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#019 ビール2

 日本を訪れる観光客や日本在住の外国人にスポットライトを当てる番組はナショナリズムのにおいに多少の警戒心が動くものの確かにおもしろい。YouTubeで「飲み歩き世界一周」の日本編を観たのは偶然だがこれも純粋におもしろかった。主人公のジャックなる米国人男性はⅩ(旧Twitter)によれば俳優/メディア司会者らしくこの「飲み歩き世界一周(Booze Traveler)」シリーズもWikiによれば自身が司会を務めるアメリカのテレビ番組ということである。動画はディスカバリーチャンネルの番組で容易に見つけられるため詳細は省くが日本に限らず世界各地に赴き当該の国の文化に触れつつお酒を飲み歩くというのがだいたいの趣旨らしい。
 エレキバンの看板/渋谷のスクランブル交差点/「銀座駅」なる漢字/およびこれを判読できる優越感にも似た喜び/赤い蓋の醤油さし、など海外の番組というフィルターを通じることで新鮮な発見が多々あった。氷をカットする従業員の中に足を切った者が一人もいないこと/寝ずの番をする杜氏(とうじ)の中に寝過ごす者が一人もいないこと、など日本人の仕事ぶりにも感銘を受けた。それにしてもいつも思うのだが英語を流暢に話す日本人というのはどうにも日本人らしくない。その原因は恐らく彼らが元来外国志向の強い人間だから(性質が端から欧米風に染まっているから)であろうというのが私の見立てであるが、ということはきっと日本語に堪能な外国人もまたそもそもが親日の気質を持つ人間であるにちがいなく、つまり彼らもまたネイティブとはいくらか遠い存在なのであろう。
 さて肝心の酒の話だがまず日本酒の瓶の緑色には脳みそがとろけそうになったことを告白しておかねばならない。日本酒は味は旨いが酔い方が深いので個人的には苦手な酒であるがそれでもあの瓶の蠱惑的な色には何か本能に訴えかけるものがある。考えてみればワインの瓶も似たような色をしているがワインの方が好みであるとの個人的な嗜好に反してあの瓶にはさほど心惹かれるものがない。やはりこういうところが日本人、なのだろうか。
 より強烈だったのはライティングされた夜の居酒屋の佇まいでこれには思わず全身が画面の中へ吸いこまれそうになったことを、またしても告白しておかねばならない。ああ、飲みたい、と思った。といってボディブローのように私を徐々に弱らせついに打ちのめしたのはその前後に登場したビールジョッキの質感/屋外席の卓上に置かれた透明プラのコップに入ったビール/「とりあえずビール」なる合言葉、などの種々の光景であり結局はビールが好きなだけじゃないかと自嘲しながら、ともかくもそのあたりで矢も盾もたまらなくなり私はコンビニへ出て発泡酒を求め我が内なる大和魂に乾杯した。乾杯してしまった。駄洒落になるのが不本意であるがまさに完敗、である。
 酒を片手に動画を再視聴していて気づいたのだが私の心が最も沸きたったのはどうやら居酒屋を前にしての「さあ飲もう。(Let's have some drinks.)」との一言であったようだ。全身が痺れた。ああ、飲みたい、と、飲みながら、思った。こんなにも素晴らしい言葉がほかにあろうか。「さあ飲もう。」である。
 断るまでもないが私は依存症等ではなく単なるビール好きである。ちなみに好きな動物は言うまでもなく麒麟、好きな都市はサッポロ、好きな名字は鳥井さんで好きな太陽はアサヒである。あたり前のことである。

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