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さみしくないさがし

突然だけど、わたしサエキだから。
え、サエキさんってもしやあの?
そうです、わたしがサエキ。少し前のやつに登場してたサエキです。
してました、私が書きました小説に。ええっとあれはたしか、一人暮らしの女が主人公で、その部屋の隣の人に会いに来たんですけどって幽霊がたずねてきて、隣の人は引っ越したあとなんだけど主人公がさみしいから嘘ついていま出かけてますよ、うちで待ったらどうですかって誘うんだけど、主人公には幽霊が人間の男に見えてたっていうあれの、その反対の隣に住んでいたサエキさん。
説明長いうえに下手くそだな。まあ、そのサエキだね。
サエキさんは、現実の人ではないはずですがなんでいるんですか。
だって、ここって文字でしょ。文字ならいられるわけ。あんたが文字を書いてるときはいられるの、私サエキは。
でもあなたは私が作ったひとですよ?そんな、好き勝手に。
作ったって漢字はやめていただきたい、せめて創ったにして。

はあそうですか。

あっ、改行したな。いま改行したな。改行するとあれだ、なんだか雰囲気出るっていうかあれだ、妙にさみしい感じのするあれだから。

なんですかそれは。スペースがもったいないから、もう改行はやめますけど、改行ってそこから文意が変わるとか、ちょっと空間あけて見やすくするあれで、私はさみしくはないですからね。
あんたは、すぐさみしいとか言うから。
いや、サエキさんが言ったんですよ。あとさっきの漢字のあれ、作ると創るって、えらいこまかいところにひっかかってましたけど、それって耳で聴き取れるもんなんですか?
んなわけないじゃない。聞き取れないわよ。聴き取れないわよ。
今なんで二回言ったんですか?

わからないの?

あっ、サエキさんいま改行で答えましたね。わかんないですけど、多分漢字的なあれで、二回言ったんだ。

ま、ね。ところでさっきは、何泣いてたのよ。
泣いてないですよ。
泣いてたじゃん。目から水出てたし。
あれは、あくびですよ。
まつげにゴミが入ったからっていう、よくある嘘設定じゃないんだ。
まつげにゴミは入りません。泣いてはないけど、さっき小説書いてたら登場人物の一人がどっかに行っちゃっいまして。すごく気に入ってた女の子だったんで困ってはいましたね。
あんたがどっかに行かせたんじゃないの。
違います。一行目から最後までつぶさに探したのに、どこをどう探してもいない。
それは書いてないってことでしょ。
いいえ、ぜっったいに書きました。さみしいもんですよ。人が苦労して150枚も書いたのに勝手にどこかに行かれたら。
やっぱり、さみしいって言うじゃん。
便利なんで、さみしいって。ほんとにさみしいときはあれです、辛いって言いますね。いや、つらい。
また二回言った。でもどっかにはいるでしょ、その子。
どこにですか?
ええっとね、あっ、いま岐阜県の駅の階段を上ってる。
ぎふ?なんでまた。
秋田県の社員食堂でもいいよ。
県庁のひとですか?
そういうんじゃなくて、つまりどこかには存在してるっていうやつだから。
いい加減だなあ。
そんならさ、物語の主要でない登場人物を集めてピクニックに行くっていうのはどうよ。名前すらつけてもらえない人も集合して。
それでどうなるんですか?
その子も来るかも知れないし、来なければ、まあサンドイッチでも食って帰ればばいいでしょ。
食うとか、口が悪いな。反対側の隣のサエキさんは、そんな人ではないです。

「あの、そこの人先月引っ越されましたよ?」

あ、また改行した。それにカギカッコつけた。

これは、あんたが書いた私の会話だからねー。
なんか二時間サスペンスみたい…。
てんてんてん三つは、むなしさだな。言った相手が幽霊だからいいじゃん。ねー、ピクニック行こうよ。
いいですけど、どうやって行くんですか。
書けばいいでしょ。
私が書くんですか。
食べ物たくさん用意してね。あと、毛布とかパラソルもよろしく。私寒がりで皮膚が柔いから。
そうなんですか、それは知りませんでした。でも私の小説って、あんまり人が多くないからなあ。サエキさんのやつだって、登場人物三人ですよ。幽霊入れて。
それなら、タンスとかコップも連れていけばいいじゃん。
なんですかその百鬼夜行みたいなのは。
モノクロの家とか町とかビルとか誰かの後ろ姿とか連れていきなよ。
だんだん概念になってきました。

そう、概念。

また改行だ。
(空白)
あれ、サエキさん?

聞いてます?

いない。
ぱらぱらぱら(紙をめくる音)
小説の中にもいない。反対側の隣も引っ越したことになってる。

勝手にそんな。文字だからいいんだよとか言って、どこに行ったんだか。

私はそこらにあった裏紙をひったくると、大急ぎで鉛筆を走らせた。それから立ち上がって、駅に向かった。
いつもと同じ時間だ。
同じ電車同じ車両同じ席に、いつも見かける人がいる。
向かいの端っこに私は座る。
見かける人がなんて名前で、どこから乗ってきて、どこで降りるのかはもちろんわからない。
私が乗る時にはもうその人はいて、私が降りるときにもまだいるからどこから来てどこに帰るのかも知らない。

それがサエキさんだ。
私が書いたサエキさんになった人。

ポケットから裏紙を取り出した。パラソルと箪笥とハムと卵のサンドイッチと幽霊と私とでかい毛布。思いつかなかったからいま使ってるケバケバの古毛布。ぜったい文句が出そう。

電車が来た。同じ時刻同じ車両同じ席。
サエキさんは座っているだろうか?




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