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【SS】再びのフラワーシャワー

「花吹雪がフラワーシャワーみたいね。」
妻はそう言って空を見上げた。
「そうだな。」
夫は妻を見つめて頷いた。今日は夫が妻を誘って今年の桜の咲き終わりを見届けに来たのだ。
「あの子の結婚式の時は満開だったのに。」
「そうだな…。」
夫はまた同じ言葉を繰り返した。数日前、満開の桜に見守られて結婚した一人娘。たくさんの人々に祝福され嫁いでいく娘を見て、夫も妻も感無量だった。
「いいしきだったな。」
「ええ。」
それきり二人は黙り込んだ。
「意外だったのよ。」
しばらく沈黙の後、妻が思い出したように言った。
「何が?」
「あなたがあの子の結婚を反対しなかったこと。」
「そうか?」
「そうよ。」
夫は厳しい人だった。その厳しさゆえに娘もかなり反発した。妻は喧嘩するたびに二人を取りなすのに苦労していた。だから娘が「結婚したい」と言って相手を連れてきた時、あっさりと許したことに拍子抜けしたのだ。
「いい奴じゃないか。」
「そうだけど…。」
「それに信じていたんだよ。」
「あの子を?」
「いや、君のことをね。」
「私?」
妻は驚いて夫を見た。
「君には苦労を掛けたよ。」
夫は思い出すように桜の木を見上げた。
「仕事仕事で何もしてやれなかった。あの子の事を君に任せっきりにして。本当にすまなかった。でも、あの子はあんなにいい子に育った。君のお陰だ。君が育てたあの子が連れてきた人だ。信用できるさ。」
夫からの思いがけない言葉に妻は何も言うことができなかった。夫の言う通り夫は忙しい人で、子育ては妻が一人でしていたようなものだった。妻が夫に相談しようにも「忙しい」と言って聞いてくれないことも多かった。一人で追い詰められて離婚を考えたことも一度や二度ではなかった。思いとどまったのは夫が見せた思いやりのお陰だった。
「この前はすまなかった。それで、どうなった?」
仕事が一段落すると必ず妻にそう言ってくれた。聞いてほしい時に聞いてくれないという不満はあった。それでも妻は夫と一緒にいることを選び、娘を育てたのだ。
「まあ、それでも相手に会うまでは不安だったけどな。」
夫は照れ臭そうに鼻の頭を掻くと妻の方に向き直った。
「ありがとうな。」
「あなた…。」
夫の言葉に妻は胸がいっぱいになった。今までの色々な苦労が報われた瞬間だった。
「また、二人になったな。」
「ええ、そうね。」
夫は妻に左ひじを出し、妻は腕を絡ませた。
「ねえ、これからは「すまない」じゃなくて「ありがとう」って言ってほしいわ。」
「そうだな。これからは「ありがとう」って言うようにするよ。」
「もちろん私も言うわよ。」
「じゃあ、頑張らないとな。」
歩き始めた夫婦の上に桜の花びらが降り注いだ。まるで二人のこれからを祝福するフラワーシャワーのように。


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「花吹雪」という言葉は中々ドラマティックですね。色々なイメージの中から「フラワーシャワー」と結びつけました。

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