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【小説】鶴の妻

二羽の鶴が雪の降り積もった野原に遊んでいる。然しよく見ると、比較的小さな一羽の鶴の足には罠がかかっていた。もう一羽の鶴が慌ててばさばさと羽を開いたり閉じたりしている。罠にかかっている鶴は何かを諦めた様に、或いは自分より冷静さを欠いているもう一羽を宥める様に大人しく佇んでいる。騒々しくしていた鶴は突然逃げるかのように、或いは仲間の助けを呼びに行くように高く空へと飛び去った。
日の暮れが迫ってきたころ、近くを通りかかり羽の音を聞きつけた若者が、背負っていた薪も放り捨て、その鶴の足にかかっていた罠を外した。罠にかかっていた鶴は、若者の顔をじっと見つめると、大きく一声鳴き、飛び立った。若者はその飛び姿の見えなくなるまで見送った。
或る雪の吹きすさぶ夜、若者の粗末な家の戸を叩く者があった。若者が戸を開けると、そこには肌も着物も白い女が立っており、一晩泊めてくれと言う。若者はその女の唇が薄っすらと黄色くなっているのを不憫に思い、囲炉裏の傍へ案内した。
翌朝も翌々晩も吹雪は止まず、若者は何日も女を家に泊めた。女は泊めて頂いているお礼にと掃除や炊事をした。この働き者の女がずっと家にいてくれればいいのにと若者が願った夜、女は若者にお嫁にもらってくれないかと申した。
 若者とその妻が共に暮らし始めて暫くした頃、妻は機場を所望した。若者は喜んですぐさま機場を作った。妻は機織りの間は中を決して覗かないようにと若者に約束すると、それから二日二晩、部屋に籠りきりで機を織り続けた。寝食も忘れ機を織る妻を心配しつつも若者は、邪魔にならないよう声を掛けることも我慢しながら、笠を作る手を休めず働いた。
 翌朝、妻は美麗な反物を抱え、部屋から出てきた。若者はそれを見て感嘆し、妻の言う通り町へ売りに出掛けた。言うまでもなくその反物は高値で売れ、若者は妻を誇りに思い晴れやかな心持で帰路についた。上機嫌のあまり、出迎えた妻の少しやつれた様子には気付けなかった。
 今度の機織りは三日三晩も続いた。更にやつれた妻を見た若者は、暫く休むように言い、自分は町へ反物を売りに出掛けた。人々は年越しの支度を始めていた。若者も今年の正月は人生で最も素晴らしい正月にするため、餅屋に寄ったり飾りを買ったりして帰った。
 妻の織った反物の出来が余りにも素晴らしすぎたので、町では噂が広がり、家まで訪ねてくる者まで現れた。その中には機を織っている所を見たいという者もいる。若者は断って追い返すも、そのうちの一人の、夫婦なのに見られない機織りとはなんだ、という一言が胸に残ってしまった。妻の反物を求め、とても高貴な身分の方の使いまで来てしまい、若者は無理を承知で妻に機を織るように頼み、妻は渋々機場に入った。
約束した当初は、妻の気が散らぬように機織りを覗かないよういいつけられていると思っていたが、どんどんやつれていく妻がなぜここまで頑なに覗かぬように約束させたのか、何かを隠しているのではないかと気になってしまった若者は、機場の戸を少し開けて中を覗いてみた。そこには羽の沢山抜けた鶴が懸命に機を織る姿があった。若者は静かにその場を離れた。
五日五晩機を織った妻は、腕の中の反物を若者に渡す際に、機場を覗かれましたよねと一言呟くと、戸を開け、外へ出て、鶴の姿になり晴れ渡った空へと飛んで行った。それを若者は静かに見送るしかなかった。
羽の抜けた鶴は少し前まで共に暮らしていた家族の下へと舞い戻った。鶴は、罠にかかり怪我をしていた弟の脚の傷がすっかり癒えていることに安堵した。




ある冬の日のこと。私は弟と白くなった原っぱで雪遊びをしていたら、弟が人間の仕掛けた罠にかかってしまった。
私は急いで弟を助けようとしたが難しかった。弟をその場に置いていくのは心苦しかったが、助けを呼びに行くことにした。
仲間を連れて戻る途中、罠から逃れられた弟と出会えた。弟によると或る人間が罠を外してくれたそうだ。感謝してもしきれなく思った私はその人間にお礼をしたいと思った。
私は空からその人間を観察することにした。笠を売りに町へ行くのをみたり、山に薪を集めに行ったりしているのをみた。毎日忙しそうにしているのに住んでいる家は慎ましく、その人間は貧しいようだった。裕福にしてあげたいと思った。
私は人間になって近付くことにした。訪ねて行くと優しくもてなしてくれた。恩人に更に重ねて恩を受けてしまった。私は機場を用意してもらえたので、頑張って機を織ることにした。その人間に糸を買ってきてもらうのをお願いすることなんて出来なかったから、自分の羽根を使うことにした。鶴であることが知られてしまうより、自分の羽根を毟って織っていることを知られてしまうのが嫌だったので、機織りの最中は覗かないようにと約束することにした。その人間は私の反物をとても褒め、町でしっかり売ってきてくれた。私の羽は三割ほど無くなってしまった。頻繁に機を織るのは難しいと分かった。
三回目の機織りの時、その人間は遂に私の機場を覗いてしまった。寧ろここまでよく我慢してくれたとすら思うが、これが完成したら此処を出ることに決めた。もう此処にはいられない。
その人間は機なんて織らなくていいから此処にいてくれと言ったが、それでは私は何の役にも立たないし、裕福にもしてあげられない。
私は最後の反物を渡し、一月程過ごした家を後にした。

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