見出し画像

ステージを前にした黒装束の歌姫たち

リサイタルを前にして楽屋にいる越路吹雪は、めったに笑うことのない一人の神経質な、か細い女性だった、と岩谷時子は伝記に書いている。
越路自身は、「私は、ふるえている哀れな小鳩よ」と言っていた。光輝く舞台の上の堂々と歌う大スターの外見からは、裏側で怯えるように出番を待つ越路の姿は想像がつかない。
同じようなことが、本場フランスの著名なシャントゥーズにもあった。
しかも、奇しくも3人とも黒を基調としたシンプルな舞台衣装を着ていた。
ピアフ、ジュリエット・グレコ、バルバラの順でご紹介したい。

エディット・ピアフの練習

ピアフは、自伝を2つ書いている。書いていると言っても、ライターに話をして本に纏めてもらったものだ。だから、少し脚色があるのが欠点だ。
それでもシャンソンについて何も恐れるものはないとまでは書かれていないので、実は、ピアフはステージに立つのが怖かったのではないかと想像している。
彼女は身体が小さくて、顔も美人ではない。だから、聴衆の前では歌声だけが武器となる。声がでなかったら、音が外れたら、リズムに乗り遅れたら、もうそれでお仕舞いになる。
それで、彼女はステージの前は入念に準備をした。歌い方、ジェスチャー、表情の細部に至るまで何度も練習して、一つの型になるまで作り込んだ。
越路吹雪は、初めてのパリでピアフを2度聴いて自信を失うのだが、その時に1回目も2回目も同じフィルムを観ているようにまったく同じだったと日記に書いている。
練習を繰り返すのは、ステージへの恐怖心の裏返しのような気がする。
あのピアフでもステージは魔物が潜んでいるように見えたのかもしれない。
彼女は、先輩歌手のマリー・デュバのことを大変尊敬していた。マリーの優れたところは、ステージで観客を自分の思うようにコントロールする能力だった。観客に迎合してしまうことは、自らの歌に対する妥協になってしまう。だから、観客の心を掴み、自分の意図した方向に誘導しなければならない。
ピアフは、マリー・デュバを尊敬するあまり、彼女の黒い衣装の真似をした。まるで魔除けのお守りのようにステージに立つときは黒に身を纏った。

ここから先は

1,373字

¥ 100

期間限定 PayPay支払いすると抽選でお得に!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?