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私達の体は唯一無二であるということ

とある、以前から気になっていたオンライン講座を受けてみました。


その名も
発達をさかのぼるレッスン』 


みなさん、
原始反射という言葉をご存知ですか?

 

 

胎児が母体がなんらかの衝撃を受けたときに、羊水の中でキュッと丸くなって身を守る

 

 

母のお腹の中から子宮口を通って出てくるときに、螺旋回転をするように体をよじる

 

 

新生児が口のあたりに何かが触れたら、吸い付く

 

 

 

などとというように
 

誰に教えられるわけでもない、
ヒトという生物としてそれぞれの個体が、然るべきタイミングにおいて発動する、プログラミングされている反射運動のことです。

 

 

この反射の動きは、ある程度繰り返されると見られなくなります。
だって、子宮口を通る時の螺旋回転なんて、その時しか使わないでしょ?
 
 

回数券のように使い切ったら終わり

 

 
使い切る頃に、その部分の脳の回路が十分に繋がり、次にプログラミングされている反射にその役割をうつしていくのです。

 

 

 

人間の体ってすごいですよね!

 
 
そんな反射ですが、いろいろな要因で、回数券を使い切らないことがあります

 

 

例えば帝王切開で子宮口を通らずに生まれてきたとか

 

 

早産で飲み込む力が足りず、点滴メインで育ったとか

   

 

ハイハイ問題もありますよね。

ハイハイをたくさんした方がいいと言われているのに、すっ飛ばしてつかまり立ちを始めてしまった


など。

 

原始反射の回数券を使い切ってない場合、その発達段階を越えてもその反射が残存してしまうみたいです。
 


ズリバイ期が足りなければ、
体はこの動きを求めるかもしれない。

 

えびぞり!

座ろうと思っても、体がこんな風に動くとしたら、大人しく座ってられないでしょ?


 



でも、
だからといって原始反射を使い切らず、脳の回路がうまく繋がらなかった、育ちきらなかった……ということにはならず、

 

 

いろいろな体の動きを経験しながら遊んだりすることによって、使い切らずに通り過ぎてしまった反射のヌケを埋めていくことができます。

  
 
だから、小さい頃に体を動かして遊ぶことが大事だと言われるんですね!
 
 
 
しかし、子どもにも個性があって、運動が好きではない子もいますし、
偏った運動しかしない子もいます。
 
 
いろんなことが便利になりすぎた、
生活の様々な手順を電化製品などが代替してくれるようになったこのご時世は、
ますます、子どもの運動経験は減っていきます。
 
 
 
だからこそ、療育とか、感覚統合(いろんな運動を経験させて、体のイメージと知覚を認識していく)が着目されているんですね。
 
 
 
感覚統合と、原始反射って、何が違うのか???

を説明できるほど私は詳しくないです😅
 
 
 
だから学ぼうかな…と思ったのですが、
なーんかやる気が起きない
 
 
仕方ないから放っておきました。
 
 
そうこうしてるうちに、たまたまタイミングがあって、栗本啓司先生の『発達をさかのぼるレッスン』を受けることになりました。

昨春あたりに出会った本たち。
まずは栗本先生がどんな方なのか知りたくて、なんとなく講座情報を集めてた


受けてみた結果、今、このタイミングで出会えてよかったと思いました。

 
何がよかったかというと…
 
栗本先生のレッスンが、先生が一方的に教えるのではなく、「正解は自分にしかわからない」というものだったこと。
 
 
レッスンは本当にシンプルでした。

ただ立ってみる。
立ちながら上を向いて目を閉じる。
立ちながら下を向いて目を閉じる。
 
ただ仰向けになる、うつ伏せになる。
うつ伏せになって顔や足を上げてみる
仰向けになって床との接点を感じる。
 
 
この動きをゆっくり丁寧に行う中で、自分の体に何が起こっているのかを観察するのです。
どんな風に筋肉が反応するのか
どこに力が入るのか
力んでいるか
リラックスしているか
 
 
自分の体がどのように動くのか、どのように使われているのかも知らない人が、子供やクライアントさんの体についてわかるわけがない
だからまずは自分を知る。 
 

唯一無二の自分の体を知った上で、本の内容を受け取って解釈をする。

そして、唯一無二の子供やクライアントさんのケアやトレーニングに寄り添う。
 
 
当たり前過ぎて、感動

これは王道だ✨
 
 
と思いました。
 
 

そして、そのようなレッスンを受け続けている他の参加者さんは、主体的に自分の体の様子について語っていました。
自分の体について、自分が一番知っているという状態に育てる
自分の体を乗りこなすために自分が主導権を握る 

これは、究極の目的ではないかと。
 
 
体だけでなく、心についても同じだと思いました。

 
昔、国内の精神分析の大家である神田橋條治先生の診察を陪席したときのことを思い出しました。
 
 
患者の体の主導権は常に患者が握っている。
あの薬はイマイチだった
こっちの薬も減らしていいかもしれない
この薬はよかったと思う
など。

どの患者さんも、医師である神田橋先生と対等に話していました。
 
 
私も、そんな子どもたちを育てたい
そんな保護者を育てたい
そんな先生たちを増やしたい

それよりも先に、
私が私の体の主導権を握って、愛でて、育んでいくのが大切なのだと腑に落ちました。
 
 
私の体も心も唯一無二!
 
 
大事なことに気付かされたレッスンでした。


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