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空海さん、お誕生日おめでとうございます🎂6月15日

今年は弘法大師空海の生誕1250年、各地で記念行事が執り行われていますね。

そして今日、6月15日が真言宗の伝承では空海の誕生日と云われているそうです。ただ、正確には不詳ということで、あまり広義に表立てていないようですね。

それはともかく、私は空海さん(お大師様のほうがいいのかな?)の誕生日ということを知らずに本日を迎えて、それを今日知ったということで何かご縁のようなものを感じ嬉しくなっております。

昨年に東京は高尾山を登った際に御朱印をいただき、1250年は昨年なのかと勘違いしていたくらいです。

高尾山薬王院の御朱印

今日知ったのも何かのサインと捉えて、ちょっと調べてみることにしました。
ただ、詳細についてはネットで調べていただいた方が詳しいと思いますので割愛します。

高野山の人々や真言宗の僧侶の方々にとっては、高野山奥之院の霊廟において現在も空海が禅定を続けているとされています。

今でも人々の救済を祈り続けているということ。

高野山奥之院

今年は高野山を訪れる方もきっと多いことでしょう。

弘法大師様は偉い方なので『入定』という言葉を耳にしても「ふーん、そうなんだ」と知識として頭に入れる方が多いのではないでしょうか。

私もいつもなら興味もほどほどに、そう咀嚼していたかもしれないのですが、今日は空海さんの一人間としての思いに意識を向けてみました。


どんな気持ちで入定したんだろう…


どんなことを信念として行動したんだろう…


どんなに敬われている人でも、この現世を生きた人間です。
喜怒哀楽があり、幸不幸の感覚も持ち合わせていたと思います。

1250年経た今、空海の想いを想像してみる。

史実はいかに

高野山では今でも禅定されていると先に書きましたが、10世紀ころに書かれた『空海僧都伝』によると病により亡くなり『続日本後記』では荼毘に付されたと記されており、後に入定したとする文献が現れたという情報を読みました。

病を得て以降の空海は、文字通り命懸けで真言密教の基盤の強化とその存続のために尽力したそうです。
晩年のほうでは穀物立ちをして禅定を好む日々に入ったとのこと。

ここから想像できることは、空海さんの願いと、弟子たちの想いが重なって、今の形として歴史に残っているのではないかと私は考えました。

「虚空盡き、衆生盡き、涅槃盡きなば、我が願いも盡きなん」
意味:「宇宙が尽きるまで、悟りを求めるものが尽きるまで、生きとし生ける者が全て輪廻転生から解脱するまで私の願いは尽きることが無い」

空海が書いた願文

何が正しい情報なのかは、今となってはわかることはありませんが、いろいろ知った上で、自分がどう解釈するかが大事だと思います。

空海が上文のように願い続けていたこと、空海のことを心の底から敬っていた弟子たち、命を懸けて真言密教のために尽力した空海…
真言密教を確立させるためにも、自分が柱にならなければと禅定を好むようになったのではないでしょうか。

空海さんが祈りの強さを信じていたことだけは確かだと感じます。
祈りがどれだけ人に伝播していくものか、宇宙と繋がっていたであろう空海なら知っていたのかもしれません。


今日からのわたしは、今まで以上に『祈り』の大切さを意識して生きていきたいと決意する日となりました。


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