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プレゼン原稿をうまく話すには

広報や秘書が書いた原稿をあたかも自分で書いたかのように話す。あいさつを頼まれると、このような場面はけっこう多いのではないでしょうか。その時にいつも感じるのは、「伝わっているだろうか」という不安でしょう。今回は話題になったジャーニーズ性加害問題の会見から、私が気づいたことを対策のヒントとして書き記します。不安を感じているスピーカーの方は参考にしていただければと思います。

【手紙を代読することの難しさ】

ジャニー喜多川氏の性加害問題について旧ジャニーズ事務所が10月2日会見を開きました。会見はNHKでも、前触れ(2日会見を開く旨)をニュース内で取り上げ、多くの国民の注目するところとなりました。会見の全容やそこから受けた印象については、これまで多くの論客がコメントされていますが、私はコミュニケーションの専門家として、井ノ原さんが藤島ジュリー景子氏の手紙を読んだことに触れたいと思います。

手紙はジュリー氏がしたためたものを井ノ原さんが代読する形で披露されました。自分で書いたものを自分で読むのではなく、人が書いたものを代わりに読む。これは2つの点で難しさがあります。まず句読点や改行などの位置が、自分のものとは違うためタイミングが合わない。そして自分がふだん使う言葉とは違うことがあるため、話しにくかったりします。ただ、これらは何度か読む練習をしたり、使いにくい言葉を言いやすくするなど変えることで対応することができます。例えば“私には経営権限はありません”を“私には経営に関する権限はありません”あるいは、“新社屋完成”を“新しい社屋が完成した”とし、内容は変わらないが自分の言い方に変えるのです。井ノ原さんはそのまま読んだ可能性があります。

一方、代読する側は極力相手の気持ちを汲み、感情の動きに合わせてその人の言葉で語る必要があります。例えば次の文章では、使われた単語に気持ちが表れています。『ジャニーズ事務所は名称を変えるだけでなく、廃業する方針を決めました。』”事務所を止める”といった普段使うことばではなく、”廃業”という強い言葉を使っています。また『叔父ジャニー、母・メリーが作ったものを閉じていくことが、加害者の親族として私ができる償いなのだと思っております。』”叔父ジャニー”、”母メリー”と敬称を付けたことにも、彼女なりの思いが感じられました。単語や言葉遣いが強調されているため、代読する側も気持ちを乗せやすかったと推測できます。

【読んでいるのに映像化される】

井ノ原さんは、読み始めの時には緊張した面持ちで、ひとつ、ひとつの言葉をかみしめながら読み進めていました。この段階ではまだ紙に書かれた文章を正確に伝えているにすぎませんでした。しかし、以下のフレーズのあたりから雰囲気が変化してきました。(手紙全文より)

『ジャニーと私は生まれてから一度も二人だけで食事をしたことがありません。会えば普通に話をしていましたが、深い話をする関係ではありませんでした。ジャニーが裁判で負けたときもメリーから
「ジャニーは無実だからこちらから裁判を起こした。もしも有罪なら私たちから騒ぎ立てるはずがない。本人も最後まで無実だと言い切っている。負けてしまったのは弁護士のせい」と聞かされておりました。当時メリーの下で働いていた人達もそれを聞かされてそれを信じていたと思います。』(手紙抜粋)

この部分では、決してよくない親子関係が目の前で映像化され、ジャニー氏とお孫さんとの食事会の様子が写実的に見えてきました。話している場面が頭の中に浮かんでくる手法を「話のビジュアル化」と言いますが内容の理解を大きく手助けします。百聞は一見にしかず。朗読でもなく、なりきり読みでもない、井ノ原さんのうまさに脱帽した瞬間でした。

【会話調と物語の効果】

ではなぜビジュアル化されたのでしょうか。その理由は下記です。

「」かぎ括弧で表現される部分は主に会話です。原稿の中では本人の使う話し言葉であることが一般的です。そうでなければかぎ括弧にする必要がないからです。「私はその言葉に納得しました」ではなく、「なるほど、そういうことか!」と声が出ました。と言い換えるとだいぶ印象が違いますね。会話調になっていると頭に入ってきやすいのです。落語や子供の読みきかせでは登場人物の声を作って、語ったり読んだりすることがよくあります。あのテクニックはまさにかぎ括弧でくくられている部分で発揮されます。そしてストーリーテリングと呼ばれる物語を語る手法が取られていました。まるでお芝居を見ているように内容が展開していくことで、話に引き込まれ、大切なことや一語一語を記憶することができます。「むかしむかしあるところにおじいさんとおばあさんが住んでいました。おじさんは山へ芝刈りにおばあさんは川へ洗濯に行きました」というイメージです。時間の経緯とともに物語が展開していくように語られました。

【自分の言葉で語るのが最も大事】

記者会見において、当事者が出席しないことはネガティブに取られることが多いのですが、今回は井ノ原さんのキャラクターとお芝居のうまさに支えられて、そこまでのマイナス要因にはならなかったと感じます。東山さんは社長として、責任者としてその立場を維持し続けなければなりませんでした。それゆえ、井ノ原さんはサブとしてネガティブ要因を薄める演出に回れたのだと思います。手紙の代読は、本当に藤島ジュリー景子氏の健康状態を考えた末の方法だったかもしれませんが、偶然にも井ノ原さんの完璧な代読が、会見の雰囲気に何かしらの作用をもたらしたと私は分析しています。

ただし、原稿はやはり自分で書き、自分の言葉で語ることが最も伝わる方法であることは間違いありません。(了)


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