り響いた。

ピンポーン

「こんにちはー。モリモトです」

続けて、よく通る低い声。
覗き窓を確認してから、ドアを開けた。

「はーい、こんにちは。」
「ハルさんすみません、ナツはいますか?」

半袖シャツとハーフパンツから除く立派な筋肉のついた手足、とても高い背。一見するとプロレスラーのようながっしりした体格の彼は、ナツの美大の同級生だ。たまにしか学校へ行かないナツだけど、彼はそんな彼女の面倒を見てくれている。

「ごめん、ナツいない。」
私が答えると、モリモト君は残念そうな表情を浮かべる。
「そうですか...ではまた日を改めて」
「でももう少しで帰ってくると思うよ。モリモト君来るって言って近くのケーキ屋行ったから...
とりあえず上がって待つ?」

それを聞いて、パアッと効果音をつけたいくらいの笑顔になるモリモト君。体格に合わず小動物みたいなリアクションを取るので、なんだか可愛らしい。
「恐縮です!!」

※※※※※

ナツはところ構わずよく眠ってしまう過眠症だ。なので1人で出かける時は必ず処方された薬を飲む。
最近製品化された、過眠症状を緩和してくれる薬。飲んだからといって必ず1日中起きていられる訳ではないが、突然眠りこけることは防げるらしい(ナツは調子がいい日にそれを飲むことで、大学にもなんとか通えている)。
「飲み続けていれば長期的な症状緩和にも繋がるし、完治も期待できるかもしれないね」
と、この前ナツの主治医が教えてくれた。

白くて小さな、一見頼りない錠剤が、彼女を現実世界に繋ぎ止める術になっている。

※※※※※

靴を揃え、部屋に上がるモリモト君の手にはビニール袋が握られていた。彼が動くたびに中に入った新聞紙がガサガサ音を立てる。
私の視線に気づいたのか、モリモト君は袋を開いて私に見せてくれた。

「ナツが、俺の作った器を欲しいって言ってたんです。それで今日持ってくる約束をしてて...」

モリモト君は陶芸を専攻している。彼はとても手先が器用で、すごく繊細で美しい作品を作るんだよ、とナツが以前教えてくれた。ナツは彼の作品がお気に入りのようだ。

「と言っても、試作品なんで満足な出来じゃ無いんですけどね。あいつ最初、売って欲しい!なんて言ってたんですけど、それは断りました。このクオリティのものを買ってもらうのはちょっと申し訳ないんで。」

「ナツはモリモト君の作る器好きだって言ってたよ。」

そう伝えると、モリモト君は照れたように笑った。

ナツまだ来ないからこれ飲んでて、と出した麦茶を彼は一気に飲み干した。
日差しが遮られた室内といえど、日に日に蒸し暑さは増している。
「暑いね...」
「今年は特に厳しいですね。ハルさんは体調とか大丈夫ですか?」
眉が下がっている。
「あーうん、大丈夫。夏には強い方。」
夏生まれだからね、と呟くと彼はにこにこと笑った。
紛らわしいことに、ナツは春生まれで、私は夏生まれだ。だから初対面の人にはよく混乱される。

※※※※※

「たっだいまー!!!」

そのままたわいのない会話をしていると、玄関からバタンッと大きな音がした。ナツが帰ってきたようだ。

「おっモリモト君!流石はやいね!」
「約束時間の少し前に着くように動くタイプなんで。ナツ、お前は遅い。」
「へへへ、ちょっと混んでたからねぇ...でもほらこれ!」

ジャジャーン!と効果音をつけながらナツは後ろ手に持っていた箱を掲げる。『三宅堂』と書かれたそれをテーブルに置いて、勿体ぶるようにゆっくり開いた。

「モリモト君の大好きな硬めプリンだよ〜」
「!!」
モリモト君、プリンみたいにプルプル震えている。すごく嬉しそうだ。
「なかなか買えないんだよねぇ、これ。すぐ売り切れるって聞いた。」
3個並んだプリンを見つめながらそう言うと、ナツは得意げな顔をする。
「そうだよ、いっぱい並んだんだから!今日こそは買えるって確証もあったからね」
「なんで確証?」
「1ヶ月前の予知夢!」
あ〜なるほど。私とモリモト君は合点がいって頷いた。

「てか、そんな些細なことも見れるんだな、予知夢。」
「自分の意思と関係ない内容とか、くだらない内容ばっかりだけど。結構便利だよ〜」

予知夢は3年前まで私とナツの間の秘密だったのだが、1年前に出会ったモリモト君にはナツが早々にばらした。それだけ信頼のできるやつだからかもしれない。現に彼は、誰にもこの秘密をバラしていないらしい。

「それより器。持ってきてくれたやつ見せてー」
バタバタとナツが机を叩く。プルプルとプリンが揺れる。
モリモト君はそのプリンの箱を大事そうにテーブルの端に寄せ、例の袋を真ん中に置いた。
ナツは待ってました、とばかりに陶器を手早く取り出し、新聞紙を剥がし始めた。
「いいね、夏にぴったりの色だ。」
出てきたのは真っ青な平べったいお皿。
「気に入った青色が出なかったんだよ。こことかさ...」
そう言って彼はポイントを語り始め、それをナツが熱心に聞いているけど、私は陶器についての詳しいことは全然わからない。でも涼しげに煌めいていて、素敵なお皿だなぁと思う。

そして彼はもうひとつの包みを開けた。
「コップもあるよ。」
「お〜お皿とおそろいだ。」
コップもお皿とお揃いの青色。ナツは手に取って、目を輝かせて眺めている。
「これで抹茶とか飲みたいね。まだ暑いけど。」
「気に入ったならやるよ。お代は今日のプリンで。」
「買った買った!!」
「まいどありー」

2人の会話は微笑ましくて、見ているだけでも楽しい。何より、あまり学校に行けていないナツを心配してたから、こんなにいい友達ができて、自分のことみたいに嬉しいんだ。
これをナツに言うと、「お母さんみたいだね」なんて言われるけどね。

※※※※※

3人で話し込んでいる内に(ナツはというと、寝たり起きたりを繰り返していた)日が沈んでしまって、もうすぐ夜がやってくる。

「じゃあ、俺そろそろ帰るよ。ハルさんも、ありがとうございました。」
「こちらこそ楽しかったよ〜また遊びにきてね」

モリモト君が立ち上がり、私も彼を見送ろうと立ち上がる。すると、ナツがどこからかゴソゴソと1枚の紙を取り出してきた。

「ねぇさ、今度3人で花火大会行かない?」
ナツが私たちの前に出したのは、3週間後に開催される花火大会のチラシだった。夏の思い出、作ろうよ〜と言いながらチラシをひらひらさせている。

「いいね。俺は賛成。ハルさんは?」
モリモト君は頷いてから、私の方を見た。ナツの方を見ると、目をキラキラ輝かせている。
「え、私も行っていいのそれ?2人でとか、美大の友達同士で集まって、とか行かないの?」
「いいの。っていうかハルも行かないと意味ない!」
ジリジリ詰め寄ってくるナツ。それを微笑んで見ているモリモト君。
「わかったわかった。行こう。」
そう答えると、ナツは嬉しそうに笑う。
「久しぶりにさ、浴衣とか着ようよ。」
「いいねそれ」
ナツはそう言うと、チラシともらった器を部屋に仕舞いに行った。

※※※※※

夏の予定がひとつ決まって、モリモト君が玄関を開ける。
「じゃ、お邪魔しました。またあとで。」
「うん、またね。
 おーいナツ!モリモト君帰るよ」
彼女のいる部屋に向かって声をかけるけど、一向に来る気配がない。なんなら物音がしない。
「まさか...今のタイミングで寝た?」
そう言うと、モリモト君は吹き出して笑った。
「さっきまであんなにはしゃいでたのに。ハルさん、あいつによろしく言っといてください。」

じゃあ、と外に出てドアを閉める直前、モリモト君は思い出したように言った。
「ハルさん、お体に気をつけてくださいね」
「うん、ありがとう...?」
ふと彼の顔を見ると、また眉が下がっている。その少し悲しげな表情に違和感を感じた。
でもそのまま彼は背を向けて歩っていったから、その表情の真意を知ることはできなかった。

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