要支援な母 と 鮮明な被害妄想 

都内で一人で暮らす母。
一人で暮らすのはもう難しいのかもしれない、と思わせる出来事があった。

家の外をただ歩いていた人を、泥棒と勘違いし、交番へと連れて行ってしまったのだ。

母の被害妄想は、「家の中のものを取られた」が多い。
通帳や証券、携帯電話や手帳、鍵や手紙。
何度か本当に携帯電話や鍵、通帳やハンコを失くし、その捜索のために不毛な時間を費やした私は、もうごめんだと思い、貴重品は貸金庫へ、携帯電話や鍵にはGPSで探せるような商品をつけた。
これで安心、探し物する必要がなくなった、と思っていたが、次の段階に入ったようだ。

母が「一緒に交番に来てください」と連れて行った人は、若い男性だったらしい。
母の妄想の中の犯人と服装が似ていたようだ。
本当にその方には申し訳ないことをした。驚いたろう。邪険にせず、一緒に交番まで付き添ってくれて、優しい方だ。

人に迷惑をかけるようでは、もう一人暮らしは難しいか。サービス付き高齢者住宅を探していた。
その数日後、今度は「泥棒が家にいて怖い」とパニック状態で交番で泣いた。
連絡を受け、そのまま電車で私の家までやってきた。
そこから1ヶ月、我が家で過ごしている。

泥棒は妄想でも、母の恐怖は本物だ。

母は「家の中で人に会ったことはない」とは言うものの、「絶対に泥棒が入っている」と断言する。
そして、その泥棒の顔や服装は鮮明なようだ。
「リーダーの顔は俳優の〇〇に似ている」
「服装は黒」など。
街中や電車の中には、母の思う「泥棒集団の一味」に似た人がたくさんいる。
私と一緒の時でも、母はそういった人と目が会うだけで不安で場所を移動したり、車両を移動したりした。

「家に服を取りに行く」と考えるだけで恐怖に包まれてしまう。
当面の下着や服を買った。

うちで過ごして数日で、随分と恐怖は落ちついた。
記憶は定着しないままで、午前中に出かけた場所さえ午後には思い出せない様子だけれど、「怖い」という気持ちに取り憑かれることはだんだん減っていった。
一人暮らしで自分の記憶力に自信がなくなっている状況で生まれた恐怖は、賑やかな暮らしの中では落ち着くようだった。

一人で暮らす母にとって交番は、正義の味方であり、心強い存在なようだった。そのため、泥棒被害を訴え、最寄りの交番や隣駅の警察署に行くことが何度かあった。
迷惑をかけて申し訳ないけれど、やはり警察官やお巡りさんに話を聞いてもらうと安心するようだった。
ただ、中にはハナから母の事を「何バカな事を言っているんだ」と相手にしないお巡りさんもいたようだ。

認知症初期の症状として、この鮮明な被害妄想はそこそこ一般的なものらしい。
きっといろいろな場所で、ありもしない妄想でお巡りさんや警察官の元を尋ねる人がいるだろう。
どうか、少しだけ時間を作って話を聞いてほしい。
そして、できれば認知症の知識を少しだけ持ってほしい。
本当の事件か、認知症の妄想か、きっと少し話せばわかるから、バカにせず話を聞いてほしい。
忙しいのに、本当に申し訳ないけれど、お巡りさん・警察官と話すだけで納得したり落ち着いたりする人がいることを知ってほしい。

鮮明に犯人のイメージがあり、ありありと被害の様子を訴える。
だけどその話には矛盾だらけ。
不思議な母の頭の中。

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