見出し画像

まゆりとルッチとしいちゃん的日常①


しいちゃんはわらわないけれど



犬を飼ったことがある人なら誰でも賛同してくれるのではないかと思うが、愛されている犬はよく笑う。以前に飼っていたインディも笑顔の似合う気のいい犬だった。例えば、夕食時に家族が談笑していると、インディは全身を耳にして、目をキラキラさせて私たちのはなしに参加する。みんなが笑うと尻尾をブンブン振りながら楽しそうに一緒に笑う。みんなが自分の話をしてくれるとそれはもう喜んで大はしゃぎする。
あるいは、夏の終わり、ようやく風が心地よくなってきた夕方、ぼんやり窓の外を眺めていそして二人は海への道をふうらふうらと気ままに歩く。夕闇の迫る空に一番星が光る頃、唐突に振り返ってインディは満面の笑顔でよく言ったものだ。“お散歩に来てよかったね!”
動物行動学的には、正確な意味で笑うことのできる動物は人間だけだということになっているらしいが、こういう時の犬の顔が笑っていないだなんて、どんなオーソリティーに言われてもとても信じる気になれない。

でもネコは笑わない
しいちゃんと名付けた仔猫がうちに来て、かれこれ一年になるが、かくれんぼをするときもおやつをねだるときも、おもちゃであやしてもネコはやけに真面目腐って真剣で、そこがなんだかかえって可笑しい。
猫じゃらしを振ると、しいちゃんは障子の桟の1.5cmぐらいの段差に「身を潜め」おしりを振りながら間合いを取る。サバンナの草原に潜むライオンも斯くやという真剣さである。タイミングを合わせてダっと飛び出してくるのだが、おもちゃに触れるときはソフトタッチである。おもちゃに執着しているわけじゃないさ、というクールな意思表示らしい。
笑わないからといって情が薄いかというとそんなことはない。夕方になると玄関の前に座ってじっと私の帰りを待っていたりする。時々予定外に早く帰ると奥で昼寝をしていたりするので、ずっと玄関にいるわけではないらしい。でも予定より遅くなったときはいつもいるので、タイミングを見て迎えに出ているらしい。猫は帰ってきたからと言って犬のように喜んでじゃれつくということはしない。“待った?”と聞くと “タマタマソコニイタダケ” という。
“でもカーペットがあたたまっているよ?” というと
“ソンナ事ヨリ、ベランダノパトロール行クカラ、ココ早ク開ケテヨ”
と、ネコはあくまでツンデレである。
音声表現も結構豊かである。特質すべきに“イーサイーサ”がある。これは暗号でも方言でもなく”イーサ、イーサ オヤツヲクレナイナラ壁デツメトギシチャウカラネーダ。”のように使用する。語尾はだんだん小さくなっていった方が効果的なので、最後は何を言っているのかよくわからない。わからないのに大抵の要求はこれで通るので“イーサイーサ”はおそらく、しいちゃんにとっては魔法の言葉である。

閑話休題。

しいちゃん、という名前は“しいは幸せよ”という有名な歌からとった。
しいちゃんに幸せでいてほしい。
しいちゃんは笑わない。しいちゃんは笑わないけれど、しいちゃんが幸せなら周りのみんなはいつも笑顔だ。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?