64.神様へのお願い事

 私は、自分の部屋で泣いた。
いっぱいいっぱい泣いて、この部屋を出る時は笑っていなきゃ…って。

泣きたくなると部屋へこもった。

わたしもそばに行きたい
ママに会いたい
話がしたい
どうしたら、ママのところに行ける?

ママはどんなにか痛かったことだろう
今はもう痛くないの?

骨がボロボロでただでさえ痛いのに、硬いコルセットの上に寝かされていた母は、どんなに辛かったか、想像がつかない。

お葬式は自宅で行なわれた。
お通夜の後は、一晩中、お線香を絶やさないように代わりばんこで番をする。
私も父と一緒に夜を過ごした。
誰かが
「まさえちゃんは寝なさい。」
と言った。
でも、私は寝なかった。
部屋へ行っては泣いて、そしてまた父のそばに戻る。

告別式には、担任のM先生とクラスの人たちがきてくれた。
まともにM先生の顔を見たのは久しぶり。
「もう2度とくるな」
と言われてから、M先生を極力避けていたから。

みんなの顔を見たら泣きそうになったけど、涙をこらえて、笑顔でみんなに挨拶した。
それが仇となったのか、その夜、親戚中の前で父に叱られた。
「お前は親が死んで涙一つ流さない。
親が死んで嬉しいのか!!
親不孝ものだ!!」
と、叩かれた。

違う違う違う!!
そんな、嬉しいなんて思ってない!!

みんなの目が、私に集中した。
父に理解してもらえていなかった事が、何よりもショックだった。

違うよ!!
そんなこと思ってないよ!!

どんなに言い訳しても、父も親戚のおばさま方も、親不孝な娘としか見ていない。

誰もわたしの気持ちを分からなくてもいいや。
わたしはママのところに行くんだから。

諦めて自分の部屋に行って、また泣いた。

お葬式が終わって親戚も皆帰り、父と二人、静まり返った部屋の中、母のお骨の前で父が言った。

「ママの着物はみんなあの人達が持って行ってしまったよ。
娘がいるのを分かっていて、どんなにお願いをしても、一枚も残さず…
持って行ったところで、ママより背が高いんだから、着られるはずがない。
鬼のような人達だよ。
泥棒だよ。」
父は涙を流して私に言った。

母は、和裁の先生。
自分の着物もたくさん持っていた。

私は、母の死に際に会えなかったことがあまりにもショックで、半ば感情を失っていた。
父の言葉は遠くで聞こえ、おばさまたちがタンスを開け、中を次々と出している姿。
母の着物を奪い合うように取っていく後ろ姿が思い出された。

それを見ている私に気づいて
「形見わけだからね。」
と言われた。

あれは、ママの着物を取っていたところだったんだ

叔母さまたちはタンスを開けて、何をしてるんだろうと思っていたが、父の言葉で理由がわかった。

でも、悲しい気持ちはなかった。
私は母のところに行くと決めたから、着物なんていらない。

自分の部屋に入ると、毎日毎日泣いて過ごした。
どうやったら母のところに行けるのか、毎日考えた。
母のところに行く=自分の死
…なんだけど、私は考えが浅はかでマヌケなので、死ぬ方法を考えるというより、毎日神さまにお願いをしていた。
そういうところが、何とも…頭の中が幼すぎる。

私は毎日、神さまにお願いした。

私をママのところに行かせてください

神さまも聞き入れられないお願い事されたって、困ってしまう。

母のお葬式から少しした頃、家から出るとご近所のおばさまたちが井戸端会議をしていた。
私の姿を見ると、おばさまたちが話しかけてきた。

「ねぇねぇ
まさえちゃん、知ってる⁉︎
〇〇医院、潰れたって。
あの先生、あんたのお母さんの癌、見つけられなかったでしょ。
半年以上も前から通って、腰が痛いって言うのにレントゲンも撮らなかったって言うじゃない。
アンタのお母さんが亡くなってから、患者さんが来なくなっちゃって、それで潰れたのよ。
仕方ないわよね。」

びっくりした。
そんな事があったなんて。

ウチが悪いんだろうか…
でも、母のせいにされてもねぇ…
おばさま達が言うように、仕方のないことなのかな。

内科の先生はどうしているんだろうか。
私たちのことをどう、思っているんだろうか。
でも、お葬式に来てくれたわけでもないし…
本当に先生が悪いのかな。

自分ではどうにもできない事でまた、悩む。
こんなことだから、悩みは尽きない。

…続く……🩺


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