見出し画像

イヴ・モンタンと3人の女

今年4月に講演会で話した原稿を見直し、加筆して記事に書き換えたので、是非ご覧いただきたい。

エディット・ピアフ

vedette américaine というフランス語がある。劇場でゲストスターが公演をする時に、第一部を受け持つ前座歌手のことだ。
1944年7月、ムーラン・ルージュでエディット・ピアフが公演する時に、興行主がその vedette américaine としてイヴ・モンタンを推してきた。
ピアフの第一印象は、
「あのモンタンっていう子、マルセイユ出身らしいわね。初めて見たけど、まるで品がないじゃない。」というものだった。
ところが、l'éssai(試演)が始まると、姿形はカウボーイ・スタイルで野暮ったいものの、歌の素質はなかなかのものだったので、ピアフはじっ と見つめながら聴き入っていた。
そして、終わると直ぐに彼のところへ向かった。
「素敵だわ! あなたと一緒にやれるの、本当に嬉しいわ!」

夕食に誘われたモンタンは、ドイツ占領下の食糧難の中で自分一人だけピアフと美味しい料理を食べていていいのか?と疑念が頭を過った。だが、その食事の席でその疑念は消え去った。なぜなら、ピアフが「愛こそは恵まれない人々に許された人生における唯一の報い」だと語ったからだった。自分と同じ価値観を持つスターが目の前にいることは感激だった。

ここから先は

1,514字

¥ 100

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?