浜松町での用事が早く済んだので今日は休みにしようと勝手に決めて朝ごはんを食べる場所を物色していた。皆がせわしく歩くなか、大きなスーツケースを引きながらきょろきょろする彼女は、おっとりさんだった。しかも若いわけでも可愛いわけでもないし、老人というわけでもないので、誰も手伝ってくれるようすは無かった。普段なら忙しいから無視するけど、今日はもう暇なのだ。彼女を見捨ててしまったら、後悔する。そう思って声をかけた。
「大丈夫ですか?何かお探しですか?」
そう尋ねると思いもかけない言葉が返ってきた。
「皇居はどこでしょうか?」
皇居?
皇居ですか?
よくよく聞いてみると、さっき、鹿児島から羽田に着いて、モノレールで浜松町まで来たとのこと。しかも、このあと皇居で、お掃除のボランティアがあるので、皇居に行きたいとのこと。
説明しても、この人、たどりつかないかもしれないと思い、
「皇居まで、ご案内します。」
と言ってしまった。結構大変なことを引き受けたのだが、彼女は恐縮するでも遠慮するでもなく、良きにはからえという感じ。
皇居のお掃除というのは選ばれた人しか出来ず、交通費も宿泊費も手弁当で参加するそうだ。チームに分かれて、担当箇所を綺麗に掃除する。最期に、おまんじゅうなどのお土産をもらえるとのこと。彼女はそれをとても誇りに思っているらしく、掃除担当に選ばれない私を、哀れに思っているようだった。それは全く構わないのだが、いろんな価値観の人がいるんだなと、驚いた。
なんとか皇居に着いて、帰りも大丈夫か心配だったので、念のため連絡先を交換して別れた。その日は何の連絡も無かった。まあ、無事に帰ったのだろう。

数週間後に彼女から連絡がきた。
東京で迷っていたところを案内してくれたね、と。お礼ではないとのこと。しかし、その話を聞いた友人が、鹿児島県人として私にお礼がしたい、するべきだということになったらしい。ついては、鹿児島に来てくれたら、彼女の友人が鹿児島を案内してくれるとのこと。
せっかくなので、
「坂本竜馬が新婚旅行で回ったところに行ってみたいです。車が運転出来ないのですが、大丈夫でしょうか?」
と聞いたら、相談しあったのだろうか、2日後にOKの返事がきた。

取り敢えずは、飛行機と鹿児島市内のホテルの予約をして、どこに行きたいかを細かく送ることになった。コノハナサクヤヒメをキーワードにして調べてみた。
霧島神宮はニニギ様とコノハナサクヤヒメ様が祀られている。他にもコノハナサクヤヒメ様に関する神社は結構九州にある。
「姫神様は私に九州に行って欲しいのですか?」
と聞くと、大きく頷いた。
確かに、九州に行くモチベーションは無かった。でも、おっとりさんの彼女のおかげで、行ってみようという気になったのだ。
坂本竜馬の新婚旅行については考察本も出されている。日本最初の新婚旅行と言われているが、あまり、甘い雰囲気は感じられない。全く土地勘のないところで旅程を組むのは結構難しい。案内してくれるという彼女の友人は、ご夫婦で、その人たちと直接連絡を取りながら、趣旨を伝えて、旅程を組んでいった。

鹿児島神宮、霧島神宮、霧島神宮古宮跡、和気神社、吾平山上稜、可愛山陵(新田神社)、高屋山上陵(神代三山陵)を回りたいという無茶極まりない予定を立てたのだった。

坂本竜馬の新婚旅行がらみは、霧島神宮古宮跡と和気神社だ。古宮跡から山を登り、頂上にさしてある剣を抜いたという話は有名だ。
コノハナサクヤヒメ様の旦那さんであるニニギ様は新田神社の可愛山陵に祀られている。高屋山上陵、にはコノハナサクヤヒメ様の息子さん、吾平山上陵にはお孫さんが祀られているということになる。これを行かない訳にはいかないだろう。しかも、こんなニッチな場所に行くツアーなどない。おっとりさんのお陰で、思わぬ道が開いてしまったものだ。

よく知らなかったので、適当なビジネスホテルをとってしまった。鹿児島には温泉があるはずだ。どうして温泉宿をとらなかったのか、と後悔して、取り直そうかと思い、いいホテルはないかと相談したら、そういう所は値段が高いので、そのままビジネスホテルに泊まることにして、その近くの銭湯に連れて行ってくれるとのこと。それならば、節約できるし、温泉に入りたいという願いも叶えられるし、良かった。


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